24 消えた星に思いをはせるは眠れる虎

 VVVRテック社第二事業部、通称はその担当ゲームタイトルから「J部」。


 J部の所属人員は先週から休む暇も無いほどに多忙の日々を送っていた。

 第二事業部が新規タイトル立ち上げのために新編されてはや2年以上。3日前に正式サービス開始にこぎつけた「鉄騎戦線ジャッカルONLINE」であったが、J部の面々は一息つく事もできずに次々と押し寄せてくる業務に忙殺されていたのだ。


 10万以上のユーザーから送られてくる要望、意見などに目を通し、修正すべき不具合などは担当へと送る。


 プレイヤーの技量、嗜好、傾向などの現状を解析し、今後に導入すべき新規コンテンツの規格の雛形とすべきか検討。

 またすでに導入が決まっているアップデートとの整合性が取れるかの比較も忘れない。


 また追加要素だけではなく、既存の要素がゲームバランスの均等を崩しかねない物でないかも事こまやかにビッグデータを用いて統計を取る。

 これにより次回のアップデートで強化バフ、あるいは弱体化ナーフされる要素もあるのかもしれないが、それをどのようなスケジュールで行わなければならないかを決める担当社員たちのミーティングもそれ自体がスケジュール調整という新たな手間を生んでいた。


 あるいはゲーム内外での社外でのコラボレーション企画にメディアミックスの推進も「鉄騎戦線ジャッカル」の販促計画の大きな柱と位置付けられていたために担当の社員はひっきりなしにオフィスと相手先の企業とを行き来しており、たまに社内で顔を見ると今にも倒れてしまうのではないかと心配されるほどに疲労困憊していた。


 だが疲労の色を隠せないでいたのは彼らだけではない。


 かつてビデオゲームという物がネットワークの世界とは切り離されていた時代ならばいざしらず。ビデオゲームがネットワーク通信と密接な関係となっているこの時代においては生みの苦しみだけではなく、産み出したゲームを育てていく事こそがもっとも苦心しなければならない一大事となっていたのだ。


 それを分かっていたからこそJ部の面々は額に脂汗を浮かべ、あるいは寝不足のためにすっかり青白くなった顔色を自らはたいて気合を入れ強炭酸のエナジードリンクで仮初の活力を取り戻してパソコンに向かっていく。




 だが、そんなJ部の中でただ1人だけ疲労の色が見えない者がいた。


「ブ~~~ン……、ドドドドドっ!!」


 各班ごとにパーテーションで区切られたオフィスを1人の女性が奇声を上げながら闊歩する。


 その女性の年の頃は20代の中頃か。

 だが胸はほぼ無いと言っていいほどに発達しておらず、ついでに尻も小さいために結果的にウェストのくびれというものも見られない。

 脚はスラリと長いがそれ以上に目を引くのは女性としては長身の180cmの身長で、後ろでゴムで纏めた長い髪はズボラな性格のためか所々で何本かずつハネている。

 総じて女性的なアイコンが欠如しているように思われるその女性だが、人懐っこい表情とその話方はJ部の面々から広く親しまれていた。


 無論、彼女はただ人好きのする人物であるというだけでクソ忙しい部内で遊んでいる事を許されているわけではないのだが……。


「ドゴ~~~ン!! ふははは~! スゴイぞ~! カッコイイぞ~!」


 女性が手にしていたのは1体のプラモデル。

「鉄騎戦線ジャッカル」に登場する人型ロボット兵器HuMoを国内大手玩具メーカーが模型キット化した物である。


 白いロボットのプラモデルを振り回してオフィスの通路を練り歩く彼女の目には大空を舞うHuMoの雄姿が見えているのだろう。


 やがて彼女は立ち止まってその場で片足スピンを決め、手にした「マニファクチュアグレード1/100 ホワイトナイト・ノーブル」を高く掲げて天井の照明に重ねて見上げる。


「あれは彗星かな? ……いや、違うな。彗星なら、もっとこうバ~っと動くもんな……」


 彼女にとって彗星とはホワイトナイト・ノーブルそのものであり、本来であれば彼女のホワイトナイト・ノーブルは夜空に煌めく彗星の如く「鉄騎戦線ジャッカル」のプレイヤーたちへその存在を示していたハズであった。


 だが、その彗星はもう無い。


 正式オープン初日にプレイヤーの1人によってホワイトナイト・ノーブルは奪取され、彼女が理想を求めて創り上げた星は消えたのだ。


 そしてショックのあまり倒れた彼女はそれから2日が経っていたというのに精神の均衡を取り戻す事はなかった。


 いかに社畜と呼ばれる者たちであったとしても、そんな彼女が心に負った傷を癒すための休息を許すだけの人としての矜持はまだあったのだ。


 そして今もフラフラとオフィスを歩く女性であったが、ふと他よりもせわしなく動く班を見つけて興味半分に軽くパーテーションをノックしてから声をかける。


「ドモ~っス!」

「あ……、獅子吼D、チョコでも食べる?」

「頂くっス! ところで随分と忙しそうっスね?」


 差し出されたチョコレートの個包装を破いて食べる獅子吼ディレクターに「忙しそう」と言われて入社10年目の女性社員、佐藤が「お前が働かないからな!」と答えなかったのは武士の情けである。


 代わりに獅子吼Dがいまだ曖昧な状態であるのを承知の上で、気晴らしにいくら検討を重ねても答えの出ない問題を話してみる事にしたのだ。


「いえね。今日になって誰がGO出したわけでもないのに『大型ミッション』が発令されちゃったのよ……」

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