23 ブリーフィング
私がトクシカ氏の視線から中山さんを守ろうと1歩右に動くとなんでか依頼主はホッとしたような表情を浮かべた。
「君はそこにいてくれると助かるぞな。なんというか、話してる相手の事を見ないのは失礼だとは思うが、後ろの彼女はちょっと目のやりどころに困るぞな」
意外にもトクシカ氏は私の意図が分かっていながらも、むしろ私の行動を好ましい事のように思っているようであった。
普通、実際にどうであったかは別として、自分が女性をそういう目で見ていると思われたらそれなりに反感を持つと思うのだけど。
「パイロット用のスーツはシートで殺しきれないGの影響を和らげる効果があるとは言っても体のラインが浮き出てしまうのが難点ぞな。
「へえ~……」
中山さんが着ているパイロットスーツにそのような効果があるとは初耳であった。
てっきりロボットアニメでよくあるようなスーツであるだけにただのコスプレかなにかだと思っていたのだけど。
私の感心したような表情を見てトクシカ氏が続けて教えてくれた事によると、HuMoの急な機動によってGが発生すると体の末端、つまりは手足に血液が集中する事で脳が必要とする血液が足りなくなると眩暈やグレイアウト、ブラックアウトなどと呼ばれる視覚障害が生じる恐れがあるのだという。
ジャイアントスイングを受けた時に感じる脳に血が集まっていく感覚と逆の事象が起きるという事だ。
確かに私もこれまで敵の攻撃を回避するためにニムロッドを急加速や急速旋回などをさせた際に立ち眩みに似た感覚を味わった事がある。
それを考えればHuMoの操縦者や同乗者がパイロットスーツを着るのは意味がある事なのだろう。
とりあえず私はともかくとしてマモル君の分のスーツは用意しなくてはならないのかもしれない。
トクシカ氏は大富豪という触れ込みだが、意外と説明が巧みでやり手のセールスマンを思わせる。
つい私もトクシカ氏が経営しているという会社のパイロットスーツを買おうかと考えていた頃、彼が言った言葉でパイロットスーツの事など頭から一気に吹っ飛んでいってしまった。
「それにしても君は珍しいくらいのジェントルマンぞな! 見てくれだけじゃなくて将来が楽しみな少年ぞな!」
「……は?」
「依頼主の不興を買う事を恐れずに同業の女性を守ろうとするとはの!」
「いやいやいやいや、ちょっと待て……」
当然ながら「少年」という言葉は年少の男性の事を指す言葉だ。
法律的な用語でいえば男女問わず使われる言葉ではあるのだけど、普通に会話している時に少年という言葉が出てきたならそれは男の子の事だろう。
私の肩に手をかけてきたマモル君の手が震えているのは彼が笑うのを堪えているからか。
そういやコイツも最初、同じ間違いをしてくれてたな……。
「あのですね、トクシカさん? 私は女ですよ?」
「う゛ん゛……?」
「ええ、実はそうなんです。気持ちは分かりますがよく考えてみてください。こんな時代遅れのメンヘラメイクしたような顔の男なんかいるわけないでしょう?」
果たしてマモル君は私に助け船を出してくれているのだろうか?
それともこれ幸いと私をディスってるのだろうか?
「最初に間違えた儂も悪かったが、さすがにそれは言い過ぎぞな……」
「ど、ドンマイ!? 俺はそんな悪い顔だとは思わないぜ、今風じゃないけど顔立ちは整ってるし、今風じゃないけど……」
「私もそんな気にする事じゃないと思います!」
「わ、私はその……、ライオネスさんの平成風の顔は嫌いじゃないでごぜぇますわよ!?」
トクシカ氏にトミー君、ジーナちゃん、中山さんまで皆揃って私を慰めるようなフォローをしてくるが、その腫れ物に触るかのような扱いは余計に私に不都合な事実と向き合わさせるだけだ。
………………
…………
……
「え~……、それではサンセット傭兵組合事務局の私から本ミッションの概要について説明させて頂きたいと思います」
私の平成顔弄りは友人からもたまにされるような慣れたものであるので気を取り直し、ブリーフィングの用意がされているという作戦室へと案内される。
そこでノートパソコンを操作して事務仕事をしながら私たちを待っていたのは白いツナギ服姿の髪の長い女性だった。
良く見ると女性のツナギ服は色こそ違うもののデザインは私が着ている物と同じ。
並べられたパイプ椅子に座った私は小声で耳打ちして隣のマモル君にこの事を聞いてみると、どうやらこのツナギは傭兵組合所属を示す征服のようなもので、私たちプレイヤーも傭兵組合に所属しているという設定上、同デザインの物が支給されているのだという。
とはいえ着用義務のようなものは無いそうで、中山さんたちのようにプレイヤーも各自の好みで服を着替える事もできるし、ローディーたちのような傭兵のNPCも好き勝手な服装をしているようだ。
「現在、この難民キャンプには戦災により住処を失ったウライコフ側の避難民が5000人ほど生活しています。そして仮設住宅の建設や生活インフラの整備に携わる作業員、作業用や警備のHuMoの整備員が合わせて400名ほど……」
頭の後ろで長い髪を結った組合の女性はポニーテールというには髪の量が多いが、その目付きに身のこなし、話し方などは氷のような冷たさを感じさせるものでまさしくクールビューティー。おまけに仕事もできそうな人物である。
3Dプロジェクターで作戦室の空中に浮かび上がった地図は難民キャンプを中心としたもので、女性の操作で目まぐるしく表示される情報が入れ替わっていく。
「すでに皆様もミッション依頼文でご存じの事とは思いますが説明させて頂きます。依頼主のトクシカ氏も護衛のためにジャギュアを主力とした護衛部隊を引き連れていたのですが度重なる
再びマモル君に耳打ちで「ジャギュアって何?」と聞いてみると答えはサムソン製のランク5バランス型HuMoとの事。つまりは私のニムロッドよりも2段格上の機体である。
「あの~、それって敵はランク5のジャギュアを複数撃破できるだけの戦力を保有しているという事ですか?」
私はおずおずと手を上げて尋ねていた。
冷たい印象の事務局職員の女性の話の腰を折るのは気が引けたのだが、意外と女性はそれを咎めるような事はせずに私の質問に対して回答してくれる。
「その質問の答えはYESでありますが、詳しい情報までは分かりません。確認されている敵機はランク1からランク3までの物だけですが、とある事案では……」
女性がパソコンを操作すると空中に1枚の画像が浮かび上がる。
ライトグリーンのサムソン系の機体、恐らくは件のジャギュアが胸部装甲に大きな破孔を空けて大地に倒れている画像だった。
しかもよく見るとその装甲に空いた穴はただ突き破られているだけではなく、その周辺が溶けたようになっている。
その独特な破孔を作った武装についてとある予想が思い浮かんだ時、ふいに私の背筋に痺れるような悪寒が走った。
思い出したのはこのゲームの正式サービス開始初日の事。
自機へと向けられたホワイトナイト・ノーブルのライフルが発した青白い閃光を見た時、私は何もする事ができずに死亡判定を取られてガレージバックしていたのだ。
「……ビーム兵器だ」
「その通りです。ついでに言うならばこの時、ツーマンセルを組んでいた僚機のセンサーはこのジャギュアを撃破した射手を捕捉できていません」
「センサーの探知距離外からの長距離狙撃!?」
ニムロッドもそうだがサムソン製のHuMoは搭載しているレーダーなどのセンサー類も同格他勢力製の機体に比べて高い性能を持つ。
私が初めて受けたミッションでも引き継ぎのためにローディーの烈風からもらったデータはニムロッドのレーダーの走査範囲よりも狭かったのだ。
2つもランクが格上のジャギュアはニムロッド以上のセンサー性能を持っていると思って間違いないだろうに、そのジャギュアが敵の姿を捉える事もできなかったとは……。
「あの~、射手と観測手が別々という可能性はごぜぇませんか?」
「もちろんその可能性はありますが、その場合でも狙撃を担当した機体はジャギュアをアウトレンジできる武装を持っているという事実は変わりませんし、別に高いステルス性能を持った機体がいるという事になりますね」
中山さんの疑問は双月に乗りアタッカーを僚機に任せている彼女らしいものであった。
ただし、その予測が正しければ少なくとも強敵は2機もいる事になる。
その他に雑魚としてランク1から3の機体もいるというのにだ。
一体、これのどこが「難易度☆☆☆」だというのだろうか?
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