22 難民キャンプ

 輸送機が荒っぽく着陸した衝撃はニムロッドのコックピットへと伝わってきて、それと同時に機外マイクがモーターの作動音を拾ったかと思うと貨物室のドアが開いて私の暗さに慣れた目はしばし眩い光に眩んだ。


 輸送機が着陸してから格納庫のドアを開けたのは当該地域はすでに依頼を受けた傭兵が警戒任務を行っていて危険は少ないと判断されたからだろう。


「それじゃ先に降りるわね」


 ニムロッドを輸送機の貨物室に固定するバーが持ち上がってカーゴドア上部のランプが赤から緑へと変化するのを確認してから、私は中山さんに一言告げてニムロッドを歩かせる。


 全高16m以上のニムロッドは普通に歩かせた程度では大した衝撃はコックピットに伝わってこない。

 精々、鈍い感触がかすかに伝わってくるくらいだ。

 これはHuMoのシート自体にデジカメの手振れ補正機能のような衝撃を殺す機構が内蔵されているのと、コックピットブロック自体が機体フレームとリニア・スプリングなる衝撃吸収機構で取り付けられているからだという。


 だったら先ほどの着陸はどれほど乱暴なものだったというのだろうと今さらながら呆れかえるが、案外、軍用機の着陸なんてものはそんなものなのかもしれない。


「へぇ~、この辺はけっこう草が生えてんのね」

「それなりに環境が良いからこそ、難民たちも一時的とはいえこの辺で落ち着こうと考えたのかもしれませんよ」

「なるほどね」


 滑走路や道路代わりに使われている所こそ赤茶けた土が剥き出しになっているが、周辺は膝下程度の高さの雑草が生い茂る草原であった。


 確かモスキートと言ったか?

 両手が一般的なHuMoの五指を備えた物とは違い、肘から先が機関砲となっている細身のHuMoが滑走路周辺の警備を担当しているようであったが、一応は私もニムロッドの頭部を旋回して索敵を行ってまだ輸送機内にいる中山さんに安全である事を伝える。


「オール・クリアー! 降りて頂戴」

「了解でごぜぇますわ!」


 私に促されて機内から出てきた双月は誘導徹甲爆弾が満載された爆弾架を両手で持ってえっちらおっちらと出てきた。


 特徴的な両肩から伸びたブームに取り付けられたプロペラエンジンの羽根は下方に折り畳まれ、トヨトミ製の機体の中でも輪をかけて小型の双月が爆弾架を持って歩く様はクラスメイトが酒屋でバイトしているのを目撃した時と似ている。

 なんというか積載量限界ギリギリの爆弾を両手に持って歩く双月は小柄な少女が瓶ビールのケースを持って歩く様子とよく似ていたのだ。


 とはいえ地上では鈍重な双月も、折り畳まれている羽根を広げて大空へと上がれば頼もしい存在へと変わる。

 背部に取り付けられている複数のアンテナは増設複合センサーユニットであり、右脛側面の外付けCIWSは耐久力に乏しい双月の防御を担う。

 そして両手に持つ爆弾架と左脛側面のミサイルポッドは二次元的な地上での戦闘では狙えない敵を炙り出す事が可能。


 さらに隣に停まった別の輸送機からはジーナちゃんの重装型が履帯を鳴らして貨物室から降りてきて、その間に護衛を行っているのはトミー君の陸戦型。

 陸戦型のバックパックに取り付けられている一振りの大剣はHuMoの全高の6割ほど。今回のミッションに合わせて新たに購入した物であろうか?


「あのトミー君の機体がしょってる剣って、ランクは幾つの物なの?」

「ああ、アレにランクはありません」

「……どういう事?」


 中山さんの返答を聞いて最初に疑ったのはやはりゲームシステムのバグである。

 サブリナちゃんと一緒にミッションを受けて以降、どうもバグについて神経質になっているようなのだが、事実は単純、バグなどとは無関係のものであった。


「あの剣は売っているものではなくて、前回のミッションで破損したプロペラの羽根を2枚重ねて持ち手を付けて剣の形にしたものなのでごぜぇますよ!」

「ああ、そういう事、だからランクは無いって事ね」


 言われてみれば納得の内容である。

 という事は剣としての切れ味なんてものは期待できないものなのだろう。

 剣というよりかは木刀とか棍棒に近い打撃用武器といったところか。だとしてもリーチの長い白兵戦用武装というのはそれなりに有用であろうし、そもそも装甲の張り巡らされたHuMoに対してただの刃物では弱点を狙うなりしないと効果的ではないので切れ味なんてものは対して意味がないのかもしれない。


 それにしてもそういう廃品利用的なアイデアを受け入れてくれるというのはこのゲームの底知れぬ自由度の高さを思い知ったような気分である。


 やがてジーナちゃんの機体も無事に輸送機から降り、4機は改めて周囲を見渡していた。


 滑走路や駐機場として使われている区画の奥には放棄されたらしい軍事基地が、さらにその奥にはプレハブ式の建造物と数えきれないほどたくさんの色とりどりのテントが雑多に並んでいる。


「放棄された基地のまだ生きている施設を目当てに難民たちがここに集まってきたという形なのでしょうか?」

「なるほど。たとえば浄水施設とか発電施設のような物がまだ使えると?」

「あるいは例の事前活動家とやらが復旧させたのかもしれませんね。重量物を支える基礎構造とか配管とかでも残ってればゼロから作りあげるよりかは手早く構築できるのでしょう」


 最近、分かってきたマモル君の長所が1つある。

 それは彼の考察はこの仮想現実の世界にストーリを感じさせてくれるという事。


 サブリナちゃんと一緒に受けたミッションの時もそうだった。

 なんでトヨトミの正規軍が雷電なんて2世代も型落ちの機体を使っているのかという疑問。言ってしまえば「低難易度なんだから」という身も蓋もない答えで終わりかねない疑問に対して「作業用に使われていた機体を戦闘用に再整備したのだろう。低性能な機体だから真正面から戦ってもロクな戦果は期待できず、そのために中立都市の管理領域に侵入する形で前線を迂回したのでは?」という考察をしたのもマモル君であった。


 今回も難民キャンプがなんでここにできたのかという一見どうでもいいような事をマモル君が考察してくれたおかげでグッとミッションにストーリーが生まれたというか、奥行きが見えてきたような気がするのだ。


「はえ~……!」

「そういうモンか」


 同じユーザー補助AIであるジーナちゃんやトミー君にはマモル君のような考察する能力が無い事を証明するように2人はただ感心したような声を上げていた。

 思えばオススメAIランキングに入っていたサブリナちゃんもそれは同様であったように思える。


「お~い! 新入りさんたち聞こえているかい?」

「あ、ハイ! 聞こえてます」

「指定したポイントまで来てくれ、そこでミッションの説明をする」

「了解」


 今も作業用のHuMoが行き来してプレハブ住居を組み上げていく難民キャンプの様子をもう少し見ていたい気もするが、オープンチャンネルで通信が入ってきてマップ用のサブディスプレーに光点が表示された。


 私たちは飛行場の警備を担当していたモスキートに手を挙げたハンドサインで挨拶してから指定されたポイントへと向かう。


 マップに示された地点には何も無かった。

 ただ同業者のHuMoが2機いるばかり。

 深紅に塗られたニムロッドに黒くテカテカとしたまるでエナメルのような質感の烈風だ。


「ローディー!!」

「おう、ライオネスちゃん! 元気だったか!?」

「なんだ知り合いか?」

「おうよ! コイツはライオネス、なかなかに見込みアリの新人だ! で、コイツはテック、中々の悪党さ!」


 通信画面に映ったのは顔見知りのパンカー風のNPCに彼と同好の士と思われるモヒカン鼻ピアスの中年女性。


 彼らがいるという事はこのミッション、プレイヤーだけではなく傭兵のNPCも参加しているという事か。


「え? 私のミサイルも弾幕で撃ち落とすローディーが悪党って言うってどれほどのモンなんです?」

「ハハッ、分かってんじゃねぇか新人さんよ! コイツの方がよっぽどの悪党だぜ、なあ?」

「悪かったよ! ……んで、後ろにいるのはお友達かい?」

「ええ。双月に乗っているのが同業のサンタモニカに、彼女の担当コーディネーター2人が小遣い稼ぎに……」


 赤いニムロッドに乗っているテックさんとやらもそのイカついスタイルとは裏腹に随分とざっくばらんに砕けた口調で話す親しみ易い人物のようだ。


「ヒュ~!! 最近のコーディネーターは随分ととっぽいね!」

「まあ、自分の命まで賭けちまわねぇ程度にほどほどにやんな! それよりもそこがエレベーターになってるから地下の掩蔽壕で雇い主から説明を受けてきてくんな!」

「4機くらいならまとめて降りれんだろ?」

「はい。それじゃまた後程……」


 2人に促されて中山さんたちもそれぞれローディーたちに挨拶をしてからコンクリート製の台座へと機体を進ませると、ローディーかテックさんが合図でもしたのかエレベーターは地下へと向かってゆっくりと降下していく。


 地下階に到着し、そこで待っていたイエローの作業用雷電に指示された場所に機体を停めて私たちはコックピットから降りる。


「……涼しい」

「それにけっこう明るいものですわね。やはりマモル君がおっしゃった通り、ある程度の基地機能は復旧されているのでごぜぇましょう」


 私がまず感じたのは柔らかな涼風であった。

 地下というとじめっとしたいかにもカビでも生えそうな湿っぽい空間を想像していたのだが、空調が効いた地下駐機場は適度な明るさもあって快適そのものといっていい。


 さらに私たちが降りた機体には整備員たちが駆けよって足首付近の接続端子にタブレット端末を有線で接続しバイタルチェックを始めていた。


「……至れり尽くせりね」

「そうでもしないと命懸けで戦ってくれる傭兵ジャッカル諸君に申し訳ないぞなもし」


 不意に後ろからかけられた声に振り向くと、そこにいたのは恰幅の良い、いやもう肥満体と言っていいほどの巨体を誇る初老の男性だった。


 老人の背丈は中山さんと同程度。

 だが女性的にふくよかな中山さんの2倍か3倍は体重があろうかという巨体を仕立ての良い背広に包んだ男の目はギラつき、尖った頭に膨れた頬はオニギリのような三角形となっている。


「貴方が依頼主の下衆い顔。……じゃなかった、ゲスイカオ=トクシカさんね?」

「ご名答! 傭兵になったばかりと聞いていたがそれなりに目端の利きそうなジャッカルぞな!」


 ゲスイカオなんて名前のNPCがコイツじゃなかったら誰だというのだ? というくらいの気持ちで言ったのだが、何の捻りもなく私の予想は当たっていたようだ。


 トクシカ氏の表情は見どころのある若者と触れ合う好々爺そのものといった風情なのだが、悲しいかな、そのギラついて粘っこい視線が私たちに向けられると生理的な嫌悪感を催してくる。


 というか今のところ彼は何も悪い事はしていないというのに彼の視線から体のラインがハッキリと出るパイロットスーツを着ている中山さんを守るために私はトクシカ氏と中山さんの前へと出ていたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る