10 スラローム・バトル

 追手は徐々に数を増していき、その数は8機となっていた。


 今はまだ8機だけ。

 すべて全装甲をとっぱらったフレーム剥き出しで速力だけを追求した機体だけ。

 その後方にはさらに1機が後方レーダーに捕捉されていたが、こちらは全装甲の撤去という思い切った構成にはなっていないのか、フレーム剥き出しの8機よりも距離を詰めてくる速度は鈍い。


 ノーブルが全速を出せば、たとえ全ての装甲を取り払ったとしても近づく事を許すはずもないのだが、推進剤の燃費を考えた巡航速度と私たちに追い付けさえすればいいという敵機の全速ならばさすがに分があるという事か。

 結果、少しずつ私たちは距離を詰められている状態だ。


 今はまだ敵の武装の有効射程外。

 一番槍を狙い、私たちというよりは他の緊急ミッション受領者たちを向いているかのような追跡者たちは機体の装甲を全て排除するような思い切った軽量化をしてくるような連中である。

 彼らが装備している武装もホワイトナイト・ノーブルを相手にするにしてはあまりに非力な小型軽量の物ばかり。


 だが彼らを相手にして速度を落とせば、その後に続く追跡者たちへと利する事になる。


 私が身を焼かれるような気持ちでマップ上に映る自機と敵機の距離がじりじりと詰められていくのを見ているというのに、前席のマーカスは一体、何を考えているというのか?


 事もなげに「少し揉んでやるか」と言ってからすでに数分が経っているというのに、彼は速度もそのまま、進路もそのまま私たちと工場地帯の間にある湖のド真ん中へとまっすぐに向かっている。


 変わった事といえば、右手にビームライフルを左手にアサルトライフルを持っていたのを、右手のビームライフルを腰部の後ろのマウントラッチへと固定して右手をフリーにしたくらいだ。


 当然ながら、左手だけに重量物を持っているという重量バランスの悪化は推進剤の残量に悪影響を及ぼす。

 まっすぐに前進していこうにも左右のスラスターの燃料消費量が異なるという事態を生み出すのだ。


 マーカスもそれは分かっていように、敢えてそうするという事はどういう事なのだろうか?

 その答えはすぐに私にも理解できるようになった。


「おっ、来るぞ。サブちゃん、シートベルトは締めたな!?」

「大丈夫だッ!」


 8機の追跡者たちの1機、小隊でも組んでいるのか3機並んで疾走してくる連中の先頭機が口火を切った。


 背からもうもうと噴煙を巻き上げたかと思うと1基の大型ミサイルが上空へと上がっていく。


「多段推進対huMoミサイル! 気を付けろ、分離した後で落ちてくるぞッ!!」

「分かってる、分かってる。ま、もうちょっと先かな、とは思ってたけどね!」


 気が焦るという事はないのか、明らかに自機を狙ったミサイルが放たれたというのにマーカスは変わらずのんびりとした声色。


 多段推進ミサイルは現実世界の宇宙ロケットのように途中でブースターを切り捨てる事で長射程を実現したミサイルである。


 ミニウィンドー内に映るミサイルを発射した機体は機種名が「雷電」と表示されている。


 確か、「雷電」は背面バックパックのラッチに兵装架を取り付ける事であの型のミサイルを6発まで搭載する事ができたハズだが、放たれたのは1発だけ。


 これも敵機が軽量化のためにミサイルを満載にする事ができなかったためだろう。


「当たっても大した事はないだろうけど、わざわざ食らってやる義理もねぇよな。まっ、挨拶は大事だしな!」


 そう言うとマーカスはクルリと機体を180度ターンさせて、背中が地面に付くのではというほどに倒す。


 まるで後ろ向きに吹き飛んでいるのではというような無理な姿勢だが、ノーブルのふんだんな推進力はその無理な状態での地表スレスレの飛行をも可能にしていた。


 そして上空で距離を詰め、燃料の切れたブースターを切り離したミサイルはさらに加速してノーブル目掛けて一直線に突っ込んでくる。

 対するマーカスは天に腕を伸ばすように右腕を向けて右前腕部ビームガンを発射。


 迎撃されたミサイルは先ほどまで私たちがいた場所へと破片を撒き散らして虚しく散った。


 ミサイルの発射と迎撃。

 マーカスが言うように、まさに戦場での挨拶である。


 だがターンでの減速に、背面飛行という無茶な姿勢で速度を上げられない状況で敵機はスパートをかけたかのように一気に距離を詰めてくる。


「おっと! 初手は榴弾かぁ!? 野郎、こっちの装甲を抜こうなんて考えないで脚を殺しにきたか!?」


 ミサイルを放った機体の3機小隊に僅かに遅れて残る5機もさらに加速し、手にした火器をめいめいに撃ち出していた。


 もちろん初期機体や、初期機体に毛が生えた程度の機体たちが全速航行中に手にした軽量火器を撃ったところでロクな命中精度は期待できない。


 それでもマーカスは機体を後ろ向きのままスキーのジャイアント回転スラロームのように左右に振りながら回避運動を取る。


 私たちの機体は直撃こそ受ける事は無かったものの、遠いもの近いもの、あちこちに火球と化した敵弾は降り注いで時折だが飛んできた土砂や岩が機体装甲を叩く乾いた音が外部収音マイクから拾われてコックピット内に響いていた。

 私はその音を聞くたびにいつか、まぐれ当たりであろうと狙いすました一撃であろうと直撃弾をもらってはしまいやしないかと冷や冷やさせられるのだ。


 その敵の射撃の中に、着弾すると同時に爆発して派手に爆炎とともに破片と土砂を撒き散らすものがあるのを見つけてマーカスは嬉しそうに声を上げる。


 確かに彼が言うようにHuMo用の銃器には弾種を変更できるものがあり標準的な徹甲弾の他、貫通力は低いが信管の作動により爆発し周囲に破片を撒き散らす榴弾HEも使う事ができるのだ。

 このゲームの装甲システムの都合上、よほど装甲値が低い相手が相手でなければHuMoに対してロクなダメージを与える事ができない榴弾も対人対物相手ならば有効な場合が多いであろうし、私たちが今現在相手にしているプレイヤーたちの2機か3機ほどはこちらへダメージを与えるというよりもスラスターの部位破壊を狙ってか榴弾を使用しているのだろう。


「なんで自分を狙って撃たれているのにそんな嬉しそうな声が出せるんだか」

「そらあ本当に嬉しいからさ。撃たれている事がじゃあない。こう考えているプレイヤーを相手にしていると、君が存在するこの世界がリアルなものに感じられて嬉しいのさ」

「そりゃあどうも! でも回避がおろそかになってるぞッ!?」

「おっと!」


 まだ操縦に不慣れなマーカスが会話しながらの回避行動ができるわけもなく、左右運動がおろそかになると待ち構えていたかのように8つの銃口から放たれた敵弾が集中し始める。


 辛くも回避は間に合い、再びマーカスは後ろ向きのままの左右運動を開始するが、彼が機体を右へ左へ振り回すたびに慣性によってコックピットの中の私の体は振り回されて肩や腰にシートベルトが食い込む。


 クッション入りとはいえ固い布製のシートベルトが体に食い込む痛みは時に呼吸もできないほどで、それはマーカスも同様であろうに戦闘の興奮に身を任せている彼には気にならないようだ。


 このゲームのプレイヤーにはVRゲーム機が脳内に送る電気信号によって本物の苦痛と同様の感覚があるというのに、なんで好き好んでこんな苦痛を味わいに来るのだ?

 VR機が知覚させる苦痛にはリミッターがかけられているというのは確かだが、私の担当ユーザーはそのリミッターがどの程度のものか経験していない。普通は恐る恐る徐々に慣らしてくようなものではないのか?


 大体だ、マーカスたちが暮らす現実世界の日本という国は平和で戦争なんて極一部の連中に任せておけばそれでいいようなところだというのに、なんでまた硝煙吹きすさぶ荒野の世界へと飛び込んでくるのだ?


 そして、それは私の担当であるマーカスだけの事ではないようだ。


「向こうが『踊りShall we ませんかdanse?』と誘ってきたら……!」

「ぐっ……!!」


 マーカスが腰部のマウントラッチからビームライフルを右手で取り、左手のアサルトライフルを3連バーストモードで発射する。


 体に食い込むシートベルトに肺の中の空気を絞り出されながらディスプレーを見ると、追跡者たちもこちらと同じように左右に機体を振る回避運動を取り出していた。


 マーカスの射撃は前後に3機並んだ小隊の先頭機、先ほどミサイルを放った機体の左脚部へと命中し、左脚部の推進力を失った機体は被弾の衝撃とバランスを崩した事により顔面から地面へと叩きつけられるようにして倒れる。


 推進器の性能一杯に速度を出したホバー走行中の事だ。ノーブルに比べてはるかに劣る対Gシートの「雷電」がそんな衝撃を受ければコックピットの中がどうなってしまうのか想像するだに恐ろしいが、かの機体の僚機たちは臆する事もなく左右に機体を振る回避運動を取りながらも追跡の手を緩める事はない。


≪雷電:♰漆黒天使白夜♰撃破しました。TecPt:10を取得、SkillPt:1を取得≫


 果たして、それは高速で機体が地面と衝突したが故のものか、それとも機体を駆るパイロットが戦闘不能になったが故のものであるのかは分からない。

 だが確かなのは撃破ログが流れたという事はもうあの機体は動かないという事。


 すぐにドライアイスが昇華して消えるように跡形もなく消え去って、そしてプレイヤーがやる気ならば再びサンセットから出撃してくるだろう。


「うん? あの機種名の後ろに付いている漆黒なんちゃらってプレイヤー名か?」

「そ、そうだね」

「短剣符とか久しぶりに見るなぁ。なんかパパと同年代みたいな気がする……。まあ良いか!」


 シートベルトに抑えつけられたまま体を左右に振り回されている状態であるというのにユーザーの疑問には答えてしまうというAIの悲しい性よ!


「サブちゃんは知ってるかい? ソシャゲーとか出始めた頃からはしばらくはああいった厨臭いハンドルネームを付けてる人とかけっこういたんだけど……、っと!」


 その後はさらに1機、単独で走行中であった敵機が回避行動がおろそかになった所をノーブルの57mm弾で撃ち抜かれて撃破ログが流れるが、マーカスは大した事でもないように大昔のゲーム事情について語り出していた。


 撃破された2機目はまさか自分が狙われるとは思っていなかったのであろうか? それとも左右運動がもたらすGに耐えかねたのだろうか?


 もちろん後ろ向きでの飛行中であろうと、左右へ機体を振っていようとノーブルの高度な照準器は回避の甘い相手を捉えきれぬという事はないし、甘い敵をそのまま「具合が悪いのかな?」と捨て置くほどこの機体のパイロットは優しい男ではない。


 だが機体を振るたびに自身に襲い来る慣性に耐えて回避行動を続ける相手に対してはノーブルの照準器であろうと命中弾を得るのは難しい。


 マーカスもアサルトライフルを右へ左へ向けながらバースト射撃を続けるものの、一切の成果を上げる事はできないでいた。


(……「ジャッカル野郎」か)


 回避を続けながらもなおも迫りくる敵機たちに、私は中古機販売業者が言っていた言葉を思い出していた。


 平和な世界から争いの尽きない世界へと飛び込んでくるプレイヤーたち。

 彼らがこの世界で発揮する精神性を現す言葉としてこれ以上のものはないのではないだろうか?


 少なくとも私には迫る敵機たちに肉食獣の面影を感じてしまうのだ。


 だが忘れてはならない。

 肉食獣が狙う相手もまた牙を持つ肉食獣であるという事を。


 ……いや、もっとタチの悪いモノか?


「ほっ! 狙ったとおり! 向こうが烏合の衆じゃなく、気の利いた指揮官でもいたらなぁ!」


 その言葉にハッとした私がマップに表示される敵機を見てみると、左右に放たれていたマーカスの射撃により敵機はほぼ一ヵ所に集められる形となっていた。


 密集しながらも左右へ機体を振って回避運動を取り続けてはいるし、密集しているとはいってもそれは戦闘開始時に比べればの事でそれなりには離れている。


 だがノーブルにはそんな事など無意味にする武器があるのだ。


 再びマーカスが右手側のトリガーを引く。


 ビームライフル。

 あの街中で2機のホワイトナイトを相手にした時の横薙ぎの射撃だ。

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