9 ハイスピード・チェイサー

「さて、まずは手始めに目障りな覗き野郎からヤっちゃおうか!?」


 別に私が緊急ミッションに仲間外れにされたわけでもないというのに、いや、仮にそうだとしても別にどうでもいい事だというのにマーカスはこちらに気を使ってわざとらしい声でおどけてみせる。


「そんな腫れ物に触れるような扱いはやめれ! ……っていうか、ヤっちまうも何もどうやって?」

「ビームライフルのチャージショットでやれねぇかな?」


 マーカスの言う「覗き野郎」とは先ほどからマップ上に赤点表示されている上空の「双月」の事だろう。

 呆れた事にノーブルが持つ武装の弾数には限りがあるというのに、よりにもよって1射で3発分のエネルギーを消費するチャージショットを使おうかと言っているのだ。


「やめとけ、やめとけ。これからわんさかお客さんが詰めかけてくるってのに、お空をプカプカ浮いてるだけの奴に無駄弾を使う必要は無いだろ?」


「双月」のHPは僅か3,500。

 ビーム兵器の大気による威力減衰と80km以上という距離を加味してもノーブル専用ビームライフルのチャージショットならば掠らせるだけでも一撃で撃破する事はできるだろう。


 ……ホント、この機体は都市防衛隊が守るべき都市の中で使う事を想定されている機体なのだろうか?

 正直、この世界の創造者である開発元が悪ふざけで作ったのではないかと疑問に思えてくるくらいだ。

 もし、仮にそうだったとしたら、せめて私はその悪ふざけの対象でない事を祈るだけ。


 だが生憎と私が悪ふざけで創造されているかは分かったものではないが、私の担当ユーザー様は悪ふざけとしか思えないような事を実行中なのだった。


「とはいえなぁ。課金機体で上からこっちの位置情報だけ仲間に流して報酬を貰おうってのは御行儀の良い事とは言えんよなあ」

「高性能機の強奪実行中のお前が御行儀とか言うなっての!」

「ゲームに課金して札束で殴り掛かってくるようなのはあまり気にならねぇんだ。まあ、そういうプレイスタイルもあるだろうなってくらいで。でもミッションに参加しつつも金で安全地帯にいたいってのは違うんじゃねぇかって思うんだ」

「スルーするな! スルーを!」


 マーカスは「双月」のプレイヤーの行動をお行儀が良いとは言えないというが、実の所、このゲームにおいてチームプレーはそういう役割分担が大事なのだろうと思う。


 仮に5万を超えるプレイヤーたちが揃ってミッションを受領して私たちに襲いかかってくるとして、私たちがどこにいるか分からなければ手分けして探さなければならないのだ。

 しかも私たちが乗るホワイトナイト・ノーブルはホバー状態の巡航速度であってもそこいらの機体の全力機動に迫る速度を出す事ができる。

 たまたま数人のプレイヤーが私たちと出くわしてしまったとしても容易く撃破されて中立都市でリスポーンだ。


 つまり最適解は多勢に無勢式に大勢で私たちに襲いかかり、その対応でノーブルが速度を落とした所で包囲して叩くしかない。

 いかに驚異的な機動力を持つノーブルであろうと数百、数千の火砲から放たれる連続射撃を躱し続けられるハズも無し。現状のプレイヤーたちの機体が装備している武装はノーブルに対してろくにダメージを与えられるわけもないだろうが、それでもゼロではない。大きな水牛が水の中で肉食魚ピラニアに食い尽くされて骨になってしまうようにいつかはノーブルのHPも底を突くだろう。


 だが、それも大多数のプレイヤーたちが一斉に私たちめがけて向かってこないと成り立たない。

 そういう意味では中立都市上空の「双月」は彼らの目になって私たちの元へと同業者たちを送り込んでくる存在だと言えるだろう。

 雲1つ無い青い空の中でのんびり泳いでいるような、どこか牧歌的な光景を見せる「双月」は私たちにとってこれ以上ないほどの死神でもあるのだ。


 それに「双月」が無暗に距離を詰めずに中立都市上空付近で留まっているというのも気が利いている。


「大体な、マーカス。向こうはデスペナとか被撃破後のクールタイムとか関係無しにすぐに復帰できるんだぞ? こっちがチャージショットで撃破したとして、アイツはガレージでリスポーンした後、すぐさま再び機体に乗り込んで上空に上がるさ」

「え、ズルくない?」

「他の連中が4桁のHPをやりくりしてる時期に10万近いHPのある機体をかっぱらって自分の物にしようってのはズルくないんですかね?」

「おっ、見えてきたぞ!」


 彼の耳は自分に都合の悪い事は聞こえないように設計されているとでもいうのか、私が避難する言葉を食い気味で遮ってマップを見るように促してくる。


 見ると先ほどから見えていた「双月」の他、マップ上に次々と赤い光点がいくつも増えていくところだった。


「馬鹿なッ!? 追手が来るにしても早すぎるだろ!?」

「いくらノーブルが速いったって、全身に張り巡らされた装甲と、ついでにデカくて重い銃を2丁も持ってんだ。機体が重いのについでに中立都市からの脱出の時にスラスター全力で吹かして推進剤を消費したせいでエコカーみたいな経済運転。そりゃ追いつくだけならできるだろうよ!」


 マーカスはさも楽しそうに、それでいて事もなげに言ってのけるが、いくらなんでもそれはおかしい。


 緊急ミッションのメールに添付されていた制限時間のカウントダウンは残り3時間50分。

 私たちがメールに気付いてから7分ほど、緊急ミッションが発令されてからも10分しか経っていないのだ。


 仮にたまたまガレージにいたプレイヤーだったとして、もしくは街中で私たち……、マーカスが起こした騒動をいち早く察知したプレイヤーだったとしてもあまりにも早すぎる。


 そりゃノーブルはセンサー類も他に比類するものがないほどに高性能で後方レーダーの探知距離も長大であるという事もあるのだろうけど……。


 疑問は尽きねど、事実、マップ上の光点は徐々に駆けるノーブルへと近づいてきている事を示していたし、サブシートの背もたれに手をかけて後ろを振り返ってみれば壁面メインディスプレーには小さく、本当に小さくだけど土煙が立っているのを見る事ができた。

 大地を滑るように駆けるノーブルが今も立てているのと同じような土煙がだ。


「ククク! あれがカラクリの正体かッ! サブちゃんも見てみなよ!」


 しばらくはそのまま緊迫した時間が流れていったが、ついに後方カメラが土煙の中から解析した映像をメインディスプレーのミニウィンドーに映し出すとそれを見てマーカスはもうこらえきれないとばかりに大きく体をのけぞらせてこちらへ満面の笑みを向けてきた。


「な……、なんだ、ありゃあ? HuMoのフレームがすっ飛んでくる……?」

「大体は分かっていたとはいえ、実際に見てみると笑えてくるもんだなぁ!」


 拡大補正処理された映像に打つ出されていたのはHuMoのメインフレームが武装を持ってホバー推進でこちらへ向かって全力疾走しているというものだった。


 骨組みのような機体フレームの頭部には眼球のようなカメラアイなどのセンサー類があり、胴体にはジェネレーターが取り付けられてそれを覆うように冷却器があって、四肢には稼動のためのアクチュエーターがあり、機体各所には推進器があって、もちろん胸部には箱型のコックピットブロックがある。


 だが肝心なものが1つだけ欠けていた。


 本来はフレームとフレームに取り付けられている機器を守るために張られている装甲が無いのだ。


「なんちゅ~無茶なことを……」

「いや、実のトコ、ノーブルの火力を考えれば装甲なんて無意味、ただのデッドウェイトにしかならないと判断してもおかしくないんじゃないか?」

「なんだよ、それ。随分と思い切った、ていうかトチ狂ったような真似を……。お前のお友達かなんかか?」

「ん~、当たらずとも遠からずってとこかな」


 自分から言い出しといてなんだけど、コイツのような人間がそうそういてたまるか!

 それともなにか? リアルの世界はマーカスのような人間がごろごろしている修羅の世界だとでもいいたいのか?


「実際に知り合いのお友達ってわけじゃあないけどね。パパもああいう馬鹿は嫌いじゃないって意味だよ。見てみなよ、アイツらの脚部やら腰やらに付いてるスラスターって標準で付いてる奴じゃなくて増設したヤツだろ?」

「うん、確かに……」


 ミニウィンドーに映し出される機体たちの脇には「マートレット」や「雷電」、「モスキート」などといった機種名が表示されているものの、そのいずれもが標準的な機体は有しない増加スラスターが取り付けられている。


「推進力の強化に徹底した軽量化、まるで首都高の公道レーサーじゃないか! こんな身を隠す事もできない荒野でよくもやる! どれ、逃げ切るにしても余裕があるみたいだし、いっちょ少し揉んでやるか!」

「ば、馬ッ鹿、お前、余裕なんか無ぇよ!!」


 マーカスは何を思っているのか、どこへ向かっているというのか、まっすぐに中立都市から離れるように駆け抜けていく私たちの進路上にあるのは工場地帯。

 そこへ逃げ込めば隠れる事ができるとでも思っているのだろうか?


 だが私たちが工場地帯へと逃れるためには大きな壁、もとい湖が存在する。


 数万、数十万のプレイヤーが同一の世界で巨大ロボットに乗り込んで戦うには、それに適した広大な世界が必要不可欠で、その広大なマップを作るのに辟易した制作スタッフがサンセット近くに設置した湖は現実世界に存在する北米大陸のスペリオル湖をそのままトレースしてそっくりそのまま落とし込んだかのようである。

 湖の広大さを考えれば畔にある工場地帯のみならず、サンセット自体も湖に隣接していると言ってもいい。


 つまりは工場地帯へと行くためにはその湖を飛び越えるか、あるいは迂回するほかはない。


 これから私たちに迫りくる敵の数を思えば残弾は無いに等しいのに、推進剤が枯渇する可能性まで抱えているのに、マーカスの奴はご丁寧に追手の相手をしてやろうというのだ。

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