8 たとえ世界の全てを敵に回しても
駆ける。
私たちを乗せたホワイトナイト・ノーブルは道無き荒野を駆けていく。
武装を合わせて40t以上もの重量を持つノーブルがホバー状態で駆けていくと周囲には夥しい土煙が舞うが、それ以外は本当に何もない荒野だ。
赤土が剥き出しとなった地面の所々には草が生い茂り、小径木がちらほらとはあるものの私たちの行く手を遮るものは何もない。
「なあ、サブちゃんや?」
「なによ」
マーカスはどこへ向かっているとも告げずに機体を前進させ、オートパイロットを起動したかと思えばしばらくの間、タッチパネル式のサブディスプレーを使って現実世界のWebサイト「鉄騎戦線ジャッカルOnLINE攻略WIKI」やゲームのマニュアルと睨めっこしていた。
「どうすりゃ、この機体、俺たちの物になるんだ?」
「さあ?」
「さあって……」
「いや、意地悪するわけじゃないけどさ、マジで知らないよ?」
NPCの、それも中立都市防衛隊の機体を強奪してそれを自分の所有物にするだなんて、自由度の高さがウリのこのゲームの運営だって想定外だろう。
これが例えばそういう趣旨のミッションならば「指定地点まで移動しろ」だとか「敵勢力を殲滅せよ」だとかクリア条件が指定されるのだろうけど、生憎とそういったものは無い。
「だいたいさぁ、アンタはどうするつもりだったのよ?」
「いやあ~、パパが若かった頃に流行ってた自動車泥棒のゲームには手配度とかあってさ、それが下がるまで待ってれば良かったんだけど、どうもこのゲームにはそういうのも無さそうだし」
「おいおい、自動車泥棒のゲームって、そんなん流行ってたまるか!」
「ええ~、ホントなんだけどな~……」
「う~ん、手配度的なデータは
「も、もうちょっと考えてみよ! なっ! なっ!?」
一応、中立都市サンセット内に設けられているプレイヤーたちのガレージが立ち並ぶエリアは非戦闘エリアではあるが、都市に辿り着く前にUNEIの守備範囲に入って交戦が再開するのは必死である。
そうなれば再びノーブルのビームライフルは火を噴くであろうし、これから向かうという事は我々の前方にあるのはサンセット。
私の脳裏にポッキリと折れて炎上する市庁舎のタワービルが思い起こされて背筋が寒くなるのを感じる。これが冷や汗という奴だろうか?
ここは何としても穏便な手段を探さねばなるまい。
常識的に穏便な手段であっても、ゲーム的に穏便な手段であっても。
なんなら私のボンクラ担当ユーザー様が「もう十分に堪能しました」とでも言って、この機体を返却してくれるのが一番に穏便な気がするが。
「んあ? なんだ、あの赤い点は……?」
さてどうしたものかと思案していると、不意にマーカスが驚いたような声を上げる。
彼が見つめていたのは地図を表示させていたサブディスプレー。
見ると後方、すでに100kmほどは離れている中立都市の外縁部付近に赤い点が点滅しながら表示されていたのだ。
「マーカス、地図を
「あいよ!」
マーカスがディスプレーを操作すると地図はホログラフィーを利用した立体地図となり、それを見ると件の赤い点は上空4,000m付近に存在しているようだ。
「画像処理が終わったようだ。メインディスプレーに出るぞ」
「うん? これは……」
コックピットブロック内壁の私たちの正面側に後方の拡大補正処理された画像がミニウィンドウで現れた。
後方を担当するサブカメラは小型で、メインカメラである人間の両目を模したツインアイカメラに比べて性能で劣るために処理に僅かながら時間がかかっていたのだ。
そこに映っていたのは1機のHuMo。
「ありゃあ『
「課金機体って事はプレイヤーかい?」
「だろうね……」
「双月」は現在のところ唯一、飛行能力を持つ機種ではあるが実の所、現状ではリアルマネーで購入する事ができる機種は「Pay to Win」の誹りを避けるために癖が強く、使いこなすには苦労する機種ばかりとなっている。
「双月」も御多分に漏れず初期HPはゲーム内最低値の3,500。これより低い物はHuMoには存在せず、戦車やヘリ、装甲車などの雑魚敵ばかりなのだ。
おまけに細い機体の両肩アーマーからそれぞれ伸びたアームに取り付けられたティルトローターと機体各所のスラスターを経済運転する事で長時間の飛行を可能にしていると言えば聞こえは良いが、その飛行性能は緩慢そのもので現実世界でいうところの飛行船あたりに近いのだろう。
スラスターを全力稼動させる事である程度の機動性を発揮する事もできるが、そんな事をすればあっという間に推進剤が尽きてしまう。
さらに言うならば被弾の際にダメージを軽減する装甲もほとんど無いに等しく、空力的な整流効果を持つ物でしかない。
だが利点がまるで無いわけでもないのだ。
積載可能重量は低いものの上空から攻撃を仕掛けらるメリットは確実にあり、また高空から高いセンサー性能を活かして偵察機や警戒管制機の役割を果たす事もできるだろう。
「……なるほど、つまり俺たちはアイツに見られてるって事か?」
「赤点表示なのはそういう事なのかもね」
拡大画像に映る「双月」の顔面一杯を覆い尽くすほどに巨大な単眼式カメラアイがまっすぐにこちらを向いているとなるとあまり良い気はしないのか、後ろから見るマーカスはどこか拡大画像の「双月」を睨みつけているかのようでもあった。
「でも何でまた他のプレイヤーが俺たちを? アレがUNEIならともかく……」
お前は街中で一体どれほどのプレイヤーが死亡判定食らったと思ってんだ? と言ってやろうかと思ったものの、彼の言う事も一理ある。
このゲームの地図に他のプレイヤーが表示される場合、通常は青い点で表示される。
現にこれまでの逃走中も数十km彼方に他のプレイヤー機がいた場合には青点で表示されていた。
またミッションを合同で受注したり、小隊登録しているプレイヤーの場合は
そして赤点が意味するところは明確な
マーカスの街中での凶行により、あの「双月」のパイロットが私たちに悪意を持っていたとしても青点で表示されるハズ。
赤点表示とはあくまでもゲームシステム的に敵対関係にある機体に付けられるものなのだ。
「まさか……!」
ある可能性に思い至った私は慌ててサブシートのディスプレーを使って情報を検索しようとするも、その必要は無かった。
私がタッチ操作を始めた途端にメーラーの画面が開いて「緊急」を現す3連短調のビープ音が連続し1件のミッション依頼が画面一面に表示されたのだ。
“【緊急】【重要】サンセット所在の全傭兵の皆様へ【緊急】【重要】
from:UNEI総司令部
to:サンセット登録全傭兵
傭兵の皆様へ緊急のミッション依頼となります。
中立都市防衛隊の指揮官機「ホワイトナイト・ノーブル」が何者かの手により奪取されました。
犯人の目的は目下不明のままですが、奪われた指揮官機は市外へと逃亡。周辺3大勢力との協定によりUNEIは市外での活動に制限があります。そこで傭兵の皆様へ「ホワイトナイト・ノーブル」の確保もしくは撃破を依頼します。
「ホワイトナイト・ノーブル」は3大勢力の協力者による技術支援と中立都市の独自技術により製造された唯一無二の機体であり、これがいずれかの勢力、あるいは武装犯罪者の手に渡る事は避けなければなりません。
そのため、本緊急ミッション参加傭兵の皆様には破格の報酬を御用意いたしました。是非、皆様お誘い合わせの上、ご参加ください。
報酬:ホワイトナイト・ノーブル撃破者(小隊の場合には参加人数に応じて分配)
100,000,000クレジット
プレミアムHuMoチケット×10枚
※撃破者以外は貢献度に応じて豪華報酬をプレゼント
特記事項
☆本緊急ミッションに限り、被撃破後のパイロット、機体双方のクールタイムを免除。
☆本緊急ミッションに限り、機体整備、弾薬燃料補給費用はUNEIが負担します。
残り制限時間 03:57:21
タグ:緊急 重要”
「あ、あわわわわ……」
「どうした、サブちゃん?」
「ど、どうしたもねぇよ! コレ見ろ、コレ!」
メールに記されていた緊急ミッションのあまりの内容に私の口からは言葉にならない声が漏れ、相も変わらず暢気な様子のマーカスにフリップ操作で件のメールを飛ばしてやると、彼もメールを読んでしばらくの間は言葉を失ってしまったようだ。
このメールであの「双月」が赤点表示されていた謎が一気に解ける。
つまりはあの「双月」はこの緊急ミッション参加者で、そのミッションの撃破対象は私たちという事なのだ。
そりゃあシステム的にも敵対関係と認識されてもなんらおかしくはない。
だが再び口を開いたマーカスはまるで私とは違う点に注目していたようだ。
「良い落とし所じゃあないか?」
「どこがッ!?」
「この制限時間って奴だよ。ようするにこの制限時間一杯、他のプレイヤーからやられずに逃げ回ればこの機体は俺たちの物になるってこったろ? このゲームの運営はこれまでのプロモーションで散々に自由度の高さを強調してきたんだ。プレイヤーのやった事を頭ごなしに無かった事にはできないんだろうな。たとえそれがホワイトナイト・ノーブルの強奪という想定外の事態でも……」
確かに、運営が絶対にプレイヤーへホワイトナイト・ノーブルを渡さないという確固たる意志を持っていたのならばこのミッションに制限時間などは設けないのではないかという気がしてくる。
だがノーブルは果たして1プレイヤーに渡していいものなのだろうか? という疑念は尽きない。
現実世界での現時刻は19時を回った所、正式サービス開始当日という事もあって運営のオフィスにはまだ人が大勢いるのだろうが、それでも意思決定が混乱しているのではないだろうか?
「見てみなよ、このメールの文面。これ“UNEI”が出したモンなのか“運営”が出したモンなのか、分かったもんじゃねぇ。きっと担当者は顔を真っ赤にしてキーボード叩いてたんだろな!」
私の疑念を察してか、「ククク……」と含み笑いを浮かべたマーカスが随分と悪そうな顔で後席のこちらを振り返る。
「と、とはいってもさ、現在の同時接続数を知ってんのか? 5万だぞ、5万! 5万以上のプレイヤーが報酬目当てに私たちめがけてゾンビアタックを仕掛けてくるって分かってっか!?」
そりゃあ正式サービス初日ともなれば大概のプレイヤーはまだ初期機体や武装をちょろっと強化したくらいか次の機体へと進めたばかりで、とても1対1ならばノーブルと戦えるようなものではない。
マーカスさえやる気ならば武装を用いずに素手で敵機を解体する事だってできるハズだ。
だが数が問題だ。
1対50,000。
ついでに言うならばノーブルが装備するビームライフルの残弾は10、57mmアサルトライフルの装弾数は36。予備のマガジンは無い。
一方、向こうは入れ代わり立ち代わり数の暴力で攻め立ててくるのであろうし、撃破されたとしてもクールタイム無しで何度でも再出撃する事が可能なのだ。
弾薬費も
「まあまあ、そんなビビんなって、約束しただろう? 全プレイヤーが相手どころか、世界の全てを敵に回したってサブちゃんの事は死なせはしないよ」
「はいはい……、期待しないでおくよ」
「大丈夫だって、パパに良い考えがあっから!」
「良い考えって?」
「向こうがガチなら、こっちもガチでやってやるって事よ! ……ところで」
私を励ますようにおちゃらけた声でおどけていたマーカスはふと声のトーンを変えて切り出す。
「この緊急ミッションって俺たちも参加できる?」
「んなわけねぇだろぉ!? まあ、私たちが目標なんだからある意味じゃ強制参加といってもいいかもしれないけどな!」
「あんだと! ウチのサブちゃんを仲間外れとか、そりゃメチャンコ許せんよなぁ~!?」
「怒るトコ、そこかぁ~?」
自分が運営から狙い撃ちでマトにかけられているというのにその事はどうとも思っていないようで、かえって私が緊急ミッションに参加できないという事に憤慨するマーカス。
本当にこの男が考えている事は理解不能だ。
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