7 この青空、極みはいずこ?
「……おっと、、隊長さんも『すぐにすっ飛んでくる』なんて言ってたけな!」
ゲーム開始から初めて得た敵機の撃破報酬がショボ過ぎた事で気落ちした様子のマーカスであったが、コックピット内に響き渡る警告音によりすぐに気を取り直したようだ。
この街、「中立都市サンセット」はゲームプレイヤーたちにとっての拠点ではあるが、その街中で悪さをすれば即、そこは敵地と化す。
サブディスプレーの地図データには3機の僚機が高速で接近してきているのが表示されている。
3機の僚機。本来の話であれば、だ。
私たちが奪取したホワイトナイト・ノーブルの僚機、つまりは私たちを制圧して機体を取り戻そうと駆けつけてきているという事。
先ほど容易く撃破した3機とは違い、すでに稼働状態のホワイトナイト。
機体の各所から青白い噴炎を吹かして地を這うようにホバー移動しながら大通りを駆けてくる3機はそれぞれ武装しており、すでにこちらをロックオンしている。
1機が先頭を駆け、その後方少し間をおいて2機が左右を固める陣形で突っ込んでくる小隊。
その後方の2機の両肩が火を噴いた。
「ミサイルッ!!」
「オ~ライっと!」
マーカスは先ほど3機のホワイトナイトを撃破したビームガンを拡散モードにして乱射しながら後退る。
迫る2機のホワイトナイトの両肩のミサイルポッドから放たれた数多の小型ミサイルはこちらの回避行動を見越してか、直撃を狙った物だけではなく周囲一面へと降り注いできた。
こちらへ直撃するコースのミサイルはビームガンに空中で迎撃されたものの、それ以外のミサイルは次々と街へと着弾して爆炎を撒き散らし、続いて迎撃されたミサイルの破片も炎上しながら街へとゆっくりと舞い降りてくる。
いよいよ本格的に火炎地獄と化した大通りの紅蓮の景色が不意に強烈な横Gとともに回転しだす。
「あだッ!?」
「シートベルトしてないのか!?」
コックピットブロックの天井に頭をぶつけた私の視線の左、つい先ほどまで私たちの機体がいた場所を高速の火線が駆けていったところまではなんとか見る事ができたが、今度は逆にシートへと落下して尾てい骨をしたたかに打ち付けた激痛によって私の意識はほんの一瞬だけ薄らいでしまう。
「サブちゃんッ!?」
「だ、大丈夫だ!」
そうこうしている内にもマーカスはお目当ての物に辿り着いていたようで、機体の両手にはそれぞれ別種の銃器が握られていた。
≪UNEI-A-X00 ビームライフル
≪UNEI-A-01 57mmアサルトライフル接続完了≫
2種のHuMo用銃器はそもそもがホワイトナイト・ノーブルの専用装備であり、故に機体のそばに展示されていたのであるが、すでに登録済みという事もあって接続は速やか。
「……おい、私、ライフル2丁持ちなんて教えたっけ? βプレイヤーだったのか?」
「PVで見たからやれるかなって思ったからやってみたら装備できただけだ。それよりもサブちゃん、パイロットスキルの“照準補正”を
「いや、無理だ! 戦闘中でもレベルを上げる事はできるけど、“照準補正Lv3”はスキルポイントが4必要なんだ!”」
すでにマーカスはチュートリアルクリア報酬として獲得していたスキルポイントを使用して“照準補正Lv1(必要スキルPt1)”“照準補正Lv2(必要スキルポイント2)”を取得していた。
レベルを1上げるごとに必要スキルポイントが1増えていく仕様ならば現在でもレベルを上げる事が可能なのだろうが、生憎とレベルが1上がるごとに必要スキルポイントが倍々になっていく仕様のためにマーカスの希望は通らない。
「なら、現状でやるしかないか……! サブちゃん、ビームライフルを使うぞ!」
「OK!」
なおも手にしたサブマシンガンの連射を続ける敵小隊先頭機からの被弾面積を減らすために機体を半身の姿勢にしたマーカスはまっすぐにビームライフルを向けると躊躇することなくトリガーを引いた。
先ほどの右前腕部ビームガンとは比べ物にならないほどの閃光によってメインディスプレーはホワイトアウトしかけ、対Gシートでも相殺しきれない反動が仄かな地震のように私たちを揺らし、そしてサブディスプレーには新たな撃破ログが表示される。
≪ホワイトナイト1番機を撃破しました。TecPt:10を取得、SkillPt:1を取得≫
「おっ、凄っげ! 首に命中したのに胸のコックピットまでデロデロに溶けてら!」
「……マーカス。お前、他に言う事はないのか?」
マーカスが見ていたのは彼が想定していた通りの標的である敵先頭機。
先ほどハッチオープンの状態のコックピットに攻撃して容易く撃破したのと同様、大火力でコックピットを完全に撃破してもHPを無視した撃破判定が出るのだ。
それだけの火力をホワイトナイト・ノーブルのビームライフルは有しているという事。
そして私が見ていたのはビームライフルの射線の先、遠く真ん中からポッキリと折れて倒壊していく高層ビルは中立都市サンセットの市庁舎であった。
「……うん? ……まあ、敢えて言うなら、中立都市防衛隊が街中で使う事を想定している機体がこんなアホみたいな火力の武器を持ってるのはおかしくないか、とか?」
「違うだろぉ? そうじゃないだろぉ?」
「それじゃ、ゴメンナサイとか?」
「謝りゃ良いってもんじゃねぇだろ!!」
モノホンのサイコパスなのか、それともトリガーハッピーなのか、マーカスは笑いをかみ殺しているかのような愉快そうな声で謝るが、稼働を開始したばかりで学習経験の少ない人工知能である私でもあからさまに心にも無い事を言っていると分かる。
一応は私、サブリナというキャラクターはこの街の出身という設定なのであるが、その街を灼熱地獄に変えて、街のランドマークである市庁舎を真っ二つにしてどう思っているのかどう文句を言ってやろうかと考えていると、機体を揺らす振動と乾いた音が思考を戦闘へと引き戻した。
HP -480
HP -495
HP -480
HP -420
残る2機の敵機が手にするサブマシンガンの連射にマーカスの回避行動も間に合わなくなってきているのだ。
「チィっ! 接近戦で仕留めるぞ! サブちゃん、パイロットスキル“スラスター制御”をLv2に上げてくれ!」
「了解ッ! ……って、ちょっと待て! それなら……」
ホワイトナイト・ノーブルのHPは95,000。
敵機のサブマシンガンの被弾によって500未満のダメージを受けた事で大した事はないと慢心したのか、マーカスは機体のスラスターを吹かしてホバー状態となって前進を始める。
ユーザー補助AIの悲しい性か、緊迫した戦闘中という事もあって私は彼の要望を即座に実施するが、敵機にはホワイトナイト・ノーブルにも大ダメージを与える手段があるのだ。
私の予想通りに敵の1機はサブマシンガンの射撃を片手で続けながら、1機はサブマシンガンを放り捨ててそれぞれ近接格闘用の武装であるビームソードを腰のケースから取り出して超高熱のビームの刃を展開する。
先にマーカスがビームライフルの超高熱で敵先頭機のコックピットを破壊して撃破判定を出したのと同様の事がホワイトナイトのビームソードでホワイトナイト・ノーブル相手にできるのかは分からない。
だが、たとえ一撃撃破ができなくともビームソードであればノーブル相手にも大ダメージを与える事も可能であろうし、超高熱のビームを受けた装甲は著しく装甲強度を減らして次に同じ個所へ被弾した時に大ダメージを食らう可能性が増す。
ならば、なんでここで推進剤の消費量を減らすパイロットスキル“スラスター制御”を取得するんだ?
ここは格闘戦における被与ダメージに関係する“格闘戦マスタリ”か、敵の攻撃を回避するために運動性を向上させる“操縦ノウハウ”あたりを取得するべきではなかったのか?
「へへっ、フェイントだよ、バーカっ!!」
果たしてその言葉は私に向けられたものだったのか、それとも敵パイロットNPCに向けられたものだったのか。
思った通りになったとばかりにマーカスは笑う。
1機が手にした銃を捨てて接近戦に備えた事で射線の数が減り、結果的にホバー状態で前進しながらも機体を左右に動かして銃弾を回避する彼の被弾はめっきりと減っていた。
そこでビームライフルの次弾発射の準備ができるのと同時に彼は機体を着地させて、ビームライフルを横に振りながら発射!
これが他の機体が装備するビームライフルやノーブルの右前腕部ビームガンならば1機に命中するだけで終わるか、どちらにも命中せずに終わるかのどちらかであっただろう。
だが大出力で照射時間が比較的に長いノーブル専用ビームライフルはまるで薙刀を横に振ったかのように2機の敵を周囲の建築物もまとめて薙ぎ払っていた。
≪ホワイトナイト3番機を撃破しました。TecPt:10を取得、SkillPt:1を取得≫
1機は両脚を太腿部のあたりで切断され、残る1機は胴体へと直撃を受けて爆発四散。
撃破判定が出たのは爆発した1機の分だけ、もう1機は歩行能力を奪われただけという判定か、HPも6万ほど残っている。
だが残る1機はすでにサブマシンガンを捨てて接近戦に備えていた方であった事もあってか、すでにマーカスの意識から外れたようだ。
「それじゃ、とっととバックれますか!」
「うん? あっちはまだ撃破判定出てないよ?」
「ハハッ! 欲張り過ぎは良くないさ。それよりもまだホワイトナイトはわんさかいるんだろ? そいつらが駆けつけてくるまでにオサラバってわけよ!」
このゲームにおいてユーザーの手に渡る事が考慮されていない超高性能機と大火力を有する専用武装を奪っておいて何が「欲張り過ぎは良くない」だ、と思わないでもないが、これ以上に街が荒らされて縁も所縁も無い一般プレイヤーたちの死亡ログを見なくて良いとなれば反対する理由などありはしない。
「それじゃ、舌噛むなよぉ!!」
その言葉と同時にとてつもない振動とシートに押し付けられるかのような重力加速度が加わって、しばらくは私は口を開く事もできなくなってしまう。
ホワイトナイト・ノーブルの全スラスターを全開にして真上へと飛び上がり、すぐに私たちは紅蓮に燃える街から雲1つ無い青空へと移る事となった。
青い、本当にどこまでも青い、果てしなく続いているかのような青空だ。
十分に高度を上げると推力線を動かして水平飛行に切り替わるが、喧噪から解き放たれた今もまだ戦闘が終わっていない事は理解していた。
この青空のように私の胸中が安堵できるのは一体、いつになるのだろうか?
この青空の果てまで行ければ、どこかにエキセントリックな私の主を満足させられるものがあるのだろうか?
果たして、そんなモノ、このヴァーチャルリアリティーの世界に存在しうるのだろうかと心細くなってしまう。
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