6 チョイ悪……?
狭いコックピットの中を拳銃が吐き出す爆発音が支配し、私の聴覚が銃声の暴力に耐えている中、視界は凶弾を受けてゆっくりとバケットの床に倒れていくカーチャ隊長から目を離す事ができなかった。
できるだけ人を模して造られている人工知能の私であっても、人が極度に精神を張りつめた時に時間の経過がスローモーションのように感じるような機能などは搭載されていない。
カーチャ隊長がゆっくりと倒れていくのは彼女が乗機を奪われてしまうという失態をその職責が許せなかったがゆえに倒れるのを良しとしなかったから。だが無常にも彼女が受けたダメージは隊長の意思を嘲笑うかのように蝕み抗しきれなかったがゆえに彼女はスローモーションのように倒れていったのだ。
「馬鹿ァ~~~!!!! アンタ、一体、何やってんの~~~!?」
あまりに予想外の出来事に私はワンテンポ遅れて担当ユーザーの凶行を非難する声を上げるが、その僅かの間にマーカスはシートの右側のアームレストにあるトグル型スイッチを操作してホワイトナイト・ノーブルを起動し、コックピットハッチを閉める。
「どうだいサブちゃん? 俺たちの最初の冒険にしちゃあ中々にパンチが効いてるだろ?」
スムースにふけ上がってくるジェネレーターに冷却器のポンプ音、各電子機器のビープ音などに包まれてコックピットブロックの壁面メインディスプレーに周囲の光景が映されて私たちはまるで空中に浮いているかのような形となる。
未だに何が起きたか完全に理解しきれない私に対して、マーカスは忙しなく各種スイッチやタッチパネルを操作して機体を稼働状態に持っていきながら渾身の悪戯がバレた時の子供のようにこみ上げてくる笑いを押し殺したような声を上げていた。
後ろのサブシートにいる私からは彼の表情は窺い知る事はできないが、さぞかし悪い顔をしているのであろう。
「いやいやいやいや、ワケが分からないよ! さっきまでカーチャ隊長と仲良く会話していたじゃないか?」
「そら、いきなり喧嘩吹っ掛けたらコックピットに辿り着く事すらできないだろう?」
「まさか、お前……。いや、もしかして!」
コックピットに座ってからホワイトナイト・ノーブルを奪う事を思い付いたとか、カーチャ隊長からいかにこの機体が素晴らしいのかという事を聞いて欲しくなったとかではなく、この男、最初から機体を奪うつもりで近づいていたというのだ。
そこで私はある可能性に思い至った。
「まさか、カーチャ隊長に『マーカス』ではなく『カスヤ』と名乗ったのは……?」
「おっ、サブちゃん、意外と頭が良いね! 『カスヤ』というのはパパの本名だけど、ゲームの世界のNPC相手には偽名になるだろ?」
彼は「気付いていたのかい?」と愉快そうに口笛を吹いてさえのけていた。
「いや~! パパ、自称チョイ悪オヤジだけど、いくらゲームの中とはいえこんな大それた事をやったのは初めてだよ! サブちゃんに発破かけられたとはいえね」
「わ、私のせいなのか!?」
そういえばコイツ、さっきカーチャ隊長を撃つ前に「我らの悲願成就のため、この機体は頂いていくぞッ!!」なんて良い声で宣言していたっけ。
……「我ら」って何だよ、チクショウ。
「え~ッ!? だってサブちゃんが冒険とか言い出したんだし……」
「初手凶悪犯罪は胃もたれするわッ!!」
「だってサブちゃん『私はいつだって君の味方だ』って言ってくれたじゃない? それに『なんならロボット物のアニメで見たシーンを自分の手で再現することだってできる』んでしょ? 高性能機の強奪なんてお決まりのこすられまくったネタじゃない?」
さも心外そうな声で私が彼に行った事を寸分違わずに繰り返してみせるマーカスではあったが、不意に声のトーンが変わる。
「うん? なんか匂わない?」
確かに彼が言うようにコックピットの中は甘い花のような華やかで、柑橘類のように爽やかな香りで包まれていた。
恐らくは空調が動き出した事でコックピットに染みついたカーチャ隊長の香水の香りが舞い始めたのだろう。
「NPCの機体に女の匂いを付けるか? ここの運営は筋金入りの変態かよ……。いや、プレイヤーに対しての隠し要素だと考えれば、この機体は奪われる事が前提なのか?」
「……運営が筋金入りの変態なら、さっきまで談笑していた相手に鉛玉をブチ込むお前は筋金入りのサイコ野郎だよッ!」
マーカスの言葉に私はドキリとさせられた。
実の所、「ホワイトナイト・ノーブル」は奪われる予定の機体ではあったし、プレイヤーがこの機体を操縦する可能性だってあったのだ。
だが、それはこのようなイレギュラーな形ではない。
実装時期も未だ未定の大規模イベントで
「……おっと、おしゃべりはここまでだ。強盗は無事に家に帰るまでが強盗ってね! まずは“白騎士狩り”と洒落こもうか!?」
マーカスは
先ほどまでコックピットハッチの向こうにいたカーチャ隊長が今は見えないのは視点が変わった事による。
今現在、私たちが見ているのは機体の頭部に取り付けられた連装カメラアイによって得られた画像を中心としてその他のサブカメラの情報で補正されたもの。対して、先ほどまで私たちは胸部のコックピットからハッチの外にいたカーチャ隊長を見ていたという事。
つまり頭部と胸部、視点が変わった事によりカーチャ隊長の姿は見えなくなったわけだが、当然ながら今もハッチと装甲を隔てたすぐそこにカーチャ隊長はいたのだ。
それをマーカスは機体の右腕を動かして彼女が乗っていた高所作業車のバゲットを払いのけ、アームごと横転した高所作業車に巻き込まれて周囲に集まっていたプレイヤーや補助AIに被害が出たのだろう。
(……足元は見たくない、足元は見たくない!)
足元の地獄絵図を目に入れないよう意識的に私はサブシート用のディスプレーへと視線を固定するが、無常にもそこには周囲にいたプレイヤーの死亡ログがつらつらと流れていくのであった。
「お前、ホント何してんだよぅ……」
「安心しなよ。カーチャ隊長は死んじゃいないさ」
「……ほんとぅ?」
「ホント、ホント。運営が意地でも彼女だけは殺さないさ!」
ついさっき、「おしゃべりはここまでだ」と言っておきながら、私の涙声にマーカスはつい律儀に答えてくれる。
私は十代前半の少女を模して造られたAIで、こんなワケの分からない事態に巻き込まれてプレイヤーたちの死亡ログを見せられては“状態異常:パニック”に陥っても無理はないだろ?
「サブちゃんは知ってるかい? その内にアヅマから発売される『
「……それが?」
「プラモの発売はしばらく先なのに、付属するミニフィギュアのパイロットがサービス開始直後に死にましたじゃ、大概のプレイヤーにとってカーチャ隊長は『知らない人』になっちゃうだろ?」
「なんだよ、それ……」
なんともまたメタい話である。
おまけに確証があるわけでもない。
「だからカーチャ隊長は運営が何をしてでも『運良く助かった』って事にするさ! なっ?」
ホント、どうしようもない根拠の無い話である。
なのに、彼の声からは私を慈しむような優しさが伝わってくるようで、私も泣いているのも馬鹿らしくなってくるほどだ。
「それじゃ、聞くけどさ。マーカス、君はその歳で児童誌とかは読むかい?」
「いや、昔はボムボムとか読んでたけど最近は……、それがどうかしたかい?」
「コロンコロンコミックスの話だけど、ゲームのサービス開始前から連載されているマンガでカーチャ隊長はけっこうな重要人物として登場してるんだけどな、知ってたか?」
「……え?」
今度はマーカスの声が凍り付く番だった。
彼の説の浅いながらも根拠めいたものは、発売予定のプラモに付属するカーチャ隊長が認知されていないのに死なせてしまっては商品価値を貶めるという事にある。
実は彼の知らないところでマンガの連載があって、そこですでにカーチャ隊長というキャラクターの周知が十分にされていると運営が判断する事も実際にありえるだろう。
そして彼はすでにこのゲームのWIKIを見てきているという。
ならばプレイヤーの行動がNPCキャラクターの生死をも含めた今後を左右するというこのゲームのシステムについても知っているハズだ。
そりゃあゲームの中での事だ。そこまで強い罪悪感を持つかどうかは分からないが、それでも後味の悪さくらいは感じるのではないだろうか?
「いやあ~、ウチの運営がカーチャ隊長の役割は終わったとか思わなきゃいいなぁ、なあ、マーカス? ついでに言うと、お前が倒した高所作業車の下敷きになって何人ものプレイヤーに死亡判定が出てんだけど?」
「うん? いや、そっちは別に気になんないかな~って」
「そ、そうか?」
「むしろ、
これまで散々に面食らってきたマーカスに対して、カウンターパンチを入れてやったかと思えば、カーチャ隊長の事以外はあまり気にしていないようだった。
むしろカーチャ隊長の事から意識を反らした事で持ち直した感すらある。
「ちなみにサブちゃんは死ぬのは嫌か?」
「そりゃあね! 私はプレイヤーと一緒ですぐに復活するとはいっても、それでも“死亡”ってのは嫌だよ」
「ならば安心したまえ、パパが一緒にいる限り君が死ぬ事は絶対に無い。約束するよ」
「……ありがと」
それはただの人工知能で、このゲームのコンパニオンに過ぎない私にとっては例え嘘であっても嬉しい言葉だった。
まっすぐで、根拠なんかありはしないのに自信に満ちた、いや、自信というよりはその言葉は自分自身に言い聞かせているかのようでもある。
……まあ、その私に向ける優しさを他の連中にも向けてやれよと思わないでもないが。
それはともかく、マーカスは高所作業車を薙ぎ倒した右腕をそのまま大通りの向かいの3機のホワイトナイトへと向けていた。
「無印ホワイトナイトでも
マーカスは3機のホワイトナイトの内の1機にレティクルを向け、事もなげに右コントロールレバーに付属するトリガーを引いた。
その瞬間、メインディスプレーの右側に移る自機の右手首から蒼い閃光が迸り、次の瞬間には照準を向けられていたホワイトナイトは炎上して機体の至る所から小爆発を繰り返していた。
マーカスが使ったのはホワイトナイト・ノーブルの右前腕部、手首近くの掌側に設置されている固定武装であるビームガンだった。
小型で、ジェネレーターへの負担も小さく、拡散モードにする事でミサイルの迎撃などにも用いる事ができる利便性の高い武装である反面、低出力で収束率の低いビームガンは本来であれば8万ものHPを持つホワイトナイトを撃破する事は不可能である。
だが、不審者によって奪われた
当然ながらコックピット内部に装甲が張り巡らされているわけもなく、開いたコックピットへの直撃はクリティカル判定、1発撃破という扱いになる。
ついで残る2機のコックピットへもビームガンの速射を浴びせてなんなく撃破。
≪ホワイトナイト13番機を撃破しました。
≪ホワイトナイト14番機を撃破しました。TecPt:10を取得、SkillPt:1を取得≫
≪ホワイトナイト15番機を撃破しました。TecPt:10を取得、SkillPt:1を取得≫
「おっ、今度は報酬がもらえたか! ……って、なんか渋くない?」
「そらホワイトナイトの撃破報酬が旨かったら、街中でこいつら狩ってたほうが効率が良いってなるだろ?」
「そりゃそうか……」
マーカスはパイロットが乗り込むために開け放たれたコックピットに攻撃するという裏技的手法でいとも容易くホワイトナイトを撃破していたが、本来は一般隊員機のホワイトナイトも十分に強敵なのである。
私たちの初期機体である「雷電」の初期状態でのHPが4,800なのに対してホワイトナイトのHPは80,000。
本作のダメージ計算システムのキモである装甲システムを加味するならばHP差以上に攻略は苦戦するハズ。
なのにホワイトナイトを撃破しても得られる報酬は雀の涙。
マーカスはチュートリアルクリアの報酬で50Ptの技術ポイントと3Ptのスキルポイントを取得しているが、それに比べてもホワイトナイトを相手にするのは割に合わない事だと言ってもいいだろう。
爆発炎上する3機のホワイトナイトが撒き散らす火炎によってたちまち街は炎に呑まれていき、その中に佇む英雄譚の白騎士を思わせる機体のコックピットで、この惨劇を生み出したとは思えないほど暢気に「ガッカリだ」と言ってのけるマーカス相手に私も思わず彼とは違う意味で溜め息をついた。
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