5 王道イベント

 私のように各プレイヤーに割り当てられているユーザー補助AIもある種のNPCではあるが、カーチャ隊長のような防衛隊員、あるいは他の街の住人などのNPCとは大きな違いが存在する。


 それはプレイヤーの認識、そして自身が暮らしている世界が作られたゲームの中であるという事を認識しているかどうかという事だ。


 私たちとは違い、他のNPCは与えられた思考パターンにのっとって感情を動かし、与えられた立場にのっとった行動をとるように制御されているが、彼らがそれを知る事はない。


 プレイヤーというお客さんを楽しませるという役割は同じではあっても、例えるならばユーザー補助AIはサファリパークの案内人、他のNPCは園内で放し飼いにされている動物という事ができるだろう。


 ただし、サファリパークの案内人ならば園内の動物の習性については熟知しているだろうが、私たちは他のNPCの他、この世界の全てを知らされているわけではない。

 あくまで私というキャラクターが知っているべき事を知っているだけであり、その他は与えられた常識で判断するしかないのだ。


 当然、防衛隊の隊長という強権を振るえる立場にあるカーチャ隊長の怒りの逆鱗などといったものは知るわけもなく、急に話しかけてきた彼女に私は内心ドキドキである。

 私の担当ユーザー様のエキセントリックで何を言い出すかわからない性格を思えば当たり前だろう。


 とはいえ「パパと呼んでほしい」だの「あんま興味無いから機体は選んどいて」だのといった彼の発言は今の所、私に対してだけ向けられたものであり、マーカスはカーチャ隊長と差し障りのない会話をしていた。


「私の乗機の足元で随分とはしゃいでいるもんでつい話しかけさせてもらったよ」

「ああ、すいません。自分の機体とはあまりにも出来が違うものでつい年甲斐もなく……」

「いやいや、別に構わんよ。君たちも大規模移民団のメンバーだったんだろ? 今日のお祭り騒ぎは君たちの歓迎のためのものなんだ。楽しんでいってくれたまえ」


 カーチャ隊長が言う「大規模移民団」とは正式オープン初日の今日のため、ゲームに不慣れなプレイヤーたちが大挙して街に押し寄せる事態をNPCたちに納得させるために設定されたイベントの事である。


 一応、ゲーム内世界においては惑星全体で続く戦乱を避けて中立都市へと移民してきた者たちの中で様々の思惑をもって「ジャッカル」と呼ばれる傭兵になった者たちがプレイヤーたちという事だ。


「ありがとうございます。いや~、でもやっぱ凄いですよね。自分たちの『雷電』とはまるで別種の兵器ですよ!」

「ああ、君は『雷電』に? 確かに古いが、アレも良い機体だぞ」

「そうですか?」

「ああ。防衛隊が発足した当初はウチにも何機か配備されていたしな」


 ユーザー補助AIという立場もあって自身が作られた世界の1キャラクターである事を知っている私からすれば、「ウチにも何機か配備されていた」というのが設定の妙なのだろうと思う。

 きっと各プレイヤーが3種の初期機体のどれを選択していても、それを聞いたカーチャ隊長は「ウチにも何機か配備されていた」と答えるのであろう。


「しかし、確かに君の言うように『ホワイトナイト』は別格だというのは確かだろうな」

「ええ、見るからに装甲に機動力、相反する要素を両立させているのが分かりますよ」


 べた褒めのマーカスの言葉にカーチャ隊長も満足気に頷いて己の乗機を見上げる。その表情に浮かぶのは絶対の自信。

 自分が「ホワイトナイト・ノーブル」を駆れば、1対1はおろか1対複数であっても確実に勝利を掴んでみせるという自然法則へのものにも似た妄信に近い確固たる自信だ。


 事実、「ホワイトナイト・ノーブル」もカーチャ隊長もそれだけの力量を運営によって持たされているのだ。


「秘密はアレだな、背面のバックパック部分が大きく後ろに迫り出しているのが分かるだろ? あそこには背部推進器の他、特別性の冷却器が胴体から伸びてきていてな」

「ああ、だから冷却器に余力ができた分だけジェネレーターをブン回せると?」

「そういう事だな。だから君のお連れさんが言う『悪い事をするとすぐにすっ飛んでくる』っていうのもあながち間違いではないぞ?」


 カーチャ隊長の説明どおり私たちの目の前にある「ホワイトナイト・ノーブル」と大通りの向こう側に3機並べて展示してある一般隊員機である「ホワイトナイト」を見比べると、確かに背部バックパックはノーブルの方があからさまに大きい。


 それよりも私はホワイトナイトがいかに素晴らしい機体であるかという事に熱を上げる2人に自分が忘れられていたわけではないと分かって少しだけホッとした。

 マーカスの奴も初対面の者が相手とあってか敬語を使っていたし、彼にいらん気苦労をかけさせられないという事だけでもうこれ以上は望むべきではないような気もするが、……いや、アイツは私と初対面の時には平気で馴れ馴れしい口調で接してきたっけ? もしかするとマジで美人が相手で緊張しているとか?


 それからしばらく2人はどこがどうだ、あれはああだと会話に華を咲かせ、時に的を射たマーカスの質問はカーチャ隊長を唸らせ、次第に彼を見る目が「友好的ではあるが、その辺にいくらでもいるお客さん」から「肉食獣ジャッカルと呼ばれるに相応しい中々に目端の利く新人」へと変わっていくのが私の目にも明らかであった。


 マーカスにとって中立都市防衛隊隊長というNPCとの会話イベントは現時点でも成功と言ってもいいだろう。

 もっとも、このゲームは俗にいうギャルゲーではないため、いくら美人とはいえカーチャ隊長の好感度を上げてもそれほど良い事があるとは思えないが。


「ところで、なんですけど……」

「うん? なんだね?」


 一段落したところでマーカスがおずおずと遠慮がちに切り出すと、これまでの会話で随分と彼に気を許したカーチャ隊長はどんとこいとばかりの笑顔で彼に続きを促す。


「コックピットを見せてもらう事ってできませんか?」

「なんだ、そんな事か。隅から隅までねちっこく品定めしておいて、これでコックピットは見ないで帰りますなんて言ったら、そっちの方が嘘だろ。……お~い!」


 マーカスの要望に対して隊長は快く頷いてすぐ近くにいた防衛隊員を呼んで高所作業車をよこしてもらった。


「ほれ、サブちゃんも乗って!」

「おっ、参ったな。なんか次々と新人さんたちが押し寄せてきてるぞ」

「ハハッ、それじゃ一番乗りの栄誉は頂きってとこですか」


 私もマーカスに促されて高所作業車のバケットに上がると、車両を動かした事で何かしかの催し物があるとでも思ったのか、続々と大勢の者たちが「ホワイトナイト・ノーブル」の足元へと移動を始めてくる。

 彼らの半分は色こそ違えどマーカスと同じデザインのツナギ服、つまりはゲームのプレイヤーたちだ。残る半分は私と同じユーザー補助AIなのだろう。


 彼らを後目に高所作業車の荷台に設置されたアームは伸長を始め、アームの先端のバゲットに乗った私たち3人はあっという間に「ホワイトナイト・ノーブル」の胸の高さまで上がっていった。


「いやあ~! 高層建築物の展望台とかだと、どこか高さにリアリティーが無いけど、この高さはリアルでちょっと怖いもんだねぇ~!」


 バザールにひしめく人々、遠くの工業区画の画一的でただ内部容積だけを求めたデザイン性のかけらもない建築物、そして遠く行政区画の高層建築物。

 バゲットの上で風に煽られながら眺める光景はそれがゲームの中の作られたもので、それを眺める私も人に作られたデータ上の存在である人工知能であるとしても目を見張らずにはいられない。


 言葉を無くして遠くへと視線を向ける私に対し、マーカスは高い所を怖がっているとでも勘違いしたのか私の肩を叩いて妙におどけた声を上げてみせる。

 こういう所で変に気が利くのは彼の美点の1つと言えるのかもしれない。


「開けるぞ」

「あ、お願いします」


 胸部の迫り出した装甲の隠しスイッチをカーチャ隊長が押すと、胸部のコックピット保護用の装甲は上下それぞれに展開し、その下から現れた箱型のコックピットのハッチが上へと跳ね上がってその内部が現れた。


「お~~~! ……基本的には『雷電』と同じ? いや、サブディスプレーは多いな」


 高所作業車のバケットの中からマーカスはコックピットの内部をしげしげと覗き込みながら一瞬だけ感嘆の声を上げたものの、すぐに困惑というか、どこかに自分がまだ気付けていない凄いところが隠れているのではと自身の目と能力を疑うかのような声になる。


 私からはマーカスの背中しか見えないが、彼の芝居がかった声は彼がどのような表情をしているか想像がつくくらいだ。


 それもそのハズ。

 基本的に全てのHuMoはよほどの特殊用途機でもない限りは同一の操作方を踏襲している。

 それは3種の初期機体やHuMoの最高峰に位置する「ホワイトナイト・ノーブル」であっても同じことだ。


 左右2つずつのフットペダルに、左右1つずつと股間の前にくる1つの合計3つのコントロールレバー。シートの肘掛部の脇には収納式の左右に分割されたキーボード、テンキーはそれとは別に右の肘掛に内蔵されている。

 コックピットブロックの壁面自体が周囲の状況を映すメインモニターとなっている他、パイロットの周囲にいくつか取り付けられているサブディスプレーはタッチパネル式となっていて、直感的な操作で表示内容を切り替える事が可能。


 そしてパイロット席の後方には一段、上に上がった位置にサブシートが設置されている。

 HuMoは1人ですべての操縦を行える設計にはなっているものの、各ユーザーには私のように補助AIというNPCが付いているためにサブシートはそのためのものだ。


 マーカスはもっと特別なコックピットを想像していたらしいが、VRヘッドギアによって脳内に送られる電気信号により知らないハズのHuMoの操縦法を知っている事にされているだけでも違和感を感じるユーザーも出てくるだろうと予想されているのに、わざわざ機種ごとに操縦方を変更していては違和感を強く感じる者も増えてくるだろうという判断だという。


 精々が機種により補助コントロールレバーを追加したり、マーカスが現在自分の目で見ているようにサブディスプレーを増設したりというくらいの変更があるくらいである。


「そうだな、確かに私の『ノーブル』は指揮官機という立場上、僚機の状態を把握するためだったり、敵味方の位置関係を把握するために使うサブディスプレーを追加してあるが、それよりもそんなトコで眺めてないで座ってみたらどうだ?」

「……良いんですか?」

「いやいや、私の『ノーブル』のコックピットを見て、そんなガッカリしたような声を出されてそのまま帰せるわけがないだろう」

「実を言うと、カーチャさんが言わなきゃ自分からお願いしているところでしたよ」


 こちらを振り返ったマーカスが我が意を得たりとばかりに口角を歪めて笑みを作ると、私を見つめる時とは違った光が届かない海底を思わせる深く沈んだ両目の黒さもあってかどこか背筋が凍るような錯覚すら覚えたのは何故だろう?


 その疑問の答えを見つける前に私はマーカスに促されて先にコックピットへと入る事になった。


「さ、隊長のお言葉に甘える事にして、入った、入った!」

「え? あ、うん……」


 別に私はホワイトナイト・ノーブルのコックピットに興味があるわけでもないのだけれど、私のような補助AIは性格に差異はあれど、機体への搭乗を担当ユーザーから促された時に断らないような設定をされている。

 そういう事もあり、また私に向けられた彼の視線が慈しみに満ち溢れたものとなっていた事もあってか、私は言われるがままに他人の機体のコックピットを汚さないよう細心の注意を払ってコックピットへと入っていく。


 補助AIの定位置であるサブシートへと座るとマーカスもコックピット内部へと入って辺りを見渡した後、軽くコントロールレバーを握ってみていた。


「おお! こりゃ確かに実際に座ってみないとわからない!」

「だろう?」

「レバーのボタンが段違いに上質なんですね! 引っかかりなんてまるで無いし、軽いだけじゃなくて適度なクリック感もある。まるでメカ式のゲーミングキーボードみたいだ!」

「ハハッ! そうだろ、そうだろ~! そのゲーミングなんちゃらってのは分からないがな!」


 恐らくはマーカスの感想は正しい。

 このゲームの開発者だって現実の兵器を触ってみた事なんて無いだろうし、そんな彼らが高級機を想像したら自分が奮発して高い金額を出して購入したゲーミングキーボードのような質感となるのも無理はないだろう。


 彼は兵器を扱うというよりも、むしろピアニストが演奏する時のような繊細さをもってレバーを動かしてみたり、ボタンの押しごたえを確かめたりしていた。


 私はというと、そんな彼を後ろから眺めながら先ほど自分が感じた疑念も忘れて「なんだ、彼の言う“冒険”だなんてこんなものか」とホッと一息つく。


 確かに彼が生きる現実世界においては兵器などという存在は日常とはかけ離れたものであり、軍事機密の塊である戦車や戦闘機などには必要も無ければ近づく事もできないであろう。


 そういう意味では自身の所有物ではない兵器のコックピットに座らせてもらって知的好奇心を満たすというのもある意味では冒険と言えるのかもしれない。


「さて、それじゃそろそろ……」

「ああ、そうだな。下で君の同業者さんたちが順番待ちをしているんだしな。……うん?」


 金髪の美人を絵に描いたようなカーチャ隊長の「やれやれ……」という困り顔の笑顔を見たら、世の男性諸兄は思わず身を投げうってでも彼女の力になってやろうとするのではないかと思うし、彼女のそんな表情を恐らくはゲームが開始されて以降、初めて引き出したのがマーカスなのだろうという事になんとなく憮然とした思いを抱えていると、一瞬にして彼女の表情が緊迫したものへと変わっていたのを見て前席のマーカスへと目をやると、なんと彼は腰のホルスターから抜いた拳銃をたった今まで談笑していた相手へと向けていたのだ。


「ふぁっ!? お、お、おい! 一体、何をッ!?」

「我らの悲願成就のため、この機体は頂いていくぞッ!!」


 カーチャ隊長としても不測の事態であっただろう。

 さりとて彼女も防衛隊の隊長。瞬時に状況を理解して腰のホルスターへと手を伸ばそうとした時、コックピットの中に銃声が鳴り響いた。

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