11 ガチ

≪マートレット:パンツ1丁を撃破しました。TecPt:10を取得、SkillPt:1を取得≫

≪雷電:\(^o^)/太郎を撃破しました。TecPt:10を取得、SkillPt:1を取得≫

≪マートレット:りょっぺさんを撃破しました。TecPt:10を取得、SkillPt:1を取得≫

≪モスキート:雑種犬を撃破しました。TecPt:11を取得、SkillPt:1を取得≫

≪マートレット:マイコーを撃破しました。TecPt:10を取得、SkillPt:1を取得≫

≪雷電:ぐんそ~を撃破しました。TecPt:10を取得、SkillPt:1を取得≫


 つらつらとサブディスプレーに流れていく撃破ログ。


 ビームライフルの青い火線の照射は大蛇が舌をチロリを出したかのようにほんの一瞬の出来事である。

 だが地を舐めるように右から左へと駆け抜けていった光条はただそれだけで6機のHuMoを完全に破壊してしまっていた。


「うん? なんだ、この『モスキート』って、コイツだけもらえる技術ポイントが高いぞ」

「ああ、それも『双月』と同じ課金機体だけど、初期配布機体よりもランクが1つ上の機体って扱いだからね」


 腕も脚も胴も区別なく、別の機体の陰にいようが関係なく前の機体ごと、触れる物全てを両断したターボビームがもたらした決着はあまりにもあっさりとしていた。


 地に臥した機体たちに付けられた断面は今も赤熱して陽炎を作って青い空を揺らしていたが、すぐに最初からいなかったかのように消えて中立都市でリスポーンする事となるだろう。


 確かにあまりにもあっさりしている。

 だがマーカスの落ち着きぶりはなんなのだろうか?

 機体の性能差があるとはいっても、ここまで落ち着いていられるものだろうか?


 敵を6体も同時に撃破したのなら、特に取得ポイント的にボーナスが付くというわけでなくとももっと喜んでもいいものだろう。


 私はいわゆる「小生意気なガキ」という性格に設定されているわけで、これでマーカスが馬鹿正直にテンション上げて喜んでくれていたのなら「機体の性能差を考えろ」だの「別に取得ポイントは1機ずつ倒した時と変わらないっていうのに……」とか言ってやろうと思っていたので拍子抜けさせられてしまった。


 ……まあ、この男の事だ、私が何か言おうものならば軽い調子でもっととんでもない事をしてしまうのではないかと疑わざるをえないわけで。

 こりゃあ軽はずみな事は言えないな、と私は自身に設定されている性格とゲーム世界全体の秩序とを天秤にかけていた。


 もっと言ってしまえば、私とハンドルネーム「マーカス」というプレイヤーを比べた時、あまりにも私は非力であるというか、向こうが格上で自分は格下であると認めざるをえないというか。


 私という一介のユーザー補助AIが設定されている「小生意気なガキ」という性格を出す事、それが私の担当ユーザーを通じてこのゲーム全体に及ぼす影響について私には計り知れないわけだ。


「さて、残るは……」

「うん、こう言うのは馬鹿らしい気もするけどさ……、気を付けろ! アレは『ニムロッド』、『双月』や『モスキート』よりもさらに1つ格上の機体だ! しかもアレは課金機体じゃあない!」


 全装甲を排除して成し遂げた軽量化によって得た速力で私たちに迫ってきた8機。

 その8機に僅かに遅れて私たち目掛けて駆けてくる機体。

 その機体は別に装甲の排除などはされていない。つまりは機体の地力でもって追いかけてきたのだ。


 スカイグレーに塗られた装甲に、頭部には左右それぞれ大きさの違う赤いアイカメラ。

 バランスの取れた機体性能を象徴するかのように人型を大きくは崩していない体形。


 HPは同系統の初期配布機体である「マートレット」が5,500であるのに対して8,800もある。


「ニムロッド」はその名の意味するとおり、状況を選ばない優れた狩人となりえる優秀な機体と言えるだろう。


 ただし状況は選ばないが、敵は選ぶ必要がある。

 特にHPが95,000もあるホワイトナイト・ノーブルに乗っていると、ニムロッドがいかに優れている機体であるか百の言葉を並べ立てようと虚しくなってくるだけだ。


 そのニムロッドが私たち目掛けてまっすぐに駆けてきながら、その手にしていたアサルトカービンを放り投げた。


「おっ、アイツやる気だな。若さって奴かね?」

「……なんで、また?」


 いや、別に聞かなくてもニムロッドのパイロットであるプレイヤーが何を考えているかは分かる。


 そして腰のハードポイントから大型のビームソードを取り出したのをみると、接近戦でケリをつけようという事だろう。

 重量物であるライフルを捨て、軽量化してさらに速度を増して距離を詰め、ビームソードの大火力でHP差を少しでも埋めようという魂胆。


 だが私が分からないのは、なんで距離を詰め切っていない内から銃を捨ててしまうのかという事。


 先の8機との戦闘で左右に機体を振るスラローム走行により速度は大きく減じ、その間に距離を詰めてきているとはいえ、まだ彼我の距離は6kmほどあるのだ。

 しかもこちらはまだ後ろ向きの状態のままとはいえホバー走行中のまま。

 相対速度を考えればビームソードの間合いまでにはいくばくかの余裕があるし、接近するまでの間にこちらは向こうに対して撃ち放題だ。


 私の呆れたような声を察してマーカスが答える。


「多分だけど、あの機体のパイロットはノーブルのビームライフルで6体の機体が一気にやられたのを見てだな、あんな火力の武器は連続して使えるわけがないと考えたんだろ?」

「あ~……、そういう事」

「クールタイムが終わるまでの間に距離を詰めて、ビームソードで斬りつければそれだけでダメージレースの上位に食い込めると思ったんじゃないか?」

「え、でも……」


 マーカスの言う事はもっともで、相手もゲームのプレイヤーならばそう考えてもおかしくはない。


 だが実の所、とっくにビームライフルのクールタイムは終わっているし、まだ残弾も9発分あるのだ。


 マーカスがまだ撃っていないのは、ただ私との会話を優先しているに他ならない。


「ありゃアレだな。頭の良い馬鹿、いや、自分を頭が良いと思っている馬鹿だな」


 そういうと彼は右手のトリガーを引いた。

 ニムロッドのパイロットの間違いを正してやるかのようにノーブルのビームライフルからは再び青い閃光が生じ、すぐにまた撃破ログが流れる。


≪ニムロッド:ライオネスを撃破しました。TecPt:12を取得、SkillPt:1を取得≫






 ニムロッドを撃破後、マーカスは機体をターンさせて前を向いてのホバー走行へと戻すとそのまままっすぐに前進させていく。


「おいおいマーカス? このままじゃ湖に一直線だよ? ど~すんのさ?」


 中立都市からの脱出の際に機体をロケットのように飛翔させ、その後も荒野をホバー走行で駆けてきただけあって、すでに推進剤の残量は3分の1ほど。


 ニムロッドを撃破してからしばらくして思い出したかのようにスキルポイントを4消費してパイロットスキル“スラスター制御Lv.3”を取得したものの、レベルを2から3に上げた程度では目に見える変化はあまりない。


 そもそもHuMoはホバー走行を常用するような兵器ではないのだ。それはホワイトナイト・ノーブルであっても違いはない。

 一体、何のためにHuMoには2本の脚が付いていると思っているのだか。


 途中で進路を変えておけば2本の脚を使って歩くなり走るなりして工場地帯へと辿りつけたであろうし、ホバー走行を止めた事で速度が落ち、途中幾度かは追手との戦闘になったとしてもノーブルの強力な武装と豊富なHPで凌ぎきる事もできたかもしれない。


 だが、すでに我々の目の前には巨大な湖が迫ってきているところだ。

 今から進路を変更したとしても湖の輪郭をそっくりそのままなぞる形の大回りとなってしまう。

 ここまできたらこのままホバー推進で湖を突っ切る他はない。

 結果、推進剤はほぼ使い果たしてしまい、後は2本の脚で歩く他はなくなってしまうが他に手は無いのだ。


「ど~するも何も、パパの予定どおりさ!」

「予定どおりって、これじゃ工場地帯で戦闘になってもスラスターを使って緊急回避なんてできないぞ?」


 緊急ミッションの制限時間はまだ3時間以上もある。

 さすがにノーブルならばスラスターが使えなくなってもドン亀という事にはならないだろうが、それでも行動に制限がかかるのは事実だ。


 私たちが生きてこの緊急ミッションの制限時間を満了するための一縷の望みといってもいいノーブルの機体性能がここで大きく減じられてしまうわけだ。


 だがマーカスは私の言葉にえらく驚いたような声をあげていた。


「えっ? 工場地帯って、サブちゃんは一体、何を言っているんだい?」

「は? じゃあ、お前は機体をどこに向かわせているって言うんだ?」


 そうこう言っている内にホバー状態のノーブルはそのまま地続きであるかのように湖の水上へと進み、もうもうと巻き上げる土煙は盛大な水しぶきへと変わる。


「どこって、ここさ、ここ」

「ここって……」


 コックピットの壁面全体を使って全周表示される周囲の光景を見渡しても、見渡す限りの本当に巨大な湖しかない。


「だから、ここだよ、ここ! 湖だよ!」

「……うん?」


 そろそろ頃合いかとばかりにマーカスは周囲を見渡し、やがて彼はフットペダルを使って徐々に推力を落とし始めたのだった。


 推力の低下とともに機体は速度を落とし、それと同時にゆっくりと機体の足裏は水面につかんばかりに下降していく。


「あらよっとぉ!」


 マーカスは両脚でフットペダルを、両手で左右のコントロールレバーを巧みに操作して姿勢をわずかに後ろ向きに倒して踵から着水するようにさせて、そのまま水しぶきを上げながら機体は水中へと没していった。


「お、お前は一体、何をしているんだッ!?」

「言っただろう? 『こっちもガチでやってやる』ってね! サブちゃんに聞くけど、『ガチ』って何かな?」

「え……? そりゃあ、お遊び無しでとか、マジで、とか……」


 “ガチ”とはそもそもは相撲やプロレスなどというエンターテイメント性の強い格闘技の世界で生まれた言葉だという。

 力士同士が思い切りぶつかり合うとガチン! という音がする事から、またその様子を映画やドラマの撮影などに使う道具に例えて“ガチンコ”と言うようになったのだという。


 プロレスの世界では他に「セメント」や「ピストル」「シュート」などとも言うが、それらの言葉が意味するのはいずれも「筋書や進行、役割を無視した真剣勝負」である。


「うん、『お遊び無し』ね。でもゲームって、それそのものがズバリお遊びじゃない? じゃあ、ゲームの世界での“ガチ”ってマジって意味で良いかな?」

「……違うとでも?」

「そらそうよ。ただ普通に真面目にプレーしてるだけでガチってのは違うんじゃあないかな? 対戦相手がいるゲームで真面目にやるのは当たり前の事だよ。じゃなきゃ相手に失礼だよ。そういう意味ではさっきのニムロッドのパイロットの判断は多分に楽観的な予想について行われた馬鹿らしいものではあったけど、そこには彼、あるいは彼女なりの考察があったのだから馬鹿だとは思うけど嫌いにはなれない。むしろ好意的に見ているよ」


 マーカスが「真面目」だとか「相手に失礼」だとか、どの面下げて言っているんだ? というのは言ってはいけない事だろうか?

 なんか言ったら負けみたいな気がしてくるが、彼は真剣そのものだった。真面目にトチ狂った事をやってしまうのがこの男なのだろう。


「つまりね、パパが言いたいのはね、パパが“ガチ”って言ったら、それは相手の都合は考えず、ただ自分の目的のために自分の強みを一方的に相手に押し付けて勝つ。って事なんだ」

「オーケー、そこまでは分かった。それで今、私たちがダイビングを楽しんでいるのと何の関係があるっていうんだい?」


 相手の土俵には乗らず、ただ自分の都合だけで事を進める。

 そりゃあ効率が良いに決まっている。


 だが、いくら効率が良かったとしても、それで1人でこのゲームの全プレイヤーを相手にする事ができるというのだろうか?

 そして追手が迫っているというのに速度をさして上げる事ができない水中へと飛び込むという奇行の真意とは?


 だが私の疑問はマーカスの質問によって返ってくる。


「サブちゃんは『ホワイトナイト・ノーブル』の詳しいスペックをどこまで知ってるのかな?」

「えと頭長高16.5m、全高16.85m。基本機体重量は38.8t。出力は48MNWにスラスター総推力は95t。私が知っているのはこのくらいだけど、詳しいのが知りたければオンラインで検索してみようか?」


 私の記憶領域に保存されているのはゲームの円滑な進行に必要な事と「サブリナ」というキャラクターが知っていなければいけない事。

 中立都市サンセット出身で移民者の新人傭兵と手を組んで成り上がりを目指しているというサブリナというキャラクターならば、サンセットの守護神と言ってもいいホワイトナイト・ノーブルの簡単なスペックを知っていてもおかしくはないだろう。


 だが、例えばスラスター総推力95tの内、左右の脚部が何tで、背部や肩部には何tといった詳細までは把握しているわけではないのだ。


 だが、現実世界のネット上のウェブページを探す事もできると言うと、マーカスはその必要は無いと言う。


「いや、大丈夫だよ。今、必要な分はパパが覚えているから」

「ああ、WIKIとか見てきたって言ってたものね」


 そして次の言葉で私は彼の言う“ガチ”の意味を完全に理解させられる事となる。


「そう。WIKIにはこうも書いていたよ。『潜航可能深度400m』ってね。WIKIには他にもいくつかの機体のデータが載っていたけど、潜航可能深度について記述があったのはノーブルだけだったんだよね」

「……は?」

「さて、水深400m。この機体の土俵に上って、いや、降りてこられる機体なんているもんかね?」

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