12 気付き

 深く潜っていくにつれてメインディスプレーに映る周囲の光景は急速に光を失っていく。


「水深200m……。もう少し深いとこ行っとくか」


 サブディスプレーに表示される情報を読み上げて、さらにマーカスは機体を前進させる。

 サブディスプレーの1つをレーダー画面からソナーのものへと切り替えてさらに深い場所を探しているようだ。


 思い出したかのように肩部や腰部に内蔵されているサーチライトを展開して周囲を照らすものの、紺碧色の水に時折だが淡水魚が移る以外には特に面白い物が移るという事はない。


 これが海ならば水深200mからは深海と呼ばれる領域である。

 そして水深200mといえば第二次大戦期の潜水艦の限界深度に近い。高い技術力で知られたドイツの高性能潜水艦ならばもう少し耐える事もできたらしいが、それでも艦内の設備が水圧に勝てなくなり魚雷の発射ができなくなったり、不要物を艦外へ投棄する事ができなくなるような艦の機能に支障をきたす水深である。


 このゲームは現実世界よりも遥かに時の流れた遠い未来を舞台としたものであり、そこで使われる人型機動兵器HuMoもまた高い技術力で製造された物ではあるものの、あくまでHuMoは大量生産が前提の兵器であって不必要な機能を盛り込む事はその前提に差し支える。

 よって一般的なHuMoは深海と呼ばれるような世界の高い水圧には耐えられないのだ。それこそホワイトナイト・ノーブルのような特別なワンオフの機体でもなければ。


 水深200mにさえ潜ってこられる機体など実装されていないというのに、マーカスはさらに深い水深を目指すという。

 徹底的である。これがマーカスが言うガチという事なのだろう。


「こう言っちゃあなんだけど、運営の連中は少し狙い過ぎなんじゃあないか?」

「……何が?」


 目指す場所が見つかったようで、機体の進行方向を定めて手持ち無沙汰になったのかマーカスは世間話でも始めるかのような落ち着いた口調で切り出していた。


「パパが最初に気付いたのは事前に公開されていた広大なマップにどこかであるような形の湖があった事だったかな? なにしろパパ、サブちゃんと会えるのが待ち遠しくて毎日のようにこのゲームのWebサイトを見ていたからね」

「そら、どうも」

「首の短い鳥とか、あるいはグリフォンなんかが飛び立つ前に翼を広げたかのような姿のその湖の形はけっこうな人が気付いていたんじゃあないかな? 『あ、これ、スペリオル湖だ』ってね。パパが若い頃に流行ってたSNSのアイコンにも似ていたしね」


 彼が言っていた事はまったくの事実であり、中立都市サンセットの水源でもあるこのエクセルシアー湖は現実の世界の北米大陸に存在する五大湖の1つ、スペリオル湖の3Dデータをそっくりそのまま使っているのだ。


 だが、マーカスがなんで今その話を始めたのか、その真意はまだ分からない。


「そのスペリオル湖の最大水深は406m。そして事前に公開されていたホワイトナイト・ノーブルの潜航可能深度は400m。このほとんど同じと言っていい類似はただの偶然なのかな?」

「ああ、そういう事……」

「つまり運営の連中はプレイヤーたちの拠点となる中立都市を守るこの機体を相手に逃げ場はどこにもないぞって言いたいんじゃなかろうかとパパは受け取ったね。だから悪い事すんなよ、ってね」


 事実こそ私には分からないが、ありえない話ではないと思う。


 マーカスの言葉にノーブルも返事を返すように鈍い衝撃音が走り、周囲は巻き上げられた湖底の土砂で覆い尽くされた。

 ついにノーブルは湖底に降り立ったのだ。


「水深360m、この辺りでいいかな。ええとHPの減少とかは無しと……。どうする? いっちゃん深いとこまで行ってみる?」

「いいよ、別に面白いモンがあるわけでもないだろ?」

「OK! サブちゃんは記録よりも記憶に残る冒険の方が好きっと……」


 目当ての表示物を探してあちこちへと視線を動かしているとこを見ると、この男は確かにまだHuMoに不慣れなのだろうなと実感させられる。


 深くなる所では急激に水深を増していくこの湖の構造上、最深部はすぐそこのような物だ。


 マーカスは「HPの減少」がどうこうとか言っていたけど、このゲームでは耐圧限界付近になるとどういう挙動を受けるかは私も分からないのだ。設定されている潜航可能深度付近からHPが減り始め、限界を迎えると一気に機体が圧壊してしまうのかもしれない。そういうわけで自分が乗っている時に限界を確かめてみようとは思わなかった。


「まっ、ここでじっとしてればその内に土砂も下に落ちて視界もいくらか良くなるっしょ。で、さっきの話の続きだけどさ」

「ああ、湖が現実のスペリオル湖を同じもので、ノーブルの潜航可能深度はそれにリンクしているって話ね」

「そのスペリオル湖の面積は82,200㎢、これは東京都の面積の132倍以上にもなるんだよね。なるほど、これが現実ならば、現実世界を模したリアルなゲームの世界だというならば大都市にはそれ相応の規模の水源が必要だというのも分かる。でもロボット物のゲームならばいくつかおかしい事があるんだ」


 緊急ミッションの制限時間までここを動くつもりはないと決め込んだのか、マーカスはシート上で背伸びしながら話を続ける。


 どの道、水中に巻き上げられた土砂が落ち着くのにもしばらく時間はかかりそうで視界はサーチライトがあったとしてもほぼゼロのようなもの、私たちは話をして時間を潰す事くらいしかできないのだ。


「湖のサイズを考えればプレイヤーたちの拠点となるサンセットは湖のすぐそばと言ってもいい。なのにこのゲームには水陸両用機が実装されていないのはなんでだろうな?」

「そ、そりゃ水陸両用機の実装は夏の大規模アップデートからだからな!」

「あら、そうなの?」


 湖の畔に工場地帯が設置されているのも夏の大規模アップデートにて水陸両用機が実装される事を見越しての事である。


 プレイヤーが受注するミッションの内容次第で工場地帯を攻める事にも、逆に防衛を請け負う事にもなるだろうが、そのどちらの場合においても水陸両用機は重宝するはずだ。


「だからかな? βプレイヤーの人たちが纏めてくれていた攻略Wikiにはいくつかの機体の他にも様々な種類の武装も載っていたんだけどさ」

「ああ、ああいうの見てるだけで楽しくなっちゃうタイプ?」

「うん、昔はね。リアル世界だと老眼かな、そういうの見てるだけで疲れてきちゃってさ……」

「そ、そういう世知辛い話はいいから続きを!」


 このゲームに限った話ではないが、完全没入型のゲームはVR機器が脳内に送り込む電気信号によってプレイヤーたちにゲームの世界を知覚させるため、現実世界の肉体が老眼などに苦しめられていてもゲームの世界では無縁である。


「お、おう。話を戻すけど、wikiにはホント色んなタイプの武装が載っててさ、アサルトライフル、カービン、アサルトカービン、サブマシンガン、ショットガン、バズーカ、ハンドガンなんかの人間用の銃器をそのまま拡大したようなのからガトリングガンとかリボルバーキャノンみたいな各種機関砲、各種ミサイルにロケット弾、レーザー砲にビームキャノンとかね……」


 各プレイヤーの技量やプレイスタイルに応じて様々な武装を選択できる事がこのゲームのウリの1つでもある。


 まあ、ぶっちゃけホワイトナイト・ノーブル相手に有利に戦える武装など1つも無いのがアレな話ではあるが……。


「で、パパが気付いたのはこんなにたくさんの種類の武装があるのに対潜兵器が1つもないって事」

「たいせんへ~き?」

「爆雷に爆雷投射機、短魚雷やら対潜ロケット、対潜ミサイルとかだね。ミサイルなんか対HuMo用以外にも対地、対空の物が射程やら威力に合わせて大小の物が色々とあるのに対潜ミサイルは無いんだ。ま、これもサブちゃんが教えてくれたように夏の水陸両用機の実装に合わせてだろうね」


 そういえば夏の水陸両用機実装はまだ公表された情報ではなかったような気が……。

 とんでもない事を口走ってしまったのではないかと今さらながら背筋が寒くなってくる。それもとんでもない情報をとんでもない相手にだ。


「巨大な湖、その湖の最深部にすら足を伸ばせる高性能機、存在しない水陸両用機と対潜兵器。パパが緊急ミッションに気付く前から湖へと機体を向かわせていたのはこういう事さ!」

「なるほどね。マーカスが言う“手配度みたいなもの”が消えるまで、この湖の底でほとぼりを冷まそうって思ってたって事か」


 私の口から零れたのは溜め息だったのか、それとも感嘆の吐息であったのか。

 私のような最新型のAIは人間にだいぶ近しい思考パターンを持っているというが、このようなインスピレーションはまだ人間に遠く及ばないものなのかもしれない。


「あの上空でこの機体の動向を味方に送り続けていた『双月』なんて機体あたり、対潜兵器が実装されたらけっこうな役割持てるんじゃないか? 速すぎないのがかえっていいだろ?」

「その『双月』のプレイヤーが緊急ミッションの貢献度ランキングで1位になってるみたいだね」


 緊急ミッションの依頼メールにリンクされた特設ページには貢献度ランキングなるものが表示されており、そのランキングはリアルタイムにポイントが加算されるようだが現在、ポイントは動いていない。

 そして恐らくはこのままポイントが動く事はなく、ポイントランキング現1位の「双月:サンタモニカ」がこのまま首位で終わるのだろう。

 他にポイントを得ている者は9人ほどいるが、これらはわずかでもこちらの逃走を遅らせた功績を考慮されたものであろうか?


 緊急ミッションの残り時間はまだ3時間近くもあるが、すでに私は緊急ミッションが終わったかのような安堵感に包まれていた。


「ところで今、暇だろ? アンケートいいか?」

「良いよ。こっちのサブディスプレーに回してちょ」

「あいよ!」


 前席用のサブディスプレーにアンケート入力用のページを表示させ、後席のサブディスプレーに困ってる事があったら助言してやろうと見守るためにミラーリングさせるとマーカスがさっそく書き込んだ所が目に飛び込んでくる。




≪どのような事でもいいので運営に何か要望、ご意見などはありますか?≫

 ・担当AIが「パパ」って呼んでくれません! どうすればいいですか!(緊急、重要、即返答求む)




 まだ諦めてなかったのか……。

 こうして私はこの日、何度目ともしれないエクセルシアー湖の水深よりも深い溜め息をついて、こうして私たちの最初の冒険は過ぎていくのであった。

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