オンラインゲームの運営は大変なようです
どのような業種であったとしても営業開始初日というのは繁忙を極めるものであろう。
サービスを提供する側の人員も不慣れであるのに加えて、客の側もサービスの提供を受ける事に慣れていない上にその上、冷やかし半分の連中まで押しかけてくるのだから当たり前だ。
それはVRMMOゲーム「鉄騎戦線ジャッカルONLINE」を本日、正式サービス開始したVVVRテック社の担当部署、通称「J部」においてもそれは同様であった。
現在、すでに時刻は19時半。
4月の初旬という事もあり、すでに窓の外は暗くなっている。
だが、日中に比べれば人の数は減ってこそいるものの、残っている者たちの喧騒は本日正午のサービス開始直後とさして変わらない。
いや、見ようによっては今現在こそがこの日一番の混乱の最中にあったといえよう。
今日一番の混乱、それは今日一番の大事件が発生した事が理由である。
そもそも「鉄騎戦線ジャッカルOnLINE」こそ本日が正式サービス開始であったものの、VVVRテック社は完全没入型のVRMMOゲームはファンタジー物の「剣と魔法と貴方の物語」ですでに経験済みであり、そこからフィードバックされたデータは「鉄騎戦線ジャッカルOnLINE」にも活かされている。
また十分な期間を以て運営されていたβテストは終始順調に進み、そこで得られたデータは正式版の品質向上に大きく寄与し、上層部が行けると判断したからこそ今日の正式サービス開始へと漕ぎ着けられたわけであった。
それに各プレイヤー1人に対して1体ずつ割り当てられるユーザー補助AIは各プレイヤーたちの「分からない」に対して解決策を提示する機能も与えられており、それも運営の負担を軽減する事を期待されていたわけであるが、実際、それらは上手く機能していたといってもいい。
新たにユーザー補助AIに対する不満や苦情なども運営へと寄せられていたわけであるが、それを加味してもAIたちは開発者の予想以上の働きを見せていた。
先行作品からのフィードバック、βテストでの問題点の解消、問題解決策を提起してくれるユーザー補助AI。
それらがあったとしてもなおプレイヤーたちからは無数の要望、苦情が運営へと届けられてきたわけであったが、それもまた彼らの想定の範囲内の出来事。
バグの報告については直ちに修正。修正できないものはゲーム中、SNSなどを通してプレイヤーへと周知、システム全体に不具合を来す恐れのあるものについてはシステムから隔離。
半ばクレームと言っていいようなものも多分に含まれる要望苦情などについてはサーバーの専用AIがキーワードごとに類別して爾後の方針決定の参考とする。
部署の人員の不慣れさ故にJ部では繁忙を極めていたが、それも含めて想定内の出来事であったといえよう。
事態が急変したのは時刻が19時を回ったあたりであったか。
正午からスタートしていたゲームで日中の内に見つかっていた問題のほとんどはすでに解決、または解決策が提示され意思決定はなされていた事もあってか部署内では張りつめていた緊張が弛緩して楽観的なムードが漂っていた。
時間感覚が10倍に加速されるゲーム世界ではすでに3日目となっており、すでに現状の問題点は出尽くしたように思われていたとしても無理はない。
結果、家庭を持つ者など幾名かはすでに退社しており、またプロデューサーとチーフディレクターは上層部や取引先との会合のために市内の料亭へと向かっていた。
そのような中で起きたこの日一番の大事件。
1プレイヤーによるNPC用機体「ホワイトナイト・ノーブル」の強奪という事態は運営のオフィスを震撼させていた。
「被災地域の復旧完了ッ! 3分後に再解放可能です!」
「上級AIは設定付与『撃たれたカーチャ隊長は防弾ベストに銃弾が当たったために運良く無傷、その後の高所作業車の転倒でも軽傷で済んだ』を条件付きで妥当と判断!」
「良しッ! 可能な限り速やかにカーチャ隊長に設定反映させて復旧させろ! 被災地域もだ!」
「カーチャ隊長を復旧させても乗機が……」
「んなモン、とりあえず一般隊員機の予備にでも乗せとけッ!!」
怒号飛び交うオフィスでは混乱の鎮静化に尽力していた。
すでに強奪事件の際に大火に見舞われたバザールは閉鎖し、当該地域にいたNPCの記憶調整も完了、再解放を待つばかり。
特定の主人公を持たない「鉄騎戦線ジャッカル」で主人公の代わりにメディアミックス戦略で中心的な立ち位置にいたNPC「カーチャ・リトヴァク」もそのままでは死亡判定を食らうところであったが、ゲーム内世界全体を統括する上級AIに設定をねじ込む事によって、そのような事態は避けられる事ができた。
だがそれは小手先の対応。そしてそれを良く理解している社員たちの顔から緊張の色が薄れる事はない。
何しろ強奪されたカーチャ隊長の乗機「ホワイトナイト・ノーブル」はどのようなバグがあっても複製されてしまわないようにゲーム内世界でただ1機だけ存在する“
プレイヤーたちの中にはカーチャ隊長とノーブルの雄姿を見ようとわざわざ徒党を組み、わざとプレイヤーたちの拠点となる中立都市サンセット内でHuMoを用いた凶悪犯罪を行う者もいたくらいだ。
すでにSNSには一般隊員機を従えたカーチャ隊長のホワイトナイト・ノーブルが素手で犯罪者の機体からコックピットブロックを引き抜くところがそれを目撃したプレイヤーにより映像、画像を問わずアップロードされており、運営側からプレイヤーたちへHuMoの到達点を示すという目的はすでに達せられたといっても良い。
だが、まだホワイトナイト・ノーブルを失うわけにはいかないという共通認識をJ部の誰しもが持っていた。
なにしろ彼らのメディアミックス計画は未だ道半ば、むしろ始まったばかりと言ってもいい。
児童誌に連載中のコミックにおいてもカーチャ隊長と彼女が駆るホワイトナイト・ノーブルは重要な立ち位置を示していたわけで、実際のゲームではカーチャ隊長は愛機を奪われて一般隊員機に乗っていますでは話にならない。
また大手模型メーカーから発売予定のプラモデルや組み立て着色済み完成品モデルでも各サイズバリエーションにおいてホワイトナイト・ノーブルはラインナップされており、大手模型雑誌ではそれらのキットを題材とした記事が連載予定なのである。
さらに現在発表されている物以外にも様々な商品が発売される予定であり、それらは夏の大型玩具ショーイベントなどでメディアの注目を集め、ひいては「鉄騎戦線ジャッカルOnLINE」全体の露出を高める事が期待されていたのだ。
各プレイヤーがそれぞれの物語の主人公というゲームの都合上、作品を象徴する機体として祀り上げられたホワイトナイト・ノーブルを失う事は彼らの販促計画の根本を揺るがす事態だと言ってもいいだろう。
オフィスに残る社員から連絡を受けた鬼庭プロデューサーは「プレイヤーが機転を使ってノーブルを奪った事実を無かった事にはできない。だが、かといってノーブルを失うわけにはいかない。強奪したプレイヤーを負かす形を作ってなんとしてでもノーブルを取り返せ」という指示を車中から飛ばしたが、その成果は芳しくない。
今も彼らがプレイヤーたちに向けて出した緊急ミッションを受注して逃走するノーブルへ戦闘を仕掛けた9人のプレイヤーがあっという間に殲滅されてガレージ送りとなったばかりだ。
「大変! 獅子吼Dが休憩室で『私にペイルライダーを使わせろ!』って騒いでいるわ!」
「なるほどアレなら……、って、コラボ元に無断で使えるわけないだろ!?」
「てか、獅子吼ちゃん、たいして操縦上手くないじゃん?」
ホワイトナイト・ノーブルが奪われたと聞いて気を失って倒れ、休憩室で寝かされていた最年少ディレクターが目を覚ましたとの一報がオフィスの面々の元へと届けられるが、それは同時に獅子吼ディレクターが未だに正気を失っている事を彼らに知らしめていた。
獅子吼ディレクターが言う「ペイルライダー」とはしばらく後に開催予定の他作品とのコラボイベント用に鋭意準備中のレイドボスである。
確かに数十から数百のプレイヤーたちを相手に大立ち回りを繰り広げられるだけの性能を持たされているレイドボスならば確かにホワイトナイト・ノーブルとも互角に戦えるだろう。
だが他社との契約によってイベント期間が限られているコラボ機体を版権元に無断で使う事ができる道理も無く、時間が時間であるので相手先との交渉ができるわけもない。
そして獅子吼Dの言葉はオフィスに詰める彼らに取れる手段はもう無いと言っているようなものである。
コラボイベント用ではなく、「鉄騎戦線ジャッカル」オリジナルのレイドイベント用ボス機体もすでに用意されてはいるが、そちらはプレイヤーたちに本作のレイドバトルシステムを周知させるための入門編的な機体であり、火力はともかく機動性という面で大きく水を開けられているノーブルにとても太刀打ちできるような物ではないのだ。
「……後はプレイヤーたちの頑張りに賭けるしかないっていうのか?」
「だ、大丈夫ですよ! 先のプレイヤーたちとの戦闘でノーブルのアサルトライフルは弾切れ寸前。ビームライフルもいつまでも使えるわけじゃあないんです」
「そうですよ! 現にサンセットからは緊急ミッションを受領したプレイヤーたちが逐次出撃していきますし、上空の『双月』のプレイヤーからは常にノーブルの位置情報が提供されています!」
悲観的な声を上げる者に励ますように楽観的な声をかける社員たち。
なるほど、確かにこれまでの逃走劇でホワイトナイト・ノーブルに搭載されていた推進剤は大半は使われた後であろうし、ノーブルの武装の残弾にも限りがある以上は先の9機を殲滅したような事態がいつまでも続くわけではない事は自明の理である。
推進剤が切れたノーブルは数多のプレイヤーたちの飽和射撃にどれほど耐えられるものか?
このゲームの装甲システムの都合上、いかに強力な装甲があろうと被弾のダメージをゼロで済ませる事はできないのだ。たとえそれがホワイトナイト・ノーブルであっても。
だが忘れてはならない。
いかに確実であるように思えても、未だノーブルが撃破されてない以上は確定しているわけではないのだ。
「…………大変」
「……どうした?」
すでに疲労困憊、不測の事態に驚き疲れた男性社員の声に異変を告げた女性社員が油の切れたカラクリ人形のようにぎこちなく振り向く。
「ノーブルが湖に潜りました……」
「……え?」
「潜ったって?」
「潜航中のノーブル、徐々に水深を増していきます」
今度こそ本当にお手上げである。
いかに多数のプレイヤーたちがいたとして、彼らが乗っている機体のいずれもが水中戦に対応したものではない。そんな機体、まだゲーム内に実装されていないのだ。
その報告を聞いた獅子吼Dが泡を吹いて倒れたと聞いても、もはやお葬式ムードの面々はもはや声を上げる事すらしなかったという。
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