6 小隊(プラトゥーン)

 うわ……。

 ウチのマモル君とはまた別の切り口で口が悪い!


 でもサブリナの担当ユーザーであるおじさんは腹を立てるどころか、小さく体を震わせて笑っているようだ。


 もっともこちらに背を向けている彼の表情こそ見えないものの、その背に漂う落ち着いた雰囲気はどこか子供の取るに足らない悪戯を笑いとばす大人の余裕のようなものが感じられるほど。


「うん? あ、悪い……、ちょっとトイレ」


 担当AIの小生意気な口の利き方にも動ぜず、むしろ楽しんでいるかのような雰囲気の中年男性であったが突如としてテーブルの上の中空に浮かび上がった青白いメッセージウィンドウを見てバツの悪そうな声を上げた。


「あん? 例のラーメン屋の激辛ラーメンでお腹を壊したのか?」

「かもねぇ……」

「おいおい、トイレの通知だったらメッセージウィンドウを他人に見えないようにしとけばいいのに」

「ああ、物を食べてる時に失礼」

「いやいや、それは別にいいけどさ。そういう設定にしておけば気の合わないヤツとミッション受けなきゃいけないって時に『あ、トイレ!』ってバックレる事ができるだろ? 知恵だよ、知恵!」

「なるほどね!」


 私が足首や背中の痛みに悩まされていないように、あのおじさんが胃腸の痛みから逃れてきたように、仮想現実の世界では現実世界の苦痛から解放されている。

 これは元々が完全没入型のVRゲーム機が異星人から提供された医療技術から発展してきたからだ。


 とはいえ大概のプレイヤーはベッドなりソファーなりに横になった状態で仮想現実の世界に入ってきているわけなのだが、意識は苦痛から解放されていても肉体が生理現象と無縁の存在になれるかというとそういうわけではない。


 そのためにVRヘッドギアのヘルスチェッカー機能はユーザーにトイレ休憩を促したり、あるいは熱中症や脱水症状などで肉体に危機が迫っている事を通知してくれるようになっているのだ。


 確かに設定でメッセージウィンドウを他人から見えないような設定にしておけば、友人の友人みたいな自分とは気が合わない者とゲームをプレイしなければならないような状況から嘘を付いて逃げる事もできるだろう。


 私としてはむしろそういうシステムの小技的な使い方をAIが教えてくれるという事の方に感心していた。

 さすがはベスト10ランキング入りしているだけの事はあるといったところか?


「それじゃ、ちょっと行ってくるよ」

「あいよ。んじゃ、こっちでトイレ通知の感知レベル上げとくわ」

「よろしく~……」


 2人は軽い調子で言葉を交わして、やがて男の方は不意にその場から瞬間的に姿を消す。


「ねえ、マモル君。私も足が痛くてトイレに行くのに難儀するかもしれないから、その感知レベル? ての上げてもらって良いかしら?」

「ええ、そういえば、それもそうですね……」


 私がタブレット端末をマモル君に返すと、彼は照れ隠しが見え見えのしかめっ面をして私のメッセージウィンドウの通知を変更してくれた。


 あのおじさんとこのサブリナがメッセージウィンドウの事を「見えないようにしておけばいいのに」と言っていた事から察するに、プレイヤー自身もタブレットを使うなりガレージの事務所のパソコンを使えば設定を変更する事が可能なのだろうけど、せっかく担当のAIがいるのだから頼ってもいいだろう。


「あと、私も通知のメッセージウィンドウを他人から見えないようにしてほしいのだけど……」

「ああ、はい。大丈夫です」


 そう返しながらもタブレットの操作をするマモル君の顔には少し赤みが差して心なしか俯いてしまった。


 もしかすると自分の担当ユーザーが他人の補助AIの話を聞いて設定を変更するというのは彼としては気恥ずかしい事なのかもしれない。


 別に私としてはマモル君の事を気が利かないヤツだとか、あるいは無能とか怠慢とかいうふうには思ったりはしないし、むしろ彼は良くサポートしてくれていると思っている。


 多分、サブリナが攻略Wikiに「意外と面倒見が良い」とか書かれているのはこういうところなのだろうなと素直に感心するくらいだ。


「なに、気にしてんの? 意外と可愛いとこあるじゃない?」

「な、何を馬鹿な事を!?」


 わざとらしく茶化してみせるとマモル君は余計に顔を赤くして否定してみせる。

 私が初めてのミッションで初手からミサイルを撃ち切った時だってこんなには狼狽しなかっただろうに、こうもあけすけだともはや白状したも一緒だ。


 自分の頬が緩むのも抑えられず、もう少しからかってもいいだろうか、それともいい加減にしないと本気で怒らせてしまうだろうかと考えていた時の事だった。


「ゴメンね。私たちのせいでそっちを変な空気にしちゃった?」

「え……、いやいや全然!! こっちこそゴメンなさい。盗み聞きするつもりは無かったのだけど、つい耳に入ってきちゃって」


 いつの間にか例のサブリナが私たちのテーブルの脇まできていたのだ。


 攻略Wikiに掲載されていた画像だとサブリナの服装はホットパンツにヘソ出しのシャツ、その上にジャケットを羽織ったくらいにしていたのだけど、私たちの目の前にいる個体は紺色のアンサンブルスーツに白のブラウス、茶色のローファーとまるでピアノの発表会用におめかしした子供のような恰好。


 どうりですぐにベスト10ランキングに掲載されていたAIだと気付けなかったわけだ。


「ええと、サブリナさんの服ってあのおじさんが……?」

「あ、うん、まあ、その、そうだね。」


 正直、その服装はサブリナというキャラクターに似合っているとは言い難いのだけれど、それでもあの中年男性が精一杯頭を使ってお洒落させてあげたのかと思うと微笑ましくなってくる。


 そもそも詳しくは知らないが、キャラクターの個性に合わないファッションを受け入れさせるというのはそれなりに親密度が上がっていないと駄目なんじゃなかろうか?

 ゲームが正式サービスを開始してからわずか1日でこうも親密度を上げる事に成功するとはあのおじさん、意外とやり手のプレイヤーなのかもしれない。


「…………いや、私が我慢してれば、他のプレイヤーに迷惑がかかる事はないかなって……」

「うん? 今、なんて?」

「いやいやいやいや! こっちの話、こっちの……」


 ボソリと彼女が呟いた言葉はよく聞き取れなかったが、もしかすると「小生意気な少女」というキャラクターに設定されているサブリナにとって、あのおじさんと仲良くしてると他人に思われるのは恥ずかしい事なのかも?


 そういう事なら触れないでおいてあげるのが武士の情けというやつだろう。


「あ、そうだ。私は獅子……、ライオネス! 貴女はサブリナでいいのかしら?」

「ら、ライオネスっ!?」

「ど、どうしたの? そんなに驚いて……」


 話を逸らそうと私が名を名乗ると、サブリナは身じろぎして両手を大きく見開いた。どことなく頬も引きつっているように思える。


「ななな、なんでもないですよ!? え、え、え~と、もしかしてライオネスさん、昨日の緊急ミッションでランキングに載ってた?」

「ああ、それで私のハンドルネームを知っていたのね。ええ、そうよ。あの緊急ミッションの貢献度ランキングに載っていた『ライオネス』は私の事よ」

「あ~! やっぱり!! う、うんうん、そうだと思った! 私はAIだから記憶力は良いんだ!!」


 予想以上にサブリナは私がイベントのランカーであるという事に驚いていた。


 まあこのゲームが始まって初となる大型緊急ミッションのランカーであるわけで、驚くのも無理は無いのかもしれない。

 その実態はノーブルが私を相手にしている時に後ろ向きに飛んでいたので逃走速度が落ちていたという事が貢献と評価されてのものであり、その貢献度は最下位。


 もはや驚愕と言ってもいいサブリナの驚きはプレイヤーの承認欲求を満たすために設定された行動パターンなのであろうが、その実態を知る私自身からするともはや虚しいくらいである。


 もしかするとこのサブリナはあのおじさんと服を買いに行っていたとかであの緊急ミッションの顛末を知らないのかもしれない。


 その私の気持ちを代弁してくれたのはマモル君だった。


「ああ、別に大した事ないですよ? やっと目標に追い付いたと思ったら一太刀すら浴びせられずにガレージバックなのですから」

「へ、へぇ~~~!」


 自分がからかわれていたのがサブリナが話しかけてきた事によって私の注意が逸れたことでホッと冷めたお茶を飲んでいたマモル君が先ほどのお返しとばかりに私の醜態を披露する。


「おまけに再出撃の時には『少しでも機体を軽く~』とか言い出して、せっかくお金を貯めて買った武器まで売って使い道の限られる拳銃なんか買って、それで向こうに相手にしてもらえないのだから馬鹿もいいところです」

「うぐっ!? ひ、人が悩んでいる事を……」


 マモル君の言葉に私は重い現実が両肩にのしかかってきたような錯覚を覚えた。

 チラリとサブリナの方を見ると、彼女も声こそ出さないものの「うわぁ……」とでも言いたげな表情で私の方を見ている。


「え、え、え~とさ、ライオネスさんさ、これからミッションで金稼ぎに行くんでしょ? 私も付き合おうか?」

「は? 今の話を聞いていましたか? この馬鹿の機体は今、ナイフとビームソードと拳銃だけの馬鹿みたいな構成になってるんですよ?」


 まるで「これからどうするつもりなんですか?」と言わんばかりのギロリとしたマモル君の視線にいたたまれなくなり私は視線を伏せる。


「だ、大丈夫、大丈夫! 私は雷電だけど普通に武器あるし、ニムロッドと2機小隊でなら『難易度☆☆』のミッションくらいならなんとかなるっしょ!?」

「でも、それじゃそちらの負担が……」

「大丈夫だって! さっきのこっちの話は聞こえてたんだろ? 私の担当は今日は使いモンにならないだろうし、私も自分のスキルポイントとか少し稼がせてもらえればそれでいいよ!? だからお前も自分の担当をそう虐めてやるなよ! な? なッ!?」


 こ、これがベスト10ランキング入りのAIなのか!?

 一体、こんな良い子を「小生意気」だとか「口が悪い」だとか攻略Wikiに書いたのはどこのどいつだ!?

 もし、そいつが私の目の前にいたらフランケンシュタイナーで地面に後頭部を叩きつけて人格をリセットしてやるだろう。


 ……うん?

 あれ、サブリナさんに私たちの機体がニムロッドだって言ったっけ?

 緊急ミッションの貢献度ランキングに載ってたっけ?

 まあ、良いや!


 サブリナさんの取りなしにマモル君も納得し、やがて2人はああだこうだ言いながらタブレットを見ながら私たちでもクリアできそうなミッションを探し始めたのだった。

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