5 転機との出会い
「……はあぁぁぁ…………」
私が大きな溜め息をついてテーブルに突っ伏すと、マモル君がニヒルな笑みを浮かべてお決まりの毒を吐く。
「どうしたんですか? そんな思いつめたような顔をして……。知ってますか?
「おう……、私はその国に住んでんだわ……」
似たようなやりとりはこれで何度目だろう?
可愛い顔をしてノルマでもこなすように毒を吐いてくるマモル君に思わず「そういうトコだぞ!?」と言ってやりたくもなるが、実際のところ、彼の言っている事はそう間違っているというわけでもない。
ただ難易度☆のミッションで効率の悪い稼ぎ方をしていては、あのノーブルを奪ったプレイヤーとの差が付いていくばかりではないかとモチベーションが上がらない。
だが、それはこうして何もしなくても同じ、いやこっちが歩みを止めているだけ余計に差が付いていく一方だろう。
まさに「馬鹿の考え、休みに似たり」、マモル君の言うとおりだ。
さて、ではまず私は何をするべきか?
もちろん、このままおやつタイムが終わったら難易度☆のミッションでとっととクレジットを稼ぎにいくのも1つの手だ。
そしてもう1つ考えられるのが、課金アイテムの購入だ。
ただ私はまだ未成年であるのでプリペイド式の電子マネーを使っても1ヵ月に課金できる金額には限りがある。
このゲームを開始した時のようなマネーパワーは来月までは発揮できない。
それじゃ何ができるのかというと、リアルマネーで300円で販売されているもので「配置転換辞令」というものが存在する。
配置転換辞令とは即ち、中立都市から各プレイヤーである
そのコーディネーターとはもちろんユーザー補助AIの事であり、このアイテムを使用する事でユーザー補助AIを変更する事ができるのだ。
「……ねぇ、マモル君?」
「なんです? お姉さんの分のクリームあんみつをくれると言うなら、もっと早くに言って欲しかったのですがね。ソフトクリームが溶けだしてしまう前に」
「私の分は私が食べるわよ! そうじゃなくてさ、今度デカく儲けたらもっと良いお店にご飯食べにいきましょうね」
「お姉さんはしょうもない馬鹿ですが、そういう人の扱い方を心得ているところは好感がもてますね」
「はいはい」
私が本当に効率だけを考えてこのゲームをプレイしていくのなら配置転換辞令を使って、とっとと強キャラを選択するべきだろう。
でも私はそれを良しとしなかった。
仮にユーザー補助AIをマモル君からオススメベスト10にランキングされているような強キャラに変更して戦力を整え、いつかは分からないがノーブルを撃破する事ができたとしよう。
果たして、それは私がノーブルとノーブルを奪ったプレイヤーに勝利したと言えるのだろうか?
たとえ勝利したという実感を得られたとしても、それは強キャラのサポートで下駄を履かせてもらった故だと微塵も思わずに勝利を喜べるのだろうか?
私がマモル君とともに敗北を喫してしまったのならば、やはりマモル君とともに雪辱を果たすのがスジというものだと私は思うのだ。
幸い、攻略Wikiを読んでみるとマモル君がワースト10入りしている理由は「口が悪い事」と「あまり役には立たない」という2点に尽きる。
1位から5位にランキングされているAIたちに比べて別に実害があるというわけでもないし、まったくもって役に立たないというわけでもない。
ならば彼くらいのアシスタントの方が強敵に打ち勝った時の感動もひとしおというものだろう。
それに口が悪いというのも弟ができたようで意外と楽しくなってきている。
私は姉と歳が離れているせいか、友人たちが話す弟や姉妹が生意気でムカつくという愚痴も羨ましいくらいの気持ちで聞いていたのだ。
私はマモル君とともにノーブルを倒す。
そう思い定めた私はもうほとんどソフトクリームが溶けて半ば飲み物のようになってしまったクリームあんみつの深皿を盃を呷るように飲み込んでいく。
(……うん? あの子って……)
行儀悪く器に口を付けて顔を上げていくと、店内にいたもう1組の客の事が目に入った。
こちらに背を向けている方は中年と思わしき男性。
濃い緑のツナギ服を着ている事からもこちらの男性はプレイヤーなのだろう。
そしてツナギ服の男性の向かいに座っている少女。
ツヤッツヤの金髪をポニーテールにしているその子の顔にどこか見覚えがあったのだ。
プレイヤーと一緒にいるのだからポニテの少女はユーザー補助AIなのだろうし、ユーザー補助AIは100種に満たないバリエーションなのだから、どこかしらで同種のAIとすれ違っていたとしてもおかしくはない。
でも、もっとつい直前にあの子の顔を見たような……。
ふと思いたった私は再びタブレットを手にとって、さきほど見ていたランキングに彼女の顔を探し始める。
(いた……!)
あの子がランキングされていたのはワーストランキングではなく、ベスト10ランキングの方だった。
ベスト10ランキング第9位「サブリナ」。
小生意気で口が悪いのはウチのマモル君と一緒だけど、口の悪さとは裏腹に面倒見が良く、さらに親密度の上げ方が通常のものとは別に彼女の度肝を抜くような行為を見せたり、その実力を認めさせる事で“分からせ”る事でポイントを稼ぐ事ができるようでスタートダッシュに向くそうだ。
生身での戦闘こそ適性は低いものの、HuMoのパイロットとしては機動戦に特化している向きもあるものの、基本的にはどのような機体、武装でも乗りこなしてパイロットをサポートしてくれるらしい。
果たしてあのプレイヤーはその辺を理解してサブリナというAIを選択したのだろうか?
ランキング9位というところが微妙でその辺の判断は付きづらい。
むしろ2人は傍から見ているとまるで親子のようで、あの中年男性がガチ勢だとか効率重視のプレイヤーとも思えないのだ。
それに良い歳こいた大人がいかにも子供なサブリナを連れていても不思議と性犯罪者予備軍のような雰囲気を醸し出していないのは男性にギラついた空気を感じないからだろうか?
それどころか男性は軽く背を猫背にしたくらいにしてどことなく枯れたような雰囲気すら漂わせていたのだ。
不意にその2人の会話が耳に届いてくる。
別に聞き耳を立てていたわけでもないのだけれど、狭い店内に客は2組だけ、おまけに店内のBGMは何かラジオ放送のような音質の悪いものがかすかに聞こえてくるくらい。否応無しに向こうの声が聞こえてきてもおかしくはないだろう。
「……どうした? なんか元気無いじゃん?」
「おう、サブちゃん、聞いてくれるかい? いや~、今日は仕事は休みなハズだったんだけどさ~、トラブルが発生したいきなり休出させられてさ。まあ、それは午前中だけで終わったから良かったんだけど、早めに終わったからって後輩が近所で話題の激辛ラーメン食いに行こうって……。で、その店って辛さのレベルを選べるんだけど、せっかくだからMAXのレベル10に挑戦してみたわけよ!」
「ああ、それで思った以上にラーメンが辛かったと?」
「そうそう。後から聞けばその店の激辛ラーメンってレベル1でも十分に激辛らしいんだ。で胃をやられてVR空間に来てやっと内蔵の痛みから解放されてホッと人心地ついたってわけ!」
なんかあのオッサン、私と同じような事をしてんなと密かに同情する。
私もゲーム世界の中でこそ平気でいられるが、現実世界に戻れば背中と足首の痛みでひいこら言っているところなのだ。
「………………」
「うん? どうしたの?」
サブリナはとても自分の担当ユーザーが災難にあった話を聞いたとは思えないような微妙な顔を浮かべている。
「……いやね。『日頃の天罰が当たったんだろ?』と返すべきか『アンタが後輩にメシに誘ってもらえるとか嘘つくな!』と返すか悩んでさ……」
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