7 初めてのフレンド

「おっ、これなんか良さそうじゃない?」

「そうですね。このミッションならリスクも少ないと思います」


 サブリナさんはウチのマモル君を相談しながら、やがて1件のミッション依頼を表示させたタブレット端末を私の目の前へと差し出してきた。




件名:領域越境部隊への攻撃(危険度:☆☆)

依頼主:サンセット渉外部


内容:中立都市の管理区域へ侵入してくる事が予想されるトヨトミ勢力の部隊への攻撃を依頼します。


 中立都市管理区域北方境界線のさらに北方では今もトヨトミ側とサムソン側の前線が形成されていますが、トヨトミ内部の協力者から得られた情報によるとトヨトミ側部隊がサンセット管理領域へと侵入する事でサムソン側前線部隊の側面、後方に奇襲を目論んでいる事が発覚しました。


 トヨトミ側の通過に対して我々が何もしなければ、他勢力から中立都市がトヨトミへと便宜を図っていると見なされる可能性が高く、引いては中立都市の存続に関わる事案に発展しかねません。


 ただし、情報の入手ルートが非合法なものであるため、表立って中立都市防衛隊を動かす事はできず傭兵の方々へ協力をお願いしたいと思います。

 よろしくお願いします。


添付:トヨトミ部隊予想進行ルート周辺地図

タグ:対トヨトミ 危険度☆☆




「うん? これ、そんなに楽なミッションには思えないけど……?」


 ミッション依頼文に添付されていた地図データによると中立都市サンセット、トヨトミ、サムソンの北方境界線とやらはちょうど「人」の字のようになっているようだ。

 南側が中立都市の管理区域、東がトヨトミ、西がサムソンとなっていて、トヨトミ側とサムソン側の境界線上は北方に延々と広大な前線地帯が広がっている。


 トヨトミ側は中立都市の管理区域へと侵入する事で敵の前線を迂回し、側面や後方へと攻撃を仕掛けようというのだろうけど、いくらサムソン側の防御が薄い場所を攻撃できたとしても僅か数機では効果は薄いだろう。


 つまり結構な大部隊を相手にしなければならないのは必然といってもいいだろう。


「要はこのミッションはこの街の上の連中にとってただのアリバイ作りにしか過ぎないって事さ!」

「アリバイ……?」


 サブリナさんの顔は汚い大人を嘲笑するひねくれた子供のそれ。


 こういうところを見るとこの子も「小生意気な子供」というキャラクター設定に忠実なんだなと実感する。


「つまりさ、トヨトミの奇襲部隊を素通りさせるのが駄目なんであって、私たちみたいな個人傭兵ジャッカルをけしかけて自分たちの管理領域を守る姿勢だけ見せれば良いって考えなんじゃない?」

「ああ、それでアリバイ……」

「上の連中がマジなら、理由をでっちあげて虎の子のホワイトナイト部隊を動かすさ、それこそ『野外演習中に遭遇した越境部隊と交戦した』とかさ!」


 言われてみれば確かにサブリナさんの説がもっとも状況を上手く説明できている気がしてきた。


 よく依頼文を読み返してみると、依頼内容は攻撃だけであり、敵の殲滅やとある範囲の防衛を求められているわけではないのだ。


「ふん!」と皮肉たっぷりにこの街の上層部とやらを笑う彼女は「子供でも分かるような事を……」とでも考えているのであろうか?


「でも、ちょろっと攻撃しかけてヤバくなる前に逃げてもいいってのは分かったけど、向こうは正規軍なんでしょう? 私のニムロッドだって型落ちの機体なんだし、逃げる余裕なんてあるのかしらね?」


 攻略Wikiを読んでいる限り、各勢力が現行で使用している現役バリバリのHuMoはランク5あたりの機体からのようだ。


 私のニムロッドはランク3の機体だし、サブリナさんが乗るという雷電にいたってはランク1の初期配布機体なのである。

 とてもランク5以上の機体とまともに戦える機体ではないだろうし、機動力の優位も無いと思った方がいいだろう。


 ランク5の機体にだってニムロッドに速力で劣るタイプの機種はあるだろうが、そもそもそんな機種ばかりが奇襲部隊に編入されているとは思えない。


 だが、その私の疑問に対して声を上げたのはマモル君。


「向こうは正規軍だってのはそりゃそうでしょうが、多分、奇襲部隊が使ってくるのは雷電あたりだと思いますよ?」

「うん、なんで?」

「メタな話になりますけど、このミッションが『難易度☆☆』だからですよ。奇襲部隊がそれなりの大部隊だってのはお姉さんでも想像が付くでしょうけど、他の『難易度☆☆』のミッションにランク1の機体しか出てこないのに、大部隊が出てくるようなミッションにランクの高い機体が含まれているわけがないじゃないですか?」


 メタ的な予測を口にするのはマモル君の性格設定の振れ幅からくるものだろうか? それともヨソ様の担当AIであるサブリナさんに対抗意識でも燃やしているのだろうか?

 もし後者ならまた可愛いところが見れたものだと私の口角は緩んでいく。


「こういう風に考えてみたらどうでしょう? トヨトミ側の部長クラスの高級将校が長く続く膠着状態を何とかしたいと考える……」

「うん? 部長?」

「トヨトミは企業国家ですから、将軍、左官、尉官みたいな一般的な軍事組織の階級ではなく部長とか課長、係長とかいう階級制度なんですよ。ちなみに惑星トワイライトのトップは支社長です。……まったく他人の話の腰を折るなって親から教えられなかったんですか?」

「……うん、ゴメン」


 駄目だ。

 マモル君が可愛い存在に見えていると、ノルマのように吐かれる毒舌もちょっとうるさいチワワのようにしか思えない。


 私のために解説してくれているマモル君をそうやって笑うのはさすがに失礼だろうとは思うのだけど、顔が緩んでいくのが抑えられないのだ。


「話を戻しますけど、現状を打破したいと思う高級将校がいて、かといってマトモな戦力には余裕は無い。あったらとっととマトモな作戦で使ってるでしょうよ。そういう時に作業用に使われている雷電を戦闘用に再整備する事を思い付いたとしたらどうですか?」

「うん? ランク1の雷電ならマトモな戦力にならないんじゃ?」


 作業用の機体を再整備というのならばトヨトミの正規軍が雷電を使ってもおかしくはないのだろうけど、そもそも雷電のような旧式機が普通に役に立つのなら、そもそも作業用に回されずに今でも前線で酷使されているハズ。


 前線で使い潰されずにそれなりの機数が用意できるという事自体がもう雷電の戦術的価値を示しているように思える。


 だが見方を変えると1つの可能性が浮かび上がってくる。


「あっ……、わざわざ中立都市の領域を侵してくる理由って……」

「多分、お姉さんが考えているとおりでしょうね。マトモに使えない旧式機の部隊を非合法の越境奇襲部隊として使う事で役立てようというのでしょう。上手くいってサムソン側の前線が後退したらトヨトミ側の勢力が増して、そうなると中立都市も強く責めてこられないだろうと」


 疑問点が氷解したカタルシスで思わず私は笑っていた。

 マモル君を見て顔を綻ばれるのを堪えていたせいか、自分でも予想外に笑いは大きなものへとなっていく。


「アハハハハハ! くだらない! 浅知恵というか何ていうか、ホント、自分を頭が良いと思ってそうな馬鹿が考え付きそうな作戦ね!」

「まったくです」

「私たちはそう思われたくはないものね!」

「ぶっ……!? あ、ゴメン、ナンデモナイデス、ナンデモ……」


 私につられてかサブリナさんもつい吹き出して笑みを零す。






 やがて、しばらくすると先ほど消えたサブリナさんの担当であるおじさんが姿を現す。

 消えた時と同じように忽然と。


 このゲームにおいてはトイレ休憩などのための一時ログアウト機能が設けられていて、その機能を使えばいちいちガレージに戻らなくても、先ほどまでいた地点から復帰する事ができる。


「おう、どうだった?」

「……う~ん、まだ下してはいないけど、その内にって確かな予感がある腹痛って感じ……」

「ああ、それならお前はどこかで暇を潰してろよ? 私はこっちのお姉さんと一緒にスキルポイントとか稼いでくるから!」


 サブリナさんが私たちとおじさんを引き合わせると、互いに初対面で歳も離れている事もあってか最初は会釈から話を切り出す。


「えと、話は横から聞こえてきてましたけど、寝てなくて大丈夫ですか?」

「いえいえ、多分ですけどベッドで寝ようとしてしんどいだけです。それならゲームの中の世界の方が苦しくないかなっと……」


 物腰の柔らかそうなおじさんはどこかで見た事があるような、そんなどこにでもいるようなおじさんだった。


 整髪料でオールバックにした髪には白髪が混じり、その目元には深い皺が刻まれている。


 サブリナさんに彼女のキャラクターには合わない服装をさせているのだから、今日になって始めたのではなく昨日からゲームをやっているのだろうが、未だにランク1の雷電に乗っているというのも納得だ。


「それはそうと、ウチのサブちゃんを遊びに連れて行ってくれると? 大丈夫なのですか?」

「ええ。担当ユーザーが動けない時に自分からポイント稼いできてくれるって凄い良い子ですね」

「ええ、そうなんですよ!!」


 私の第一印象は枯れかけたおじさんというものだったが、話がサブリナさんに及ぶと一転、目に生気が灯ってギラついたものとなる。


「そ、それでなんだけど、一緒にミッション受領できるように2人にはフレンド登録してほしいんだけど……」

「了解、了解!」

「あ、申請きましたんで許可しますね!」


 サブリナさんに促されるままマモル君から受け取ったタブレットを操作する。


 ハンドルネーム「マーカス」。

 それが私がこのゲームで初めてできたフレンドの名前だった。

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