8 反省会その2

 今にも鼻歌を歌い出しそうなくらいにゴキゲンなご様子のマモル君はパフェ用のスプーンを咥えたまま折り畳み式のタブレット端末を展開する。


 100円ライターほどの金属製の機械を振るとカシャカシャと音を立てながら4段式に棒状に伸びていき、それから緑色の半透明のホログラフが現れてスマホやノートパソコンのようなタッチ操作可能なディスプレーとなるのだ。


 ホロディスプレーのサイズは12インチか13インチくらいだろうか?

 無論、私が現実世界で手にするタブレット端末よりも大画面の物であるが、実際に画面が存在するわけではないので軽量なのだろう。


 これまで何度かその様子は見ていたが、何度見てもSF感の強いガジェットだなと思わざるをえない。

 というか店内にいるプレイヤーと同席している、恐らくは彼らの担当AIたちの何人かも同様の緑色のガラス版のようなホロディスプレーを使っているところを見ると、このタブレットはユーザー補助AIの専用装備なのだろうが、ぶっちゃけ私だって欲しいくらいだ。


「これを見てもらってよろしいですか?」

「ええと、これは……、HuMoのカタログ……?」


 マモル君がタブレットでとあるページを開いてから私へと渡してきた。

 私が受け取ると彼はまるで愛しい物を抱きしめるようにパフェのガラス容器を持ってたっぷりとホイップクリームが盛られたアイスクリームをつつきはじめた。


 私には目もくれない担当AIの事はひとまず置いておくとして、渡されたタブレットに表示されていたのは私が中古機販売店でも見ていたニムロッドのカタログ。その詳細スペックについて記されたページであった。


「これを見てもらえば分かると思いますが、カタログにはちゃんと『固定武装/25mmCIWS』って書いてあるんですよ? CIWSが分からないにしても、唯一の固定武装が何なのか分からなければお姉さんも僕なり中古屋の店主なりに聞く気になっていたのではないでしょうか?」

「た、確かにこの辺はまるで見てなかったわね……」


 私もマモル君に見せられた詳細スペック表の存在は知っていたが、さして目をとおしておかなかったのは正直、何が書いてんだかサッパリだったからだ。


 たとえば全高だの全幅だの重量だとか出力だとか、そういう現実世界の自動車のカタログにも書いていそうな事に始まり、レーダーやら各種センサー類の探知範囲に推進剤やら冷却材の搭載量。また全身の各推進器の推力、冷却器の能力、機体各所のハードポイントの最大積載量に電力供給量などが様々な単位を用いて記されていて、果ては機体外部の収音マイクやらコックピット内部のスピーカーという音響設備についてまで記されているのだ。


 さらには続く数ページには全身の装甲値が事こまやかに乗せられるがとても憶えられるものではない。


 これはあれだろうか。私が女だからこういうスペック表を見るのがウンザリなのであって、ロボット物が好きな男性諸氏はこういうの大好きなのだろうか?


 装甲値なんて数ページも誌面を割いているけれど「正面はそれなりに硬いけど、背中は薄いっスよ?」くらいでいいと思ってしまうのは私だけだろうか?


 大体、装甲の厚さなんだから単位はミリメートルかセンチメートルにしてくれればいいのに、カタログに記されている単位は「RHA換算で○○mm」なる未知の物。何かに換算しているのは分かるけれど、RHAとやらがなんなのかがサッパリ、青魚に豊富に含まれる物質だと言われても信じてしまうかもしれない。


 そういうわけでニムロッドとオライオンとどちらにしようか迷った時も私が見たのはせいぜいが基本重量のところだけ。

 軽い方が身動き軽そうだと思ってニムロッドを選んだのだけれども、そういうわけにはいかなかったのだろうか?


 でも確かにカタログにちゃんと目を通しておけばCIWSの存在を事前に知っておく事ができたわけで、余計なダメージをもらう事なくミッションを終えられたのかもしれない。


「それと『難易度☆ホシイチ』で弾切れ寸前にまでなってしまうのですから、予備弾倉や大容量マガジンの用意も必要かと思われます」


 私がカタログのスペック表に夢中になっている内にいつの間にか席を外していたのか、マモル君がコトンと小さな音を立ててテーブルに置いたコップには先ほどまでのリンゴジュースではなくどぎつい色のメロンソーダがなみなみと注がれていた。


 ソーダを一口だけ飲んだマモル君は再び立ち上がって私の横に来るとタブレットを操作して新たなタブを表示させてから席に戻る。


「各武器ごとに予備の弾倉も別売りで用意されてますし、標準の弾倉よりも大容量の物も様々な種類の物があるのです。それに別にアタッチメントを用意する事でハードポイント1つに2つなり3つなり予備弾倉を搭載できるような物も売ってるようですね」


 彼が私に見せてくれたのはどこかの通販サイトのようなページ。

 事前に検索条件を指定されており、私のニムロッドが装備している75mmアサルトライフルに対応している様々な弾倉が掲載されてる。


「45発用ドラムマガジンなんてのもありますが、無難なのは30発用の物じゃないでしょうか? こっちなら戦闘中に弾種変更もできますし」

「そうそう、さっきもいってたけど、ダンシュって何?」

「HuMo用の銃器は人間用の物をサイズアップしたようが見てくれですけど、実質的には大砲ですからね。様々な用途の弾が用意されているのです。さきほどの戦闘では整備チームを急がせたせいで徹甲弾しか持っていきませんでしたけど」


 マモル君が言うには徹甲弾とは漢字を見れば分かるように、装甲を貫徹する事が目的の砲弾だそうな。


 HuMo用ライフルの砲弾には他にも、爆発して周囲に破片を撒き散らす榴弾や照明弾に信号弾、そして対空炸裂弾も用意されているらしい。


「対空炸裂弾ってのはショットガンみたいな?」

「いえ、発射直前に入力された距離を飛翔後に炸裂して破片を撒き散らす砲弾です」

「ああ、直撃しなくても戦闘ヘリくらいなら破片で倒せていたわけね!」

「そういう事です」


 それがなんで弾倉の話へと繋がるかというと、箱型マガジンのように2列になって砲弾が納められているタイプの弾倉ならば、たとえば右側に徹甲弾、左側に対空炸裂弾を入れておけば、現在薬室に入っている弾を投棄する必要はあるが戦況に応じて使用する砲弾を変更できるそうだ。


「ミッション中も言いましたけど、CIWSも弾数が限られていますからね。航空戦力が敵として出てこないと分かっているミッションでもなければお守り代わりにでも対空弾を持っていたほうが良いと思います」


 言われている内容自体は長々とお説教されているようなものなのだけれど、炭酸飲料を飲んで軽くげっぷをするマモル君が言ったところで可愛いだけで素直に聞こうと思えるのだから不思議なものだ。


「それじゃ最後の『システムの理解』ってのは?」

「ええ。戦闘ヘリとの戦闘中、運良くレティクルに敵を収めても撃った弾があらぬ方向に飛んでってたじゃないですか? あれって走り回りながら片手でライフルを撃っていたからだって知ってました?」

「ああ、そういう事か!」


 HuMoを照準器の性能を超えるほどに動かしまくっていたからレティクルが大きくなり、銃を片手で保持していたから反動を抑えきれずに弾があらぬ方向に飛んでいく。

 言われてみれば私にも理解できる事だった。


「つまりは多少の被弾は覚悟してでもしっかりと足を止めて、ライフルを両手で構えて撃てば徹甲弾でもヘリを倒せたって事よね……」

「応用編としてはCIWSを接近するミサイルだけを迎撃する設定にして、CIWSの弾とHPの温存を両立させる事もできたハズです」


 確かにヘリの機銃弾ならば数発受けても大した事はないけれど、さすがにミサイルはそうはいかなかっただろう。

 そう思っていたから必死に回避行動をとっていたわけだし。


 つまり私がゲームのシステムをしっかりと理解していれば、ライフルの弾が徹甲弾だけでもヘリくらい撃破できていたわけだ。


「ようするに問題を大別すると『ミッション前の準備不足』と『戦闘の不慣れ』の2つになるんじゃないでしょうか? これらに比べたら最初にミサイルを撃ち切ってしまったというのなんか小さな事でしょう。僕自身、スラスターを温存させすぎたような気もしますし」

「そうね。……ついでに聞いていいかしら?」


 私自身、初手のミサイルについては思うところがある。

 敵陣を割るつもりで横隊で突撃してくる車両に対し、私は中央の6輌へとミサイルを撃ったわけだけど、結果的に私は左右に残った敵のどちらかに装甲の薄い背後を晒す事となっていたのだ。


 これの最善手は「左翼側、右翼側、どちらかにミサイルを集中させて残った敵には装甲の厚い正面をむけてられるようにする」か「敵の中央にミサイルを撃つのならば、その後に敵陣に突っ込むのではなく足を止めて敵を狙い撃つ」の2択であっただろう。


 だが、それもマモル君の言うように些末に過ぎないような気もする。

 それよりもふと思いついた事を彼に尋ねてみる事にした。


「なんでミッション前には教えてくれなかった事を今は教えてくれるのかしら? マモル君、もしかして痛い目みないと分からないだろって思ってる?」

「いえいえ、そんな事など考えてもいませんよ。ただお姉さんが話が分かる人なので最低限の職責を超えて協力してさしあげようという気になっただけです」


 さて。砲弾やらミサイルやらが飛び交う戦場から帰ってきての祝勝会をファミレスで済ます私と、ファミレスの食事やらデザートでご満悦になって私も気付いていない事を長々と教えてくれるマモル君とどちらが「話が分かる人」なのだろうか?


 まあ魚心あればなんとやらという事にしておくことにする。

 鼻の頭にホイップクリームを付けたくらいにしてドヤ顔を決めるマモル君を見ていると、なんだか自然と笑みが零れてきてしまってそんな事などどうでもよくなってしまう。

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