7 反省会
『お疲れ様でした、ジャッカル。敵勢力の殲滅を確認しました。現在、市で確保している予備人員を向かわせています。輸送機の到着次第、警戒任務を引きついで帰還してください。
なお貴方の働きに対し、運送業協会より特別ボーナスが支給されるそうです。』
散々に手こずらされていた戦闘ヘリを撃破した余韻に酔いしれてか、私は他にもまだ敵がいる可能性も忘れてただ墜落したヘリが上げる黒煙と火柱を眺めていた。
私が我を取り戻したのはミッションの依頼主である中立都市通商部の担当者から通信が入ってから。
数十秒か長くても1分そこそこであろうが、戦場で茫然として立ち尽くしていた事に慌ててサブディスプレーに映る頬骨の張った中年女性に挨拶するのもそこそこにセンサー類の反応を確認するもすでにマップに動く物は先ほどよりも速度を落としたトレーラーが1輌だけだった。
それもそうだろう。
依頼主である中立都市の職員が「敵勢力の殲滅を確認した」と言っているのだ。
もちろんステルス機のようなレーダーに映らない敵だとか、あるいは交代要員が来るまでにハイエナが仲間の仇討ちを企んで攻撃を仕掛けてくるというのもありえない話ではないけれど、それはさすがに「難易度☆」の範疇を超えるだろう。
それから数分で私たちが運ばれてきた時と同型の輸送機が街道の傍らに着陸し、貨物室から現れた傭兵NPCのHuMoへと引き継ぎとして索敵データを渡して輸送機へと乗り込むとそこで晴れて私たちの初ミッションは完了となった。
「そういえばさ、『運送業協会からの特別ボーナス』って、あのヘリに追われてたトレーラーを無事に救出できた報酬って事でいいのかしら?」
「恐らくはそうなのでしょう。お姉さんが乗っているのが『キロ』あたりだったらスラスターをたっぷり使わなければ間に合わなかったのかもしれませんよ」
不思議なもので、これが現実世界ではなくゲームの中だと分かっていても人を助けられたというのは私に充実感をもたらしてくれた。
むしろゲームの中だからこそ装甲車やヘリに乗っていたハイエナたちの死など気にせずにただ助けられた人の事だけを考える事ができたのだろう。
軽い疲労感と充実感は私に狭いコックピットの中にいるとは思えない解放感と心地良さを与えてくれ、来る時はただ退屈であった輸送機の貨物室の中も邪魔が入らずに勝利の余韻をたっぷりと味わわせてくれる特別な装置のように思えるほどであった。
ミッションクリア!!
基本報酬 360,000(プレミアムアカウント割増済み)
特別報酬 120,000(プレミアムアカウント割増済み)
修理・補給-118,280
合計 361,720
ガレージへと帰還し、整備のために出入りの整備業者のチームへとニムロッドを預けた後、私とマモル君は祝勝会兼反省会、それと腹ごしらえのために街へとくりだしていた。
「マモル君は何を食べたい?」
「え、あ、えと……、何でもいいです……」
「うん? マモル君のアドバイスが無ければもっとニムロッドに損傷を負わされてたり、最悪、負けてたかもしれないんだから遠慮しなくてもいいわよ?」
まあ敵も弾切れになったら逃げていくだろうという事を考えればやられてしまうというのは考えにくい話だけれども、マモル君の助言であっという間に戦闘ヘリを撃破できた功績を思えば少しくらい話を盛ってもかまわないだろう。
ところがガレージがひしめく傭兵団地でタクシーを拾い飲食店街へ来るもマモル君は物珍しそうに辺りを窺うばかりで、私が希望を聞いても遠慮していた。
「あ、あの……、僕、あまりこういうとこ来たことがなくて……」
なおも彼の希望を聞いてあげようと努めてスマイルを作って彼の顔を見つめていると、やがて恥ずかしそうにもじもじしながら口を開いた。
人の事を「トンパチ」だの「馬鹿」だの悪態付いていてもやはり恥ずかしがる子供は可愛いものだ。
「オッケ~! それじゃ食べられない物とかある?」
「……ないです」
「それじゃ好きな食べ物は?」
「……よく分からないです」
ならば「ファミレスでいい?」と聞いたら、コクリと頷いてくれたので近くにあった赤い看板のファミレスへと入る事にした。
私1人なら牛丼でもラーメンでもいいのだけれど、少し落ち着いて話をしたかったのもあって長居してもよさそうな店を選んだというのもあるし、マモル君もメニューを見ればこれが良いとか言ってくれるかな~とも思ったのだけれど、私が甘かったようだ。
ウチの姉、というか開発運営スタッフはマモル君というキャラクターをどのような人物として設定したのであろうか?
タブレットの使い方は知っているし、私のプレアカでマンガを読む事はできる。HuMoの操縦法も知っているようで
なのに外食を一度もした事がないとは……。
てっきりそれっぽい燕尾服を着ているものだから、執事のようにこういう時はこの街に不慣れな私をエスコートしてくれるものだと思っていたのだけれどもそれは間違いであったようだ。
初めてみるメニューを何往復も見返しながらもどれを食べようか決めきれない様子の彼に助け船を出すつもりで「私はミックスグリルにしようと思うんだけど、マモル君はどう?」と聞いてみると、「ぼ、僕もそれでお願いします!」と食い気味で返ってくる。
「オッケ~! ……これで良し、と。それじゃドリンクバー見にいこっか?」
席に備え付けのタブレット端末でミックスグリルと小ライス、ドリンクバーを2つずつ注文してから立ち上がると、彼も私の後に続いてとことことついてくる。
弟がいたらこんな感じだろうかと末っ子ながら微笑ましい気分になってしまう。
「そういやお客さんの3分の1くらいはプレイヤーみたいね」
「……そうみたいですね」
ドリンクバーで私はウーロン茶を、マモル君はリンゴジュースをコップに注いで席に戻る途中に話しかけると、コップにジュースをなみなみと注いでいた彼はこぼしそうになりながらも周囲を見渡してから応えた。
「いやいや、別に意地悪したわけじゃないけどさ、店内の3分の1がおんなじツナギ着てるとなんか異様だなって」
「そうでしょうか?」
ジュースをこぼしそうになって頬を膨らませるマモル君につい弁解めいた言葉を口走ってしまう。
でも実際、これが大衆食堂で近所になんらかの工場でもあるというのならば分かるが、そういうわけでもないのに客の半分がダークグリーンのまるで軍隊の被服のようなツナギを着ているのだから日本人の私としては異様に感じてしまうのだ。
私も着ている濃い緑色のツナギはプレイヤーの初期装備で、たとえば先ほどのミッションで出会ったローディーのような同業者でも違う服装の者もいるという事はこのツナギはしばらくはプレイヤーとNPCを見分ける材料に使えそうだ。
そんな事を考えている内に私たちのテーブルに鉄板に乗ったミックスグリルと白い皿のライスが運ばれてきて、このゲームの世界発の食事の時間となる。
「わぁ~~~……」
「それじゃ食べましょうか?」
「はい!」
鉄板の上でジュ~ジュ~と食欲を誘う音を立てるミックスグリルはお決まりのハンバーグにチキンステーキ、ウインナーにハッシュドポテト、コーンとブロッコリーとシンプルながらもボリュームたっぷりの一品だった。
私は箸で、マモル君はナイフとフォークで食べ始めるとふと、そういや私、リアルの世界でまだ昼食食べてないなと思い出した。
ゲームの世界で食事をして脳の満腹中枢を刺激されたらリアルの世界で御飯がたべられるのだろうかと心配になるが、逆にゲームでがっつり食べてリアルは健康的な食事でおさめるというVRゲームダイエットとかもその内に出てきそうな気がしてくる。
「マモル君、美味しい?」
「はい!」
最初はお行儀良くナイフとフォークを動かしていたマモル君も、すぐに食欲が勝ってかガツガツとした食べ方になっていた。
口の端にデミソースを付けた彼を見ても、不思議と意地汚いだとかそういう風には思わず、ただ純粋に可愛らしいなと微笑ましい気持ちになる。
フランチャイズだが複数の飲食店を経営するウチのパパ曰く「ミックスグリルは大人が食べても恥ずかしくないお子様ランチ」だそうで、子供のくせに妙に大人ぶったところがあるマモル君でもきっと気に入るだろうと思ってミックスグリルにした甲斐があったというものだ。
だがミックスグリルをお子様ランチと仮定するにはどうしても足りない物がある。
具体的に言うと甘い物だ。
「そういやデザートはどうする? タイミング的にはそろそろ頼んじゃおうよ!」
「え? で、デザートですか!?」
「うん。ミニパフェとかアイスクリームとか、まだ食べたりないならパンケーキとかもあるよ?」
わざわざライスを小サイズにした甲斐があって体の小さなマモル君もまだお腹に余裕があったという事か、それとも甘い物は別腹というやつか、結局、マモル君はミニチョコレートパフェを選ぶ。
ミックスグリルとライスを食べ終わり、ドリンクバーのお代わりをもらってきた頃に私たちが頼んだパフェも運ばれてきて、先ほどまでがっついていたマモル君も落ち着いて、というかチビチビを食後のデザートを楽しみはじめる。
喫茶店で出てくるものとは違い、食後に頼む事が前提のために小さなパフェを食べながら私は切り出した。
「さて、そろそろ初ミッションの反省会でも始めましょうか?」
「そうですね。『機体スペックの把握』、『予備弾倉の不測』、『適切な弾種の選択』、『システムの理解』を反省すべきだと思います!」
「おっ、言うわねぇ……」
ミッション途中からゴキゲン斜めであったのが嘘であったかのようにファミレス飯でゴキゲンになったマモル君はまくし立てるように反省点を述べていく。
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