9 白騎士王との出会い
「ついでに他にも聞いておきたい事はないですか? 今は気分が良いので何だって答えて差し上げますよ?」
マモル君はさも自身の寛容さをアピールするかのように尊大な笑顔を私に向けて首を傾げてみせるけど、ここまでくるともうあざと過ぎるというか、かえって冷静になってチョロい当たりAIを引いたなと思えてくるほど。
だが、せっかくプレイヤーの補助を担当するAIが何か聞きたい事はないかと言ってくれるのであれば、ちょっと気になっていた事を尋ねてみようという気にもなる。
「そうねぇ……。こういう質問をマモル君に答えられるかは分からないのだけれど……」
「なんでしょう?」
こういう質問をするのは負けな気もするのだけれど、思い切って言葉を続けた。
「いやね、このゲームって、ジャンルとして『ロボットアクションVRMMO』って触れ込みじゃない?」
「そうですね。でも、それが何か?」
「その割には他のプレイヤーとの接点が無いなって……」
いや、確かにこのゲーム世界に私以外のプレイヤーが同時に存在している事は理解している。
現にこのファミレスの店内には私と同じプレイヤーの初期装備のツナギを着ている人たちが何人もいるのだ。
でも同じファミレスでメシを食っていたというだけで交流ができたとは言わないだろう。
その辺の機微をマモル君は理解してくれるだろうか?
「うん? 他プレイヤーとの接点が欲しければ自分から話しかけてくれば良いじゃないですか?」
駄目か~~~……。
「あのね、マモル君。このファミレスは現実世界のファミレスそのまま過ぎてね。なんというか、知らない人にいきなり話しかけたりしないっていう現実世界の常識がどうしてもでてきてしまうのよね……」
「はあ……、まあ、そういう事は僕も知識としては知っていますけど、実感としては……、他のゲームならどうなってるんですか?」
「う~ん……。私が前にやってたファンタジー物のVRMMOゲームの場合はギルドの集会所みたいな場所があって、そこの掲示板でクエスト、このゲームでいうところのミッションを受けたり、酒場みたいなスペースがあって、そこにたむろしている連中をクエストに誘ったりしてたわけね」
今思えば、ファンタジー物の世界観だから非日常を演出できたわけで、その結果、いきなり知らない人に話しかけるという行為の心のハードルが低かったというか……。
一方、このゲームの場合はSF物の世界のハズなのにファミレスみたいな日常と地続き感のある光景のせいで行動を常識が邪魔をするというか……。
これが例えば大型宇宙戦艦の中とかで、ケバケバしいネオン装飾がふんだんにあしらわれた無重力の店内でディストピア飯を食べさせられていたらこうは思わなかっただろう。
一方、上手く伝えられなかった私も悪いのだろうけど、何を曲解したのかマモル君は「まったく、公園デビューの子供じゃないんですよ……」と前置きした上で店内に響き渡るような大声を出した。
「すいませ~~~ん!! ウチのメンヘラ
「ちょッ!? 人の平成顔をイジるな!! いやいや! そもそも、そういう事じゃないから!!」
「まったく……、お姉さんは何がしたいんですか!?」
私は別にメイクをしているわけでもないのだけれど、素顔の状態で平成時代に流行ったメイクスタイルの一種、いわゆる「メンヘラメイク」風の顔立ちなのをたまに友人にからかわれたりするくらいだ。
顔の皮膚が薄いせいか瞼や大きめの涙袋には赤みがさし、体質的にまったくといっていいほど日に焼けるという事がない白い肌は健康的と呼べる程度を大きく超えて病弱に思われてしまうほどである。
体育会系の部活をやっていた頃からそうであるので、一時はマスクを被る事も考えていたほどだ。
でも、いくら本当に精神を病んでしまわれた方々だって、ファミレスの店内でいきなり大声を出したりはしないだろう。
そのせいか、私たちのやり取りを聞いてか「クスクス……」という笑いをかみ殺したような声が聞こえた方を向くと、通路を挟んだ向かいの席にいた年上と思われる女性プレイヤーは慌ててそっぽを向く。
その女性の担当AIと思わしき猫耳娘が困り顔で笑みを作ってこちらへ小さく会釈してよこしたので私も会釈を返して、マモル君へと向きかえった。
「後はそうですね……、ゲーム内ネットワークの掲示板でミッションを合同で受ける小隊募集なんかもできるそうですよ? あとは多人数参加のイベントなんかも用意されてるようですし」
「最初からそう言ってよ。これじゃ私の平成顔をディスられたのを大勢に聞かれただけじゃない……」
それから私は気恥ずかしさでファミレスの店内で顔を上げるのが躊躇われて、マモル君からタブレットを借りて説明を受けながら20発用マガジンを1つと30発用マガジンを2つ発注してから会計を済ませて店内を後にする。
予備マガジンが3つなら予備弾倉用アタッチメントは必要ないそうなので、こちらはまだ購入していない。
それから二人は腹ごなしと気分転換を兼ねてしばらく街を歩く事にした。
「ひとまず今後の方針として、ニムロッドをちょっと改造強化して上位の武装の購入費用を貯めて、良い武器を入手してからそちらの強化をしながら次の機体の購入費用と貯めていくって感じなのかしら……?」
機体の強化にリソースを注ぎ込んでも次の機体に乗り換えたら意味はない。精々が修理費が安く済んで資金を貯めやすくなるくらいだろうか。
一方で私のニムロッドが現在、マートレット用のライフルを装備しているように次の機体に引き継いで装備できる武装を強化すれば支払ったリソースを長く活用できるという事になる。
だが武装は装備できる機体が限られている場合があり、重量制限のような物理的な要因の他にも、機体と武装の開発元が同じでないと装備できない場合もあるのだ。
つまりニムロッドで装備できる武装を次の機体にも引き継ぐという事は選択肢が狭まるという事でもあるのだけど、私は別に目指している機種があるというわけでもないので問題は無いだろう。
一方で武装の強化はあくまでその武装にしか効果はない。
命中精度の強化を図ろうと、弾速の強化をしようが連射速度を上げようがあくまでその効果はその武装だけ。
だが機体自体の強化を行えば、例えば旋回性能の強化を行えば機体性能の底上げの他、武器を素早く敵に向ける事ができるという事にもなり、実質的に火力を補助的ながら底上げする事もできるだろう。
これは機体に幾つ武装を装備していてもその全てに効果があるものだといえよう。
要は機体と武装の強化、そのバランスが大事になってくるのだと思う。
「マモル君はどう思う? ……マモル君?」
担当AIの意見を聞こうと声をかけるが返事はない。
振り返ると人混みの中、彼の小さな姿を見つける事はできなかった。
「す、すいません!!」
だが立ち止まってしばらくすると人混みをかき分けてマモル君が現れ、彼は私の顔を見ると安心したように顔を綻ばせた。
「あ、ゴメン。歩くの速かった?」
「いえ、そういうわけではないのですが……」
「ああ、なんかお祭りみたいに人がごったがえしてるものねぇ」
「実際にお祭りなんですよ」
聞けば今、私たちがいる露店ひしめくバザール地区は「鉄騎戦線ジャッカル」の正式オープン、ゲーム世界的にいえば大規模移民団の到着を記念してフェスティバルが開催中なのだという。
確かに露店に立っている人や様々な服装の労働者風の者たちに見回りの白い軍服姿の警備隊員などというNPCたちの表情もどこか浮ついたものであり、彼らに交じったツナギ服のプレイヤーたちも祭りの雰囲気に飲まれてかはしゃぐ者や呆けたような顔の者など様々。
「ゴメンね、私も考え事をしていたから。またはぐれないように手をつなぎましょうか?」
「……すみません」
マモル君と手を繋いで歩き出すと、周囲の雰囲気からか幼い頃に姉に手を引かれて夏祭りに行った事を思い出した。
でも自分で小さな子の手を引いてみると、これが案外にそう楽しいものでない事に気付く。
自分と手を繋ぐ小さな手の持ち主が人混みに揉まれて怪我でもしないか心配でしょうがないのだ。
もちろんマモル君はあっちにフラフラ、こっちにフラフラとうろつくような子ではないし、そもそもそんな幼児ではない。
逆に幼い頃の私はそんな子供だったわけで、姉の心配は今の私の比ではなかっただろう。
「う~ん、こう人が多いとタクシーは呼べない?」
「そうですね。あっちの大通りなら呼べると思いますよ」
「それじゃそっちに行こうか」
こうも真っ直ぐ歩くのも困難なほどに混んでいては気晴らしに散歩という気にもならないし、とっととタクシーを呼んで帰る事にする。
このゲームのプレイヤーの根拠地となる中立都市サンセットは行政区画、商業区画、歓楽街、工業区画に住宅街、それとプレイヤーたちのガレージがひしめく傭兵団地がハッキリと別れている構造となっていた。
それはゲーム的に都市の全てが実装されているわけではないという事情によるものだけれども、ユーザー補助AIが呼んでくれる高速無人タクシーを使えば目当ての場所にすぐに行ける事を考えれば中々によくできていると思う。
都市内を走る大通りによって分けられた商業地域と工業地域の境目まで来るとその事が実感できるように一気に人混みが少なくなっていた。
「この辺りまでくればタクシーを呼べそうですね」
「あ、ちょっと待って!」
誘蛾灯に虫が呼ばれるが如くにバザールの活気に向かう人たちと、大きいだけで面白くもない建造物が立ち並ぶ工業地区の境目。
そこに4機のHuMoが展示されていて、その足元に見物客たちがひしめいているのを見つけた私は思わず立ち止まっていた。
大通りの右側に並べて展示されている3機も素晴らしく恰好の良い物である事には違いないだろう。
だが、それも結局は大通りの左側に展示されている純白の機体に比べれば添え物に過ぎない。
過ぎない事を私は知っている。
「ホワイトナイト・ノーブル。完成していたのね……」
その甲冑を着込んだ騎士を思わせる機体はあくまで兵器であるHuMoという概念とは違う物のように思われる。
それもそうだろう。
この機体は姉が子供の頃から好きだったファンタジー系の漫画に登場しているロボットがモチーフなのだ。
それを大人となり、このゲームのディレクターとなった姉がなんとか他のスタッフにそのマンガの事をはぐらかしたままデザイナーにイメージを伝えてそれっぽく仕上げてもらった物なのだ。
もちろんパクリだなんだ言われてはゲーム自体に悪評が付くので、姉も細心の注意を払い、あくまでイメージ元のマンガへのオマージュは極々一部にとどまっているが、それでも姉の琴線を大いに刺激する珠玉のロボットができたと家でお酒を飲んだ姉が涙ながらに語っていたのを私は聞いていた。
だが他の機体とかけ離れた機体であるというのはそれだけの困難があった事を意味する。
大通りの反対側に並んだ3機のホワイトナイトは中立都市防衛隊の一般隊員機として設定されているがために上質ではあるが主張の少ないデザインだが、それ以上に各関節の可動範囲を確保するために装甲保護範囲を犠牲にした妥協の産物のデザインであるらしい。
それに比べて防衛隊の隊長専用機であるホワイトナイト・ノーブルは大まかなデザインは早期に完成していたものの、全身くまなく張り巡らされた装甲と可動範囲の両立のためにデザインの微調整には長い期間を有し、一時はゲームの正式サービス開始に間に合わないかもしれないとも言われていたのだ。
あくまでβテスト版に登場していたノーブルは関節の可動範囲を犠牲としたハリボテに過ぎず、事件の現場に現れても実際の鎮圧行動は部下の一般隊員機が行っていたそうな。
もちろん一般隊員機もプレイヤーが使う事ができるHuMoに比べて高性能である事には違いなく、その強力無比なホワイトナイトを複数体も引き連れたホワイトナイト・ノーブルは戦う事なくβテスターたちに強烈なインパクトを与えて、このゲームの一種のアイコンと化していた。
そのホワイトナイト・ノーブルが完全な形で今、私の目の前にいる。
あまり酒に強くない姉が家でまで飲酒するほどにゲームのディレクターの仕事は激務であったのだろう。
昨年、父が病に倒れ、私が部活を辞めて家業の手伝いをしているのをなんとも申し訳なさそうにしていた姉が家業の手伝いどころか、自身の睡眠時間をも削って仕事に打ち込んで作り上げた成果がここにある。
正式サービス開始後にも間髪入れずに話題を投入するためと言い訳をしてノーブルの実装を後回しにする事もできただろう。
でも姉はやり遂げたのだ。
なんとも感慨深い。
私はゲームで泣いた事などありはしないが、今この場に立つ1体のロボットの姿に私は涙を零しそうになっていた。
姉の情熱がそのまま形となったかのようなノーブルはある種の観音像がそうであるかのように涼し気な表情のように見える。
兵器である他のHuMoがデザイナーの意思が反映されてか無機質な機械でありながらも闘志のようなものを感じさせるのに対して、ホワイトナイト・ノーブルはあくまで無表情。
姉の言葉が事実なら、この機体はそれだけの性能を持たされているのだ。
闘志を剥き出しとした戦士たちを無表情のままに撃破していく。
それがホワイトナイト・ノーブルであり、その実装を正式サービス開始に間に合わせた姉の言葉を疑う気など微塵も私には無かった。
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