5 初戦闘
暗がりの中で私は様々な機械が織りなす交響曲を聞いていた。
ファン、モーターの動作音。ポンプの水流音、あるいは時折、電子機器が立てるビープ音にポンプがエアーでも噛んでいるのか気泡が湧くかのような音も混じっている。
「ねぇ~! 出撃の時のBGMとかないの~?」
「プレアカの音楽聞き放題サービスとか、あるいは楽曲の購入とかもできますけどどうします?」
「いやいや、そういうのじゃなくて、このゲームとしての出撃時に気分が高揚してくるようなオリジナルのBGMとかはないわけ?」
起動中のHuMoのコックピットは壁面の全周が周囲の状況を映しだすメインディスプレーとなっているのだけれども、生憎と輸送機の貨物室の中は窓も無く、幾つかのランプが点灯している以外は真っ暗なものだ。
私たちは初のミッションを受領し、ガレージの裏手、ご近所さんとの共用区画に来てくれた迎えの
愛機を手に入れた高揚感もしばらく貨物室で揺られていると徐々に熱を失っていく。
第一、私はスカイグレーのニムロッドが縦横無尽に戦場を駆ける様が見たいのだ。よくよく考えてみれば私がコックピットの中にいたらニムロッドの活躍が見れないではないか。
そう訴えてみたものの、私の担当AIは「はいはい、後でリプレイが見れますからね」とつれない返事。
なおも退屈だとブーたれる私にマモル君はワーグナーの「ワルキューレの騎行」をプレイリストから再生してくれるが、ロボット物の初出撃シーンとしてはどうかと思う。
というかマモル君、なんでか燕尾服とか着てるし、音楽もクラシックなのが好みなのだろうか? コロンコロンコミックスとか好きそうな見た目のくせに。
「ジャッカル、起きてるか?」
「出発してからまだ5分も経ってないじゃないですか」
ふいに輸送機のパイロットから通信が入ると、マモル君が後ろのサブシートからBGMの音量を下げてくれるが一時停止なり音楽を消す事はない。
「ハッ! 音楽を聴いてる余裕があるとは大したタマだ。これより降下を開始するが、輸送機から1歩でも降りた瞬間からポイントS157は貴様の受け持ちだ。そこは分かってるな?」
「オーケー!」
サブディスプレーの通信画面に映る輸送機のパイロットはヘルメットのゴーグルで目が見えないものの、彼にとってこの警戒任務はお決まりの仕事のようでどこか無感情のように思える。
懸念点があるとするならば、彼の輸送機の積み荷である私が新米ペーペーもいいとこの初ミッションという事くらいだろうか?
やがて降下のGがニムロッドのコックピット内にも伝わってくると、甲高いモーター音が貨物室内に響き渡りカーゴドアが解放されていく。
青い空と赤茶けた草も生えない大平原。
開け放たれたカーゴドアから見える光景は雄大といってもいいようなものだった。
熱を失いかけた私のハートに再び火が灯るのを感じる。
「機体固定用バー、ロック解除! マモル君、出るよ!!」
「え……?」
「ちょ、おま、何やってんだ、馬鹿……!」
現在、上空300m。
私は貨物室内に機体を固定するロックを解除してスカイダイビングの要領で助走をつけて開け放たれたカーゴドアから飛び出していく。
ニムロッドには降下用のパラシュートは装備されていないが、機体各所に取り付けられたスラスターで降下速度を殺しながら赤茶けた大地に着地。
「ヒュ~~~!! こいつぁ、驚いた。随分と気合入ってんねぇ~!!」
「何してくれてんだ!? このトンチキ!!」
てっきり降下中の輸送機が狙撃されてエラい目になるイベントかと思い、とっとと飛び出してきたわけなのだけれどもそういうわけではなかったようだ。
エラい剣幕で怒る輸送機のパイロットだけれども、そりゃあ高度を下げている最中の航空機からいきなり数十トンの質量を持つ機体が飛び出したのだ。バランスを崩して機体が墜落するかもしれなかったわけで怒るのも当然と言えよう。
もっとも私としてはパイロットは輸送機と運命を共にするものだと思っていたのでこうしたわけで、それが狙撃されずに輸送機もそのパイロットも無事だと何も言い返せない。
「ははっ! 新人はこんくらいの元気がなきゃあな! お嬢ちゃん、見ねぇ顔だ、新入りなんだろ?」
「あ、どもです……」
なおもぶつくさ言い続ける輸送機のパイロットに警戒任務の前任者が鷹揚に笑いながら取りなしてくれる。
「俺も初めて輸送機に乗った時にゃあ不安に思ったもんさ! このアホウドリが俺の棺桶になるかもしれねぇってな! ボビーもここの定期便の運転手はちょいちょいやるんだ。新人が無茶やるのは慣れてんだろ?」
「こんな奴、滅多にいねぇよ!」
「おう、聞いたか、お嬢ちゃん? ベテランパイロットがアンタは見どころアリだってよ!」
「どこをどう聞けばそうなる!?」
まっすぐに伸びる幹線道路の脇にゆっくりと降り立ったVTOL輸送機に向かいながら前任者の「烈風」が私のニムロッドの肩をすれ違いざまにポンと叩いていった。
サブディスプレーの通信画面に映る烈風のパイロットはいくつもの金属製の鋲が打ち付けられた黒い革製のジャケットを素肌の上に羽織ったくらいにして、鼻にはシルバーのピアスを付けたロッカー崩れのような風情の中年男だった。
彼の駆る烈風もまた搭乗者の趣味を余す事なく発揮されているようで、エナメルのような艶のある黒の装甲色に、武装も手にはアサルトライフル、バックパックの右には大型ガトリングガンに左にはその弾倉。ついでに腰の両脇には小口径のガトリングガンと完全なる弾丸バラマキ仕様。
「ま、お嬢ちゃんもミッションを受ける時に地図をもらってんだから、よく地図を見とけば対空兵器が隠れられるような場所は無いって分かるハズだぜ? それに警戒任務には前任者がいるんだから、そいつが警戒してるって分かってればあんな無茶をする必要は無いって気付けただろうさ。なあ、推進剤だってタダじゃねぇんだ」
良い歳こいて大人になりきれない駄目人間代表みたいなカッコしやがって、言う事はもういちいちそのとおりなのが釈然としない。
「俺っちはローディー、引き継ぎのデータを送るぜ」
「了解。……受信完了。特に気になる所はないです。こちらはライオネス」
当然ながらこのゲームは今日が正式サービス開始初日なわけで、ローディーのようなベテラン風を吹かすパイロットがいるわけもない。つまりは彼もゲーム世界に華を添えるためのNPCキャラクターなのだ。
レーザー通信で烈風からこれまでに取得したセンサー類のデータが送られてくるが、その必要はなかったといってもいいだろう。
なにせ彼の機体が装備しているセンサー類がカバーしているのはポイントS157の8割ほど。大して私のニムロッドのレーダーは該当地域の9割以上の範囲を走査可能で、これに輸送機から降下した時に取得したデータも加わるのだ。
そういう意味では思いつきの降下もけして無意味ではなかったわけだ。
そしてポイントS157の中心を真っ二つに割るかのようにまっすぐに走る幹線道路を走るのは今の所、3両の車両だけ。
3両はいずれも中立都市の通商部に登録済みの運送業者のようで敵味方識別装置には味方を示す緑色の光点でマップ上に表示されている。
「この辺がポイントS157の大体の中心地点だ。その機体のレーダーがマトモなモンなら、ここで時間一杯突っ立ってれば6時間で次の担当者が来て、晴れてライオネスちゃんのミッションは完了ってわけだ。……何事もなけりゃあな」
「ありがとう。ローディーさん」
「それじゃ、また会おうぜ!」
そのファッションセンスに反して意外と面倒見が良いのか、ローディーは輸送機へと向かう足を止めてミッション内容を説明してくれた。
彼もこのミッションを受けていたという事は6時間の警戒任務を終えたばかり、とっとと輸送機に入って機体を固定して体を休めたいだろうに。
私が礼を言うと「いいってことよ!」ばかりにHuMoの手をヒラヒラと振って再び彼の機体は歩き出す。
やがて烈風が輸送機の貨物室に消えるとドアが閉まって、ゆっくりと垂直にVTOL機は離陸して上昇していく。
その後、幹線道路の脇にニムロッドを立たせて警戒任務につくが、本当にゲーム内時間で6時間もこうしていなければならないものだろうか?
いや、さすがにそんな事はないだろう。
いくらリアリティーを追求したゲームだといっても、あくまでゲームはエンターテイメントでなければならない。
中立都市内のタクシーがあっという間に目的地につくのも、ガレージの裏手で輸送機に乗り込んで5分で目的地付近に到着するのも早いといえば早いが、他の作品にあるようなポータルを利用した瞬間移動に比べれば時間がかかる事である。
でも、こういうのはまだギリギリだがリアリティーの追求というお題目で許される事であろう。
だが6時間もただ突っ立ったまま警戒任務を終えるというのはもうエンターテイメントという前提条件を破壊している。
つまりはその内にでも敵の襲撃があるという事だ。
「ねぇ~! ……マモル君、何を読んでんの?」
「今月号のコロンコロンコミックスです」
本当にコロンコロンは読んでるのかよ……。
どこまで助言をくれるものかと聞いてみようかと思い、後席を振り返ってみたところ、一段高くなったサブシートではマモル君が自前の折り畳み式タブレット端末を使ってマンガを読んでいるところだった。
緑色の半透明なガラス板のようないかにもSF映画にでも出てきそうなタブレット端末はこちら側からでも画面が透けて見え、それどころか画面越しにマモル君の表情も窺えるほど。
腹部からビー玉を打ち出す人形を題材としたホビーマンガを熱心に読みふけるマモル君に話しかけるのが躊躇われて結局、私は1人で警戒任務を行う事にする。
どうせ、敵襲があるまでそんなに時間はかからないだろう。
……私の予想が正しければだが。
雲1つない青空の下、草木も生えない土が剥き出しの大地の上。
そこはまるで時間が止まったかのように動く物は何もない。
レーダー画面が表示されているサブディスプレーには3輌のトレーラーがこちらに向かって道路を走行してきている事が映し出されているが、まだメインディスプレーからはそちらの姿を窺う事はできなかった。
それでも数分が過ぎると2台のコンテナを引いたトレーラーが視界に現れてはやがて私たちの脇を通り過ぎていき、続いてもう1輌も現れて私は操縦の練習がてらトレーラーに手を振ってみる。
手を振るニムロッドの動きはぎこちなくカクカクとした動きで、ローディーが別れ際に見せてくれたような人間の動きそのものといっていいようなスムーズな動きとはまるで別物である。
ニムロッドも烈風も同格の機体なのだから、これはひとえに操縦者の腕の差だと言ってもいいのだろう。
相手はAIが担当しているNPCキャラクターだと言ってしまえばそれまでだが、プレイヤーが使おうがNPCが使おうが機体自体は同じハズ。
やはり操縦方法を知っているだけでは完璧に動かせるというわけではないようだ。
初の戦闘が迫っているタイミングでどうしたものかと考えていると、ふとレーダー画面の違和感に気付く。
「ねえ、マモル君。あのトレーラーなんか速くない?」
「え? ちょっと拡大表示してもらっていいですか」
マモル君もマンガを読むのをやめて真面目な顔になる。
彼の指示に従ってサブディスプレーをタッチして件のトレーラーを拡大表示させると、道路上を蛇行運転しながらこちらへ向かってくる様がハッキリと映し出される。
「時速240km。あんなトレーラーで馬鹿みたいに速度を上げてタイヤがグリップを失っているんだ」
「追われている、んでしょうか……?」
道路は平坦でまっすぐ、路面状況は乾燥している。市のミッション依頼文に「物流の要である」と書かれていたように大型車両の通行が考慮されているため道幅は広い。
普通に安全運転をしているのならば問題なく走れるハズだ。
それが爆走するトレーラーはちょっとバランスを崩したら今にでも横転しそうになるほどの猛スピードで蛇行運転を続けていた。
音の無いレーダー画面でも路面をタイヤが空転して削られる甲高い音が聞こえてきそうなほどで、状況の整理の前に私はニムロッドをトレーラーが来る方向めがけて前進させていた。
「行こう!」
「何があるか分かりません。スラスターは温存して脚だけで走るべきでしょう」
「了解ッ!!」
マモル君に返事をしながら、私はトレーラーを追う者があるならばすぐに使う事になるだろうと武器セレクターのスクロールホイールを使ってミサイルポッドをスタンバイ状態にしておいた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます