4 初めてのミッション
「ありあとあ~した~~~……」
どっと疲れ果てたような顔の中古機販売業者の男は売買契約を終えるとせいせいした様子で私たちを見送ってくれた。
「それじゃガレージとやらに行こうか?」
「かしこまりました。タクシーを捕まえてきます」
中古機販売店のオフィスでディーラーと別れた私たちは早速、私たちの拠点となるガレージに向かう。
大通りに出て、マモル君が手を上げるとすぐに流しの無人タクシーが止まってドアが開いたので2人で乗り込んだ。
このゲームで各プレイヤーに与えられるガレージは一応は賃貸という事になっているのだけれども、市の政策により家賃の支払いは市が肩代わりしてくれているという設定になっている。
まあ、家賃の支払いに追われるようなゲームなんてやりたいとは思わないので、その辺はゲーム的な都合というやつなのだろう。
ゲーム的な都合といえばこのタクシーもそうだ。
設定上は人口数百万規模の大都市はその全てが解放されているわけではなく、プレイヤーが行き来できるのはあくまで中立都市のごく一部にすぎない。
遠く摩天楼のようにそびえる高層ビル群のビジネス街や行政区画などはあくまで見えるだけ。世界観を臭わせるフレーバーのようなものだ。ま、行政区画と言ったら市役所とかが立ち並んでる所なんだろうけど、そんな面白みの欠片も無いようなとこ行けたとしても行こうとは思わないけど。
そんなわけで広大な都市内を行き来するための無人タクシーは料金が無料で、聞けば各プレイヤーに1人ずつ付いている補助AIが呼ぼうと思えばすぐに現れる仕様になっているそうだ。
私たちが乗り込み、マモル君が住所にあたるIDを読み上げると自動的に無人タクシーは低空へ浮き上がって高速飛行を始める。
窓の外で流れるように動く街を見ていると、この世界はSF世界なのだなと納得させられた。教習所で触れたHuMoは現実世界の兵器の延長線上の物のようであったし、つい先ほどまでいた中古機販売店なんかはまんま現実の中古車ディーラーのようであったから空飛ぶ無人タクシーは私に新しい世界を感じさせてくれたのだ。
すぐに目的地付近へと付いたのかタクシーは降下を始め、同一規格で建てられたカマボコのようなガレージが立ち並ぶ中立都市の外縁部、通称“傭兵団地”へと舞い降りる。
そのままやたらと広い通りを走り、現実世界では滅多にみないような大型のトレーラーとすれ違ったかと思うと、そのトレーラーが出てきたガレージこそ私に割り当てられた拠点であったようだ。
「ニムロッドはすでに届いているようですね」
「ああ、今のトレーラーで配達してくれたんだ」
短いチャイムの後にタクシーのドアが開いて私たちが降りると音も無くタクシーは発進して姿を消す。
上手く設定をゲーム世界に落としこむものだなと姉の仕事に感心するのもそこそこに私は巨大なガレージへと向かい合った。
「こんなでっかいモン、無料で貸し出してくれるだなんて気前が良いというかなんというか……」
「ゲームの世界だからなんて言ってしまえばそれまでですが、サンセットの広大な領域をカバーできるだけの軍隊を自前で持つよりは安上がりという事なんじゃないですか? 傭兵たちから回収できる税金というのもあるでしょうし、市がまるっきり損をしているというわけでもないでしょう」
カマボコガレージの巨大さはこれを個人が占有しているのがちょっと小市民には憚られるくらいだ。
空港の滑走路の脇に並んでいる格納庫にも似たそれは、全高16m前後のHuMoが出入りできるような鋼鉄製の扉があって、その隣に人が出入りするための小さなドアがついている。
マモル君の説明を受けながら手首のウォレットをかざして人間用のドアを開錠して中に入ると、コンクリートが敷かれた床に鉄骨製の構造材、鉄骨に取り付けられた大型の照明器具と航空機用の格納庫型整備場のような光景がそこにあった。
「あ、あれが……」
胸の高揚感を抑えきれずに外注の整備員NPCたちに会釈しながら、その機体の足元へと向かう。
戦闘機を彷彿とさせるスカイグレーの塗装がされた装甲は角度が異なる曲面を組み合わせて作られ、まるでスポーツカーやレーシングレプリカのバイクを彷彿とさせるが、この機体がそんな華奢な物ではない事は装甲の隙間から見える重機のようなフレームが示している。
「……これが『ニムロッド』、私の愛機」
全高16.5m。
私の身長が162cmだから靴を履いた状態で10倍ほどに拡大すればこのくらいのサイズになるだろうか。
ガレージに直立する巨人のような人型兵器。
機体各所に取り付けられたロケットの噴射口のような推進器にすらりと伸びた長い脚、プロテクターのように取り付けられた曇り空の色をした装甲も、なによりその巨体自体が頼もしさを感じさせてくれる。
この巨人が機体横のパレットの上に置かれた巨大なライフルを手にして戦場を駆け、しかもコイツを操縦するのが私自身だというのだから心躍らざるをえない。
「いかがでしょう?」
「ま、マモル君! 早速だけど出撃しよう!」
「それでは手頃なミッションを検索します」
私の斜め後ろへと来た担当AIに目もくれずに私の視線は愛機へとくぎ付けのまま。
ニムロッドの顔に取り付けられた左右で大きさが不ぞろいの目のような2つの赤いカメラすら私には機能美が感じられて胸の高鳴りを抑える事ができなかった。
実際にこの機体が戦場でどのように動くか確かめずにはいられない。
「おっ! アンタが新人のジャッカルさんかい? 出撃するのもいいがオプションはどうする? ミサイルポッドも届いてるぜ?」
「す、すぐに取り付けてください!」
「あいよ!
話しかけてきた整備会社の現場監督に食い気味で仕様変更をお願いすると、スキンヘッドのマッチョマンは苦笑しながらも快く私の要望を聞き入れてくれた。
現場監督が部下たちへ怒鳴り声で指示を飛ばすとすぐに重機の稼動音や警告のためのサイレン、アサルトライフルの弾倉へ砲弾を装填するためのローダーの機械音が轟いてガレージ内は騒然となる。
「ミサイルポッドの取り付け位置はッ!?」
「なるはやでっつってんだろ!! 両脚にでもつけとけ!!」
「予備弾倉、1つしかないっスよ!?」
「知るかよ!! 弾種も適当でいい、とっとと済ませろ!!」
「そこのガキ、とっととどけぇ!」
「馬鹿野郎ッ! そいつが雇い主だ!」
モヒカンと逆モヒカンの2人組みのマッチョマンが乗り込んだクレーン車によってニムロッドの脛の両脇へとプレアカ購入特典のミサイルポッドは取り付けられ、75mm砲弾が満載となった弾倉は1つがアサルトライフルへと取り付けられ、1つが腰部の左脇へと取り付けられた。
あまりの勢いで鉄火場と化したガレージに私は言葉も無くし、タグ車の運転手から投げつけられた警告灯をひょいと躱して隅の方へと動くとマモル君が折り畳み式のタブレットを差し出してくる。
「お姉さん、このミッションなんかいかがでしょう?」
モーター音にエンジン音、重量を感じさせる金属音、そして荒くれ男たちの怒号など気にもしていない様子のマモル君。
彼から渡された緑色のガラス板のようなタブレットに目を通すと、そこにはミッションの依頼文と地図が表示されていた。
件名:街道警備(危険度:☆)
依頼主:サンセット通商部保全課
内容:中立都市の物流の要である街道の警備を依頼します。
本依頼のポイントS157付近に強力な
またハイエナを逃がすくらいならば、少しくらい路線に傷を付けてもかまいません。
よろしくお願いします。
添付:ポイントS157周辺地図
タグ:常設依頼 危険度☆
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