3 数時間後、誰かは彼女をこう評した……
「お姉さんはハチマキをしたトンボみたいな方なのですね……」
中古機販売業者のオフィスの床の上に大の字になって寝転がる褐色肌のマッチョマンを抱き起しながら、なんでか呆れたような声を上げるマモル君。
「おっと、人をトンパチ呼ばわりとはなかなかに言ってくれるじゃない? でも、あのまま話ができないより落ち着いてもらった方が良いとは思わない?」
店舗のほとんどを占める大型のガレージの脇にあるプレハブのオフィスのパソコンデスクに座り、私は自身が求める条件の機体を検索していた。
「参った、参った……。嬢ちゃんには参ったよ。でも売ってくれって言うからこっちも頑張って整備しといた機体を、いざ引き渡しの段になったら『やっぱり気が変わったから買い取ってくれ』って言うのはいくらなんでもおふざけが過ぎちゃいねぇかい?」
つい先ほどまで踵が後頭部にくっつきそうになるほどであった逆エビ状態から解放され、どこからどうみても十代前半の子供に介抱されるという恥辱に耐えかねてか中古機業者の男は恨みがましい声を投げかけてくる。
「まあ、気持ちも分からなくはないけどさ、私はそんなおかしな事を言っているつもりはないのよね。別に購入契約を無かった事にして代金を返せって言ってるわけじゃなく、買い取ってくれって話なんだし良いじゃない?」
「そりゃあ、そうだけどよ~……」
ゲームの世界においては初期装備を売ったお金と手持ちの資金を合わせ、より良い装備を手に入れるのは一般的だと思っていたのだが、この世界のNPCはそうは受け取らないみたいだった。
だがこれが現実ならば、中古車を購入して代金を支払い、諸々の手続きや納車前の整備の後にいざ納車となった時に「これを買い取ってくれ」と言ったら、やはり怪訝な顔をされるのではないだろうか?
少なくともここのマッチョマンみたいに怒り狂う事は無いだろうが、それでも高額の商品を扱うだけあって接客のプロである中古車ディーラーでも驚きの表情は隠せないと思う。
「でもウチで買い取りとなったら50万クレジットしか出せないぜ!? 半額だぞ、半額! それじゃお前さんみてぇな駆け出し
「ああ、そう。50万ね、それでお願い。それよりしばらくパソコンを借りるわよ」
「ああ、そうかい! 好きにしてくんな!」
各プレイヤーに初期配備される機体はどうやら100万クレジットで購入したという設定になっているようで、すでにその代金は支払い済みという事になっているらしい。
とりあえずは極悪狸方式ではないという事だけ分かれば一安心だ。
それに機体の売却価格は購入価格の半分というのもゲームではありがちだが悪くはない。
業者の男はぶつくさと文句を言いながらも立ち上がるとオフィスの片隅のコーヒーメーカーに向かって大きな手で機用にコーヒーを用意してパソコンに向かう私の元へと持ってきて、マモル君には缶入りのオレンジジュースを渡す。
なんだかんだ粗暴に見えて接客はちゃんとする男なのだろう。
「マモル君、
「え? あ、はい! かしこまりました!」
私は左手首の財布代わりのアイテムであるウォレットを起動して購入画面を呼び出した。
金属製のブレスレットからホログラフィーのように浮かび上がったウィンドーを見てすぐに察した私の担当AIもすぐに折り畳み式のタブレット端末を展開して画面を共有する。
「ええと、支払いは全部、ゲーム機のアカウントに登録してある電子マネーからで。まずはプレミアムアカウント1年間を、それから……」
プレミアムアカウントとは購入ユーザーが1ヵ月、3ヵ月、6ヵ月、1年間のそれぞれの期間に応じた優遇措置を受けられるサービスである。
当然、購入期間が長いほど割引になっていて、私が購入した年間パスだと4,980円だ。
優遇措置の内容としては戦闘で得られる報酬が2割増しとなり、プレアカ購入者専用アバターカスタマイズパーツなども使用できるようなる事などがある。
その他にも
さらにプレミアムアカウントの購入には特典が付いており、現在の「正式サービス開始特別記念ボーナス付き」の年間プレミアムアカウントには機体を選ばない軽量タイプのミサイルポッドが2基、特殊ペイントチケット、プレミアムHuMoが1枚ずつ、そして100万クレジットが付属してくるのだ。
私のお目当てとしてはそのゲーム内通貨であるクレジットである。
事前にけっこうな額のプリペイド式電子マネーをウチのコンビニで購入しておいてゲーム機のアカウントに登録してあったせいで気が大きくなったのか、その後も私は次々と「初回購入特典」だの「〇〇時間限定」だのといった特典の付いたクレジットを購入していった。
まあ、去年のバイト生活で稼いだお金だし、姉が買ってくれたゲーム機本体を新品で自分で買ったと思えばまだ安いくらいだろう。
それに姉がゲーム会社に就職して初のディレクター作品という事もあるし、身内としての応援のつもりもある。
「……う~んと、こんなもんかな?」
ゲーム開始時に所有していたのが100万クレジット。
プレアカ特典が100万クレジット。
その後に色々と購入したのが150万クレジット。
そして中古機販売業者が「ホントに良いんだな?」と何度も確認してきながら受け取った初期機体の売却価格が50万クレジット。
合わせて400万クレジットが私の現在の所有クレジットとなる。
「400万以内でいっちゃん良いヤツって、どれ?」
「いや、知らんよ……?」
「あの、お姉さん? 自分の好みとかプレイスタイルに応じた機種を選択できるのがウリなのに、その自分の好みとかを把握するための初期機体をいきなり売り払って『どれが良い?』はさすがにそれは違うと思います」
しばらくパソコンとにらめっこをしていたものの、正直、どれを買えばいいのかさっぱり分からない。
NPC2人に助言を求めるもけんもほろろ。
私も一応はプレイ前に攻略Wikiは目を通してきたのだけれども、βテストに参加していなかった私にとって、やってもいないゲームの事をああだこうだ言われてもなんのこっちゃかよく分からなかったのだ。
スタートダッシュを決めるために他のプレイヤーよりもいち早く上位機種を購入しようとは決めていたし、一応は目星を付けていた機体もあったのだけれども、どうやら手持ちの金額だとその機体よりも1ランク上の機体が買えそうなのだ。
面倒臭そうな顔をしている中古機販売業者に、責任逃れか決定権はあくまでプレイヤーに任せるつもりの担当AIは頼りになりそうにもないとなれば自分で決めるしかない。
「まずはランク3の機体で、……何かに特化したタイプの機体はパスね」
このゲームに登場するHuMoにはおおまかな性能ごとにランクが付けられている。
3種の初期機体たちをランク1として数字が上になるほど強力になるわけだが、カスタマイズ次第で“化ける”という事もあるらしいのであくまでランクとは素体としての機体の強さみたいなものらしい。
さらに言うならば、このゲームのプレイヤーは傭兵として様々なミッションを請け負う事になるのだけれども、当然、そのミッションの内容は様々。
ならば火力とか機動性とか、あるいは防御力とか何かに特化した機体よりかはバランスタイプの機体が良いように思える。
ある状況にハマれば強い機体は言い換えれば、相手をハメる事ができなければ弱いという事なのだ。
バランスの良い機体ならどのような状況であろうとそれなりに戦えるであろう。他のプレイヤーたちに先駆けた上位機種のそれなりだ。
「後は……、チームプレイ前提の機体は無いかな……?」
ギリギリで手が届くランク4の機体も2機種だけあったものの、それらは通信機能が強化されていて味方機との連携が取りやすいとか、中遠距離での照準装置が強力で支援がしやすいとかそういうタイプの機種で、これもパスだ。
なにせ私は普段あまりゲームというのをやらないのでゲーム友達というのがいないし、クラスメイトあたりを誘おうにも仲が良い人は部活で放課後は忙しかったりと時間のかかるMMOゲームを勧めるのも気が引ける。
必然的に私はしばらくソロプレイを前提とした立ち回りをしなければならないわけで、そういう理由で特化タイプの機体と同様にチームプレイ用の機体は避けるべきだろう。
「となるとこのあたりか……」
条件付き検索をかけたり、これは違うと思った機体を表示から外れるように除外したり。
そうこうしている内に残ったのは6機種となった。
トヨトミ重工製、紫電(初期HP7,600)
トヨトミ重工製、烈風(初期HP7,400)
サムソン経済圏製、ニムロッド(初期HP8,800)
サムソン経済圏製、オライオン(初期HP9,000)
ウライコフ工廠製、ズヴィラボーイ(初期HP8,000)
ウライコフ工廠製、オデッサ(初期HP8,250)
綺麗に3勢力の機体がそれぞれ2機種ずつ。さらにバランス型とはいえそれぞれの機体の性能は初期HP以外にも差異があり、どれを選んだら良い物なのかさっぱりちんぷんかんぷんだ。
パソコンに向かってうんうん唸りながら悩んでいた私にふと思い出したかのように中古機販売業者の男が話しかけてくる。
「そういや、こういうのは売却の話云々の前に言うべき話かもしれねぇけどよ。お前さん、売っぱらった『マートレット』の武器はど~すんだ?」
「うん? 武器?」
「だからライフルとナイフだよ。サムソン製の機体じゃなきゃ使いまわせねぇぞ? あれも買い取りか?」
「いや、ちょ、ちょっと待って!」
まだ1度も実際にミッションを受けていないのに機体の武装にまで手が回るか!
……いや、サムソン製の機体じゃなきゃ使いまわしができないという事は、逆に言うならサムソン製の機体を選べば初期機体の武器を使いまわせるという事か!
ならばサムソン製の機体にしてしばらく武器は初期機体の物を流用するとしよう。
対象機種は2つ。
そこからは早かった。
「マモル君、『ニムロッド』ってどう思う……?」
「ええ、良い機体だと思いますよ」
担当AIはいつもの慇懃で温和そうな笑顔で答えるものの、なんか本心が見えないというか、「お前、私が何を選んでもそう答えんだろ!?」と言ってやりたくなるような顔である。
「もっと、こう……、なんかない?」
「逆になんて言って欲しいんですか」
「え~……、『へっへっへ、実はコイツはブッ壊れ性能してますぜ!?』とか?」
「はいはい、壊れですよ、壊れ。…………お姉さんの頭が」
うん? 最近のゲーム界隈じゃ「お目が高いですね!」みたいなニュアンスで「頭がブッ壊れ性能」とかいう言い回しがあるのだろうか?
まあ、それはともかく担当AIのお墨付きが付いた事であるし、早速、私は中古機販売業者との契約を取り交わす事にした。
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