2 ライオン娘と毒舌系ショタ
「え、あの……、獅子吼さん? 『ライオネス』って雌のライオンを意味する言葉だけど大丈夫ですか? その獅子吼って名前からライオンがきているのは分かるんですけど……、雌ですよ?」
確かにマモル君が言うように、私の名字である「獅子吼」とは「獅子が吠えるが如くに、偉いお経を聞いて魔物が退散していく様」を現す仏教用語が由来のものなのであろう。
他に石川県に獅子吼高原というのがあるらしいけど、あっちは元々、「四宿(ししゅく)」という地名だったものが仏教用語になぞらえて獅子吼となったらしい。
でもウチのご先祖様が石川県に住んでたって話は聞いた事が無いし、明治あたりのご先祖様がお寺の住職をやってたって話があるのだから地名由来というよりは仏教用語由来の名字なのだろう。
獅子吼という名字もそうだけれど、下の方の名の「玲緒奈」というのだって「レオ」というライオンを現す音が入っているのだ。
一体、マモル君は何を気にしているというのだろうか?
「ライオネスが雌ライオンだからって何が問題なの? 私が男だったら問題なんだろうけどさ……」
「……えっ?」
「ん? ちょっと、待てオイ……」
た、確かにそりゃあ私の胸は小さい。
小さいというかAAAはもう無いと言ってもいいのかもしれない。
部活をやっていた時の癖で髪もベリーショートで、目の前のマモル君の方が髪の量はあるんじゃなかろうかというくらいだ。
もう髪を掴まれる心配は無いからと後頭部のあたりを刈り上げにするのはさすがに止めたし、ちゃんと美容室にいってモデルさんみたいなオシャレな感じにはしてもらってはいるのだけれど、少年特有の邪気の無い「女なの!?」という気持ちがありありと伝わってくる目を見ているとそんな事など些細な事のように思えてくる。
「ちょおっと私のプロフィール欄を確認してみようか~? 性別は何ってなってる?」
「あっ……。も、もしかして肉体はともかく、心は女の人って事?」
「ちゃうわ!」
「ほんとぉ~?」
なおも私に対して不審者を見るかのような視線を向けてくる担当AIにいい加減に怒りがこみ上げてきた。
そりゃあプレイヤー同士の交流もあるMMOゲームだと、性別を偽って他びプレイヤーを警戒させずに現実世界で接触を図ろうという不届きな者がいるという事は知っているけれど、だからといって私が疑われるのは面白い気がしない。
「このゲームはロボット物なんだし、『女の名前で何が悪い! 私は女だよ!』とでも言って、君の事をブン殴ってもいいのかな?」
「ひぃっ!? ぼ、暴力はいけない!」
まあ、本来だったらフランケンシュタイナーからグランドコブラで締め上げてやるところだけれども、小さくなってフルフルと震えて怯える涙目の少年を見ると一気にその気も消え失せてしまう。
「ま、まあ、殴るというのは冗談だけれども、君もそういうセンシティブな話題を引きずっちゃあいけないよ。お姉さんとの約束だよ?」
「う、うん。分かった……」
果たして「お姉さん」という所を強く念押しするように言ったのはマモル君には通じたものだろうか?
気を取り直した様子の少年は次の話題へと話を切り替える。
「それじゃあお姉さんの初期機体を決めましょう!」
マモル君の言葉と同時に彼と私の間に3体のロボットの3DCGが現れた。
「お姉さんから見て左から順番にトヨトミ重工製『雷電』、初期HPは4,800。固定武装は無し、これはこの機体が追加装備を取り付けて機能を拡張する事を主題と置いて開発されているからですね。このため初期HPも3機の中で最低となって……」
マモル君が説明してくれている最中の「雷電」は低い基本性能を示すように少年的な体系の人型ロボットだった。
「雷電」の隣の軍人にバイクのカウルのようなプロテクターを着せたような機体や、さらにその隣の戦車や装甲車を人型にしたかのような機体に比べ、脚は長いけどなんというか少年サッカー選手的な印象を持ってしまうのだ。
ヘルメットを被ったかのようなツルリとした頭部の顔には大きな2つの目が付いていて、それが余計に幼さを醸し出しているような感じを受ける。
というか、さっきからマモル君は私の事を「お姉さん」と呼んでくるのだけれども、これはさっき私が念押しするかのように強い口調でそう言ってしまったからだろうか?
いや、私には年下の男の子にお姉さんと呼ばれたいとかそういう趣味は無いのだけれども、これはこれで良いような気もする。
だが、現実の私の姉もこのゲームが正式オープンしたら自分もプレイするとか言っていたわけで、小さい子にお姉さんを呼ばれてるところを姉に見られたらいくらなんでも恥ずかしいような気がしてきた。
「初期機体として導入した場合に付属する武装として75mmアサルトライフルと鍛造ナイフがありますが……」
「ちょ、ちょっと待って! え、機体解説って全部聞かないと駄目かな?」
「……と、言いますと?」
マモル君にお姉さんと呼ばれているのを姉に目撃されたのを脳内で想像し、姉の「プ~クスクス!」という嚙み殺した笑いを想像している内にも律儀に担当AIは機体解説を続けていた。
実の所、私にはとある思惑があって初期機体でいちいち思い悩む必要はないのだ。
「そうだねぇ。とりあえず3機の売値だけ教えてくれるかな?」
「え?」
「一番、高く買い取ってくれるのにしようかなって」
現実世界の自動車を買い取ってくれる中古車屋さんがいるように「鉄騎戦線ジャッカル」の世界においてもプレイヤーたちの乗機であるHuMoを買い取ってくれる中古機販売業者がいる事はβ版プレイヤーたちが情報を書き込んでくれていた攻略Wikiで知っていた。
そこでは初期選択機体3種はどれも売値は同じように設定されているようだったけれども、正式版でその辺が変更されている可能性を考慮して、とりあえずマモル君に聞いてみたのだ。
「す、すいません。売値とかは僕、知らないです」
「そっか、ならしょうがない。それじゃパッと見で高級そうな真ん中の機体にしようかな」
「分かりました。『マートレット』で設定します」
その後もなんやかんやお決まりのイベントのようなものがあり、その後に流れたストーリー説明のモノローグの後、ついに私は地球ではない惑星トワイライト、仮想現実の世界へと降り立ったのだった。
≪機体を前進させてみましょう≫
コックピットブロックの内面ディスプレーに表示された文に従って私はフットペダルを操作すると、ズシン、ズシンという鈍い振動とともに壁面に表示される光景は少しずつ前へと進んでいく。
≪機体を右へ旋回させてみましょう≫
新たな指示のとおりに私はさきほどのフットペダルとシートの右側にあるコントロールレバーを使って機体を右へ向かせた。
VRヘッドギアを通じて、私の脳内にはすでに人型機動兵器HuMoの操縦方法がインプットされている。
これは先行タイトルである「剣と魔法と貴方の物語」であった呪文の自動習得システムの応用であり、そちらはすでに経験済みではあったものの、現実世界では原チャリの操縦方法すら知らない私が人型ロボットを動かす方法をなんでかすでに知っているというのは中々に違和感がある事ではあったが、それよりも私は新たな世界との出会いに精神を高揚させていた。
≪機体を左へ旋回させてみましょう≫
今度は先ほどとは逆にシートの左側のレバーを押し込みながら機体を旋回させる。
コックピットのパイロットシートには左右それぞれ2つずつのフットペダル。コントロールレバーは左右2つに股間の前に1つ。さらにシートのアームレストの脇には普段は折り畳まれている左右分割式のキーボードが、右のアームレストには別にテンキーまで用意されていた。
その他、細々とした情報を表示させるためのサブディスプレーはタッチパネル式となっていて慣れこそ必要だけれどもスマホやタブレットなんかと同じような感覚で操作する事が可能だ。
「剣と魔法と貴方の物語」にあった魔法詠唱の呪文自動習得システムは意味も良く分からない古語をふんだんに使われた言葉が自分の口から流れるように溢れてくるといったようなもので大して違和感は抱かなかったものだけど、やはり自分の知らない機械を自分の身体を使って操縦するというのは中々に上手くいかないもの。
「あっ、お姉さん! それじゃ頭だけ正面を向いたまま、体は横を向いちゃってますよ!」
「あ、そっか……。じゃ、こうか!?」
私の操作で機体はカニ歩きのように正面を向いたまま横移動をする。
これで≪前を向いた状態のまま横方向へと移動してみましょう≫という指示はクリアする事ができた。
「HuMoの装甲は正面が一番、厚くなっていますから、今の動きは大事ですよ!」
「なるほどねぇ……」
呪文を詠唱すれば魔法が発動してくれるシステムとは違い、操縦法を知っているだけというのはもしかすると各プレイヤー間で如実に技量差が出てくるのではないだろうか?
自動車だって免許取り立ての人やペーパードライバーだって車の操縦方を知っているとは言えようが、彼らとレーサーを同じ次元で語る事はできないだろう。
その後も教習所という名のチュートリアルは続き、私はいくつかのミスを冒してリトライする事になったものの、後席のサブシートに座るマモル君の助言もあってか、全ての行程をあっという間に終える事ができた。
「お疲れ様です。これでチュートリアルはおしまいとなります。次は中古機販売業者の店舗に機体の受領に行きましょうか?」
………………
…………
……
「こんド畜生がッ!! 手前ェら、俺に喧嘩売りに来たってのかッ!!!!」
最近の人工知能というのは凄いなとシンプルにそう思う。
慇懃に笑みを浮かべる少年執事も、私の目の前で額に血管を隆起させて怒鳴り声を上げるノースリーブの筋骨隆々の大男も同じAIなのだというのだから驚きだ。
きっと姉も各NPCのキャラクターごとに性格を調整するのが大変だっただろうと思う。
「ひぃっ! お、お姉さんは控えめに言って頭がイカれてらっしゃると思います!」
拳を振り上げて喚く中年男性に対し、自分が殴られると思ったのか頭を抑えて小さくなるマモル君も非難の声を上げる。
実の所、私が中古機販売業者に言った事は現実世界ならば確かにおかしいのだろう。でも、いくらリアルな世界とはいえゲームの中だったらそんなにおかしな事ではないと思ったのだけれども……。
とりあえずは筋肉ムキムキマッチョマンが怒り狂ったままだと話もできないし、膝を抱えるように小さくなってフルフル震えるマモル君を見ているのも可哀想だ。
少し私なりの“交渉”をさせてもらおう……。
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