2 AI娘と自称チョイ悪オヤジ

「おいおい、いきなりロリコン扱いは無いだろぅ?」


 私のロリコン発言に対してマーカスは海外ドラマのようにクイッと方眉を持ち上げてみせるものの、キラリと光る白い歯とともに純日本人的な顔立ちである彼がやるとどうも芝居がかって見えてしまう。


「い、いやあ~……、粕谷さん? このゲームはそういうアダルトなゲームではないのですよ?」

「分かってる、分かってる」


 自分の担当ユーザーがちょっと洒落にならない類の性犯罪者予備軍なのではと思うと、なんだか自分の恰好が初冬の薄着のように随分と頼りないもののように思えてきてしまう。


 ユーザー補助AIナンバー49「サブリナ」、つまり私はボーイッシュで小生意気な少女という設定を反映して初期状態ではホットパンツと言っていいくらいに丈の短いショートパンツにくるぶし丈のソックスにスニーカーと下半身は脚をほぼ出している状態。

 上半身もヘソ出しのチビTの上に丈の短い半袖のジャケットをボタンもかけずに羽織っている状態。とにかくロリコン疑惑の浮上してきた相手に対して肌の露出が多い状態なのだ。


 さらにいうならばユーザー登録情報を15歳以上に設定する事で選択する事ができる補助AIナンバー9「ブリジット」のような妖艶なオトナの女性や、奔放なギャルとしての性格が持たされているナンバー85「ヨシエ」ならば色気でユーザーをからかうくらいのおふざけができるくらいの性格に設定がなされているのに対して、私はそういうふうには作られていない。


「おいおい、誤解だって。だから、そんなに怯える必要はないんだよ? ……まあ、ロリコンかどうかはともかく、チョイワルオヤジではあるかもしれないからサブちゃんのような若い女の子が心配になるのは分からないでもないけどね!」


 威嚇するようにジットリと目の前の男を睨みつけながらジャケットのボタンをかけ始めた私に対してマーカスはおどけて見せるが、生憎と彼の容姿や着ている衣服には「チョイ悪オヤジ」とカテゴライズされるようなものは何一つ見受けられないのだ。


「……チョイ悪オヤジってどこが?」

「お、聞いてくれるかい? いやあ~、こないだ産まれて初めて髪を染めちゃったよ!」

「……それ、世間サマじゃ『白髪染め』って言わない?」

「そうともいう」


 ボケとツッコミが上手く決まってご満悦とばかりに笑みを浮かべる担当ユーザーが感じているであろう満足度とは裏腹、私はこれからの事が思いやられてドッと不安がこみ上げてくるのを感じていた。


「はいはい……、私たちはマンザイグランプリを目指しているんじゃないんだ。とっととチュートリアル行くよ!」

「君が望むならチュートリアルでもマンザイグランプリでも!」

「それじゃ、チュートリアルの後でP-1グランプリでも目指して頑張ってくれよ……」

「それってピン芸人のナンバー1を決める大会じゃん?」


「○○じゃん?」って無理して若者ぶりやがって、と軽くイラッとした所で私はある事を思い出した。


「あ……、ちょっとその前にいい?」

「うん?」

「まあ、ちょっとノルマみたいなモンだよ」


 随分と相手のペースに呑まれて無駄な時間を使ってしまったが、大事な事をすっ飛ばして良いという理由にはならないだろう。


 何で初期設定の直後、ゲーム内世界へと行く前に担当補助AIがユーザーと出会うか。

 それは単純にユーザーの気分を盛り上げるための前口上役を担うためなのだ。


 私はオホンと1つ咳払いした後であらかじめ定められていたセリフを口から溢れる言葉で紡いでいく。


「さあ、冒険の旅へと行こうか!

 これから行く世界では君は自らの力の限りにおいて自由だ。

 明るい光の元、力を蓄えて自分が信じる正義の道を往くも良い。悪の道へと堕ちたっていい。自由を追求したっていいし、大きな力の元に属するのだっていいかもしれない。なんならロボット物のアニメで見たシーンを自分の手で再現することだってできるだろう!

 君がどんな道を征くのかはわからないけど、これだけは覚えておいて。私はいつだって君の味方だ。

 さあ! 新しい冒険の始まりだ!」


 パチパチパチパチ……。


 私としては新しいゲームの導入として期待が持てるような荘厳なセリフ回しができたように思えるのだけれど、肝心の担当ユーザー様はまるで子供の幼稚園でのお遊戯会を見るかのような温かい目で私を観て拍手をしてくれたのだった。






 人類がたった1つの惑星上で暮らしていた「単一惑星時代」も終焉を迎えて早数世紀。


 人は新たな世界へと移り住み、そこでもまた争いを続けていた。


 “薄明”を意味する「トワイライト」と名付けられた惑星でもまた争いの火は絶える事はなく、長く続く戦乱にいずれの勢力も軍拡のための経済に耐えられなくなっていた。


 争いを止める事はできず、大軍勢を組織する事はできず。


 そのような状況は新たな人種を生み出していた。


 ジャッカル。

 個人、あるいは極少人数で人型機動兵器HuHumanoidMobileWeaponを駆る傭兵たちである。


 ある者は傭兵たちを報酬次第で見境なく依頼を受ける節操無しと蔑み、ある者はいかなる勢力にも属する事なく戦乱に時代に自由に生きる彼らに羨望の目を向ける。


 そして今、3つの勢力の境界線付近にあるが故に中立を保っている自由都市「サンセット」に1人の新人ジャッカルが訪れた。


 注意せよ!

 あらゆる勢力に属することが無いという事は自分を守るのは自分だけであるという事に他ならない。


 そして、自らの意思で力を行使するジャッカルとは、「ハイエナ」と呼ばれる武装犯罪者集団と表裏一体の存在である事を!


 果たしてジャッカルが見る惑星トワイライトの薄明りは夜明け前のものか、それとも日没後のものなのか?




「お~~~! サブちゃん、よく出来ました! お小遣いあげちゃいたい!」

「……いや、これは私が読み上げてるわけじゃなくて、私の担当声優さんが導入のストーリーも担当してるってだけ……」

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