3 はじめてのチョイ悪大作戦

 街は陽気な活気に包まれていた。

 たとえこの街がデータ上の作られた虚構の存在であったとしても心躍らざるをえないのは、私自身も同じく虚構の存在だからだろうか?


 ゲームのキモである人型機動兵器HuMoの操作方法のチュートリアルを終えた私たちは中立都市サンセットへと移動していた。


「まるでなんかのお祭りみたいじゃない?」

「そらあ今日はオープン初日だからねぇ」


 私はマーカスから露店売りのミックスジュースのカップを受け取りながら答える。


 初期設定の時に着ていた背広から彼はODオリーブドライ色のツナギへと着替えていた。

 ツナギ、編上靴、そして腰のベルトに取り付けられた拳銃が収められているホルスターは各プレイヤーの初期装備であり、周囲を見渡すとチラホラと同じ格好をした老若男女の姿が見受けられる。


「……オッサンさ、VRMMOゲームって初めてじゃない?」

「うん? このゲームが初めてだよ」


 バザールの一画、露店型の飲食店が密集している辺りに幾つも並べられている椅子とテーブルに座ってジュースを味わいながら担当ユーザーに尋ねてみるも彼の返事は端的であり、その表情は「どうだい? やるもんだろ?」とばかりにニッカリと笑顔を浮かべている。


 彼の言葉には別に引っかかるようなところはなく、私としても明確にどこがおかしいとか言うつもりもないのだけれど、それでも私は釈然としない思いを抱えていた。


 まず、このゲームを始めたばかりのマーカスが担当補助AIである私の助言も無しにいきなり露店でジュースを買ってこれたというのがおかしい。


 このゲームでは人型機動兵器HuMoを用いた戦闘と、その報酬を用いた機体強化、あるいは新機体の購入などがメインとなるわけなのだけれど、その他にもゲーム世界に深みを持たせるために様々な要素が持たされている。


 私たちが飲んでいるミックスジュースなどといった飲食もそうであり、仮想現実ではあっても味覚を楽しませる事は人間の娯楽の王道ではあるのだけれど、それを私はまだ彼に説明してはいないし、リストバンド型の各種決済装置“ウォレット”の存在すら教えてはいなかったのだ。


 まあ、それだけならば周囲の自分と同じ格好をしている連中が同じプレイヤーだと察する事ができれば彼らの真似をしてジュースを買ってくる事もできるだろう。

 だが、それだけではない。


「うん、結構イケるモンだな。まあ、もうちょっとグレープフルーツの苦みが効いてる方が好みだけど……、サブちゃんはどう?」

「私はこういうの好きだよ。甘いのにけっこうサッパリしていて今日みたいな天気の日にはちょうど良いんじゃない?」

「そうだなぁ。ずっとこうしてのんびりしていたいような陽気だねぇ……」


 初夏を思わせる好天を見上げながらしみじみとするマーカスには新しい世界に飛び込んだ興奮とはまるで無縁のようで、それはまるでこのままHuMoに乗らずに街に引きこもっているつもりなのではないかと思わせるほど。


 なにせこの男、私がこの街に移動して直後、ゲーム内の1キャラクターとして「私はいつか金を貯めて、このクソみたいな惑星ホシからおさらばしてやるんだ……」という定型文のセリフを言うと、「おっ! 宇宙とか行っちゃう? パパ、クレカクレジットカード登録してるからどこでも行けるよ!」なんて言って親指を立てサムズアップながら白い歯を見せてくるぐらいだ。


 ゲーム内通貨であるクレジットは傭兵としてミッションを受けて稼ぐ他、クレジットカード経由で課金する事で購入する事もできるわけで、マーカスの気分次第で戦闘に出ずにサンセットの観光を楽しむ事も可能ではある。

 まあ、いくら金を積もうがそもそも宇宙ステージなんて実装されていないので私のキャラクター設定なんて現時点では虚しい虚構に過ぎないのだけれど。


 私も担当ユーザーの楽しみ方に文句付けるような筋合いはないのだけれど、さすがにそれはどうかと思ってしまう。


「……そう言えばさ、どっかにノンプレイヤーキャラクターの好感度の上げ方とかって出てた?」

「うん? どういう事だい?」

「いやさ、さっき初期機体の受領に行った時……」


 私はこの街に来て直後の事を思い出して気になっていた事を尋ねてみた。


 ゲーム内において各プレイヤーは中古機の販売業者から掘り出し物の中古機を購入して傭兵ジャッカルとして独り立ちしたばかりという設定である。


 そのためチュートリアル終了後にゲーム内世界へと移動して最初に愛機を受領するイベントがあったのだが、マーカスは中古機販売業者の立ち合いの元、コックピットの中を確認するとほくほく顔で出てきて小躍りしながら中古機販売業者のNPCへと握手を求めていたのだ。


「凄いな。中古機のコックピットなんて臭いがこもってそうなもんなのにそういうの全然しないのな! 助かるぜ!」

「おっ、兄ちゃん、分かってんな! 他の奴らときたら『どこの塗装が剥げてる』だの『装甲に擦り傷がある』だのピーチクパーチクうるせえったらありゃしねぇ。ジャッカル野郎が綺麗なおベベを着たかったら自分で稼げるようになってからにしろってモンだ! コックピットだけでも新品に交換してやってるだけ感謝してくれって言いたいくらいだぜ!」


 プレイヤーに初期配布される機体は中古機という設定であり、美観に難はあっても性能自体は新品同様という事になっている。

 そもそも完全没入型VRゲームは嗅覚も疑似的に再現されているとはいえ、別に罰ゲームでもないのに初期機体のコックピット内を悪臭で満たす理由なんかあるわけもない。運営はプレイヤーにゲームを楽しんでもらって収益を上げる事が目的であって、プレイヤーを苦しめて楽しむのが目的ではないのだ。


 むしろ私としては、あくまで設定上の話とはいえ、中古機のコックピットを新品に交換するという事は以前にこの機体のコックピットに乗っていたパイロットはどうなったのか? という事の方に闇の深さを感じてしまうのだけれども、喜々として新品のシートから保護用のビニールを剥がす彼に水を差すのもためらわれて黙っておく事にしていた。


「いやあ~、昔、乗ってた中古車なんかヤニ臭くてしばらく難儀してたのにありがたいモンだな!」

「ハハッ! 酷ぇ業者もいたモンだな、オイ! ウチなら新品に交換しなくてもキチンとクリーニングはしてから引き渡すぜ? おい、兄ちゃん、アンタ、次の機体が必要になった時もウチに来な! 話の分かる野郎には儲けなんか度外視してでも割引してやるぜ?」


 褐色の筋肉質の肉体にドレッドヘアー、うっすらと脂肪の乗った太い腕をこれ見よがしに剥き出しにしたノースリーブのオーバーオールといういかにもな中古機販売業者のNPCは豪快に笑って、次回の割引きを確約してくれる。


 当然、そんな事、全てのプレイヤーに対して行われるお決まりの行動パターンというわけではなく、各NPCのキャラクターごとに定められた性格によってプレイヤーの行動を評価するシステムによって中古車販売業者がマーカスを高く評価したという事。


 これがゲームに慣れた若者がAIの性格を判断してそうしたというのならば私も納得ができるのだが、マーカスのようなあまりゲームというものに慣れていなさそうなオッサンがやってのけたというのだから、事前に情報を入手していたのと思うのも無理はないだろう。


 だが意外にもマーカスはそのような情報は知らないと言う。


「う~ん、俺もゲームを始める前にwikiとか見てたけど、そういう報告はまだ上がってなかったと思うよ?」

「なら、なんで中古機屋で」

「そりゃあ、俺だけだったらコックピットの中が臭くても雰囲気あるな~って思うくらいだけど、サブちゃんも乗るのに臭いがキツかったら、パパ嫌だよ?」


 ああ、そういう事か……。


 なんて事はない。

 この男、私にパパと呼んでもらう事をまだ諦めたわけではないのか、私も乗り込むコックピットの環境が悪くなかったと喜んだのが、たまたまそれが業者の琴線に触れる形で仕事ぶりを評価したというふうに受け取られたのか。


 もしかすると、いや、多分だけど、ウォレットの使い方を説明しなくとも理解していたのは、彼が私の良き父親であろうと頑張って周囲を観察して得た情報からなのだろう。


 性犯罪者予備軍の疑いが晴れたわけではない彼を「パパ」と呼んでほしいという決して容認できない目的の元に行われた行為である事を除けば、目的意識を持ち自分なりにこのゲームの世界を楽しもうという姿勢が見受けられる模範的なプレイヤーと言う事ができるかもしれない。


「で、これからどうする? 映画でも観に行く? 御飯が先の方がいい? あっ、サブちゃんのお洋服でも買いに行こうか!」


 私がそろそろジュースを飲み終わるのを見計らって、彼が次に何をしにいこうかと色々と提案してくる。


「ゲームの本筋の方をひとつ……」

「ふ~ん……」


 この男に新しい服を見せるという事は、服を含めて私自身がじろじろと見つめられるという事と同意であり、さすがにそれは勘弁というのもあるのだが、ユーザー補助AIとしては担当ユーザーが理由はともあれ模範的なプレイヤーであるのならば、是非ともこのゲームの本道を行ってほしいと思うのも無理はないだろう。


「とはいえ、その辺に転がってるミッションを受けてもサブちゃんは面白くないっしょ?」

「いや、別にその辺に転がっているミッションで良いっスよ……」

「へへっ、安心しろって! サブちゃん、言ってたろ? 『新しい冒険を始めよう』って。パパ、とびっきりの冒険をサブちゃんにプレゼントしてやるぜ!」


 何の気を回しているんだか、私としては普通にゲームをプレイしてくれればそれでいいのだが、彼としてはそんなのではとても満足しないらしく、獲物を探す肉食獣のような鋭い目つきで周囲を見渡すと、しばらくして御眼鏡にかなったモノを見つけたのかニタリと口角を曲げて見せた。


「……そうだなぁ。差し当たってはとりあえずなんかどうだい?」


 彼が後方に向けて親指で指し示す方向に見えていたのは純白のHuMo。


 オープニングセレモニーのために公開展示されていたサンセット特別防衛隊「UNEI」にのみ配備されている高性能HuMo「ホワイトナイト」、その隊長専用機である唯一ワンオフのカスタム機「ホワイトナイト・ノーブル」であった。

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