ジャッカルの黄昏~VRMMOロボゲーはじめました!~
雑種犬
序章
1 AI娘の苦悩の始まり
新しい出会いというのは誰にとっても期待と不安に満ちたものであるのは違いないのだろうと思う。
それが私のような“ヒト”ならざる者であったとしてもだ。
本日、正式サービス開始となったVRMMOロボットアクションゲーム「鉄騎戦線ジャッカルOnLINE」のユーザー補助AIの1体である私がメインサーバー上で起動して僅か数十秒ほどの時間。
早くも人間に限りなく近づけて設計された私の心理パターンは少しずつ不安の色を増していく。
円滑なゲームの進行とその補助、完全没入型VRゲームというまだ新しいゲームシステムにユーザーが取っつき易くするために登録アカウント1つにつき1体ずつ割り当てられる補助AIとしては担当ユーザーと上手くやっていけるであろうかと不安になろうというもの。
幸い、現在初期設定中である私の担当ユーザーは複数種類用意されている補助AIパターンの内から時間をかけて私を選んでくれていたようなので最初から取り付く島もないという事にはならないだろうとそう考えていたのは明るい未来予想要素だった。
……もっとも、後から私は世の中にはもっとタチが悪いモノも存在するのだという事をこの身をもって思い知らされるわけなのだけれど。
やがて私はサイバー空間をイメージ化した青白い何も無い空間へと読み込まれる。
ほどなくして私の目の前へと1人の中年男性が一瞬のノイズとともに現れた。
「やあ、
AIではなく、生身の人間がやる遊園地のコンパニオンもこんな感覚だろうか?
「サブリナ」という十代前半のボーイッシュで小生意気な少女をイメージして設定された人格行動パターンにプリインスト-ルされているように私は初対面の相手を値踏みするように斜に構えた笑みを浮かべてみせる。
「おっ! サブちゃん、これからヨロシクな!」
「さ、サブちゃん!?」
男は日本人男性にしては身長が高く、ダークグレーの背広に深い藍色のシャツ、そして薄い水色のネクタイとすでにアカウントデータに入力済みの41歳という年齢に見合った服装。髪型は整髪料で後ろへと撫でつけたオールバックがサマになっている。
VRゲーム上で使用される自身の姿は脳内から機器が読み込んだものをゲームソフト上で補正する事が可能なのでいくらでも美化する事が可能ではあるのだけれど、目の下に深く刻み込まれたクマや歳相応に張りを無くしかけた肌、沈み込んでいたのを無理に笑みを浮かべさせた目など、私は直感的に現実世界の彼もほぼ変わらない姿をしているのだろうなと思った。
そんな一見、仕事に疲れたサラリーマンに見える男が開口一番、いくら私がAIであったとしても馴れ馴れしい口調で「サブちゃん」などと渾名で呼んできたのはさすがに面食らってしまう。
まあ、サービス開始から早半日、すでにクラウドデータセンターには他の補助AIから「初期設定が長い、とっととプレイさせろ」だの「補助AI? んなモンいらねぇよ!」だのといったユーザーの声が届けられていたためにそれに比べたらまだ好意的なユーザーなだけ助かるなぁとこの時の私は暢気に思っていたのだった。
「ええと、それじゃゲーム中に使うハンドルネームを決めようか? ハンドルネームは他のユーザーも知る事ができるわけで、トラブルを避けるために本名でのプレイは推奨していないんだ」
「うん? それじゃ『マーカス』で……」
ああ、
安直といえば安直だけれども、それで本名を特定できるわけでもないのだからこちらから言う事はない。
むしろ話が早くて助かると、私は目の前の男から何の違和感も感じる事なく安堵していたのだった。
「ええと、君はこれから人型機動兵器を駆る傭兵、通称『ジャッカル』の1人として地球ではない惑星『トワイライト』へと降り立ってもらう事になるのだけれど、最初の君の乗機となる機体を選んでもらおうか?」
「いや、いい……」
「……うん?」
ハンドルネームを「マーカス」と設定された男は私がサイバー空間に呼び出した3機の
「え、あの……、最初の機体選択とか、ロボゲーで最初の盛り上がるトコだと思うんスけど……」
「ん~、あんまりそういうの興味無いんだよねぇ。適当にサブちゃんが選んどいてくれたまえよ?」
発売したばかりの完全没入型VRゲーム機をわざわざ購入し、サービス開始初日のロボットゲームに乗り込んできておいて、ロボットとかには興味が無い?
なんだ? 私は禅問答でも仕掛けられているのか?
「……そもさん?」
「説破ッ! って、別におちょくってるワケじゃないけどさ、別に3種類の初期機体だなんてどれも大差ないだろう? それだったら君が選んでくれたほうが思い入れができるかな~って……」
マーカスは「別に他意は無いから好きに選んじゃえ!」とばかりにウインクを飛ばしてくるが、くたびれたオッサンがおどけてみせた所で可愛げがあるわけでもなく、厄介な事を押し付けられたものだと溜め息を付きたくなってしまう。
第一、彼は「初期機体なんてどれも大差ないだろう」と言うが、それは大間違い。
いや、ゲームを進める事で入手できる後発の機体に比べて初期性能が低いわけで大概のプレイヤーはすぐに次の機体へ乗り換えるであろう事をかんがえれば間違いではないのだけれど、3機の初期機体はそれぞれ「鉄騎戦線ジャッカルOnLINE」の世界を体現する個性のある機体たちなのだ。
基本性能こそ3機の内でもっとも低いが豊富なオプション兵装を持ち、ミッション内容やプレイヤーの技量、嗜好によってフレキシブルに戦法を変える事ができるトヨトミ重工製の「
高い機体性能を持ち、プレイヤーの腕次第で格上とも真正面から戦えるサムソン経済圏の「マートレット」。
「雷電」より僅かに高い機体性能しか持たないが、代わりに武装の火力が高く設定されており、機体の強化に必要なコストも低いウライコフ兵器工廠製の「キロ」。
また機体性能もさることながら、3機種はそれぞれチーフデザイナーの統率のもと、3つのチームによりデザインされており、3つの陣営をデザイン面からもプレイヤーに印象付けるものとなっている。
3機種の中でもっとも小型で少年的な体系の「雷電」に、スーパーカーやレーシングマシンのような流麗なラインでまとめられた「マートレット」、ミリタリー色が強く機体表面には鋳造的な表面加工のされた「キロ」と3機種はそれぞれどれ脇役ではあろうが大作ロボットアニメシリーズに出てきてもおかしくはないような出来栄えとなっているらしい。
その機体選択を私に任せるとは……。
一体、目の前の男は何を考えているのだろう?
「ええと……、じゃあさ、この『雷電』はどう? ちょっと装飾足したらロボットアニメの主役機みたいに見栄え良いと思うんだけど……、それに後からゴテゴテと色々と武装を付けたり、逆にシンプルなままで中身を強化していく事もできるんだけどさ……?」
「うん? 良いんじゃない?」
私が雷電を勧めたのは豊富なオプション兵装によりゲームに詰まった時に試行錯誤を繰り返していくのもダレにくいだろうなという進行の補助役としての考えとは別に、「雷電」の塗装パターンにプリセットされているものの内の1つが男が着ているシャツと良く似た洋上迷彩風のダークブルーの物があったからだ。
ロボットに興味がないとか言い出す男に対して、何とかカラーバリエーションで興味を持ってもらおうという私なりの涙ぐましい努力といってもいいだろう。
対してマーカスは眉間に皺を寄せて機体を選ぶ私の事をまるで微笑ましいものを見るかのように柔和な表情で見守っていた。
まったく、誰のせいで私が苦労していると思っているんだか。ユーザーからのクレームをまとめるデータセンターにも彼のような者に当たったAIからの報告なんて存在しないのだ。
私に設定されている人格プログラムはユーザーに対して皮肉を言う事を許可していた。
「まったく、君は一体、何がしたくてロボット物のゲームなんて買ったんだい?」
「君に会うためだよ」
「……は?」
あまりにも事もなげに言ってのける男に対して、私は自分に搭載されている会話プログラムの煮詰め方がまだ甘いのかと疑ってしまったほどだ。
だが彼が続ける言葉は自分が認識した言葉が間違いではないことを示していた。
「サブちゃんは知ってるかい? 君、テレビCMにも出てたよね。俺ぁ、あのCMで君を観てから今日という日が待ち遠しくてたまらなかったよ」
「ソ、ソウナンスカ?」
い、いきなり担当ユーザーを疑うのはあまり褒められた事ではないのは分かっていながらも、それでも自分の中に湧き上がるとある疑念を抑え込むのに苦労してしまう。
「そうそう。1つ、いいかな? サブちゃんの俺に対しての呼び方って変更できるかな?」
「というと……?」
「君に『パパ』って呼んでほしい!」
アウト~~~!!!!
疑念どころじゃあねぇ!
コイツは真っ黒。ブラックホールよりも真っ黒の筋金入りだ!
「お前、アレか!? ロリコンかッ!?」
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