第16話 ハッピーエンドデスマッチ

産まれる前から夢見ていた最高のエンディングを目の前で目撃し、私は感無量で岩に凭れていた。

グレゴリウスの消滅を確認した魔王が、ずんずんと早足にこちらへ歩いてくる。

そして私の目の前に立ち、頭を拳骨でぶん殴った。


「オ゛ア゛ッ」


汚い悲鳴を上げて地面に倒れ込む。

痙攣する私に、魔王はベルトから抜き取った最後の一本の回復薬を半分かけ、半分を無理矢理口に突っ込んで飲ませて、真正面にしゃがんだ。


「この馬鹿者!! なぜ回復薬を自分に使わん!!」

「戦う奴を万全の状態にするべきだろ!!」

「俺は薬を持っていただろうが!! 必要なら自分でやる!!」

「強敵相手なんだからサポート大事でしょ!!」

「やかましい!!」


大音声で叱りつけたあと、魔王は深い深いため息をついた。


「……間に合って良かった」


そう言って私の後頭部を大きなてのひらで掴んで引き寄せ、魔王は自分の額と私の額をこつんと合わせた。

視界が綺麗な顔でいっぱいになる。

彼の肌は汗に濡れ、黒髪がひと房頬に張り付いていた。

瞼が伏せられ、長い睫毛の先が震えている。

近すぎて呼吸が肌にかかった。


「人生の中で一番急いで敵を倒した」

「アッハイ」

「二度とこんな思いをさせないでくれ」

「ウィッス」

「お前は自分を心配する者が居るのだということをもっと自覚しろ」

「ッス、サーセン」


動揺のあまり言語野が死んだ。

顔がめちゃくちゃに熱い。彼に触れている場所が燃えそうだ。火傷しながら握ってたシャベルだってここまで熱くなかったんじゃないか。

死にぞこないのようになっている私を、ふと目を開けた魔王が不思議そうに見つめた。


「なんだ、熱でもあるのか」

「のっぴきならない事情により……」

「仕方のない奴だな。戻ったらきちんと寝ろ」

「はい」

「その後結婚式でもするか」

「はい?」

「うん?」


なんつった?

ごめんちょっと……歳かな……もしくは疲労による幻聴かもしれない……。

私は魔王の肩を押して若干距離をとり、正座をして相手を見つめた。

魔王も胡坐で座り直す。膝の上に軽く握った拳を置く姿がやたらさまになっている。


「すみませんちょっと……。寝た後なにを?」

「結婚式でもするか」

「ッア゛~~~~~~~~~!!!!!!!!!!」


私は推しの口から発された単語の持つ破壊力によって、弾かれたように後ろに倒れた。正座のままだったので腰から変な音がした。

魔王が頭の可哀想な子を憐れむような目をしつつ私の肩を掴んで引き起こし、自分が付けていた回復ネックレスを外して私の首にかけてくれる。

死にかけていた腰と地面にぶつけた頭が徐々に回復を始めた。

いやそうじゃないでしょ。

急にも程があるでしょ。

まず付き合ってもいねえんだよ。

私は顔を両手で覆って天を仰ぎ、


「なんっ、うん、なんで?? どうして?? 急に偽装結婚の必要な案件が発生したとかそういう??」

「そんなわけが無いだろうが。こういう時はきちんとハイかイイエで答えるものだぞ」

「常識を説かれた……。いや、あの、急過ぎでは?」

「なにを言う。そもそもお前が初対面で言ってきたのだろう」

「えっ」

「生まれる前から好きでした、と」

「オ゛ッ」


反射的に絞められた鶏のような悲鳴が喉から出る。

初対面の時の赤面ものの記憶が蘇り、自動的に死にかけてしまった。

こちらの挙動不審を全く不快に思っていないらしい魔王が、しげしげと珍しい生き物でも見るような視線を向けてくる。お前それが仮にも結婚しようとしている相手に向ける目か。


「まだあれに対する返事をしていなかっただろう」

「えぇ……」

「なんだその反応は」


いやハイ。

確かに私はあの時本音を言ったけれども。

でもあの流れだから、てっきり魔王に近付くための方便として処理されているものだと思っていたのだ。

なのにこの男、律儀に受け止めて、今まで考えて、それでこんなタイミングで、「結婚式でもするか」という言葉で返事をしたのか。

私はぶすっとした顔で座っている魔王をまじまじと見て、思わず笑ってしまった。

なんだか彼がとても可愛く思えた。


「ねえ魔王」

「セオドアだ」

「知ってる。セオドア」

「なんだ」

「あのね、ええと、はい」

「もっと気合を入れろ!」

「はい!!」

「俺と結婚してくれ!!」

「末永くよろしくお願いします!!」

「そうだ、その意気だ!!」


ばかみたいな大声で、私達は将来を誓い合った。

周囲は戦いの影響でめちゃくちゃだし、二人とも体は回復しても服装はぼろぼろで、それはもう心底疲れていた。

巨悪を倒した直後というシチュエーションのわりに、なんのロマンチックさも無い状態でのプロポーズだったが、それが逆に私達にはちょうど良かったのかもしれない。

少なくとも私は、魔王の城の綺麗な庭で美しいこの男からプロポーズされたりなんてしたら、推し×自分は解釈違いと叫んで失神していたことだろう。

私はセオドアの体にぐたりと寄りかかり、ずるずる体の力を抜いた。


「疲れて無理。運んでくれや」

「お前途端にふてぶてしくなったな」


やかましいわ元々そういう性格だ。

ぐでんぐでんになった私を俵担ぎし、魔王は転移魔法を使った。

見慣れた白百合宮の部屋の中へ戻った私達に、ソファの上で体育座りをしていた博士がぱっと顔を上げ、キラキラした大きな瞳いっぱいに涙を浮かべた。

魔王の腕から降ろされた私に体当たりするように抱き着き、ふええと美少女らしい泣き声が部屋に響く。


「リッ、リーナあぁ!!」

「うん」

「よかった! ちゃんと帰ってきた! けっ、怪我してない? 大丈夫?」

「うん。ちゃんと薬飲んだ」

「よかった、魔王様も、おつかれっす!」

「ああ」


べしゃべしゃに泣いている博士をあやしていると、キースが二人分のほかほかの蒸しタオルを持ってきてくれた。ありがたく貰って煤やら土やら血や汗にまみれた顔を拭わせてもらう。

魔王は横で顔と手を拭い、涙目になっているキースの頭を乱暴に撫でていた。なんだろう、大型犬と飼い主に近いものを感じる。


「どうした、そう泣くな」

「な゛いでお゛りま゛ぜん゛」

「なら良かった」

「わがぎみがぶじで、よがっ……!」

「ああわかったわかった」


銀髪褐色イケメンのキースも顔をべしゃべしゃにして泣き始めた。かわいいなこいつら。

テディさんが気をきかせて持ってきてくれたお茶を一息に飲み干し、魔王がすっかりいつも通りの涼しげな顔になって全員を見渡した。


「ところでリーナと結婚することにした」

「そういうことになった」

「えっ!?」

「は!?」


途端にべしゃべしゃになっていた博士とキースがぱっと目を見開く。

二人で肩を寄せ合ってきゃあきゃあ黄色い悲鳴を上げる様子はさながらJKだった。まっていつの間にそんな仲良くなったの?


「はっ、まっ、おっ、おめでとうございます!」

「めでたいっすー! やー、良かった良かった!」

「うんありがとう。あっ、そうだ、式とか手続きってどうすればいいの? 魔人の国の文化ってよく分かってないんだけれど」

「それは私が手配いたしましょう。勿論新郎新婦双方の意見も聞き、国王の結婚式に相応しいものにいたします」

「そうか、頼んだぞキース」

「は、我が君」

「あっ、私も式に協力したいっす!」


テディさんの入れてくれたお茶をすすっている間に、目の前でザクザクいろんなことが決まっていく。

結婚ってめちゃくちゃ簡単にできるものなんだなあ。

戦いの疲労による眠気でしぱしぱしてきた目を擦り、私ははいと手を挙げた。


「どうしましたリーナさん」

「国民の人たちに不満に思われないですか」

「そこはまあ、王の選んだ相手ですから。多少は不満も出るでしょうが、ご心配には及びません」

「ほんと?」

「ええ、魔人の国は力のあるものに対して寛容な国民性です。私が責任持って万事準備をいたします」

「ありがとう」


私はキースにぺこりと頭を下げた。

なんだかんだで彼は国でもトップクラスの切れ者だ。ボウヤだけれど。任せておけばきっと良いように取り計らってくれることだろう。

疲れでふらふらする私の背中を、魔王がさりげなく支えてくれる。

それに安心して、ほっと溜息をついた。


「セオドア」

「どうした」

「眠いので無限に寝ます起きたら風呂入ってごはん食べてまた寝る」

「起こしてやるからぐっすり寝なさい」


そこで私の意識は完全に途切れた。

失神して爆睡し、起きて良い匂いの入浴剤入りのお風呂で汗を流し、約束通り出してもらった牛肉の赤ワイン煮を皆で一緒に食べた。魔王の隣で食べる食事は、殺人的な美味しさだった。

頑張って良かったなあ。


それからしばらく経ってから。

魔力の淀みの影響で体調を崩していた人たちを博士が診察して治療し、魔力を浄化し、魔人の国は再び以前の様子を取り戻した。

大魔法使いにそそのかされていた人間の国の王は魔王に外交的にシメられたようで、すっかり大人しくなっている。

私は以前勤めていたパン屋にお礼と近況を書いた手紙と急に辞めたお詫びを送り、何らかの詐欺を疑われて心配され、一旦魔王と一緒に挨拶に行ったらご夫妻が腰を抜かしてしまったので謝った。

ちなみについでに行った子供の頃世話になっていた孤児院の人間も、軒並み腰を抜かしていた。お隣の国のとんでもねえ美貌を持った王様が急に来たら誰でもそうなる。申し訳ない。

博士は魔王から王宮付近の森を下賜され、モンスター達と一緒に住んでいる。魔王直属の研究員になったそうだ。家がそこそこ近いから毎日のように遊べてとても嬉しい。

そうしていろいろな事が解決し、平和になった頃合いに、私達は結婚式を挙げた。

国王としての正装をした魔王は、世界が終わって再び創生されそうなくらい顔が良かった。


そうして式の後、大勢の招待客と国民で満杯の馬鹿でかいコロシアムに私達は来ていた。

司会席ではキースがテーブルを片足で踏みつけ、博士が作ってくれたマイクを持って喉を逸らして叫んでいる。


「レディィィーーーーースアァーーーーンドジェントルメンッ!!

本日はお日柄も良く我が国の国王たるセオドア・ハートフィールドとその后リーナ・ヘインズワースの結婚披露闘技会にご出席いただき、誠にアァーーりがとうございます!!

ァ赤コーナー、我らが美しき国王! 常勝無敗! 世界一知力と腕力と精神力に優れた神の如き無敵の男! 新郎、セオドア・ハートフィィーーーールド!!

続きましてァ青コーナー、前職はパン屋! 問答無用の暴力装置! 魔王に見初められた美しき天才! 新婦、リィーナ・ヘインズワァーーーース!!」


私はウエディングドレス姿で青コーナーから登場し、拳を天に向かって突き上げた。

コロシアムの中は大観衆の熱気と怒号のような歓声で満ちている。

ドレスのフリルとレースで飾られた着脱可能なスカートを取り外して、後ろに控えてくれている博士に渡す。宝石たっぷりの装飾品もどんどん外していく。

身動きのしやすい肩までの上衣とシンプルなスラックス姿になった私の正面で、魔王も上着やら何やらをテディさんに渡し、動きやすいシャツとスラックス姿になっていた。観客席からはママあれ私も欲しいという声が聞こえてくる。テディさんはお子様に大人気なのである。

ヒールの靴は脱ぐ。相手も裸足だ。

今日の私は花嫁衣裳だった服をまとい、右手にメリケンサック、左手に結婚指輪を嵌めてシャベルを持ち、首からは回復ネックレスを下げている。もういっそこれが正装と言っても過言ではない。

魔王に向かってメリケンサックを向け、私は真面目な顔をした。


「セオドア」

「どうした」

「愛してる」

「俺のほうがリーナを愛している」


お互いにやっと笑い、武器を握る手に力を籠める。


「それではお二人の前途を祝し、デスマッチを開催いたします! ルールは無用! 制限時間無制限一本勝負! さあいったい国王夫妻のどちらが勝つのか!

両者準備はよろしいですね? よろしい。さあ幕が上がるぞ!! 世界最高の戦いを見せてくれ!!

レェディ、ファイッ!!!!!!」


キースの合図と同時に、私と魔王は揃って地面を蹴る。

さあ、負けられない戦いの始まりだ。



――そうして二人は遠い未来まで語り継がれる名勝負をし、世界中から結婚を祝福され、末永く幸せに暮らしましたとさ。

めでたし、めでたし。

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