第15話 最終戦ペア自由形

私と魔王は黒幕の愛する物騒なモンスターの封印された水晶洞窟に、全力で攻撃をぶち込んだ。

何重にも重なった甲高い金属質な音をたて、水晶の柱が次々に折れていく。

いやめちゃくちゃうるさい。耳栓持ってくればよかった。

単純に破壊音自体がうるさいうえに、洞窟の中にガンガン響いて酷い状況だ。

破片が飛び散りまくるので、眼を細めていないといけないのもつらい。ゴーグルも持ってくればよかった。準備万端だと思ったが早々に必要なものが出てくるな。

ラスボス戦のつらさってこういうことじゃないと思うんだが。


「リーナ、目を庇っていろ」


という魔王の言葉に従って、顔の前にシャベルを構える。

横に立つ魔王の周囲でぐわりと波を起こして魔力が揺れ、魔法が放たれた。

ちらっと見てみると、幾重にも炎が絡まったような魔力の弾が、器用に水晶の柱を避けて洞窟の奥へ向かっている。

轟音とともに爆風が洞窟の入口まで吹き、肌がぴりぴりするほどの熱風と水晶の欠片の雨にさらされる。が、この程度なら度重なるモンスター狩りで強靭になった私の肌には傷ひとつ付かない。でも多分目に入ったらめちゃくちゃ泣く。

1、2分洞窟内で環境破壊の限りを尽くすと、奥に見えていた不思議な光が明滅を始めた。おそらく封印に何らかの影響が出始めたのだろう。

封印の媒体になっている水晶をこれだけ壊してやっとこの程度の変化となると、おそらくモンスターを封印状態のまま破壊することはかなり難しいだろう。

さすがにこれだけやれば、そろそろ邪魔が入るだろうから。


そう思ったのと同時に、洞窟奥からハリケーンなみの暴風が吹いてきた。

私と魔王はそれに逆らわず、洞窟の外へと飛ばされる。

上空には黒い雲が渦を巻くように立ち込め、周囲は局地的に暗くなっていた。いかにもラスボス戦といった様相だ。

滅茶苦茶に破壊されて破片の飛び散った入口の上に、ふわりと優雅に、一人の男が浮いている。

まっすぐな銀髪と白い長衣の裾を揺らし、馬鹿でかい宝玉の嵌った杖を持った、甘い美貌の大魔法使い。グレゴリウス・アウローラがそこにいた。

わかりやすく悪役じみた黒幕である。ちなみにゲーム内のCVは速水奨だった。

グレゴリウスは小首を傾げ、人を小馬鹿にしたような笑みの後ろに苛立たしさを隠してこちらを見ている。

洞窟と自分に対して瞬時に結界を張り、余裕ぶって銀髪を指先で耳にかける仕草がシンプルにうざい。


「まったく、どの文献からも削除したというのにどうしてこの場」

「ッッッセーなクソ三下白髪オラぶち殺すぞテメーこのファッションセンス紀元前野郎がよぉ!! 今日び私服が全身真っ白若作りジジイなんざ許されるわけねーだろうが園児に囲まれてこき下ろされながら枝でつつかれて泣け吐くまで泣け!! そもそも悪事の動機が厨二なんだオメーは恥ずかしいと思え百回回ってワンと鳴け畜生にも劣るわ地面に血が出るまで額擦りつけて生まれてきたことを後悔しながら宇宙に謝罪しろ!!」

「よくもまあひとさまの国で粗相をしくさっておいて俺の前にノコノコと出られたものだなこの白豚が両手両足の生爪剥がしてから片肺に風穴開けて荒縄を通し馬に繋いで引きずり回してやるわ四肢が削げたあたりでその自慢の頭蓋の中に鼻と耳からゲジゲジの群れをぶち込んで生きたまま脳を食わせてやるからせいぜい無様に転がって泣き喚け」

「ギャングの会合かなにかかこれは……」


私は結界にヤクザキックを繰り出しながら黒幕を罵倒した。何か言っているようだったが完全に無視した。

数えるのも馬鹿らしいほど原作ゲームを周回し、魔王がこいつに酷い目に遭わされるたびに毎回全力で呪詛を吐いていたので、もうほぼ反射でこうなってしまうのだ。

隣に立つ魔王も似たような様子だ。大声を出しているわけではないのに、地獄のような低い声はよく通った。結界が攻撃のたびにミシミシいう音にも負けず、多分黒幕の耳にきちんと届いていることだろう。

私もブチ切れていたが、魔王もブチ切れていた。

当然だろう。彼は国民と国土をなにより愛し慈しみ、献身的に支えている素晴らしい王だ。

現時点で自国の未来を支える若者たちが魔力の淀みによって被害を受けているし、目の前の白髪野郎はそれどころか国も魔人も全てすり潰す勢いで利用しようとしていたのだから、その怒りは相当なものだ。

なんなら黒幕の計画を聞いた時点でブチ切れていた可能性もある。彼はひたすら心が強靭なので、怒りを周囲には見せず心に溜めに溜めていたとしてもおかしくはない。


最強戦力が最高峰の剣で切りかかっているせいで、大魔法使いの手によるものといえど、結界は一撃入るたびにバキバキとガラスのようにヒビが入っている。

若干焦ったような顔をしているが、グレゴリウスは余裕ぶった態度を崩さない。

先程までは弱々しく明滅していた洞窟内の光源不明の光は、今はどんどん輝度を増している。そろそろ目を開けているのがつらくなってくるほどだ。

ひと際強い輝きと共に、ヒビだらけの結界を内側から破って、主人と同じく真っ白な外見をしたドラゴンが姿を現す。

白いウロコから水晶のかけらをざらざら振り落とし、背の高い魔王の三倍はあるだろう高さから、金色に輝く瞳が私達を見下ろしていた。

私と魔王の舌打ちがハモる。


「まさかこんなタイミングでこのわたしが」

「オラァ!!」


懲りもせず再び喋り出したグレゴリウスの言葉を一切聞かず、魔王と私は奴に全力のフルスイングを叩きつける。ムービースキップみたいなもんだ。

防御は間に合ったようだが、グレゴリウスは峡谷の壁に沿って派手に吹っ飛んだ。

即座にドラゴンに怒涛の攻撃を開始して足止めをする魔王をその場に残し、私は黒幕の後を追って走る。

この役割分担は最初から決めていたものだ。

黒幕の使い魔であるドラゴンは、体力と攻撃力と防御力がひたすらに高い。とにかく攻撃を避けまくり、高火力で叩きのめすしかないモンスターだ。だからこちらは魔王が担当する。

一方黒幕は研究が本分で戦いに長けているわけではないが、大魔法使いだけあって、こちらが魔法を使おうとすると3回に2回の割合で別属性の魔法をぶつけて相殺してくるし、MP量を減少させる特殊魔法を使うし、高威力の魔法を当てるとタイミングによってはむしろ魔力を吸収して回復する。だから純粋な腕力で殴り続けるのが一番効率が良い。


岩壁に叩きつけられて停止したグレゴリウスの首元めがけ、シャベルの先端を突き込んだが、結界に阻まれた。

ゲームでも現実でもムカつく防御性能だが、どうせそんなものは暴力の前には儚く砕け散る。攻撃が通らないなら攻撃が通るまで攻撃すればいいのだ。殴って壊れないものなんてこの世にはあんまり無い。

ガラスが割れるような音を立てて結界が砕けるのと同時に、グレゴリウスは私の顔めがけて魔法を放ってきた。

咄嗟に横に飛びのいて避ける。


「忌まわしいことだな、これから面白くなってくるという時にこんな邪魔が入るとは」

「声がちいせぇーーーーーんだよボソボソ喋るな引きこもり陰キャオタクが声張るか口に拡声器縫い付けろやボケが!!」

「こんなに気性の荒い女初めて見たぞ……」


黒幕にドン引きされたが、この罵倒は私の魂に焼き付いた習性なので仕方ない。こいつが悪い。

グレゴリウスが杖をひと振りした途端急にぬかるんだ地面から反射的に飛び上がり、壁面を蹴って接近しかかと落としをするが、再び結界で阻まれた。

あと数秒経たないと魔法の効果が切れないから、地面には下りられない。あれは接触するとそのぶん毒のダメージを食らうのだ。

結界を踏んで跳躍し、落下の速度を乗せてシャベルを振り下ろす。

結界を砕いた代わりに、衝撃波で距離を取られる。ついでに大技も放たれた。

赤熱化した握りこぶし大の石が隕石のようにいくつも降り注ぐのを、一瞬空を見て軌道を計算してから避ける。グレゴリウスからあまり目を離しているといつ次の魔法を放たれるか分からないからだ。

ある程度までを避けたところで一歩後ろに下がり、魔王付き鍛冶師謹製のこの世で一番頑丈なシャベルで、燃え盛る岩を野球のボールのように打つ。

飛んで行ったマグマじみた岩が、グレゴリウスの撃ったレーザーに当たって派手な音を立てた。あのレーザーは威力は高いが貫通性能が無いから、こうしてしまえば無力化できるのだ。


視線の先ではグレゴリウスが黄金の瞳を伏せて、こちらをじっと見ていた。白く輝く睫毛が頬に影を落としている。顔がいいがお前は嫌い。

動かないならそれはそれでありがたいので、私はポーチから回復薬を出し、フタを指で弾き飛ばして中身を呷った。

いくつかかわし切れなくて足や腕が焼けていたので、ここで回復できるのはありがたい。

ぴりぴりとした空気の中、グレゴリウスは心底不可解そうに口を開く。


「いやはやまったく、ここ数日魔王ときみが外に出るたびクソのような茶番をしているせいでうんざりしていたが、すっかり騙されたな。一体どうやってこちらの計画を見抜いたのやら。

それにきみは、わたしの魔法の効果をまるで理解しているかのようだ。たいへん興味深い」

「お前友達いないだろ」

「会話をする機能が無いのか??」


私と黒幕が楽しくお喋りをしている間にも、背後からはとんでもない破壊音が聞こえてくる。

音が大きいので分かりにくいが、距離はかなり開いている。魔王は予定通りドラゴンをこちらからできるだけ引き離してくれているようだ。

可愛いドラゴンちゃんが魔王にいじめられているだろう方向へ厳しい視線を向けたあと、グレゴリウスは気を取り直して私に向かってにやりと嫌味ったらしい笑顔を向けた。


「しかしきみが私の戦い方をなぜかは知らぬが理解しているように、私もまたきみをある程度理解している」

「気持ち悪い自覚はある?」

「うるさい黙れ。なぜわたしがこうして悠長に会話をしているのか、理解できていないようだな?」


グレゴリウスはそう言うと、私に向かって杖を振った。

身構えたが、攻撃は来ない。代わりにふっと風を浴びたような感触がある。


「きみには理論を語って聞かせても無駄だろうが、それは魔法道具の効果を反転させる魔法だ。特殊な触媒を使用する貴重で高度な魔法だよ。

さて、きみが右手に嵌めている武器は、かの有名なスティルツア作の魔法道具だろう。形状が特徴的だからすぐにわかった。

精神力を筋力に変換するという実にユニークな作品だ。一度見たいと思ってはいたのだが、いやはや、素晴らしいものだね。まあ今は筋力を精神力に変換する魔法道具になっているわけだが。

さて、それでは戦いを再開しようか」


口元を三日月型にゆがめて話すグレゴリウスに、私は場違いながら感心した。

なるほど。さすが大魔法使いだ。

これはゲームには登場しなかった魔法だ。当然対抗方法は知らない。

どうやらやっぱり魔王を監視していたらしいこの男は、私と魔王が訓練をしている姿を見て、敵対した際の想定をして対策を練っていたらしい。

私は頷き、地面を強く蹴ってグレゴリウスに殴りかかった。

先程までと全く変わらない速度で向かってきた私に、不意を突かれた相手はあっさり接近を許す。

自分のみぞおちに打ち込まれた拳に、グレゴリウスは驚愕の表情を浮かべた。

続いてアッパーを決めようと思ったが、相手が飛びのくほうが早い。魔法使いといえどさすがにこのレベルになると身のこなしも素早いな。


「なんっ、ゲホ、なんだ!? わたしの魔法はたしかに発動したぞ!」

「いい年こいた大人が一人でテンション上げんな見苦しいぞ」

「やかましいわ! ……いや、なんだそれは。形だけ……? 魔法の効果が消えている……?」

「だってこれ魔法道具じゃないしな」

「なに!?」

「これ形だけ似せた普通のメリケンサックなんだよ。かわいいでしょ」

「はあ!? 何を考えている!? よくもこのわたしの前にそんな程度の低い武器だけ携えてこれたものだな! 大体どうして貴様はシャベルを常用しているんだ!」

「なんだとシャベル便利なんだぞ! いやだって一番強い装備は推しにガンガン積むでしょ。この世の摂理でしょ。そんなことも分からないで人間何年生をやってんだお前はふざけるのも大概にしろよ」

「どこの田舎の常識だそれは! 理屈でものを言えないのか貴様は!」

「うるせえ推しの活躍と幸福以上に大切な理屈なんてあるわけないだろバーーーカ!!」


いや本当そう言われてもな。

だって私はキャラ萌えを原動力にゲームを死ぬほどやり込んでいる女だ。

一番良い装備なんて一番好きな相手に付けるに決まっているだろう。ゴリゴリに盛るのは当然のことだ。

常識でものを言ってほしい。

こちらの馬鹿にした視線に、グレゴリウスはため息をついた。


「なるほどな、信じられん。なんて馬鹿な女だ。観察していた時より動きにキレが無いからなにか企んでいるのかと疑っていた自分が愚かに思えてくる」

「自覚があるなら大丈夫だよ。一歩ずつ治療していこうな」

「貴様他人を煽る能力に才能と努力を全てつぎ込んだのか?

……まあいい、くだらん。後悔するまでいたぶってやる」


そう言うと同時に、グレゴリウスの目つきが先程までよりずっと冷ややかになる。

予備動作も無しに放たれた雷撃が、私の右足を焼いた。


「っが、」


痺れるような痛みを歯を食いしばって耐え、続けて撃たれた炎の弾幕を数個はシャベルで撃ち落とし、数個は食らいながら回復薬を飲んだ。

治った脚で一歩横にずれ、ワイヤーを掴んでシャベルを投擲。

同時に駆け出してシャベルが結界にヒビを入れて弾かれた直後、同じ位置に拳を突き入れ相手の顔めがけて殴りかかる。

一瞬で眼前から幾本もの氷のトゲが生え、メリケンサックにぶつかって威力を殺しながら折れた。

すぐにバックステップで回避するが、腕にいくつか穴が開いてしまった。

グレゴリウスを包むように現れた氷の壁から、とんでもない勢いでツララが撃ち出される。

回復薬を飲みながら回避。

氷で遮られた視界の向こうで再び杖に光が灯る。

足元の植物が急激に成長し、何本もツルが伸びてきた。避けきれない。左足を掴まれた。

上から再び燃え盛る岩が降ってくる。ツルをシャベルで叩き切っていて回避が遅れた。

左手が焼けて熱せられ、シャベルにただれたてのひらの皮膚が張り付く。回復が間に合わなくなってきたな。

ポーチの中にはあと1本しか回復薬が無い。

煤まみれになって肩で息をする私を見て、グレゴリウスは片眉を上げて愉快そうに笑った。


「度し難いものだ。可哀想に。身の丈に合わぬ挑戦をするからこうなるのだ」


放たれた雷撃が脚を焼く。息が上がって避け切れない。

ほんとペラペラうるせえな。

そんなことは言われなくても分かっている。

そもそも黒幕チームと違って、こっちは最初から戦力差のあるチームだったんだ。

魔王はドラゴンだろうがこいつだろうが、油断しなければまず勝てる。

ではチートを足掛かりににわか仕込みで強くなった私はといえば、この大魔法使いに勝てる見込みは無い。メリケンサックがあろうがなかろうがだ。レベルで例えるなら90の相手に80が戦おうが70が戦おうが負かされるのと一緒だ。

しかしこのクソ大魔法使いはプライドが高くサディストなので、私のような格下相手なら余裕をぶっこいてくる。これも私がチート持ちだろうがそうでなかろうが変わらないだろう点だ。

それなら私は相手を煽ったり怒らせたり、逆に気分良く苛めさせ、チートの上乗せで超高火力となった魔王が堅実にドラゴンを倒すまでの一定の時間を確保すればそれでいい。


「私が強い必要なんか無いんだよ……」


元々黒幕相手に自力で勝つ目なんて無かったんだからさ。

ぽつりと呟く私の目の前で、グレゴリウスは見せつけるように杖に魔力を収束させた。

マグマのような色の魔力が、私一人程度なら簡単に飲み込めるだけの大きさに膨れ上がり、こちらへ向けられる。

あたりは先程までよりずっと静かだ。魔王がドラゴンを倒したのだろう。それなら後は一対一で黒幕を倒すだけだ。

よかった。

打ち出された特大の魔弾を見つめながら、私は笑った。

彼が生き残るならそれでいい。


眼が焼けそうなほどの光を遮り、目の前に黒い影が立ちふさがった。


轟音と共に魔弾が切り裂かれ、余波で生まれた突風が美しい黒髪をなびかせた。

こんな光景を何日か前にも見たなあ。

死ぬものだと思っていたので半ば呆けている私のほうを、赤い視線がちらりと見て、それからすぐ正面に向き直る。


「すぐ済む。休んでいろ」


そう言って魔王は、目を見開いているグレゴリウスに、長剣の切っ先を向けた。

グレゴリウスとしてはこれは予想外だったのだろう。

この辺りは既に魔力の淀みが発生している。強い魔法を使えば使うほど魔人はそれに浸食されて弱っていく。

グレゴリウスだってさすがにただのアホなサディストではないので、魔王の扱う魔法やそれに伴う弱体化を計算に入れたうえで、私をいじめて楽しむ時間とドラゴンを助けに行くタイミングを計っていたのだろうけれど、博士の発明が完全に計算外なのだから、そのタイミングが合うわけがない。

それでも腐っても大魔法使いだ。すぐに憎しみに満ちた視線を魔王に固定し、私に向けていたのとは違う本気の攻撃を開始した。


私は魔王の背中に最後の回復薬を投げつけて彼の傷を治し、足を引きずってできるだけ後ろに下がり、邪魔にならないようなるべく大きな岩の影に隠れる。

目の前で行われる攻防は、ラスボス戦と言うべき豪華絢爛さだ。

次々と打ち出される魔法を魔王が避け、あるいは跳ね返し、そのたびに周囲へまばゆい光と氷や炎が降り注ぐ。

圧巻だった。

ごついメリケンサックを左手に嵌めているのだから、剣を握る感覚だって普段とは違うだろうに、そんな様子は少しも無い。

魔王の持つ長剣は、腕の延長線のように自然に操られる。


私が推しの記憶を思い出したあの日、必死になって手に入れたメリケンサックは、強い思いを力に変える。

おそらくこの世で最も強靭な心を持っているだろう魔王は、私以上にその効果を引き出していた。

あらゆる攻撃をかわして自分へと迫る魔王に、グレゴリウスの顔が悔しげに歪む。

魔王の表情は変わらない。何もかもを貫いて真っ直ぐ輝く彼の視線は、いつだって美しい。

神速の斬撃がグレゴリウスの持つ杖に叩きこまれ、宝玉が鈴の鳴るような高い音をたてて割れた。

杖の強化無しで放たれた魔法を切り払い、魔王の長剣が大魔法使いに届く。

尋常ではない威力で打ち込まれた攻撃は、片手で足りる程度の回数で、黒幕を叩きのめして見せた。

脚と腕を切り裂かれ、地面に倒れ伏した真っ白な魔法使いは、恨みの籠った黄金の眼で魔王を見上げた。


「ああ、ああ、口惜しい。生きながらにして地獄を生み出し研究する、せっかくの好機が……」


長い年月を生きた大魔法使いの体は、ぽろぽろと崩れて魔力の粒子になっていった。偉大な頭脳はともかく、体は既にモンスターと大差ないものになっていたのだろう。

ゲームでは最期の瞬間元気に呪いを生み出して死んでいった男は、徹底的に叩きのめされ、魔法の杖も無くして、ゆっくりと消滅していった。

悪あがきのように生み出された魔力の淀みも、博士の作った浄化装置に吸い取られ、消えてしまう。

この国を滅ぼそうとしていた黒幕は、魔王の手で滅ぼされた。

私の大切な人は、その凛とした立ち姿のまま、目の前で変わらず生きている。


ああ、私はこれが見たかったんだ。

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