第14話 キチと魔王の楽しいカチコミ

「装置できたっすよ~~~~~~~~!!!!!!」


作業室に籠りきりでテンションがおかしくなった博士がターンしながら大音量で叫びつつ報告に来たので、大きくなったテディさんに捕獲してもらい、ソファに座らせてお茶を渡した。

頭が糖分を求めているのか、紅茶とジャムの比率が1:1みたいな飲み物を飲んでいる。大丈夫だろうか。糖尿とかなるんじゃないか。

テディさんのふかふかのおひざの上に抱き上げられてお腹をホールドされ、ジャムの入れ過ぎでぬるくなっている紅茶を飲むうちに落ち着いてきたのか、博士はへにゃりと笑顔を浮かべた。


「美味しいっすー。あー、生き返る。人生で一番効率に気を遣って作業をした……何の意味も無い無駄な動きがしたい……床に転がりながら両手両足シャカシャカ動かしたい……」

「ごめんね急がせちゃって……」

「や、いいんすよ。いけそうだから急いだだけなんで。素材もリーナと魔王様のおかげでいいのが手に入ったもんだから、ちょっとはしゃいじゃいました。今朝一応今日中には行けそうだって連絡しときましたけど、魔王様とキースさん次いつ来ますかねえ」

「こっちから連絡取れないからな。昼には一回来てくれると思うけれど」

「慣れてきてたけどこの形式ちょっと不便っすね。接触する相手は最小限になるすけど」


いままでこの王宮で会ったのが魔王とキースと、いつもごはんを運んできてくれる年配の女中さんだけだもんな。

博士は5日の予定のところを、4日で作業を済ませてくれた。

この4日私は魔王に稽古をつけてもらい、でかいモンスターを倒し、装備作成のために頭の天辺からつま先まで採寸を行い、それなりに忙しく過ごしていた。

防具とのバランスをとるため、ということでメリケンサックやらを貸し出したりもしたので、その日は訓練がなく、博士のお手伝いをしていたのだが、何やってるんだか終始さっぱりわからなくて延々力仕事に回っていた。


黒幕戦の準備はこれですっかり整った。

毎日運動して美味しいご飯を食べてぐっすり眠っていたので、私の体調は人生で一番と言えるくらいすこぶる快調だ。いまなら誰だろうが泣くまで殴れるという気分だ。

延々頭脳労働と細かい作業を行っていた博士を一旦寝かしつけ、ついでに私も仮眠をとって、女中さんが昼食を持ってきてくれたノック音でがばりと起き上がった。

魔王かキースに準備ができたと連絡してくれるよう言付け、博士を起こして今日のお昼を食べる。

二人でツルツルもちもちの水餃子のような昼食を、この世で一番美味しいブラボー魔王様万歳と言い合いながら食べ終えたところで、魔王とキースが部屋にやってきた。

いつにも増して爛々と輝く赤い瞳は、それだけで10人くらいは射殺せそうだ。

ひとまず全員で席に着き、紅茶を飲む。


「そういうわけで準備ができた」

「うっす。はいこれ、魔王様用特製魔力浄化装置っすよー。この平らな面をこう、胸のところに当てると勝手に吸い付くみたいになって、体から魔力を吸い取ったり吐き出したりします。シンプルにしたんで取り扱いで特に気を付ける点は無いんすけど、最初はちょっと変な感じがすると思うっす」


博士がテーブルの上に置いた装置は、テディさんが付けている丸いペンダントトップ型ではなく、加工されたドラゴンのウロコが銀色の台座に宝石のように嵌ったブローチ型をしていた。

あの台座の中に魔法で加工されたなんだかよく分からない金属部品が収まり、ウロコにも魔力で回路らしきものが刻まれているのだけれど、私にはよく分からない。

博士は仮に1900年代の地球に連れて行ったら、単独でタブレットもインターネットのためのインフラも開発して世界を獲れるような人間なので、脳筋には分からない世界がそこにあったとしか説明しようが無いのである。

魔王はそれをしげしげと眺め、着ていたジャケットとシャツの前をがばっと開けて、バキバキに鍛えられた胸筋の、心臓の真上あたりに装置を取り付けた。装置を検める暇も無かったキースが二度見している。


「わ、我が君!?」

「どうした。……ふむ、なるほど。確かに魔力が循環する感覚がある。自分の意志とは関係なく魔力が動くというのは、なかなか奇妙なものだな」

「でしょでしょ~。ちょっと魔法とか使って使用感試してみてくださいよ」

「わかった。リーナ」

「うん」


ご指名を受けた私は立ち上がり、同じく立ち上がった魔王と向き合った。

魔王が素手に魔力を込めて放った一撃を、私が愛用のメリケンサックを嵌めた拳で威力を相殺するように受け止める。

部屋の中に金属同士を思いきり打ち合わせたような音が響いた。

魔王の一撃は当てなくても衝撃で部屋の中を壊しかねないので、こうして緩衝材役をする相手が必要なのだ。

再び着席し、魔王が装置を指先でこつこつと撫でる。


「なるほど。循環量が多くなった。しかし流れが非常になめらかだ。これなら戦闘の邪魔にはならないだろう」

「ひぇびびった……。えっと、はい、一応魔王様の魔法の威力なんかは聞いてたので、連続使用しても循環と浄化が間に合うように設計してるっす。こっちは万一壊れた時用のスペアなんで、取り出しやすいところにでも持っておいてください。ちょっと性能は落ちますんで、そこは気を付けて。リーナも、はい」


私は魔法は全く使えないので、通常の浄化装置で十分だ。ネックレス型のそれを首からかけてみると、体の中とネックレスの間にお湯でも流れているような、なんとも言い難い感覚がする。

魔王に頼んで新調してもらった装備もあるし、回復薬は最上級のものを用意してもらっている。黒幕戦のための準備は既に完璧だ。

あとは決行のタイミングを決め、細かい作戦を話し合うだけだ。


「じゃあ、いつにする?」

「今からでいいだろう」

「えっ」

「準備は終わっているのだし、早ければ早いほど良いだろう?」


今日も推しが効率厨じみていた。

でもわかる。その通りだ。

ここ数日でやるべきことは全てやってしまっていた。

私の戦闘力はまだ鍛える余地があるが、十分な満足がいくほどの時間をかけている場合ではない。


「じゃあ今からでいいか。ごはん食べた?」

「昼食はとった。体調も万全だ」

「装備は?」

「すぐに用意できる」

「ハンカチ持った?」

「持った」

「パン持ってく?」

「せっかくだから持って行くか」


連日の訓練で推しに対する照れと緊張もほぐれ、軽口もたたけるようになってきた。

この調子なら黒幕戦も大丈夫だろう。

なにせ私にとっては対黒幕の恐怖より、戦闘を前にした推しの冷然としつつも苛烈なめちゃくちゃ格好良い様子を間近に見て心が尊さで死ぬことのほうが問題だったので。


というわけで私と魔王はそれぞれ最強装備を準備し、再び部屋に戻ってきた。

目の前に立つ魔王は、ゲームの中で見た衣装だ。

真っ直ぐな姿勢のよい立ち姿。

光を反射すると所々が赤くて、黒髪なのにどこか炎のような印象の長髪。

指先まで隙の無い衣装に覆われた、鍛え抜かれた体。

装備している長剣よりも鋭い赤い瞳と、人込みに混じっても全く埋もれないだろう冴え冴えとした美貌。

こうして目の前にすると現実感が無いほどに美しい男だ。

もしもゲームでドハマリした推しの記憶が飛ぼうが、見たら即惚れるだろうなと素直に思える。

私は魔王をちょいちょいと手招きし、その耳元に今回の作戦を囁いた。


私達はまず例の水晶洞窟へ行き、黒幕をおびき出すために徹底的にぶち壊す。

おびき出された黒幕と2対1で戦えるのならそのまま、破壊が間に合わず使い魔を呼び出されたなら、いったん二手に分かれて戦う。

シンプルな作戦だ。

黒幕とモンスターはひたすら強いので、小細工より純粋な暴力で殴り勝つのが一番良い。

とはいえ一応勝率を上げるための一手はある。

ちょっと危険なので直前まで内緒にし、いざ出発するというタイミングで、魔王にだけそれを伝えたのだ。

聞かされた魔王は一瞬目を丸くし、すぐに眉間にぐっとシワを寄せた。


「……なに? いや、その作戦には頷けんぞ」

「この方法が一番いい」

「しかしな」

「絶対にこの方法がいい。反対するならもっと危険な作戦をとる」

「……」

「信用して欲しい」


頑として作戦の決行を訴える私に、魔王はため息をついた。

そして私の頭に大きなてのひらを乗せ、ぐしゃぐしゃと撫でる。


「……信頼している」


苦い顔でそう言う魔王に、思わずにぱっと満面の笑顔を浮かべてしまった。

そうこうしていると博士とキースがやってきて、回復薬をみっちり詰めたベルトやらウエストポーチやらを渡してくれる。

私はそれを受け取り、博士とテディさんにぎゅっと抱き着いた。


「じゃあ、行ってくる。夕飯は牛肉を赤ワインで煮たやつがいい。あれまえ食べた時最高に美味し過ぎてこの世の終わりが来たかと思ったから」

「緊張感のなさの権化か?? まあリーナはそれくらいのほうがいいかぁ。行ってらっしゃい。魔王様もファイトっすよ」

「我が君……、リーナ嬢も、ご武運を」

「ああ、吉報を待て」


さくりと最期の会話になるかもしれない挨拶を終え、私と魔王は転移魔法で水晶洞窟の前に移動する。

このあたりの地形は独特だ。例えるならグランドキャニオンを苔と低木で覆いつくし、濃い霧を流したような様子をしている。

洞窟はその切り立った、岩山と呼べばいいのか渓谷と呼べばいいのか分からない場所の奥地に、ひっそりと存在する。

霧の中でもキラキラと輝く洞窟は美しいが、近づいてみれば周囲の薄寒い気温と打って変わって、洞窟内に湧きだしている熱湯のせいでじめじめと暑く不快な空気だ。


太陽はほぼ真上にあり、時刻は昼時をすぎたあたり。

ほんの十数日前の私なら、今頃はまかないの総菜パンをもぐもぐ食べつつ、近所のレストランに卸すディナー用のパンを焼いていた頃だ。

しかし今日の私は推しから貰った最高級の防具を身に着け、メリケンサックを右手に嵌め、左手にとんでもなく頑丈な金属製のシャベルを持っている。

そして隣には、この世で一番顔が良くて強い男が立っていた。

私と魔王は神秘的な輝きを放つ洞窟の前に立ち、それぞれシャベルと長剣を構えた。

さながら釘バットを持って殴り込みに来た不良の如き物騒さである。


「行こう」

「ああ」


短く頷き合って、私と魔王はそれぞれの得物を大きく振りかぶった。

さあ、戦闘開始だ。

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