第13話 詳らかにしていかづちは走る
キースは俄作りの研究室となった後宮の一室で、レニーと並んで魔力浄化装置作りに励んでいた。
と言っても装置の設計から理論まで全てが斬新すぎてキースには根本からは理解できず、精々がお手伝いといったところだ。
それにレニーにはもともとテディという優秀な助手がいる。
彼女がこの可愛らしいモンスターを連れ歩いているのは、なにも護衛のためだけではないのである。
キースは博士とふわふわなくまの手馴れ切った動きを眺め、言われた道具を渡し、時々は部品に指示通りの量の魔力を流してコーティングらしき作業を行い、ついでに何故か紅茶を淹れて茶菓子の準備もさせられていた。
これはなにもキースが無能だったとか、不器用だったという話ではない。
そもそもレニーの頭脳が異常なのだ。
この世界の人間も魔人も、多かれ少なかれその体に魔力を宿している。
おかげで時に筋肉を強化して馬鹿力を出し、時に神経を強化して尋常ではない反射神経や瞬発力を発揮する。
レニーはその魔力の作用が頭脳へ偏っていた。
彼女の脳はただでさえ優れているが、好きな分野に集中している時は特に、そのニューロンやらシナプスやらの機能が魔力によって強化され、疑似的に二倍にも三倍にも増幅するのだ。
それが彼女の人間スパコンとでも呼ぶべき異常な知性を作り上げていた。
一方キースもまた、彼女と同じく脳に作用する特殊な魔力を持っていた。
彼の場合それは人間離れした観察力という形をとり、結果的に感情を読み取る魔法として発現した。
キースの感覚は非常に独特だ。
感情が「見える」と言えばいいのか、「聞こえる」と言えばいいのか、彼としても表現に困る。
とにかくそれは生まれた時から彼とともにあり、当然の流れとして幼少期の彼を傷付けた。
心というものは誰しも隠しておきたいものだ。
しかしキースの目はそれを否応なく暴いてしまう。
だからリーナに自分の秘密を言い当てられた時、キースは正直心底嫌だった。
また自分は疎ましそうな目で見られるのかと、諦念にも似た恐怖を覚えた。
だというのに、突如やってきた嵐のような二人組は、キースの魔法などこれっぽっちも気にせず当たり前のように接してくる。
何もかもがあけすけで、直接的で、そして時々ちょっと頭が悪い。
キースは居心地が良いのか悪いのかも分からないまま、作業用テーブルから離れた部屋の隅の丸テーブルに、クッキーがたっぷり盛られた皿を置いた。
そこに作業をひと段落させたらしいレニーとテディがやってきて、猛然と一杯目の紅茶を飲み干した。
「グヘェ~~~ッ!! ヤダヤダ5日で出来るなんて言うんじゃなかった! 孫の代までかかるとか言っとけば良かった!」
「なに? そんなに進捗が悪いのか?」
「いや、手伝ってもらってるからむしろ進捗良いっす。頑張れば4日で出来るかも。でもダルいんすもん~。わたしって別にモノづくり自体が好きなわけじゃないんで。必要だから仕方なーくやってるだけなんで」
「仕方なくで世紀の発明をされては本職が泣くぞ……」
「才能の差に打ちひしがれて泣くような奴は泣かせときゃ良いんすよ。はー、しょうがないから頑張るかあ。天才ってつらいなぁ」
リーナと並べると常識人に見えていたレニーは自由にさせておくと御覧のありさまなので、キースは随分困惑させられたが、同時に気兼ねしなくて楽でもあった。
一方レニーのほうはといえば、ボウヤすぎてわかりやすいキースに、なんの遠慮も無く接していた。こちらの感情がバレるくらい、だからどうしたとしか言いようが無かった。
今回の作戦に参加しているメンバーは、リーナとレニーと魔王セオドアをそれぞれやべえ奴だと認識しているが、キースは全員から一貫して面白い天然だと思われている。
なのでレニーは存分に、臨時助手兼癒し要員をこき使っていた。
今までは人語を解する生物のいないド辺境で、研究とモンスターを愛でることに邁進していたため、話し相手がいる環境で作業をするという学生時代以来の体験が楽しくもあった。
チョコとバニラのアイスボックスクッキーをもりもり食べつつ、レニーは紅茶をお上品に飲むキースに話を振った。
「あっそうだ、恋バナしましょうよ恋バナ!」
「はあ、まあ構わないが」
思い付き100%で会話をするレニーにキースは曖昧な返事をする。
自分の話をする気はないので、同僚が逆ナンされてモテたと喜んでいたら女から新興宗教の勧誘を受け、やけ酒をしたせいで自宅前の道路ですっ転んで鼻を折り、近所の子供から平坦ヅラとあだ名をつけられた話でも披露しようと考えた。
人によっては眉をしかめるだろうが、この女なら馬鹿笑いするだろうという確信があった。実際する。
キースの若干失礼な考えなど気にすることなく、レニーはクッキーを紅茶で流し込んで話を続ける。
「あれっすよあれ、リーナと魔王様くっつけましょうよ」
「ンヘッ」
キースは飲んでいた紅茶で咽そうになって、美貌に似合わない奇声を発した。レニーはその様子に大喜びで笑っている。疲れているので笑いの沸点が下がっているのだ。
しばらくゲホゲホとやったのち、キースは目元に滲んだ涙を拭って、改めてレニーの顔を見た。この女はどうやら本気らしいと気付いて眉をしかめる。
「なにを、そのような」
「だってお似合いじゃないですか。二人ともド変人だけれどなんかこう気が合いそうというか。あの二人って会話してる時のテンポが独特なんですよ。多分価値観が近いんじゃないっすかね。
いい話だと思うんすよー? これを逃したらお互いもうあんなに相性の良い相手は現れないんじゃないかなー?」
親切ぶって言っているが面白がっていることは明白に伝わってくる。それを隠そうともしていないものだから、キースは呆れた。
そして黙ってしまった。それは確かにそうかもしれない、と思ってしまったのだ。
「どうすか? キースさんなら二人の気持ちもある程度わかるだろうから、脈ありか判断付くと思うんですけれど」
「まあ……、それは可能だが」
キースは黙って考え込んだ。レニーはそれを放ってテディにクッキーを食べさせている。
テディはふわふわの毛にクッキーの欠片をくっつけて可愛らしく甘味を味わっていた。なおこのふわふわのくまは他人の恋路に関わる気が無いので一切を無視している。テディさんは賢いのだ。
「いやね、別にわたしも人は全員結婚をするべきだなんて思ってませんよ。そんなもんやりたい奴だけやってりゃいいんですよ。別に二人が今後お友達として末永く死ぬまでお付き合いしてたって構わないんす。でもくっ付いたほうが面白いから」
「面白いから」
「うん。面白いから。でも別にお互いにその気が無さそうなら全然無理にくっ付ける気はないっす。マジでその気が無いときに周囲からわいわい言われるのってシャレにならないくらいムカつくだろうし」
「それはそうだろうな」
「そ。だから可能性があったらで良いんですよ。あくまでもちょっと発破をかける程度というか」
キースは再び考え込んだ。この女は本当に腹の底から面白いからという理由だけでよそさまの国王と自分の友人の女をくっ付けようとしているが、本人の申告通り、お互いにその気がないなら何かしようという気は無いようだった。
まあそれなら、ちょっとくらい、良いんじゃないだろうか。
ボウヤなキースはまんまと享楽主義者の天才博士に丸め込まれた。
とはいえキースにだって理由はあるのだ。
元々后探しは、興味の無さそうな魔王に任せているといつまで経っても相手が見つからないだろうから、と周囲が気を回した結果キースに回ってきた仕事だ。
敬愛する魔王のためなのでやってはいるが、しかしキースとて年頃の男だ。自分の結婚すらまだだというのに、どうして自分は上司の結婚相手探しにこんなに難儀しなけりゃいけないんだという感情も持っていた。人として当然の憤りである。
とはいえ怒涛の仕事量を熟している上司に、せめてプライベートでは気の合う伴侶とゆっくり過ごして欲しいという気持ちもある。
その二つの気持ちがぶつかり合った結果、キースはレニーの提案を受け入れたのだった。
「……わかった。協力する」
「おっ、やった。あれ、でも魔人の国の王様のお后様が人間じゃまずいっすか?」
「いや、そこはまあ世襲制ではないから特には。例の大魔法使いを仕留めたなら、功績としても十分だろう。多少の文句は出るかもしれないが、一応私にも考えがある」
「よっしゃ聞きましょう」
「ああ」
二人がそんな会話をしていたところで、隣室から声がした。
リーナとセオドアが転移魔法で帰ってきたのだ。
ちなみに二人はパンと回復薬で休憩した後もう一戦してから、リーナがお腹を鳴らしたこともあって暗くなる前に帰ってきた。
隣室に繋がる扉を開けて、レニーとキースはくっ付けようとしている二人の様子を窺う。
二人はいつも通り、やたら鋭いガンでも飛ばしているような眼光で視線を交わしたり、お互いの長剣やメリケンサックに触れつつ、黒幕戦のための装備の確認をしていた。
「俺はもともとはもっと幅のある長剣を使っていたのだがな、宝物庫にある特別性能の良い装備に慣れるために、今はそれと同じ大きさと重量の写しを作って使っている」
「なるほど。腕の良い鍛冶師が居るんだな」
「ああ。お前の装備も作り直すか。今日使っていたものは柄を切ってしまっただろう」
「頼む。あれの取り回しに慣れてしまったから、重さと長さは同じで出来るだけ頑丈なやつが欲しい。とにかく頑丈なら頑丈なだけ良い。魔法の効果とかはいらない。多分慣れていないから活用しきれない」
「わかった。防具も作るぞ。後で採寸に女中を手配する。必要なものはあるか」
「ある。鍛冶師に色々頼みたい」
二人の様子を生まれ持った魔法の瞳で見て、キースは数秒固まった。
モンスター討伐後の戦闘の余韻を引きずっているらしい高揚と、お互いに対する穏やかな感情。それにほんのりとした思慕、のような、なにか。
恋と言うにはひどくあっさりしているし、愛と言うには殺伐としている。
が、この変わり者の二人にとって、おそらくこれは、恋愛なのかもしれない。
少なくともキースは上司がパーティーやら何やらで美しい娘たちから可憐に挨拶されたり、妖艶な貴婦人から秋波を送られても一切感情が波立たないことを知っている。これは魔王基準では、とても心が動いている、と言ってもいい変化だ。
いけるかもしれない。
隣に立つ博士をちらりと見て頷けば、博士もまたこくりと頷いた。
そしてテディを伴って、二人のもとへ平気な顔をして混ざりに行く。
「おつかれっすー。こっちは順調っすよ。キースさんがお手伝いしてくれて」
「博士。これ、今日倒したドラゴンが落としたやつ。よかったら使って」
「デッカいウロコだ! やったー! めっちゃ装置の効率良くなりそう。いっぱい暴れられるようになるっすよ」
「ああ、楽しみにしている。では俺は仕事に戻る」
「うん、じゃあ装備の件は頼んだ」
「任せろ」
実にあっさりとした別れの挨拶の後、魔王がすたすた部屋から出ていくので、キースもリーナとレニーに一礼してその後を追う。
忙しい魔王はこれからシャワーを浴びて食事前に一仕事片付けるのだ。
一方リーナは人一人殺したような険しい顔をしつつ浴室に籠った。
そして中で推しとの殴り合いの楽しさを思い出し、一人うきうきとハイキックの練習をしている様子は、恋する乙女と形容するにはあまりにもいろいろなものが足りない蛮族だった。
夕飯のやたら良い牛肉と付け合わせの野菜のグリルを頬張ってこの世の春を噛みしめた後、レニーは横で同じように幸せいっぱいにもぐもぐ食べているリーナを見た。
そしてごくごく自然な世間話の口調で話しかけた。
「ねえリーナ、キースさんから聞いたんすけど、魔王様っていま奥さん候補が決まらなくて困ってるらしいっすよ」
「へえ。政略結婚ってもっと話が早いのかと思ってた」
「いや魔人の国って王政だけど世襲じゃないっすから、その辺ゆるいんすよ」
「じゃあ逆に大変だね」
「リーナ奥さんになればいいんじゃないすか?」
「なんで??」
「えっ嫌なんすか?」
「どうして?? 嫌というか解釈違いだけれど」
「ええ~」
解釈違いという単語のニュアンスは正確には読み取れなかったが、おそらくそれは「私なんかが」という意味合いを含んだ言葉なのだろう。
これは普通に押してもくっ付くまい。
レニーは一計を案じた。
この天才は自分の楽しいと思うことのためなら、いくらでも頭を働かせられるのだ。
「リーナって魔王様眺めるの好きっスよね」
「それは、うん」
「格好良いっすもんね~」
「格好良い。ツラが良すぎて神殿が立ちそう」
「わかる。人間じゃねえ。あっ魔人だった」
「魔人何食ったらあんなに肌ツヤが良くなるの……?」
「ほんとそれな。今まで会った魔人基本見た目が同じ年頃の人間より若いんすよね。不公平だよ……。魔力効果なのか……?
まあそれはそれとしてリーナ、奥さんになったらいつでもどんな場面でも堂々と魔王様眺め放題じゃないすか」
「……」
「さすがに仕事中は無理だろうけれど、おはようからおやすみまであらゆる季節とあらゆる年代を堪能できるじゃないすか」
「新スチル見放題新規イベントてんこ盛り……」
新スチルという単語の意味も分からなかったが、リーナの心が揺れていることをレニーは的確に把握した。
そしてさらに言い募った。
「リーナって、未来で何が起きるか知ってること、魔王様とキースさん以外には言うんすか?」
「言わない」
「じゃあ今回は、たまたま魔力の淀みを調べてたらたまたま犯人が見つかった、みたいな感じに?」
「うん。それがいいんじゃないかな」
「じゃあ世界を救いましたみたいな功績にはならないんすねえ」
「それはそうだろうね」
「惜しくないっすかー? それだけ功績あったら別に結婚なんてしなくてもいい地位貰って魔王様に会い放題出来るかもしれないすけど、多分今のままだとちょっと爵位と領地貰って、あとは内内にお金とか褒賞色々貰ってー、魔王様はあの性格だからいつでもまた手合わせに来て良いって言うだろうけれど、実際問題そんなにホイホイ会いに来れないじゃないっすか」
「それはまあ、そうだろうけれど」
「結婚しちゃえばいいのに」
「……こういったお話は相手の感情が大切といいますか、あれでございますので」
「あは。そりゃそうですね」
そこまで会話を続けて、レニーはまた当たり前のように別の話題を切り出した。
途端、挙動不審になっていたリーナはほっとしたようにその話に乗り、美味しい夕飯を頬張り始めた。
レニーは人の感情の機微にそこまで敏感なわけではない。しかし生まれつきの大天才である。
彼女はここ数日行動を共にした奇矯な美少女の心の動きについて、その概ねのところを理解していた。
これは脈アリである、と。
一方キースはこの手の話題に慣れていないため、切り出し方に心底悩んだ。
今日もバリバリ地味な書類仕事をこなしている魔王の補佐をしながら、世間話のていを装って、不審な冷や汗をかきつつキースは魔王に声をかけた。
「……我が君、后の件ですが」
「ああ、進展でもあったか」
「いえ、その、リーナ嬢はいかがですか」
「……なに?」
尊敬する上司から何言ってんだこいつという反応をされ、キースは喉の奥でうぐと唸り声をあげた。
とはいえ魔王の感情はそれほど波立っているわけでもない。純粋に疑問だったのだろう。
「いえ、その、我が君の威圧感をあれほど気にしない女性というのは珍しいでしょう。それにかなり変人ですが、財産狙いでもなく善良です。度胸は相当なものですし頭も悪いわけではないでしょうから、貴人としてのマナーや心得もすぐ身に付くかと」
「そういった条件で見れば確かに適格ではあるのだろうが、急な話だな」
「はい。でも結婚したら毎日手合わせし放題ですよ」
「……」
「おそれながら言わせていただきますが、我が君はあの者との手合わせがお好きでしょう。めずらしく楽しげな感情が見えます。戦いを始めてまだ一週間ほどという話ですから、伸びしろは非常に大きいでしょうね」
「……そうだろうな」
「一国の王と他国の平民の未婚の娘という間柄でしたら、会うにもある程度段取りが必要でしょうが、夫という立場でしたら成長をそばで見放題ですよ。毎日訓練をつけられますよ」
「……それもそうか」
「いかがですか」
「……いや、しかしこういったことは相手の感情を尊重すべきであろう」
「それは当然、おっしゃる通りでございます」
「この話はこの場だけのものとせよ」
「は、差し出がましいことを申しました、お許しください」
「構わん。許す」
そうして会話は打ち切られたが、キースは魔王の胸の内にあるごくごく微量の揺れをきっちりと発見していた。
なにせずっと、己の仕える相手の役に立てるようにと精進してきたのだから、これでもキースはこの分かりにくい男の理解者なのだ。
魔王に一家言ある男の見立てとして、キースは確信した。
これは脈アリである、と。
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