第9話 推しを見たならメンチを切れ
「私が知っているのは魔人の国全土が魔力の淀みに包まれ、滅亡する未来だ。だからその流れから出来るだけ逸れるようにしたい。けれどそうすると私の知っている未来とは乖離するから、私の知識が役に立つか分からなくなる」
私はそう前置きしたうえで、黒幕であるグレゴリウス・アウローラのこと、彼にそそのかされた人間の王のこと、魔力の淀みが広がるにつれて魔人の国に起こることなどを話した。
自分達の国が丸ごと滅茶苦茶にして実験に使われようとしている、ということに、魔王とキースは非常に渋い顔をしている。そりゃむかつくだろう。
私の話を聞いたキースはちらりと魔王に視線を向けてから、首を傾げた。
「……しかし、一体なぜこのタイミングで? 我が君は建国以来最も強い王と評判だというのに」
その疑問は理解できる。
魔人の国はかなりの実力主義だ。王座も血筋ではなく、その時々の王が次代の王に相応しいと認めた相手に譲ってきた。
今の魔王はその圧倒的な力とカリスマ性で、国民から非常に高い支持を得ている。
ゲーム内でも人間の軍や国内で暴れる強力なモンスターを倒しまくっており、彼が王でなければここまで魔人の国はもたなかっただろう、と厳しい状況にも関わらず国民から評価されていたほどだ。
黒幕としても、可能であればこんなやべえ奴が王様をやっているタイミングではなく、もっと愚昧な王が即位しているタイミングで仕掛けたかっただろう。
「理由は二つある。一つ目は単純にグレゴリウスの寿命だ。
魔術で生きながらえているとはいえ、元々はただの人間なのだから、いつまでも全盛期の力を保っていることは難しい。
計画を完遂した後も観察を続ける余力を残すために、多少難易度が上がっても早めに行動を起こしたかった。
もう一つの理由のほうが重要。
魔人の国の南西に、水晶洞窟があるだろう。あそこにグレゴリウスが大事にしているモンスターが封印されている。その封印が緩むのが百年周期で、ちょうど今頃なんだ。
グレゴリウスは魔力の淀みで滅茶苦茶になった世界にこのモンスターを解き放って、どんな変化が起こるのか見たいと思っている。
だから障害はあってもこのタイミングで事を起こした」
この水晶洞窟は洞窟内全体が巨大な水晶の柱でびっしりと覆われ、非常に美しいのだが、とんでもない高温多湿のためプレイヤーは発見しても入ることができない。
調べても、奥に怪しい光があるような……、というメッセージが出るだけで、以降は黒幕とのバトルの時までイベントの一つも起きない場所だ。
魔王が眉間にしわを寄せ、ふむ、と相槌を打った。
「俺もその洞窟へは行ったことがある。採掘に使いたいが周囲が強力なモンスターの生息地域になっていて、下手に調査に入れないと言われてな。
内部は至る所から熱湯が湧き出ているうえに魔力も淀みかけ、環境が非常に悪く、俺でもなければ作業ができない、ということで立ち入り禁止にしていたのだが……」
「は、その場所でしたら、魔力の淀みが生まれているという報告が来ております。幸い周辺に住民は居ないため、被害は出ていないようですが……」
「ではそのままにしておくか。下手に探ってそのグレゴリウスとやらに勘づかれても面倒だ」
さすが国のトップともなるとサクサク情報が集まるな。
私は頷き、再び口を開く。
「そう、こちらの動きに気付かれると面倒。私はグレゴリウスの企みが上手く行った未来しか知らないから、途中で阻止されそうになった場合相手が何をしてくるのか分からない。
少なくとも魔力の淀みは短時間で一気に作れるものではないのだと思う。けれど、おそらくあと半年もすれば、魔人の国のほとんどの場所がおかしくなる。
だから、私はグレゴリウスが大事にしている水晶洞窟を早目にぶち壊して奴をおびき出し、その場で倒そうと思っている」
「そしてその際に、わたしの魔力浄化装置を使って欲しいっす。
えっと、まず魔力の淀みっていうのは通常でも自然界のいろんな場所で発生しているんすけど、大抵周囲の動物や植物が吸い取っちゃって、空気中に残留するほどの規模にはならないんす。
この時影響を受けた動植物がモンスターになるわけなんすけど、これは実はある程度早期であれば、体に吸収された淀みをきちんと抜き取りさえすれば、モンスター特有の高い攻撃性が消えるんす。身体の変化については戻らないんですけどね。
実はこの子もそうやって安定したモンスターなんすよー」
博士の紹介を受けて、ひょこりとテーブルの上に乗ったテディさんが優雅にターンを決め、お辞儀した。かしこい。
そういえば、この子がぬいぐるみのふりをしていても実は生きていることに、少なくともキースは気付くはずなのだけれど、どうして何も言わなかったんだろうか。
そう思って彼を見てみると、口元に手を当てて、なにやらとんでもない奇妙な姿の珍獣でも目撃したような、複雑そうな顔をしていた。
「……感情があるのでてっきり知らない種類の、非常に大人しい犬かなにかかと思っていたのですが……、モンスター?」
「……俺は強い気配がするとは思っていたが、てっきり強力な魔法道具のゴーレムなのかと」
おっと魔人両名にポンコツの気配がするぞ。これには博士も苦笑いしている。
大丈夫か……。でも地頭でいったら私はこの中で一番悪い自信があるからな。何も言うまい。
「あー、まあそれはさておき。
基本的に魔力が必要な動作をする時、人間は体内魔力を使うけれど、魔人は体内魔力のほかに周囲の魔力も取り込んで使うじゃないすか。
そのぶん威力は高いっすけど、魔力の状態が良くない環境で魔法やら何やらをたくさん使っていると、魔力と一緒に淀みも吸い取っちゃって体調を崩すってことは知ってるっすよね?」
「ああ、淀みに近い場所の住人には極力体内の魔力のみを使うよう通達している。しかし魔力操作がまだつたない子供は、既に影響を受けてしまっている者も出てきている」
「そうっすよね……。環境の悪化でモンスターが増えると、その駆除のために高出力の魔法を使わざるを得ない場面も出てくるでしょうし、そうなれば淀みの影響を受けて、魔人も狂暴化しかねないっす。
しかもこの際、動物がモンスターになるときと同じく、肉体がある種の活性化をして身体能力や魔力を扱う能力が上がる可能性が極めて高いんで、より厄介なんです。
だから、戦う時はこの魔力浄化装置を付けて、体内に入った淀みを片っ端から抜き取って欲しいんすよ」
「わかった。量産は可能なのか?」
「いやー、戦いながら使えるくらいの高効率で浄化できるものとなると、まず素材が限定されてくるし作る手間もかかるっす。特に魔王様が不自由なく戦闘に使えるレベルなら、最低でも5日はかかります。
製作のための図面とかレシピとかは勿論魔王様に提出するっすけど、バレないように作るとなると、外注は出来ないですから、数を揃えるならそのぶん時間は掛かるっすよ」
「そうか……」
魔王は顎に手を当て、少しの間考え込んだ後、私に視線を向けた。
「討伐にはどの程度の兵力が必要だと考える?」
「今の段階なら黒幕だけ倒せばいいから、うまくいけば貴方一人でも。
グレゴリウスは非常に優秀な魔法使いだけれど、本人の戦闘力は魔王には及ばない。ただし魔力の淀みを生み出す術があるから魔人との相性がすごく悪い。
洞窟のモンスターのほうは、呼び出されたとしても、魔王だけで倒せる可能性はあると思う。
けれどグレゴリウスとモンスターが揃うと厄介。グレゴリウスがモンスターを回復するし、モンスターもグレゴリウスを守りながら戦うから。
だから理想はモンスターを呼び出される前にグレゴリウスを倒すこと。もしくは呼び出された後引き離して戦えるように、二人以上で戦うこと」
「しかしお前たちを長期間引き留めておくのは不自然だ。浄化装置の量産に時間をかけるだけ、こちらの考えを知られる可能性が増す。被害の出ている地域への対応を変えることも危険だ。
となると、最も短期間でかつ少人数で被害の少ないうちに事を運ぶには、俺とリーナが敵を叩くのが理想的か」
魔王の射るような視線が私に突き刺さる。
私の考えでも、それがおそらく一番早い。
だから私は挑むように相手を見返した。
よく考えたらなんで推しとこんなにガン飛ばしあってるみたいな場面が多いんだ。おかしいだろ。
「私もそのつもりでいた」
「……今更だが、何故そこまでする? このまま放置していたとしても、人間の国は生き延びるのだろう。
お前ほどの腕前があれば戦争でも武功を上げられただろうに、栄達の道を捨ててまで危険を冒す理由はなんだ」
「いや、戦争は参加する気がなかったから。私ちょっと前まではパン屋だったし」
「えっ」
「えっ?」
いや、作中でもそんな素でえっなんて言うこと無かったでしょ。びっくりした。
博士の時もそうだったけれど、私はそんなにパン屋で働いていたようには見えない顔をしているんだろうか。
今までで一番納得がいかなさそうな顔をしている魔王に、私はどう説明したものかと首をひねった。
しかし元々が脳筋なので、考えたところでうまい言い方は思いつかない。思っていることをそのまま言葉にすればいいか。
「いや……、だって、知っている未来の中で、私はいろんな人が頑張って頑張って、それでもハッピーエンドとは言えないような結末しか勝ち取れない様子を見てるんだ。
嫌じゃないか、そんなの。好きな相手には誰だって幸せになって欲しいでしょ」
そうとしか言いようがない。
勿論推しは絶対に幸せになって欲しい。
キースも原作では、魔法使いなので淀みを吸い込みまくり、最終的には狂暴化する前に自刃していたけれど、そんなふうにはなって欲しくない。
博士だってゲームでは、自分の無力さに打ちのめされていた。こんなに良い子なのに。
そんなのつらいだろ。
私の返答に、魔王はこちらの顔をしげしげと見つめ、それから深いため息をついてうつむいた。
「……ああ、なるほど。よく理解した」
そう言う魔王の声は、どこか笑みが滲んでいるようにも聞こえる。
再び顔を上げた魔王は、いつも通りの精悍な顔をしていたので、気のせいだったのかもしれない。
「相手が俺と同じだけ強いというのなら、リーナ、お前を今のまま連れていくことは出来ない。
手合わせをしたいと言っていたな。明日行おう。モンスターとの実地訓練もだ」
「それはありがたいが、妙に思われないか?」
「今日のあの演技なら、どこからどう見ても少々頭のおかしい戦闘馬鹿にしか見えなかった。
案ずるな、俺がお前を強くしてやる」
そう言ってにやりと笑う魔王は、とても頼もしく見えた。
けれどなんだろう。このよくわからない虚しさは。
頭のおかしい戦闘馬鹿の称号を得た私は、ヤケクソで大きな声で返事をした。
「はい!!!!!!!!!!!!」
「うるせえ!」
博士のツッコミは常時冴えわたっている。
というやりとりの一時間後。
私と博士は魔王城の白百合宮とかいう場所に案内してもらい、旅装を解いてぐだぐだしていた。
シャワーはなんとか浴びたけれど、さすがに今日は色々と疲れたから、もう一歩も動きたくねえ。ソファがふかふかすぎてむり。
「リーナ、ここ凄いっすねえ。お風呂もトイレもキッチンもあるっす。部屋数も多いんで、あっちはわたしの作業部屋にしていいっすか」
「うん……」
「あー、ぐでぐでになっちゃって。ベッド行ったほうが良いんじゃないすか? ほらほら、パジャマのボタンずれてるっすよ。直してあげる」
「うん……」
「今日はびっくりしたっすねー。まさかこんなに早く魔王様に会って協力してもらえるようになるとは思ってなかったすよ。そのぶん準備期間は減っちゃった気もするけど」
「うん……」
「でも良かったっすね。リーナが好きなのって魔王様でしょ? 戦闘訓練だけど、二人きりで会えちゃうっすよ。実質デートじゃないすか? 会ってみた感想とかあるっすか~?」
「うん……。格好良かった……。うれしい……」
なんだか博士の楽しそうな歓声が聞こえた気がしたけれど、ふかふかソファの誘惑に抗えなくなった私は、もう何も考えられず、深い深い眠りへと落ちて行ったのだった。
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