第8話 人生出たとこ勝負

魔王の正面の席に座り、私は呼吸を整えた。

あれだけしょうもないギャグの流れだったというのに、平然と、いやむしろ泰然としている推しは大変格好良い。

ではなくてプレゼン頑張るぞという話だった。

大きく息を吸って、吐いて、魔王の赤く透き通る目を正面から見つめる。

声を出そうと口を開けた瞬間、会議室の扉がばたんと大きく開いた。


「我が君。討伐対象の状態は、……と、来客ですか?」


現れたのは褐色肌に銀髪碧眼という非常にキラキラした男だ。

抜群の美形なので勿論原作キャラである。魔王の側近だ。

どうしたもんかと思いつつ会釈をすると、あちらも会釈を返してくれた。が、魔王と博士とテディさんはともかく、私はモンスター退治によってなかなかヨレヨレな有様である。怪訝そうな顔をされているのも仕方がない。


「客だ。今回討伐先で居合わせた。訳ありのようなので俺が話を聞くところだ」

「……なるほど。武装も解かずにとは、随分急ぎの要件のようですね」


魔王の言葉にぴくりと片眉を上げ、側近さんが扉の向こうに人払いを命じた。そして魔王の斜め後ろにぴたりと立って控える。

現時点でなかなかの不審者である私の話を聞く気があるあたり、二人ともかなり心が広い。警戒はされているだろうけれど。

気を取り直して私は再び口を開いた。


「ではありゃためて」


噛んだ。


「……普段の口調で構わないから、ゆっくり話すといい」


可哀想な子を見るような魔王の眼差しと気遣いが心に突き刺さってくる。

ありがとう。傷は深いがこんな事で心を折っている場合ではない。


「では改めて、自己紹介を。私の名前はリーナ・ヘインズワース。

まずは謝っておきたいことがある。先程伝えた入国理由は嘘だ。

いまこの国では魔力の循環に不具合が生じ、淀みが発生しているだろう。それを解決するために、私はエイマーズ博士に協力を仰ぎ、この国にやってきた」

「えー、じゃあわたしも。レニー・エイマーズと申します。

わたしの研究対象は魔力による成長異常を起こした動物、つまりモンスターです。

今回こちらにお邪魔した理由はリーナに協力するため。それと、わたしの発明品を見ていただくためです」


そう言って、博士が鞄から魔力浄化装置を取り出した。

魔王と側近は全然動じない。多分この場で爆弾を取り出して自爆テロでも起こされたとしても、即制圧できる自信があるからだろうな。

側近も強いが、魔王に至っては身体スペックが世界最高、かつ各状態異常に耐性があり、即死魔法が効かないという規格外っぷりなので、不審者相手に一人で対応しようとしていたことも無茶でも何でもない彼なりの合理的な判断なのだろう。


「この装置、淀んだ魔力を取り込んで狂暴化したモンスターを鎮静化する効果があります。モンスターだけでなく、魔力の影響で体調を崩している人に対する治療にも使えます」

「なんだと?」


反射的に言葉を出したのは側近のほうだ。

基本切れ者キャラなんだけれど若干リアクションに余裕がないというか、若輩者感があって、そこが可愛いと原作ファンには好かれたり面白がられたりしていた。

一方魔王はというと眉一つ動かさず、軽く手を組んでこちらに重々しい視線を向けてくる。

話の続きは私がしよう。


「……私は今回この国で起きている事件を、人為的なものだと確信している。その犯人は遠隔地を監視できる魔法を使える。

おそらく、魔王はこの世界で犯人に比肩しうる唯一の戦力だ。監視されている可能性は十分ある。その場合に備えて、私と博士に見るだけの価値が無いと印象付けたかった。理由はあるが無礼な行いだったことに変わりはない。すまなかった」


謝ってるけど私めちゃくちゃ口調が偉そうなんだよな。

でも下手に気を抜くとオタクの早口と推しを目の前にした語彙力の低下が起こりそうで、口調を崩せないし改められない。

普通に考えて魔王は気を悪くして当然だと思うのだが、そこで細かいことを気にしないのがこの男なのである。

いや作中の推しは気にしないだろうけれど目の前の魔王が気にしてないかは判断がつかないわ。ごめん。


「……既に知っているだろうが、俺はセオドア・ハートフィールド。後ろのこの男は俺の側近だ。

まずは改めて討伐の協力に礼を言う。が、話を信用できるかどうかはまた別の問題だ」


ですよね。

むしろ手放しに信用されてたら逆に怖かったよ。


「わかっている。そのうえで、私は限定的な過去と未来を知ることができる。ということをまず前提として理解して欲しい」


この霊能詐欺くさい発言を聞いた時点で前方二名からの視線が10℃くらい下がったが、言っている私だって痛いなと思ってることも理解して欲しい。マジで。

私は魔王の後ろに立つ側近の顔を見た。


「キース・アンヴィル。軍略と歴史の知識が豊富で、魔王からも頼りにされている。人の感情を読むことができる魔法を生まれつき使える」

「っ」


キースが息を飲んだ。

彼が若手ながら側近に抜擢されているのは、知能の高さを評価されているという点もあるが、この特殊な魔法の影響が大きい。

この世界では時折こういった、特定の人物のみが使える魔法が存在するが、彼の魔法はかなり珍しい部類だ。

読めるのは思考ではなくあくまで感情。対面している相手の、その時々のもののみではあるが、交渉からスパイのあぶり出しまで幅広く役立つ便利な魔法だ。

そしてこれを知っているのは彼と魔王、それからこの場にはいない魔王軍の将軍のみ。

この将軍も当然魔王からの信頼厚い名将なので、この三人から情報が漏れたとは彼らも考えにくいだろう。

私は畳みかけるように個人情報をバラしにかかる。


「趣味は読書と苔玉作り、好きな女性のタイプは賢くて優しくて、でも自分の意見をちゃんと持っているしっかり者。料理が得意だとなお嬉しい」

「なっ!?」


キースの顔がどんどん赤くなっていくが私はためらわず話し続けた。

すまねえ。世界平和のための犠牲になってくれ。


「実は可愛いものが好き。女性の同僚からお土産にもらったクマ型クッキーが、美味しかったけれど可愛いから食べにくかった」


上司と初対面の博士からの、へえ、意外だなあ。という視線を受けて、キースは完全に沈黙している。


「……そうなのか?」


推し、そこでちょっと申し訳なさそうに部下の様子をうかがうのは、余計にダメージを与えますよ。

キースは一瞬言葉に詰まってぐっと歯を食いしばった後、絞り出すような声で、はい、と答えた。


「……誰にも、言っていないことです。特に最後の、クッキーの話は、私とて忘れかけていたことですので、ほかに知っている者が居るはずがありません」

「……そうか」


部下が秘密を暴露されて赤面していても、魔王の眼光の鋭さは変わらない。

私は彼の極秘エピソードも開示しようと口を開いたが、すっと片手を上げてこちらへ制止を促す動きに従い、一旦口を閉じた。


「待て。……その話は俺だけ聞こう」


きりっとした顔のまま魔王はそう言い、当然のように私に近づいて自分の耳に手を当て、内緒話のポーズをとった。

そんなお茶目なところも好きだけれど、大丈夫か。後ろで貴方の側近が裏切られたって顔をしていますが。

これで主従の絆にヒビが入ったら私はどうやって償えばいいのだろう。

一抹の不安を抱えつつも、私は口元を手で覆ってこっそり推しに内緒話をした。


「セオドア・ハートフィールド。先代魔王に戦闘能力と愛国心、面倒見の良さをかわれて魔王になった。

趣味は王宮での日光浴。寝室の窓際に生えている大きな木の陰が一番のお気に入り。いつかハンモックをかけてみたいと思っている」


『ハーフ・サクリファイス』は基本的に鬱ゲーだが、時折ほのぼのエピソードやギャグイベントを挟んでくるし、登場人物の細かいプロフィールも公開されている。

しっかりとプレイヤーからの親近感や好感度を稼いだ後、キャラをそりゃもう酷い目に遭わせるゲームなのだ。私は何度泣かされたか分からない。


「……非常に高い威力の広範囲攻撃魔法を使えるが、代償として寿命を縮める」


魔王が部下に聞かせたくなかった秘密はこれだろう。気遣いのできる人なんだよなあ。

耳元から口を離した私に頷き、魔王は席へ戻った。

考え込む彼に、後ろからキースが声をかける。


「……一貫して二人ともこちらへ悪い感情を持っていません。しかし申告通りの能力があるのかは、まだ、確信できないかと」


なかなか信じてもらえないのは予想の範囲内だ。

キースに感情を読むという能力があるのだから、世界のどこかに、思考を読んだり、経歴を把握できるような能力があってもおかしくない。

そしてその能力を「未来と過去が分かる」と勘違いしたまま、自分を救世主のように思い込んでいて、騙すつもりはないまま見当違いのことを言う人間が居たっておかしくはないだろう。

あるいは、嘘をついているがあくまでこれが世の中のためになる、と信じているため悪意がない人間とか。

キースの能力は詐欺師やスパイ相手には効果抜群だが、純粋な狂人相手にはやや相性が悪い。

この国でいま起きている現象が、放置しておけばとんでもない被害を出すことを、目の前の二人は当然理解していることだろう。

そしてその解決をどこの馬の骨ともしれない自称預言者のような女に簡単に託すような思考回路もしていない。


私は鞄から、きらきらと光る一つの小石を取り出し、魔王の前に置いた。

博士と一緒に手に入れた遊園地バッジと交換した、例の双子ちゃんの宝物だ。

これが私の切り札である。

というかこれが駄目だったら、あとはもう何も考えていないのである!

そうなったらもう博士の魔力浄化装置プレゼンの腕前に賭けるしかないのである! そっちのほうが確実かもしれない!

私はなるようになれと思いつつ、顔だけは真面目に取り繕った。


「その石に、貴方の魔力を通してほしい」


私の頼みを聞き、魔王は魔石を手に取った。黒手袋をした形の良い手がめっちゃ格好良い。好き。今更だけれどこの人たち不審者のお話をよく聞いてくれ過ぎではないだろうか。

魔王の指先を通って小石へと、ゆっくり魔力が染みていく。

それと同時に、乳白色だった石はルビーのような色合いになり、まばゆい輝きを放ち始めた。

突然の変化に、魔王は一瞬目を見開き、後ろに控えているキースもあっけにとられて美しい宝石となった小石を見つめている。

魔王だけはこの宝石に見覚えがあるはずだ。

すっと細められた瞳が、私へと向けられる。ああよかった。多分彼は気付いている。

顔がいい。じゃなかった。ここが正念場だ。私は幾度となくプレイしたゲームの知識を思い出し、それをゆっくりと言葉にした。


「……五百年前、魔人の国で起きた紛争で、魔王の宝である龍の紅玉が使用された。数万の軍を気絶させ無血勝利を収めたが、紅玉は代償に砕け散り、大半が戦場であるスティア大河に落下。長い時を経て散り散りになり失われた。

欠片の数は五つ。一つは魔王城地下、魔王の間。

もう一つはリュカ村付近の川岸。

もう一つは王都、シア道具店の物置、奥側の棚の下にある地下室へ入って左側、一番下の箱の中。

もう一つはエリシラ遺跡、階段を下りて3つの扉のうち向かって左に入り、ツタで隠されている壁の右下のレバーを引くと、中央の扉から行ける遺跡奥の祭壇がせりあがって取り出せるようになる宝箱の中。

最後の一つはルトナ平原南西、楡の巨木のうろの中。

細かい位置はある程度違うかもしれないが、おおよそは合っているはずだ。

今回持ってきたものは、リュカ村の川岸で、村民の子供が拾ったものだ」


龍の紅玉はゲーム内に登場するやり込み要素の一つだ。

ただの収集アイテムなので集めたところで使用できないが、その説明には「既に魔道具としての価値は失われているが、魔王と認められしものの魔力に反応し、美しい輝きを取り戻す」とあった。

本来は魔王の間という、魔王以外は立ち入ることの出来ない宝物庫以外ではお目にかかれない宝物であり、この世界では正真正銘私しか所在を知らない品である。

魔王は紅玉のかけらをテーブルに置いて立ち上がり、おもむろに空中に印を描いた。


「確認する。そのまま待て」


それだけ言い残して一瞬で消える。多分一番確認しやすい木のうろの中のものを見に行ったんだろう。

行った先にどんな罠が待ち受けていたとしても実力でぶち壊して帰ってこれる、という自信からくるスタンドプレーなんだろうが、待っているキースの顔が青いので出来ればやめた方が良いんじゃないだろうか。

何分も経たずに魔王は再び姿を現した。

てのひらの上には、木屑が付着した紅玉のかけらが乗っている。


「木の成長に巻き込まれてうろの中に埋まり、小指の先ほどしか露出していなかった。普通に探していては今後見つかることはなかっただろうな」


えっマジで。ゲームだとわりと普通にうろの中から拾ってたけど。

合っていたけれど合っていなかったというギリギリ感に冷や汗を流しつつ、私はきりりと表情を取り繕う。キースにはこのビビリっぷりがバレてるだろうから意味ないんだけれど。

魔王はかけらをテーブルの上に置き、私の前に立った。

私も立ち上がり、彼を見上げる。


「ひとまず信じよう。誰にも言っていない情報や紅玉の場所を当ててみせたということもあるが……、なによりお前の先程のドラゴンへの一撃は、実に見事だったからな」


唇の端を小さく上げて笑い、魔王は私に片手を差し出した。

その手と固く握手をし、私もにやりと笑ってみせる。

能力もだが人柄に対しても一定の信頼をしている、という彼なりの表現だろう。

推し……。

最高だな……。


「ありがとう。それじゃあ、くわちいはなしを」


噛んだ。

推しはこんなにも凛とした表情をしているのに、この子大丈夫かなという感情がその奥から透けて見えるのはなぜなんだろう。不思議だなあ。

私は現実逃避をしつつ、そっと着席して両手で顔を覆った。

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