第7話 はじめての共同作業

推しだ。

推しだなあ。

推しだな!?!!!!!!??!???!


えっ待って待ってどうして?

推しが居るんですけど??

ゲームとは違って現実世界だから厳密には知らん人とか考えてたけれど推しだわ。

これは推しですわ。

は~~~~~~~勘弁して待ってむり……顔がいい……。

離れていてもなお理解できるほどに顔がいい……。

人類は推しの前には無力……。

でも装備はゲームと違うな。多分ゲーム内で身に着けているものは最高に性能の良い国宝級の装備だから、それこそ戦争中でもなきゃ使わないんだろう。こっちが普段使いの物ということか。デザインのシンプルさが素材の良さを引き立たせていて最高だなあ。

とか考えている場合ではない。


まずいまずいまずい。

落ち着け。

めちゃくちゃ嬉しいが、ここで推しに出てこられるのは本当に困る。

魔王は転移魔法が使えてかつ魔法も剣術もクソ強いという、ぱっと行ってぱっと帰ってこれるお手軽な世界最高峰の戦力なので、こうして一人でユニークモンスターを討伐していること自体はそれほど不思議ではない。

しかし時期が時期だ。

先程買い物をした最寄りの村では、魔王直々に相手にしなければいけないようなユニークモンスターが出たなんて話は聞かなかったし、怯えて避難やら何やらをしている様子も無かった。

つまりあのモンスターは急に現れ、私達のように岩山にモンスター狩りに来た人間あたりが発見して国に連絡をし、強さが未知数だからと急遽どんな事態にも対応できる魔王がやってきたんじゃないか?

ということは、あのモンスターは大魔法使いが魔力の淀みを元々いたユニークモンスターにでも吸収させ、つい最近作り出した可能性があるのでは?

だとしたら、この戦いは黒幕に観察されているかもしれない。


実際ゲームでも黒幕魔法使い野郎は、一度行ったことのある場所を見ることができる、という便利アイテムを使用してあらゆる場所を監視していた。これの嫌なところは音もある程度拾えるということだ。

と言ってもこれは万能ではなく、魔術的な防護機能のある王城などでは見れる場所に限りがあるし、広範囲を一度に見られるわけではないものの、警戒するに越したことはない。

私はともかく博士の魔力浄化装置に関しては、なるべく秘匿しておきたい。

横に並ぶ博士のほうを見れば、言わずとも察してくれていたようで、こいつはやべぇという顔をしている。私もおんなじ気持ち。

ここは戦略的撤退を選ぶべきだろう。


目立たないようできるだけ地面に伏せたまま、そっと後退を始めた私達の前方で、推しとモンスターの戦いによって爆炎が上がった。

そのせいでこちらまでドラゴンやら地面やらの大きな破片が飛んできた。

ドラゴンこの野郎! 今こっちは切羽詰ってるんだよ!

私とテディさんはともかく、博士に頭サイズの石が直撃するのはまずい。

私達はとっさに立ち上がって破片を避けた。

急に現れた私達に驚いたのか、ちょうどブレスを放つところだったドラゴンがこちらを向く。

こいつ本当にロクなことしねえな!

放たれたブレスから博士を庇うべく、テディさんとともに立ちふさがり、顔を腕で庇う。


予想していた衝撃は、やってこなかった。

私の前に立つ、広い背中。

黒髪が風に揺れ、そのあとぽたぽたと地面に血が滴る音がした。一瞬こちらを振り向いた推しの顔は額が切れ、流れる血が片目を塞いでいた。


「怪我はないな。すぐにここから離れろ」


低く落ち着いた声は、ゲームで聞いた声優の声とは少し違う。

けれど確かに推しの声だ。

推しが私を庇って怪我を? むりなんですが?

精神がゴリゴリに削れているがそれは後回しだ。

どうする。

ここで本来負わなかっただろう怪我を負った彼は、あのドラゴンに勝てるのだろうか?

いや、勝てるだろう。そのはずだ。けれど万が一と思うと逃げられない。


「リーナ、わたしは大丈夫。手伝ってあげてほしいっす」


悩む私の背中に、博士の緊張した固い声がかかる。

いいんだろうか。いいか。少なくとも原作知識がたいして役に立たないこの場面でなら、私が考えるより彼女の考えに従ったほうが100倍いいに違いない。

すっかり使い慣れたメリケンサックをはめ、私は推しの後ろから出て、ドラゴンを見据えた。


「わかった。私が左から行くから、貴方は右から行ってほしい」

「なんだと? いや、俺が対処を……」

「大丈夫。ぶん殴るのは慣れてるから」


あの野郎タダで済むと思うなよ。

この急激な推しの過剰供給でめちゃくちゃになった情緒全部を筋力に変換してぶつけてやるからな。

私の殺意が伝わったのか、横に立つ魔王は言葉を止め、多分だけれど、一瞬息だけで笑った。


「……そうか。では頼もう」

「任された」


私と魔王は同時に駆け出した。

すぐにドラゴンがぐるりと体を回し、尻尾を叩きつけてくる。

このドラゴンは比較的鈍足だが、巨大で長い尾を振ると、さすがにその先端は遠心力でかなりの速度が乗る。

飛び越えて滞空中に岩でも飛ばされては面倒なので、地面スレスレまで体を倒し、尾の一撃を潜り抜けた。

魔王が尾を長剣で掬い上げて受け流すのを横目に見ながら、私はドラゴンの足元へ走り寄る。

途端、鳴き声とともに私に向かって地面から岩のトゲが何本も伸びてくる。

迂回するのが面倒くさい。速度を落とさず軽く飛んでトゲを踏み越え、後ろ足まで到着。そのままドラゴンの脚の指を殴って潰す。

四本足とはいえこうされると体重をかけにくいだろう。

後ろ脚を庇って前傾姿勢をとったドラゴンの頭に、魔王が脳天割りを叩きこむ。が、さすがに固い。

片目を潰されたドラゴンが咆哮した。地面から飛び出した何十本という岩の柱を避けるため、地面を蹴って一旦距離をとる。


二人そろって着地。今度は拳大の石の雨が降ってきた。

やっぱり近距離のほうがやりやすいな。

私と魔王は再び同時に駆け出し、左右からそれぞれドラゴンへ近づいていく。

ドラゴンの口の中に、チカチカと火花が散る。ブレスを吐くつもりだ。

ドラゴンにとって脅威なのは、間違いなく魔王だろう。

彼ならきっと、庇う相手のいない状況であれば近距離でも避けられる。なら私がその隙にとどめを刺せばいい。

そう考えていると、不意にドラゴンがこちらを向いた。

ああ、こいつ、道連れに出来そうな相手を選んだのか。


まあいい。

もう目の前だ。避けきれない。

咄嗟に一歩横にずれたが、側頭部をかすった閃光が耳を焼く。片目も死んだ。

回復薬で治る怪我なんてどうでもいい。

振り被った右手が無事なら問題ない。

黒幕に目を付けられるかもしれないのも推しが怪我をしたのも私の情緒がめちゃくちゃなのも空が青いのも全部お前のせいだ。

地面を踏みこみ、体を捻り、体重と遠心力と八つ当たり混じりの恨み言と推しと一緒に戦っている高揚感の全てを力に変えて、私はドラゴンの脳天に拳を叩きつける。

ほぼ同時に、魔王の長剣がドラゴンの首を半ばまで切断した。

ドラゴンの巨体が地面に倒れ伏し、完全に沈黙する。

ああ、勝った。


「大丈夫か!」


呼吸を整えつつ声に反応してそちらを向けば、思っていたよりすぐそばまで来ていた魔王が私を見下ろしていた。顔がいい。

えっ? びっくりするぐらい顔がいい。大丈夫? 本当に人間かな。人間じゃなくて魔人だな。

声も良いしスタイルが完璧だしなにより自分も怪我してるのに真っ先に心配してくれるのが良い。ありがとう。すき。

あかん。ゲーム内の推しとイコールではないと頭は理解していても、油断すると言語野が死んでしまう。


「問題ない。そんなに痛くないから」

「怪我をした直後は傷みを感じにくいものだ。……ここは砂埃が酷すぎるな。悪い、触るぞ」


そう言うと同時に私を抱え上げた推しは揺れを感じさせない動きで走り、博士とテディさんがいる丘まであっと言う間に駆け上がった。

そして私を地面にそっと降ろして座らせる。

うん?

今何が起こった?

ちゃんと知覚していたはずだけれど脳みその回転が追い付いてこない。


「うっわ、酷い怪我してるじゃないっすか!」

「うん」

「こりゃネックレスで直してたんじゃ時間かかるよ。薬かけるっすよー、ちょっと染みるかもしれないけど我慢してね」

「うん」

「顔赤すぎでしょやば」

「うん」

「どうした、熱が出ているのか?」

「オ゛ア゛ッ」


推しの声に反応して奇声を上げてしまった。

博士が水筒を出してくれる。むせたとかじゃないから大丈夫大丈夫。

ゲームで言うところのHP中回復用薬をばしゃばしゃとかけてもらうと、焼けただれていた皮膚が引きつれたような感触を残してみるみる再生していく。

てのひらに薬を溜めてそこに潰れた目を当て何度か瞬きをすると、完全に感覚と視力が元に戻った。この世界のこういうところはめちゃくちゃ便利だよなあ。

私の後ろでも水音がしているので、多分魔王も額の傷に薬をかけているのだろう。


「ありゃりゃ、髪切れちゃってるとこあるよぉ。でも側頭部だから下ろすかまとめ方を変えれば大丈夫かな」

「問題ない。特に意味があって伸ばしてたわけじゃないから」

「まあまあそう言わず。あとでわたしが結い直してあげるっす!」

「そうか。なら、頼む」

「……すまない。巻き込んでしまったな。いまは手持ちがないが、後で薬代と討伐の報酬を出そう。二人は旅行者か?」


私と博士の会話が終わるのを律儀に待っていた魔王が、真っ直ぐこちらを見つめながら話しかけてきた。目力が強い。胃に悪い。

立ち上がり、博士に軽く頷いてアイコンタクトをとる。一応私たちは対外的には博士とその護衛という役割だ。会話は基本的には彼女に任せたほうがそれらしい。


「一応わたしは学者の端くれなんすけど、あー、なのですが、今回は魔人の国の植生に関する調査で来ています。こちらでないと採取できない薬草などもあるので」

「なるほど。ああ、口調は気にするな。俺はまだ正式に名乗ってもいないし、お前たちは俺の家臣ではない」

「ありゃ、じゃあお言葉に甘えて。わたしの名前はレニー・エイマーズ。彼女は護衛のリーナ」

「リーナ・ヘインズワース、です。はじめまして」

「それでこっちがわたしの特製ゴーレムのテディ。魔力操作で大きさを変えられるんすよ」


そう言って博士はテディさんをぬいぐるみサイズに戻す。というふりをした。黒幕に見られているかもしれない状況なので、テディさんがモンスターだと知られないためのお芝居だ。

この子は諸事情あってこの世に一体しかいないモンスターなので、黒幕がこの子の事を知っている可能性はとても低い。


「一応ぐるっと国を回るつもりっす」

「それなら王都に立ち寄った時に、王城へ来るといい。褒賞を渡すよう言付けておく」

「そりゃありがたいっす」


言った後、博士がこちらを視線だけでちらりと見た。

わかってる。これはちょっと悩みどころだ。

自然さを優先するならここで礼を言って別れた方が良い。

けれど効率を優先するならここで無理を言って一緒に王城まで連れて行ってもらった方が良い。

黒幕に監視されているかもしれないという状況で更に魔王に近づくか、それともいったん離れて旅を続けるか。

旅に戻ったとして、王城へ着くまでの間博士の魔力浄化装置が黒幕の目に留まらないで済む保証も無いのだ。

もしまた今回のように運悪くユニークモンスター退治に出くわそうものなら、目を付けられる確率は格段に上がるだろう。


危険な一本道を通るか、不確定要素の多い回り道を通るか、どちらを選ぶべきなのか。

私としては危険な一本道を選びたい。

こうなってしまったなら、もういっそ最高効率で話を進めたいからだ。

しかしそのためには、なるべく黒幕に警戒されない形で魔王に近づきたい。

どうしよう。

ひとつ作戦を思いついたんだけれど、これ実行するの嫌だな。

気乗りしないというか、積極的に避けたい類の思い付きだ。


「……リーナ? 大丈夫すか? なんかまた顔赤くなってきてるっすけど」


博士が声をかけてくれるが、ちょっといま緊張が極限に達していて返事ができない。

視線がめちゃくちゃ泳いでしまう。気まずくて顔を上げられない。


「わ、わたっ」

「……どうした?」

「私、あの、」


まずい。顔が熱い。

やりたくない。

けれど自分の好悪でやることを決めている場合ではない。

私は覚悟を決めて、推しの目を見つめた。

そして勢いよく抱き着いた。


「生まれる前から好きでした!!」


ああああ服の上からでも引き締まった体格の良さがわかってしまう! 戦闘後なのになんかいい匂いがする!

つらい! 恋愛的な意味で意識していないとは言っても、推しにこんなことをするのはさすがに恥ずかしい!

なによりこの作戦にちゃんと意味があると私の頭では確信しきれないので、虚しさと申し訳なさがすごい!!

突然のことに固まる推しの首元にがっしり抱き着き、私は耳元に唇を寄せて可能な限り小声で囁いた。


「ここは監視されている可能性がある、話を合わせてくれ」


これが言いたかっただけなんですよお! 不審者じゃないんです!


「あーっ、あの! すみません! この子あなたの大ファンで!!」


完璧なタイミングで博士が割って入り、私を魔王から引きはがしてくれた。ありがとう!

博士に上から圧し掛かるようにして地面へ座らされた私は、素直に従って勢いよく土下座をした。額と接触した地面にヒビが入る。

耳まで真っ赤になっている私をビシバシと叩きつつ、博士がぺこぺこと頭を下げる。すみません。多分こっちの意図は察してくれてるだろうけれど本当にすみません。


「悪気はないんす! ただちょっと勢いあまったというか!」

「すみませんごめんなさいでも出来ればいつか手合わせしてください……」

「リーナ! ちょっと黙って!」


騒がしい私達を見下ろしながら、魔王は深くため息をつき、片手で顔を覆った。

戦闘直後より疲れた顔をしながら、手を軽く振って気にしていないと示す。


「ああ、そのへんにしてやってくれ。リーナと言ったか」

「は、はい……」

「わかった、その願いを聞き届けよう。俺もお前のような強い人間と手合わせが出来ることは嬉しく思う」

「ありがとうございます!!!!!!!!!!!」

「声量を落としてほしい……」


魔王と博士がそろって顔をしかめ、耳を塞いでいる。ごめん。

再びため息をついた魔王が、ゆっくりと指先で空中に印を描いていく。これはゲーム内でも何度か見た、転移魔法を発動する際の動作だ。


「だが今すぐは無理だ。空いた時間に手合わせをするから、一旦王城まで来てくれ。数日なら滞在して良い」

「あっ、ありがとうございます! ほらリーナ立って」

「はい!!!!!!!!!!!!!!」

「うるせえ!」


キレの良い博士のツッコミとともに、私達は眩しい光に包まれた。

それと同時に足元が一瞬揺れるような感覚がし、岩の地面ではなく、美しく磨き抜かれた大理石の床へ着地する。

石造りの部屋は広く、壁際には魔人の国の国旗が下がっている。

真ん中には20人は同時に集まれそうな大きなテーブルと椅子。

多分ここは魔王城の会議室かどこかだろう。ここなら監視も届かないはずだ。

魔王はロングコートを脱いで手近な椅子に腰掛け、鋭い眼光で私達を見据えた。


「座れ。話を聞こう。本当はどんな理由があって俺に近づいた?」


あのクソのような茶番で黒幕をどれだけ誤魔化せたかは分からないが、ひとまずここまで来れた。

後は彼に私の話をどれだけ信用してもらえるか。それが問題だ。

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