第6話 キチと天才と爆速進行イベント
はれて遊園地の乗り物を全制覇し、記念バッジを貰った私たちは、国境行の寝台列車に乗車した。
魔人の国に入って世界を救うための活動を始めると、当然黒幕の大魔法使いに見つかる可能性が格段に上がる。
というわけで私は博士にその点を説明することにした。
ガタンゴトンと揺れる汽車の中、薄いマットレスの狭い二段ベッドの下段で、寝間着に着替えて二人でお菓子をつまみつつお喋りをする。
こんなに青春感が溢れるシチュエーションなのに、旅の目的とのギャップがひどくて逆にちょっと笑えてしまう。
「博士、前に魔力の淀みの発生は人為的なものの可能性があると話したと思うんだけれど」
「うん、覚えてるっすよー」
「じつはもう下手人は分かっていまして」
「話が早いんだよなあ……。えーと、じゃあ、聞くっす」
「人間の国の王様と、グレゴリウス・アウローラっていう大魔法使いなんだ」
「うわー、教科書で見たことある名前だぁ。めっちゃ長生きで没年不明とは聞いてたっすけど、まだご存命だったんすね」
博士にしては控え目なリアクションに、私は首を傾げた。
「ん? どしたっすか?」
「博士ならもっと、そんな大物が黒幕なんて聞いてないっすよ!? バリバリにやべぇ事件に首突っ込んじゃってるじゃないっすか! くらい言うかと思っていた」
「声帯模写と口調の再現が無駄に上手くて怖い……。や、だってやらかすとしたらそのへんの人かなって予測はありましたもん」
「ええ……」
「まず魔力の淀みを作ってモンスターが増えたり狂暴化したり、植物が枯れて食料が減ったり、魔人に悪影響が出たりするような事をして得する人はいるのかなーとか。
広範囲にそんなこと出来るくらいの影響力があるのは誰かなーとか。
他にもいろいろ考えたんすけど、権力者って線が一番濃厚かなと。
魔人のモンスター化って、人間の平均的な兵士が一対一で戦ったら勝ち目無いくらい強くなると思うっすけど、真っ先に襲われるのは人間じゃなくて近くに住んでる魔人っすよね。
同士討ちで弱った所に攻め込めば、十分人間側が勝てる見込みはあるわけだし、攻め込む地域の井戸に前もって毒を投げ込んでおくみたいな戦法と考えると、まあ、国盗りの手段としてなくはないかなと。
ただその後統治するとなると最悪ですけどね。一回乱した環境はそうそう正常な状態に戻らないですもん。魔人の国は淀みの影響を受けた強いモンスターだらけになっちゃうでしょうし。
だから多分大魔法使い様が、領地倍増とか言って王様をそそのかして協力させてるけれど、じつは別の目的がある、みたいな感じじゃないすか?」
「そうです……」
天才こわ。
話が早いはこっちのセリフだ。
というかそこまで考えたうえで協力してくれているんだな。
めちゃくちゃ普通のテンションで命がけの旅に同行してくれているんだけれど、主人公パーティーに入るような人間はこれくらい胆力があるのがデフォなんだろうか。
「あれ、ひょっとしてリーナって大魔法使い様の目的もわかってる感じっすか?」
「うん。一回生態系を狂わせて、新しい過酷な環境の中でどんな種が生まれるか観察したい、みたいな動機」
「うわぁ、マッドサイエンティストとして行きつき切っちゃってるなあ」
「……博士は私がどうしてそんなことを知ってるのか、聞かないんだな」
そう言われて、博士はテディさんを撫でながら首を傾げた。
眉間にしわを寄せ、うーん、と考え込んだ後、小さな手がテディさんの首輪型魔力浄化装置に触れる。
「リーナはこれの材料を知ってたっすよね」
「うん」
「わたし以外確実に知らないんすよ。その情報」
「そうだろうね」
「リーナって、人の考えてることがわかるとか、未来を読めるとか、そういう能力があるんじゃないすか?」
「うん、あるよ。期間限定だけれど」
「便利っすねぇ」
「便利だけれどそれでいいのか??」
なぜか私がツッコミ側に回っているけれど、これは突っ込まざるを得ないだろう。
話が早いとかそういう次元ではない。
困惑する私に、博士はへにゃりと嬉しそうな顔をした。
「いいんす。あのね、わたし、自分で言うのもなんですけど、頭が良すぎて見てる世界が人と違うんすよ」
「それはそうだろうな」
「はは、リーナはこういうこと言われても全然むっとしないっすよねえ。
なんて言ったらいいのかなあ。わたし、蹴った石がどういう放物線を描いて落ちるのかとか、雲がどんな動きで空を流れて行くのかとか、魔力を持っている物同士をどういうふうに掛け合わせるとどんな効果が出るのかとか、そういうことをあんまり一生懸命考えなくてもわかっちゃうんす。
これってわたしにとっては当たり前だけれど、ほかの人から見ると意味不明の能力なんすよね。
わたしに分かる情報をわたしに分かるように組み合わせたら、わたしは人に理解できないことも理解できちゃう。
リーナもそれと同じようなもんじゃないっすか? だから信じるよ」
いや全然違うと思うけれどいいのだろうか。いいか。世紀の天才美少女がそう言うならもうそれでいいか。
「じゃあ魔人の国についたら、なるべく黒幕さんに察知されないように先手を打ちつつ、早すぎず遅すぎず、丁度良いタイミングであっちのお偉いさんたちに接触して、魔力浄化装置を売り込んだほうがいいんすかね?」
「そう。魔力の淀みで狂暴化するだろう大型モンスターを前もって潰せるだけ潰して、でもあまり目立たないうちに、偉い人に会って魔力浄化装置を売り込みたい。それから黒幕が対策を立てきらないうちに、できれば魔王様と一緒に退治しに行きたい」
「魔王様ってめちゃくちゃ強いって聞きますもんねえ。
じゃあ私はいっぱい作れる簡易式の魔力浄化装置と、魔王様用の精度の高い装置を作ればいいんすね?」
「すごいサクサク進行する……。それでお願いします……」
これ、もう博士を魔王に引き合わせれば、後はなんとかなるんじゃないか?
原作では辺境に引きこもり過ぎて、魔人の国の状況にも開戦にも気づかず後手後手に回っていた人間だとは思えない。
いや、情報さえあれば彼女も、そして魔人の国の人々も、きっとこうして黒幕に立ち向かえたのだろう。
ゲームは開始時点で既に破滅の未来が決定していたけれど、この世界はそうじゃない。
勝機は十分にあるということだ。
ひと眠りして身支度を整える頃には、寝台列車は国境の駅に着いた。
二国間を隔てる山脈の切れ間には高い門を備えた砦があり、これが関所というか国境というか、そんな役割をしている。らしい。
ゲームだと魔人の国へは転移魔法を覚えてから行くので、こういう正規ルートのことは私は逆によく分からないのだ。
というわけで今回は博士に手続きをしてもらうことにした。
博士は一応人間の国の有名な学校に在籍していた経歴がある。
周囲とレベルが合わなさ過ぎて退学し、辺境に引きこもって独学で研究をしていたわけだけれど、それでも十分私より社会的権威というものを持っているわけだ。
なので今回博士は学術調査のため、私はその護衛という名目で入国した。なおテディさんはかわいいペット扱いになっている。
前世の世界ほど入国管理がしっかりしているわけでもない。持ち物に護身用と言うには若干ごつすぎる武器があったため少々注意を受けたが、女の二人旅なので警戒していますと言えば没収されることも無かった。
国境を無事越えた後は、王都まで続く石畳で舗装された立派な街道からは外れ、時折モンスターも出るようなひなびた道を歩きつつ、私は博士に質問をした。
「案外国境は通りやすいんだな。てっきり許可証とか、そういうものが必要かと思ってた」
「あそこで厳しく見られるのは、たくさん荷物を持ち込む業者っす。違法な薬物とか、関税の高い嗜好品なんかを誤魔化して運び込まれるのを警戒してるんすよ。
わたしたちみたいなちゃんと戦える個人の旅行者は、通ろうと思えば関所じゃなく山越えて通れちゃうっすからね。そんなに厳しく見ないんです。
だからむしろ、町に入る時のほうが警戒されるんすよ。でもはたから見ればただの女の二人旅っすから、そうそう門前払いはくらわないんじゃないかな」
「なるほど」
さすが博士は学がある。私一人だったら山脈越えルートで密入国していたに違いない。
「まずは大型モンスターをある程度狩って行くんすよね? ついでにドラゴン系モンスターのウロコ集め。それから王都に行く、と」
「そう。あっちの岩山がドラゴン系の巣になってる。その手前の森林地帯を挟んだ場所にある町で、一旦食料品を買い込む予定」
「了解っす!」
普段は私はダッシュ、博士は四足歩行で爆走するテディさんの背中に乗っているわけだが、当然この勢いで町へ近づくと警備兵から狙撃されかねないため、適当な位置で徒歩へ切り替える必要がある。
今まではこれが若干タイムロスに感じてしまって嫌だったのだけれど、博士と旅を始めてからは、この徒歩移動時間も会話ができるのでなかなか悪くない。
博士の言う通り、立ち寄った町では入口で一旦止められ、身体検査が行われた。なお係員さんは女性の魔法使いだった。
途中テディさんが係員さんと博士の間に立ちふさがり、小さいながらも飼い主を守る健気な忠犬、もとい忠熊っぷりを示すなどのパフォーマンスを披露して係員をメロメロにし、私達は滞りなく街中に入ることができた。
さすがはテディさん。役者だ。
一番大きな道具屋に立ち寄り、固焼きパンやジャム、ハム、チーズなどの手軽な食料品を買い込んでいる最中、店の中から私達を見つめる人影がいた。
物怖じしない態度で近づいてきたのは、まだ10歳にもならないだろう小さな双子の女の子たちだ。頭の左右にそれぞれ結んだ大きなリボンが可愛らしい。
今回ここへ来た理由は、買い物もあるが、この子たちがメインなのである。
「ねえねえ、お姉さん達、人間さんだよね?」
「お、そうっすよー。このへんだとあんまり見かけないんすかね?」
「うん、そう! ねえ、人間の国って、とっても大きな遊園地があるんでしょう?」
「良く知ってるっすね! そりゃもう大きいんすよ。全部回るのにも一苦労だったっす」
愛想よく受け答えする博士の感想は非常に実感がこもっている。
博士、こういう何気ない会話を率先して引き受けてくれるんだよな。私だとちょっとぶっきらぼうになってしまうから、こういう子供相手の時には特にありがたい。
ちなみに魔人は人間より耳が尖っているので、双子ちゃん達はそこで見分けて声をかけてきたのだろう。
右にリボンをつけた子が、ちょっと躊躇った後、博士の袖をちょんちょんと引っ張った。
「ねえ、遊園地で全部の乗り物に乗ると、特別なバッジが貰えるでしょう?」
「最近真ん中の姉さんが人間の国から戻ってきたんだけれど、それを持ってたの! わたしたちも欲しいのに、まだ小さいから連れて行ってもらえないのよ」
「姉さんはお仕事で人間の国に行っていたから、特別に遊園地にも遊びに行ったの。……あのね、それでね、お姉さん達は全部回ったなら、バッジを持っているのよね?」
「お願い! わたしたちの宝物とバッジを交換してくれないかしら?」
そう、私はこのイベントのためにバッジを入手しておいたのだ。一人一つしか手に入らないから、博士と一緒に遊園地を回って二つ手に入れられたのは、本当に時間短縮になってありがたかった。
私は鞄からバッジを取り出し、双子ちゃんに差し出した。
当然博士もそうすると思っていたのだが、博士はこちらを見て固まっていた。
それからはっと気を取り直し、にこっと笑顔を作ってバッジを取り出す。その表情が若干悲しげにも見えるのは気のせいだろうか。
「よーし、それじゃあ特別にプレゼントしてあげるっす!」
「わあ、ありがとう!」
「うれしいわ! はい、これ、お礼よ!」
そう言って手渡されたのは、半透明の乳白色をした、直径3cmほどのキラキラ光る小石だ。
ぺこりとお辞儀をした双子ちゃんは、バッジを持ってキャッキャとはしゃぎながら店の奥へと走り去っていった。
私は小石をハンカチに包んで鞄にしまい、博士をじっと見つめる。
「……なんすか」
「……バッジ、気に入ってた?」
「……ちょっとだけ」
博士がテディさんを抱きしめて照れている。可愛い。
天才美少女研究者の子供らしさ、というギャップ萌えの破壊力をそばで噛みしめられる人生って、なかなか良いものではないでしょうか。
今後のためのイベントもこなし、買い物も済ませ、私達は目的の岩山地帯へと向かった。
このあたりはゲームではかなり強力なモンスターがいた地域なのだけれど、今はまだ私と博士で頑張れば対処できる程度のモンスターしかいない。対処できないのがいたら即逃げる予定だ。
ゲーム内の魔人の国は、狂暴化が促進されているうえに魔力を取り込み過ぎて強化されているユニークモンスターに、同じく魔力の影響を受けて体調が万全でない兵士たちが対応しなければいけない。というクソのようなゲームバランスでの戦いを強要されていたのだが、このユニークモンスターを狩れるだけ狩っておいて、黒幕が使える手札を事前に減らしておくというのが今回の作戦だ。
魔力の淀みを調査して回っていると黒幕に見つかり警戒される可能性があるけれど、これくらいならトレジャーハンター的な職業の人間が実際行っていることなので、周囲から見ても不自然ではない。
道中は主に私が主力となって、出会ったモンスターをちぎっては投げちぎっては投げを繰り返し、地道に進んでいく。
岩だらけの丘を越えればそろそろユニークモンスター出没地点が見える、というところで、丘の向こうからモンスターの雄たけびが聞こえた。
なんか知らんけど盛り上がってんね。
博士と私は顔を見合わせ、こそこそと匍匐前進で進み、丘の頂上から向こうを見る。
そこでは岩のような体をした大型のドラゴンに、一人の男が今まさに戦いを挑もうとしていた。
シンプルな黒いコートにブーツ、黒手袋、そしてところどころハネている長い黒髪。
それなりに離れた場所ではあるが、赤い瞳の眼光鋭い整った容貌だということがわかる。
そこにいたのは魔王、セオドア・ハートフィールドだった。
?
うん。
うん???????????????????
推しがいますね??
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