第5話 センチメンタル・マジキチ

依頼を受けてくれたエイマーズ博士の指示で、私はそれから5日間彼女の家に泊まり込み、色々な作業をして過ごした。

かなり多種類の鉱石や薬草の採取、ユニークモンスター狩り、何に使っているのか分からない材料の加工等、わりと要求が細かくて大変だったが、そこは筋肉と根性が解決してくれる。

不慣れな私のために、博士も道案内兼助手としてモンスターを付けてくれていた。気遣いのできる人だ。

今ある材料で作れるだけの魔力浄化装置が用意できたと言う博士に、私は初手土下座をした。


「なんすか!? できたよーって報告しに来て即そんなことされるとめちゃくちゃ冷や汗出てくるんですけど!?」

「あの……最初の依頼とは違ってしまうんですが……もしよろしければ魔人の国まで一緒に行っていただければと……」


いろいろとお世話になっている相手なので、私もカジノでおっさん相手に脅迫した時のようには振舞えない。

ごはんは美味しかったしベッドはふかふかだったし、なにより狂暴化を解いて博士が躾をしたモンスターたちは賢くて可愛かった。

全員殴り倒して博士を拉致するという手も考えはしたものの、ここで暴力を用いるのはあきらかに悪手だろう。

私が冷や汗を流しながら床の温度を感じていると、博士がため息をついた。

しょうがないなあと子供を見るような目で私を見て、彼女は優しく笑う。


「なーんだ。そんなことしなくてもついて行くっすよ。魔人の国の様子、気になるもん」

「本当に!? 不審者に付いて行っちゃだめなんだよ!?」

「口調を変えてまでスタンダードなボケを……。

まあここ何日かリーナの様子を観察させてもらったけれど、無茶な指示に文句も言わず従ってくれるし、怪我しても弱音ひとつ吐かないし、わたしのモンスター達を悪く言うことも無かったし、むしろ幸せそうに撫でちゃってさ。

頭はかなりおかしいけれど、真面目だし良い人なんだってことはわかったっすよ」

「そうか……、博士は優しいな。でもそんなに無茶な指示なんてされたか?」

「ただの世間知らずだった可能性が出てきたなぁ」


さっそく博士が自分の判断を後悔し始めているけれど、こうなったらぜひとも推しと世界を救済する旅に同行してもらおう。

原作の主人公パーティにはいろいろな人材がいたが、その中で問題解決に絶対必要なのは、実は博士だけだ。

原作で彼女はテディベアのような外見で名前もそのままテディという、自由に巨大化できるモンスターに指示を出して戦っているのだが、このモンスター用に手作りしている装備がまずおかしい。

ファンタジー世界感の作品だというのに、最強装備が完全にロボットアーマーで目からビームを出していたと言えば、おわかりいただけるだろうか。

そもそもモンスターの狂暴化を解く魔力浄化装置自体が、この世界では彼女にしか作りだせない、オーパーツと言っても良いほどの規格外の発明なのだ。

そんな天才でも、原作では魔人の国を救えなかった。


時系列的には今頃魔人の国では、魔人の中でも周囲の魔力に影響を受けやすい子供を中心に、体調の悪化や狂暴化の兆候が出始めている頃、のはずだ。

この辺りは原作内ではっきり描かれていないので、予測するしかない。

少なくとも人間の国との行き来はまだ途切れていないので、決定的な暴走事件は起きていないか、まだ制御できる範囲にあり、国内の情勢は一応平穏と言って良い状態なのだろう。

魔人は人間より魔法技術に精通しているが、この時点では子供を王都の近くにあった泉のような場所に集め、静養させる以外の対策をとれていない。

というか今後も対症療法以外の対策はほぼ取れない。

現実世界で例えるなら、ある日急速に空気の中に毒素が増え始め、しかもそれはほぼ全てのフィルターを素通りしてしまう。というような話なのだ。

魔人の国の要人がこの世紀の天才科学者を見つけ出して接触を図るころには、既に状況は彼女一人が頑張ったところでどうしようもない域にまで達していた。


環境の悪化による体調不良、狂暴化による同士討ち、ダメ押しのように人間の国との戦争。原作開始時点で魔人の国は既に滅びる運命にあったと言っても過言ではない。

こうなるまでに魔人を人間の国へ移住させたり、魔力が淀んだ原因を人間と合同で調査出来れば多少マシだったのだろうけれど、そもそも人間の国の王自体が黒幕に操られているのだ。

人間の国から魔人の国へは当然、事態を悪化させるためのあらゆる工作が水面下で仕掛けられていた。表面上は何事も無いふうを装いつつも怪しい動きを見せる隣国に、自国民を大勢逃がすという選択はとれなかったのだ。

しかも原作開始時点では環境悪化は魔人の国だけにとどまらず、周辺まで広がっていたので、仮に避難させていたとしてもいつかは魔人の難民と人間の間で争いが起きていたことだろう。


つまり原作開始は半年後ではあるものの、推しの愛する魔人の国を救うためのタイムリミットは、もっと短い。

なので私は当初は博士の魔力浄化装置を買い、魔人の国に乗り込み、魔王か国の重鎮に装置を売り込んで量産することで魔人の狂暴化を食い止め、その恩を盾に黒幕である大魔法使い討伐に協力してもらうつもりだった。

のだが、博士自体がついてきてくれるなら、それに越したことはない。

私は胸を撫でおろし、尊敬の意味を込めて床に正座して博士を見上げた。


「最初に話さなきゃいけないことがある。

私はこれから、博士から見て意味の分からない行動をすると思うけれど、これは色々な可能性を鑑みて一番効率のよい方法をとっているだけなんだ。騙されたと思って協力してほしい」

「当たり前のように床を定位置にされるの落ち着かないなあ……。

まあでも、そういうのわかるっすよ。わたしも独学で魔法道具を作ってるけど、普通の作り方とは全然違うから、はたから見たら多分何やってるんだか全然わかんないと思う」

「ありがとう。じゃあまずは遊園地の乗り物を一緒に全制覇してほしい」

「思ってたより意味のわからなさの度合いが高かったっす……!」


すまねえ。

そういうわけで博士は長期間の外出の準備と旅支度をととのえ、私と共にド田舎から遊園地へ移動することになった。

蒸気機関車を利用できない地域では、当然私はダッシュ、博士は全力疾走する巨大化テディベアの背中に乗って移動するという強行軍だ。

目的地に着くころには博士がダウンしたため、私たちは近くの宿に一泊して翌日遊園地へと向かった。さすがに女傭兵ルックで親子連れやカップルに混じるのは申し訳ないので、服はブラウスにロングスカート、ブーツという町娘スタイルを採用している。

同じく旅装を解いて可愛らしいワンピースに着替えている博士とともに入場用ゲート前に並び、私は購入したパンフレットを広げた。


「まずは開園と同時に係員に注意されない程度の速さで走り一番混む乗り物へ向かう。そこで優待チケットを取り、次は二番目に込むところへ。終わったらチケットを使って優先通路から激混みアトラクションの待機列に並ぶ。そしてまた別の優待チケットを取りに行く。

その頃になるとどの乗り物も混んでくるが、マップのこことここの乗り物は定員の人数合わせのために、一人で乗る人間を優先的に乗せてくれる。ここは分かれて乗ろう。

それが終わったら早めに昼食だ。これはショーのあるレストランで食べるけれど、予約は私が昨夜のうちに入れているから問題ない。

食事時とパレード中は比較的乗り物の待機列が空くから、この時間帯で出来るだけ急いで回ることになる」

「日程がガッチガチすぎて引く」


目が死につつある博士から的確なツッコミを受けるが、こんなところで無駄な時間を使っていられないのだから仕方がない。

あらゆる絶叫マシンに振り回され、ショーを見がてらルートの確認をし、待機列の少ない乗り物を的確に見極めて片っ端から攻略していく。

ミチミチのスケジュールをどうにかこうにか熟した私達は、空が薄っすらと赤く色づくころには、最後の乗り物である観覧車に到着した。

思いのほか空いていたため、本来4人乗りのところに二人で乗れたのは良かった。ほっと溜息をつく。

良いペースだ。これなら今日は、魔人の国との国境行きの最終便に間に合うだろう。

私は頭の中で時刻表を確認しつつ、ぐったりしている博士の首に天使のネックレスをかけて体力回復を促した。


「あっ、ありがとう! やー、結構しんどかったですけど、楽しかったっすよー」

「よかった」

「夕飯はまた汽車の中で駅弁っすね」

「うん。途中で乗り換えて寝台列車に乗るから、ゆっくり眠れると思う」

「お、やった。……それにしても、リーナっていっつもこんな感じなんすか?」

「いつもじゃない。ここ数日だけ」

「つまり最近はずっとってことじゃないすか」


博士がうへぇ、と呟いてうんざりした顔をする。

体力が底上げされてるから、実際そこまでつらくはないんだけれどな。

博士の相棒のテディベア似なモンスターは、今は彼女の膝の上でうとうとしている。

公共の場ではぬいぐるみに扮しているから自分で歩きはしなかったけれど、その状態で色々な所へ連れ回されて、逆に疲れが溜まったんだろう。

ぐでっと四肢を投げだして居眠りをしているテディベアを撫でる博士は、小柄な容姿も相まってとても可愛らしい。

じっと見ていると、視線が気になったのか、博士がこちらをチラチラ見てくる。


「悪い、ついテディが可愛くて」

「ああ、いいっすよ。……聞いてみたかったんすけど、リーナはどうして魔人の国の魔力の淀みを調査してるんすか? 前からそういう研究職だったとか?」

「いや、一週間くらい前まではパン屋で働いてた」

「前職が予想外過ぎる……。ええ、じゃあモンスター退治を始めたのも?」

「それも一週間くらい前から」

「パン屋から数日でドラゴン退治が出来るくらいに成長しないっすよ普通は。一週間前にどこかに頭をぶつけて人格が切り替わりでもしたんすか?」


鋭いなあ。といっても新しい記憶が増えただけで、性格自体はそこまで変わった気はしていないけれど。


「調査の理由は……なんて言えばいいんだろう。助けたい人がいるから」

「あー、あっちの国にご家族がいるとかそういう?」

「いや、孤児院出身だからそういうことはないけれど、……なんて言えばいいんだろう? 好きなひとがいるから」

「え!? めちゃくちゃ意外っすね! ええー、じゃあじゃあ、恋人さんとか? まだ片思いとか?」

「いや、一度も会ったことがない。なんならこの目で見たことすらない」

「どういう関係??」


すわ恋バナかと盛り上がった博士が、一瞬で狂人を見る目つきになった。切り替え早いなあ。

実際狂人以外の何者でもないのだから、その反応はとても正しい。

私は『ハーフ・サクリファイス』というゲームの中で、苦悩しながらも彼なりに大事なものを守ろうとして散ったセオドア・ハートフィールドという魔王が好きなのであって、この世界の魔王が好きなのかと言われれば、それは少々違うだろう。

便宜上推しと呼称しているが、あくまでこの世界の魔王は、私が愛した推しと物凄く似ているだけの赤の他人だ。

というか似ているかどうかすら、実際に会ってみなければ分からない。

それでも最推しに最も似ているだろう人物が、最推しと同じく非業の死を遂げるかもしれないのだから、私はそれが他人であっても助けたいのだ。

私はしばらく黙って言葉を選び、彼女に伝わりそうな例えを考えた。


「例えば……、実在の人物を題材にした英雄譚があるだろう。その登場人物に憧れているけれど、モデルになった人間自体には会ったことがない。という状態が一番近い、と思う」

「んー、なるほど。その人の功績や人格は伝え聞いているけれど、本当に本人がそうかは知らない、ということっすよね……?

でもそのへん混同してないのに助けに行くなんて、よっぽどその人のことが好きなんですね」

「うん。人生が狂うくらいには好き」

「重すぎる……。でも、じゃあやっぱり片思いみたいなものっすよね?」


博士はド辺境で出会いの無い生活をしており、ゲーム内でも浮いた話は一つも無かったものの、年頃の女の子らしく色恋沙汰の話題が好きだ。

しかしながら彼女が思っている好きと、私の好きはおそらく違う。

そもそも最推しを恋愛的な意味でも好きか、というのは、難しい問題だ。人によって違うだろう。

私の場合、推し×私は正直キツイ。推しには普通にめちゃくちゃ良い人と愛し合って幸せな家庭を築いて欲しい。

そもそもこの世界に「推し」という概念は存在するのだろうか?

一番好きなキャラだから、と説明するのも、そのキャラクターがこの世界では実在の人物であることを考えると、二次元のゲームキャラについて話す場合とはやや違うニュアンスを持つだろう。


「恋ではないと思う。愛であることは確かだけれど」


だから私はこう言うほかに、この感情をどう表現すればいいのかわからない。

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