第4話 ベストオブツッコミニスト

青く澄みきった空の下、私は爽やかに登山をしている。

必要なアイテムの取得のため、人間の国と魔人の国の間にある山脈までやってきたのだ。

さすがにここまでの移動は交通機関を使った。この世界では蒸気機関車が発明済みなのだ。

山脈最寄りの駅までの移動中は車内でしっかり睡眠をとり、山中の人気のない川で水浴びもしたし、買い込んだサンドイッチも食べて、疲れはすっかり回復した。


今日の装備は持ち手に太いワイヤーを結んだ鋼鉄製シャベルと、愛用のメリケンサック。

そして首元にかけた天使のネックレス。

あの後、腕試しに勝った景品、という名目を作りカジノのオーナーから穏便に譲り受けたのだが、このアイテムが本当に便利なのだ。

小さな擦り傷や打ち身はたちどころに回復し、なにより傷んだ髪や肌も修復される。

そう、髪や肌のお手入れをしなくてよいのである!!

最高!! あまりにも快適!!


わざわざ美容方面のチートを手に入れたがるキャラは、お約束として酷い目に遭う傾向があることは私も知っている。

しかし考えてみてほしい。私は今後世界を救うにあたって、推しに会わざるを得ない場面が出てくるだろう。

そして推しは当然顔面がめちゃくちゃに美しい。

国宝のごとき推しの前にお肌も髪もボロボロの小娘が出られるか? 否と言う以外の答えはあるまい。

つまりこれは最低限の身だしなみなのだ。


いや、私も別にブサイクってわけではないんですよ。

手足はすらっとしていて均整がとれているし、顔だって平均より上。これは前世の意識のある私から見た客観的意見だ。

しかし逆に言うと、それなりとしか表現しようがない。

可愛いっちゃ可愛いが絶世の美少女かと言われると、まあ、うん。という反応になってしまう程度の外見。

こればっかりは生まれ持ったものなので仕方ない。

代わりに私は他人を殴ることへの抵抗の無さと、図太さと、なかなかの運動神経を持って生まれることができたのだから、それで良しとしよう。


なんてことを考えながら山頂へ到着した。

周囲の山々よりひと際高い尾根からは、麓の様子が良く見える。

美しく広がる空の青と、雄大な大地のコントラスト。

綿のような白い雲がゆっくりと眼下を流れていく様子が、どれだけ高い場所までやってきたのかを教えてくれる。

ということはさておき。

私はこの山頂にあるすり鉢状の火口跡、その中にいるドラゴンタイプのモンスターに用がある。

赤銅色の肌を持ったスタンダードな外見のドラゴンは、体高は2m、翼を広げた端から端までの長さは3m以上あるだろうか。

ざっと見て、火口内にいるのは5匹ほどだ。卵や幼体は居ない。モンスターは淀んだ魔力の影響を受けた動物が狂暴化し誕生するものだから、子育てのための巣を持たないのだ。

このドラゴン達も、本来は別の場所で生まれた、もっと小さく狂暴性の低い生き物なのだろう。


尾根から自分たちを見下ろしてくる存在に、既にモンスターたちは涎を垂らして注目していた。

ゲームでは一斉に襲い掛かってくるということはないのだが、現実では当然群れの中の一頭が餌を発見すれば、ほかの仲間もそれなりの反応を示す。

まあいいか。ぱっと見た感じそれほど脅威とも思わない。

私はメリケンサックとシャベルを手に、火口跡へと飛び降りた。

とたんに鋭い爪と牙を持ったドラゴンたちが群れを成して襲い掛かってくる。


ところで。私は地面のそこかしこから立ち上る水蒸気を見て、ゲームの温泉イベントを思い出していた。

『ハーフ・サクリファイス』は鬱ゲーではあるが、2周目以降はある程度のお遊び要素がある。

中にはどう考えてもこの世界感にねじ込むには無理があり過ぎるだろうというサブイベントもあり、温泉イベントはその中の一つだ。

そのイベントで主人公一行は、魔人の国のとある岩山で、モンスター退治のクエストを受ける。

色々と省略するが、岩石のような体の巨大モンスターを倒した後、温泉が噴き出し、なぜかメインキャラの敵味方がそろって入浴するムービーが流れるのだ。

そしてそこで、私の最推しである魔王もまた、温泉に入った。

普段は首元からつま先まで禁欲的な衣装で身を包んでいる推しの、非常に貴重な全裸。

といっても胸元から上だけなのだが、これがどれほどに衝撃的なものであるかは、こういったタイプの推しをお持ちの人間にはわかっていただけることだろう。


あの時の衝撃と推しへの熱い思いを胸に、まずは一匹目の頭へシャベルを振り下ろしてかち割る。

倒れたそいつのすぐ後ろから突っ込んできた二匹目が噛みつきにくるのを、横に避けつつメリケンサックで顎を割る。

上空から魔法攻撃を飛ばしてくる三匹目は、シャベルを勢い良く投げつけて喉を抉る。

こいつが私のそばまで近寄っていた四匹目を下敷きにして落下したので、放置して五匹目。飛び上がって背後に回り、鉄板入りブーツによるかかと落としで背骨を折った。

何匹かは既に光の粉に還っていたので、動きの鈍った生き残りをそれぞれ、ワイヤーを引いて回収したシャベルで撲殺して終了。

後に残ったものは数枚の鱗と、一枚の羽根の被膜。これは魔法を使ってた個体のものかな。

返り血まで消えてくれるのは本当に嬉しい仕様だなあ。


今日も推しへの愛が私の暴力を支えてくれる。ありがたいことだ。

私はドロップアイテムを鞄にしまい、再び尾根へ上った。

麓からは見えないが、ここからこうして見おろすと、山中の一角に開けた場所があることに気付く。そしてそこに民家と思しき建物があることにも。

私は筋力と回復力にあかせて山肌を駆け下り、一路今日の目的地へと突き進んだ。


本来山の中というものは、素人が案内も無しに歩けるような場所ではない。

単純に足場も悪いし、木を避けたり凹凸のある地形を迂回して進むうちに方向感覚が狂うからだ。

私の場合は高い木によじ登って方角を確かめながら進むという裏技が気軽に使えるが、チートがなければ目的地に着くどころか、遭難しないようにすることすら難しかったことだろう。

やはり腕力は偉大である。

日が傾きかけてきた頃に、私は目的地へ到着した。

柵で囲われたその場所の真ん中には、頑丈そうな石造りの見張り台付きの家と、家畜小屋がある。

そしてこの上空をパトロールするように、数羽の鳥モンスターが飛び交っていた。


ここに住む住人は、ゲームでは主人公パーティーにいた女性だ。

彼女の名前はレニー・エイマーズ。

私と同じ18歳ながら、たいへん優秀な科学者で、作中ではモンスターの魔力を浄化する装置を作り出して狂暴化を抑制し、魔獣使いとして参戦している。

研究の動機は動物好きが高じて、というわかりやすい一途さで、私は彼女のことがキャラクターとして好きである。

実物は会ったことがないのでわからん。楽しみ。

見慣れない来訪者を見張り台から観察しているだろう相手に向けて、手を軽く振って挨拶をする。


「すみませーん! 仕事の依頼で来ましたー! エイマーズ博士はいらっしゃいますかー!」


一定距離から近寄らず、とりあえずの用件だけを伝えると、上空を旋回していた鳥のなかの一羽が見張り台へと飛んでいく。

あれは特に警戒心の強い子で、相手に敵意があるかどうかを判別してくれる、とは作中のエイマーズ博士の言葉だ。

しばらくその場で待っていると、民家の扉が開き、ふわふわの赤毛をボリュームたっぷりの二本の三つ編みにした、小柄で元気そうな印象の女性が顔を見せた。

可愛いなあ。三次元なので見た目はゲームとは若干違うけれど、小動物っぽさと活発さが混じった独特の雰囲気はそのままだ。


「どうぞー! いらっしゃい!」


その言葉に意気揚々と頷き、私は博士の家の玄関前へやってきた。

途端に大型犬のようなモンスターが、私の匂いをフンフン嗅ぎに来る。この子は警察犬のような役割があり、客が魔法道具やら火薬やらといった危険な物を持っていないか確認しているのだ。

ワンワンと鳴いて足元へ戻ったわんこの頭を撫でながら、博士は緊張した面持ちでこちらを見つめてくる。


「ごめんなさい、なにか魔法の効果が付いてる道具を持ってるっすか?」

「このメリケンサックと、あとネックレスです。それぞれ筋力強化と回復の効果があります」

「ああ、なるほど。それくらいなら良いですよ、入って」


ちなみに鳴き方には発見した物ごとにパターンが決められており、それとズレた申請をすると門前払いを食らう。

わあー、原作通りだぁ。

なんだかこう純粋に嬉しい。こうしている間にも推しの死は刻一刻と近づいているが、それはそれとしてワクワクしてしまう。


「はじめてのお客さんですよね? わたしはレニー・エイマーズって言います。うちのモンスターたちは皆大人しいんで、攻撃しないようにしてくださいね」

「わかった。はじめまして。私はリーナ・ヘインズワース。よろしく」


今回は本名だ。なおヘインズワースはお世話になっていた孤児院の名前です。


「ええっと、ここに来るくらいならもう知ってると思うけれど、わたしはモンスターの調教と希少なアイテム採集を請け負ってます。お代は高いですよ? どんなご依頼ですか?」

「モンスターの魔力を浄化して狂暴性を無くす道具を、作って欲しい」

「……それは、作れますけど……てか使ってますけど。でもごめんなさい、その依頼は受けてないんです。企業秘密ですもん。持ち帰られちゃ困るっす」


叱られるのを待つ子供のような表情で首をすくめる博士は、やっぱり小動物じみている。可愛い。

私は首を横に振り、深刻そうな表情で博士を説得にかかる。


「最近モンスターが増えているんじゃないか?」

「えっ、まあ、普段よりは多いっす。でもモンスターの増減はムラがあるんで……」

「このところ、魔人の側の国内で、魔力の淀みが発生している。尾根まで登ってあちら側の麓を見ると分かるけれど、木がごっそり枯れたり、湖の水位が下がっている場所もある。

明らかに循環がおかしくなっている。博士ならどんな影響が出るかわかるでしょう?」


なんて訳知り顔で言っているが、私はその辺の知識はほとんどゲーム内で得たものしか知らない。

この世界内だともっと細かい魔法の理論がなんたらかんたらみたいな何かがあるのだろうけれど、あいにくアホなので今日まで勉強せずに生きてきた。


「そんな……。明らかに不自然っす。こっち側も確かにモンスターが増えてきてるけれど、そこまで顕著な変化は無いのに」

「そう、明らかにおかしい。人為的に魔力の循環を乱しているやつが居る可能性がある」

「そっ、そんな、なんでですか!? そんなことしてもモンスターが増えるわ植物は枯れるわ、悪いことばっかりっすよ!?」

「動機はさておき危ないのは確かだ。……モンスターだけじゃない。魔力を多く取り込む生物なら、淀みの強い地域にいれば影響を受けてしまう」

「それは……まさか、魔人が狂暴化する、ってことっすか」

「そう。だから博士の道具が必要」

「それは……わかったっす。けれど結構めずらしい素材が必要なんですよ?

無理そうならわたしも多少は手伝うっすけど……。だから、すぐに作れるとは思わないでおいてください。

まずあっちの休火山の火口にいるモンスターのウロコと、」

「持ってきた」


話をさえぎって鞄からウロコを取り出し、テーブルに置く。

博士は目を丸くしてそれを手に取り確認した。


「た、たしかにこれですけど、結構強いモンスターなんすよ? 群れで出るし! 一人でこれ取ってくるとかどんなバケモンすか!」

「えへへ」

「急に可愛く照れるんじゃない! 褒めてないですからね!? ポジティブが過ぎるっすよ!」


こぶしを固く握りテーブルを台パンした博士は、深呼吸ののち気を取り直し、ごほんと咳払いをした。


「ま、まあいいっす。あとは魔力の浄化作用のある清浄な泉の水が必要なんですけれど、ここからは結構遠くて……」

「どうぞ」


行動開始初日に瓶詰めしておいた泉の水を取り出してテーブルに置くと、眉間にしわを寄せた博士が首を横に振り、絞り出すような声を出した。


「話が早い……!

ありがたいけれど、なんかこう納得いかないっす……! ハードル上げたぶんだけ心が現実に追い付かない……!」


うぐぐ、と呻く彼女を慰めるように、足元にわんこじみたモンスターが体を擦り寄せる。

おわかりになっただろうか。

そう、彼女はツッコミ属性なのである。

ゲーム内では幾度となく目にした光景に、私は思わずへにゃりと気の緩んだ笑顔を浮かべてしまう。

ああよかった。この世界の彼女のことも、好きになれそうだ。

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