第3話 脳筋ギャンブル

今世で真面目な孤児院出身パン屋バイトとして働いていた私にとって、カジノなどという娯楽施設に来ることは勿論初めてだ。というか前世でもない。ラスベガス一回くらい行ってみたかったな。

幸いここは、規模が大きく有名な店ではあるものの会員制などではなく、様々な階級の人間を客として迎えてくれるため、私のような住所不定無職でも入店することができる。なおシャベルは入り口でドアマンに困惑されつつ取り上げられた。

入った途端、外観以上に煌びやかな内装と、ざわざわとした独特の雰囲気に包まれた。

楽しそうに笑いながらゲームに興じる上流階級らしき人、頭を抱えて隅のソファに座る若い男性、店員に食って掛かって即スタッフ用通路らしき場所へ連れ込まれるチンピラ風の男。

なんやかんや居るがそれらには一切用事がないため、私はカジノの景品が飾られている一角へと一直線に進んでいった。


まず目につくのは金枠つきの分厚いガラスケースのなかに納められた、ごてごてと装飾のされた剣だ。

ゲームではこの剣を手に入れるためにひと悶着あるのだが、私が用があるのはその隣のガラスケースに納められているネックレスのほう。

天使のネックレス、というベタな名称のこのアイテムは、銀の細いチェーンの先に、まさしく名前の通りな白銀の羽飾りが付いている。

効果はゲーム的に言うなら一定時間ごとのHP小回復。

こちらの世界的に言うなら、魔力供給による持続的な身体機能の維持とかなんかそのようなあれだ。

魔法のことは詳しくないので仕組みはよくわかんないですね。

とにかくとても役に立つし、私のチートと相性が良いということだ。

入手のためにはカジノ内のコイン10万枚が必要。カジノコイン1枚は現金で小銀貨一枚。

この小銀貨一枚というのは、私の体感では前世の千円程度の価値だと思ってくれていい。

つまりセーブ機能なんて当然存在しない現実のカジノで、一億円程度勝てばいいわけだ。やってられるか。


私はモンスター退治で儲けた金をちびちびと賭けつつ、この店の中心に据えられた赤と黒のルーレット盤と、その周囲のテーブルで行われているカードゲームに参加し、多少遊んでは抜けて他の客のゲームを眺めるということを数回繰り返した。

観察した結果としては、まず最初に客が小さく勝ち、気が大きくなって高額を賭けると負ける。というスタンダードなカジノらしいゲームバランスだという事が分かった。カジノ詳しくないんで偏見ですが。

大きく勝つ客は一人もいない。それはもう渋い。これはゲームと全く同じだ。

踵を返し、客やスタッフの間を抜けて真っ直ぐにスタッフ用通路へと向かった私は、当然ガードマンに止められた。

筋骨隆々の大男が、私をぎろりと見おろしてくる。


「失礼、ここから先は関係者以外立ち入り禁止です」

「わかっている。オーナーを呼んでもらおう」

「……アポイントメントはお取りでしょうか?」

「いや。しかし例の件でと伝えれば、必ず私に会うはずだ」


勿論取っているはずもないが、ここは自信満々に言っておく。

まともな店なら門前払いを食らいそうだが、なにせゲーム内のこのカジノで起きていたイベントは、イカサマの摘発なのだ。

脛に傷がある以上、自信満々にやってきたワケアリらしい客は気になって対応しに来るだろうと踏んでカマをかけてみたのだが、案の定、私は数分後にはスタッフ用通路に通され、そのまま応接室らしき部屋へと案内された。

そう待たされずに、オーナーが私に会いに来た。

背後にスキンヘッドの大男というベタな双子を連れたオーナーは、オールバックにされた金髪や顎についている傷跡も相まって、いかにも裏社会の人間らしい雰囲気を醸し出している。

そういえば、メインストーリーに絡むキャラクターをこんなに間近で見るのは、初めてかもしれない。

王都では、新年の祝賀の際に遠すぎて豆粒サイズになっている王族を見たし、ゲームに登場する道具屋や武器屋に行ったこともあるものの、こうして目の前にするとモブとはいえなかなか独特の感動がある。


とはいえそれどころでは全然ないので、私はオーナーをふてぶてしく見据えた。

オーナーも、大理石製らしい大きなテーブルを挟んで対面のソファにどっかりと腰を下ろし、値踏みするような視線を向けてくる。


「それで、お嬢ちゃん。俺はアンタとは全く面識が無いんだがねえ。嘘までついて何の用だってんだ?」

「メアリー・スー、20歳。無職。好きなものは推しとドライフルーツ。特技はパン作りです。よろしく」

「お嬢ちゃん会話のテンポが独特だって言われないか?」


言われますね。まあ自己紹介はマフィア相手だから偽名なんですが。

オーナーが呆れて油断したところで、私は早速本題に切り込んだ。


「ルーレット盤の裏。磁石を好きな数字の位置に移動させられる。操作は針金の細工だったか?客が球を調べたいと言ってきたときはディーラーが仕掛けの無い物に入れ替えている。前職は手品師」

「おい、何を」

「カード。掛け金の高いゲームの時だけ使っている特注のものがある。柄の変化は南方の民族に伝わる特殊な魔法。特定の人物が使ったときだけ任意で柄を変えられる」

「……なるほどな。そこまで詳しく種が割れてるってんなら、俺もシラは切らねえさ。お嬢ちゃん、どこでそれを?」

「さあ。どこなんだか」


オーナーは先程までと打って変わって、真剣な表情だ。

こんなふうに話されると、まるで私がこのカジノのイカサマをまるっと詳細に理解しているように聞こえるだろう。

実際は推しに関係していないゲーム知識なので若干うろ覚えなんですけど。

ようはハッタリだと見抜かれず、かつ私を放置しておくと厄介だと思わせられればそれでいい。

私はオーナーを無表情に見つめ、テーブルを指先でトントンと叩いた。


「天使のネックレス。あれが欲しい」

「口止め料にしちゃ高すぎるんじゃねえか? 一人でウチに乗り込んで、こんな調子で上手く事が運べると思ったんなら、大した肝の太さだよ」


皮肉を言ってオーナーは鷹揚に笑った。

私はそれを合図に、ソファを降りて床へしゃがみ込む。

一瞬遅れて私が座っていた位置へこん棒が振り下ろされた。

ゲームでもこの流れで主人公パーティーを気絶させるくだりがあった。細かいイカサマ方法は覚えていなくても、イベントはさすがに覚えている。


さあ喧嘩を売られたぞ。楽しい暴力の時間だ。

私は右手を服の中へ突っ込み、隠していたメリケンサックを装備する。

そして左手でテーブルの脚をひっつかみ、素早く立ち上がって強化された筋力任せにぶん回した。

一般的に白兵戦というものは、リーチの長いほうが有利だ。

部屋の中のやつらが剣を持っていようがこん棒を持っていようが関係ない。私の応接用テーブルがこの場で一番長くてでかい武器だということは明白である。

私の後ろに潜んでいた敵と、オーナーの背後のデカブツ二名に打撃を食らわせた後、私はテーブルを部屋の扉に向かって投げた。

テーブルが飛び、轟音を立てて床に刺さるようにして扉を塞ぐ。

扉の向こうで誰かが騒いでいるがそれは無視していい。

座ったままだったおかげでテーブルをまぬがれたオーナーが、化物を見るような視線をこちらに向けてきたので、とりあえずビビらせることには成功したようだ。

私は彼を見下ろし、再び要求を突き付けた。


「天使のネックレス」

「ひっ」

「それさえ貰えればあとは何もしない。

ところでついうっかり手が滑ってしまったせいで二人きりになったな? ドキドキするシチュエーションだと思わない?」


オーナーは私の顔と、投げ飛ばされたテーブルを交互に見て、青い顔をしている。

石でできたテーブルの太い脚に、指先がしっかり食い込んだ跡が付いているのは、私から見てもなかなか異様だと思う。

駄目押しとばかりに床を鉄板入りの靴底で強く踏み、思い切りヒビを走らせると、彼は可哀想なくらいにびくりと震えた。どうもすみません。


「黙っていれば仲間が駆けつけて助けてくれると思っている? そうだな。来ないわけがない。

けれど本当に太刀打ちできると思うか? 剣でも魔法でも好きな方法でかかってくるといい。

私は誰彼構わず打ち倒して、ついでにこの見事なカジノの柱を端からへし折って回る。それはそれは派手なことになるだろうな。

お高いコレクションも道連れにして建物ごと全員潰れたなら、後は丈夫な展示ケースを瓦礫の中から掘り起こして、お目当ての品を持ち帰るだけだ。

好きなほうを選べばいい。貴方には守りたい物がたくさんあるだろうが、私には失うものは何もない」


オーナーの座るソファの座面に手をついて身をかがめ、耳元で、ゆっくりはっきりよく聞き取れるように言い含める。

脅迫なんて生まれて初めてするのだが、意外とペラペラ口が回ることに自分でもびっくりだ。才能があるのかもしれない。

さすがに本気でここまでやる気はないけれど、相手からはそんなことは分からないだろう。

青い顔でゆっくりと頷くオーナーに、私は心からの感謝の笑顔を見せた。

ありがとう。やはり暴力はあらゆる問題を解決してくれる。

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