第2話 チートor社会的死

チートが欲しい。

そりゃもう恥も外聞もなくものすごく欲しい。

この試みが失敗することは、推しのついでに世界を救う計画が頓挫することと同義だ。

財産も職もなく推しを救うこともできない私になど、なんの価値があるだろうか。

いやまああるかもしれないけれど、推しの死後の世界に生き残ったとしても、一生後悔し常時地を這うような精神状態で人生をおくることになるのは確実だ。

そういうわけでがんばろう。私は石造りの階段を降り、地下ダンジョンへと足を踏み入れた。


この世界はゲームに酷似しているものの、レベルやステータスやスキルなどといったものは存在していない。

ひょっとすると主人公にはステータス画面が見えたりするのかもしれないが、少なくとも私は知らない。

万一ダンジョン内の敵がゲームと違って高レベルだったとしても、それに気付く暇すらなく屠られる可能性もあるわけだ。

びっくりするほど人生が綱渡りで笑えてきた。


一応警戒しつつ進むうち、曲がり角の奥からひょこりとモンスターが顔を出した。

腕に抱えられそうなサイズのフワフワの毛玉からムキムキの両腕が出ている気色悪いデザインは、ゲームと変わらない。

廊下を跳ねてこちらへやってくるマッチョの毛玉に、私はだんだん振り慣れてきたシャベルをフルスイングで叩きつけた。

壁へと叩きつけられたマッチョ毛玉は腕を振りまわし、こちらへ突進してくる。

シャベルの土やらを掬う面でそれを受け止め、そのまま床へと叩きつける。シャベルのこの部分ってなんていう名称なんだ? わからんけどまあいいか。

マッチョの毛玉は地上のモンスターと同じく、細かな光の粒子になって消えていった。


ゲームでは経験値として表現されるこの光の粒子、この世界ではモンスターの魔力が浄化され、どうのこうので倒した相手に吸収され、なんやかんやでその能力を向上させるのだという。

ゲームのことを思い出す前の私は、魔力がどうのこうのなんて話より店のパンをうまく膨らませるために、果物ごとの酵母の違いについて研究することで忙しかったため、そのあたりの知識はあまりない。

ドライフルーツから酵母を作るのはめちゃくちゃ上手いんですが、これで世界を救えませんかね。無理ですか。


それはさておき。

地上の敵は一撃で倒せたが、若干強いダンジョン内の敵は倒すのに時間がかかってしまう。

大勢で囲まれたら爆弾を使うしかないだろう。

崩落事故とモンスターによるリンチなら、どちらのほうが楽な死に方だろうか。

などと悩んでいる暇もないので通路をグイグイ歩いて行く。

というかもう走る。

モンスターに殺されるか、チートになれる予定のアイテムを手に入れられるか。そういうチキンレースだ。

幸いダンジョン内の構造はゲーム上のものと酷似していた。友人たちから正気を疑われるレベルで周回をした私が迷子になろうはずもない。


モンスターに行き会った端からシャベルを振り下ろし、走り抜け、後ろに付いてくるモンスターが一定数溜まったところで爆弾を投げつけ、突っ走る。

それを数回繰り返せば、魔力を吸収してどうこうの原理により、私の腕力もある程度上がっていく。

モンスターを一撃で叩き潰せるようになってきたあたりで、突き当りの部屋へとたどり着いた。


両開きの重い石の扉を開け、モンスターが入ってこれないようにすぐ閉める。

室内はダンジョンの他の場所よりも明るいが、やはり光源がどこにあるのかは分からない。建材自体が光っているのかもしれない。

部屋の真ん中にあるのは、分かりやすい石製の宝箱だ。

なんでも太古の魔法使いが作ってこの場所に封印した魔道具だとかなんとか、そういった説明があったはずだが、この際そこはどうでも良い。

重い蓋を押しのけ、私は中に入っていたアイテムを手にした。


指にはめ、手に握り込んで相手をぶん殴る、鋼鉄製の武器。

メリケンサックである。

しかも相手をぶん殴る面がかなりゴツく、スタイリッシュさの欠片も無い、暴力こそ正義な外見のメリケンサックである。

とはいえもちろん、ただの若干ダサめのメリケンサックではない。

これには精神力を筋力に変換する、という効果がある。

そのため元々は、回復要員等になっていたキャラを肉弾戦で使用できる、というネタアイテムとしての使用を想定されている。

私がこのアイテムに目を付けた理由は、ゲーム内でのアイテムの説明欄に、「強い思いを力に変える」という文章があったからだ。


強い思い。

それは一体どう定義されるものだろう。

何があろうとも折れない心、目的を果たすための一貫した意志、周囲に振り回されず自分を貫く強靭さ。

きっとそういったもののことを指すのではないだろうか。

とすると、自分で言うのもなんだが推しにキチガイじみた執着をしている私は、めちゃくちゃに強い思いを抱いているのではないだろうか。


ゲームではこの「強い思い」は精神力というステータスに置き換えられていたが、現実であるこの世界において、魔法のアイテムというものは、もっと柔軟な効果を発揮するのでは?

そう思った私は、特に根拠もなにもなく勢いでこのアイテムに人生をかけたのである。

これであてが外れていたら、もう一度勤め先だったパン屋に土下座しに行ってひと月ほど働き、旅費を稼いで別のアイテムを狙うしかない。

なぜか職どころか住処も家財道具も貯金も失っている元店員を、パン屋の善良な経営者夫婦はきっと若さゆえの過ちとして許し、再び受け入れてくれるだろう。

私を見る視線が明らかに昨日までとは変わるだろうけれど。


私はメリケンサックを指にはめ、ぐっと拳を握り込んだ。

なんとなく力が湧いてくるような気が、しなくもない。よくわからん。

部屋を出て、手始めに見つけた毛玉マッチョめがけて拳を振り抜く。

先程までシャベルを使ってやっと倒していた名状しがたいモンスターが、打撃音とともに粉々に砕け散る。

あまりにも軽い手ごたえに、私は目を見張った。

それから思い立って振り向き、宝箱の部屋の扉をじっと見つめる。


ああ、神様仏様その他何かご利益のありそうなあらゆるものたち。

そして私の心と筋肉よ。

私に推しを守る力をどうか与えたまえ。


腰を捻り、体重を乗せて真っ直ぐ刺し貫くように打ち込んだ拳は、厚さ10cm以上はあろうかという石の扉を粉みじんに砕いてみせた。


「ッシャオラアァァ!!」


ぱらぱらと舞い散る石粉の中、私は勝利の雄たけびとともに天へと拳を突き上げ、メリケンサックを讃えた。

ありがとうございます。

私は必ずや、この愛と暴力で推しを守り抜きましょう。

先程祈りを捧げたなんやかんやに感謝の意を表した後は、もはや用のないこのダンジョンから立ち去るべく、爆弾のせいで所々ズタボロになっている通路をダッシュで出入口へと戻る。


体が軽い。

いままでよりもずっと早く、そして軽やかに、体力を消費せずに走ることができる。

そして壁を粉砕した手にも、うっすらとした擦り傷程度はあるものの、動きに支障の出るような怪我はない。

ゲームでは筋力というパラメータは攻撃力に影響していたが、現実である以上筋肉を使う動作全般に効果が現れ、その強靭さゆえに防御力も底上げしているのだろう。

ありがたいことだ。

お陰で次の目的地まで、この人間離れした脚力で走って行くことができる。

時間制限がある以上、移動速度が上がるというのは非常に重要なことだ。馬とか借りるお金も無いからな。なんなら今日の夕飯代も無い。


次の目的地までの道中、私はあまり寄り道せず倒せるユニークモンスターに殴る蹴るの暴行を加え、一方的に殴殺しつつ、ドロップアイテムを採取した。

強力なモンスターは魔力が光の粒子になりきらず一部結晶化することがあり、それがツノや牙や鱗として残る。みたいな理屈だったはずだ。詳しくはしらんけど。

それらを目的地の町で換金し、まとまった金を得た私は、防具屋である程度見栄えのする服に着替えた。

ついでに長くて邪魔になる黒髪を三つ編みにして、太い革紐で括っておく。

荷物も丈夫な鞄に詰め替え、こざっぱりとした格好になったので、私は見かけだけならば女傭兵じみた無職となったはずだ。

傭兵さんとかそうそう見るものでもないので、完全にイメージで物を言っているんですけど。


イメチェンが似合っているのかは分からないがそれはさておき、私はこの町に来た目的である、豪奢な建物へとやってきた。

ピンクや金色の、やたらケバケバしい魔法のランプに照らされた外観。

いかにも金の掛かっていそうな、綺麗に整えられた庭木のある前庭。

そしてそこへやってくる、種族も年齢も格好も様々な人々。

この建物は、カジノファル・グリン。名前の意味は全然思い出せない。

この、世界随一のカジノにある景品が、次のターゲットだ。

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