世界最強の魔王を救うと決めた脳筋オタク女のRTAじみた冒険

石蕗石

第1話 無職女の世界救済計画

快晴の空の下、私はたったいま辞めたばかりの職場に背を向け、武器屋へとダッシュで向かっていた。

とにかく今は時間がない。

いやもう本当にマジで時間がない。

それというのも昨日、ここがやり込んでいたゲームの世界だと気づいたからだ。

オタク歴の長い人間は、大抵人生や性癖を狂わされた作品や推しというものがあるだろう。

私の場合、まさに今居るこの世界が、人生を狂わされた作品だ。


ゲームに沿って世界ができたのか、この世界をもとにゲームが作られたのか、なんて話はこの際どうでもいい。

私はそれに気づいた時歓喜した。

そして同時に絶望した。

なにせ気付いたタイミングというのが、原作の始まる半年前だったのだ。

責任者を呼べと当たり散らしたくなるクソ展開だったが、まず推しと同じ世界同じ年代に産まれられたという超特大の奇跡がすでに起こっているのだから、これ以上を望むのも我儘だろうと私は気を取り直した。

そして住んでいた部屋を解約し、家財道具のほぼ全てを売り払い、全財産と旅立ちに必要な道具を持って職場へ行き、土下座して離職を告げた。

そしてその足で、今から始まる旅のための道具を買いに向かっている。


勿論理由はある。

まずこの世界と酷似している『ハーフ・サクリファイス』という題名のRPGゲームのストーリーが、現地民からすると大変まずい。

大体こんな話だ。この世界には身体能力の高い人類と、魔力の扱いに長けた魔人がおり、世界をおおよそ半分ずつ支配している。

この二つの勢力は友好な関係だったが、ある時期を境に魔人が人間を襲い始めた。

人間の王は魔人の王に宣戦布告し、魔人の王もそれを受ける。

しかし人間の王の言動に疑問を持った王子が城を飛び出し、魔王に会うべく旅を始めた。

その道中、魔人に襲われているとある村人を助けるのだが、この村人というのが主人公で、まあ何やかんやして旅の最後には魔人の王もとい魔王を殺し世界を救うという結末だ。

ちなみに私の最推しはこの魔王、セオドア・ハートフィールドである。

そう!! 推しが!! 死ぬのである!!


勘弁してほしい。

ネタバレするとこのゲーム、人間の王をそそのかして戦争を始めた大魔法使いが黒幕で、世界を流れる魔力をなんやかんや悪化させることで、魔力の影響を受けやすい魔人を狂暴化させていたのだ。

最終的にこの大魔法使いも人間の王も倒すのだが、その頃には大半の魔人が戦死するか正気を失っている。

しかも大魔法使いは死の間際に自分の命を使い、世界の魔力の流れを決定的に悪化させようとする。

魔王はそれを身を捧げて防ぎ、結果とんでもねえバーサーカーと化す。

そしてそれを主人公が倒す。

後に残ったのは、魔力の影響を受けにくい人間たちと、生まれつき魔力を扱う素養の低かったごく少数の魔人のみ。世界は時折魔力の影響を受けた動物が魔獣と化す程度の、ある程度平和な状態に戻り、エンディングを迎える。

そう!! 推しが!! 正気を失ったうえ世界のために犠牲となって死ぬのである!! そして命がけで守りたかったものもほぼ守り切れないのである!!

『ハーフ・サクリファイス』は世界を守ろうとして世界の半分を滅ぼしてしまう鬱ゲーなのである!!


勘弁してほしい……本当に勘弁してほしい……。

このゲームにはまり、寝食忘れてプレイをし、そのエンディングを見た私は、号泣して喪に服ししばらくまともに生活が送れなかった。

どうにか社会生活を営める程度に回復した後も、オタクの友人にこの作品について語ろうとすると、セオドア!! ハートフィールド!! と推しのフルネームを慟哭しまともな言語を喪ったほどに情緒を滅茶苦茶にされた。

あまりの惨状に友人たちはみな私に生暖かい目を向け、このゲームには手を出さずに生きたほうが良いと判断したほどだ。

ちなみに数年後ちゃんと布教し直して、友人たちの情緒を滅茶苦茶にすることに成功した。

そんな人間が、リアルでこの鬱展開を味わうはめになったらどうなると思う? 死ぬに決まってるだろ。

あと半年で戦争が始まるから死ぬかもしれないとかそんな話ではない。人間の国で前線に近づかずひっそり生き残ったところで、エンディングを迎えれば私は精神的に死ぬのだ。


こうなれば、やることは決まっている。

推しの命を救うために、世界を救うしかない。


私は全財産をはたいて武器屋で必要な諸々を買い、ついでに道具屋でも用事を済ませ、町の外にある、いわゆるゲームにおける初ダンジョン、こちらの世界風に言うなら迷いの森と呼ばれている場所へ向かった。

主人公は王都近郊の穀倉地帯で暮らしている少年なので、私の住む王都はゲームのスタート地点にも近いのである。

と言っても時間は出来るだけ節約したい。勿論移動はダッシュだ。

この世界の人間が前世の地球の人間より強靭だとはいえ、孤児院育ち元パン屋店員現無職の小娘には、走り通しというのはなかなか堪える。

しかし弱音を吐いている暇はない。


道中何度か休憩を挟みつつ、半日近くかけて町から離れた森の中に着いた私は、ほとんど獣道と言っていいような細い道に沿って進んでいく。

勿論ここはゲーム世界であるからして、レベル上げ用のザコ敵というものがいる。

この辺りに出る敵は、初期の主人公やらヒロインやらが棒きれで叩けば倒せる。

なんなら入ってすぐの場所であれば、近くの村の人間がキノコ狩りに訪れる事すらあり、素人の私でも一応は対応が可能だ。

私は買ってきた、柄の長い大きなシャベルを取り出した。

草むらからまろび出てきたモチモチした質感のモンスターや、飛来する鳥型モンスターや、よく分からない四つ脚動物にこれをフルスイングすると、大抵の場合倒せる。

ところで自分が、モンスターとはいえ動物に対して全力の暴力を振るうことに全く抵抗がないと気づいてしまったが、見なかったことにして先へ進もう。


そうこうしているうちに私は森の中にある、美しい泉へたどり着いた。

ゲームでそうであったように、この泉の水を飲むと体力が回復できるようだ。私はこれを持てる限りのガラス瓶に詰めてコルクで栓をし、一息ついた。

この泉は清らかなる魔力がなんやかんやで流れているだとかいう理由により、モンスターが近づかない。うってつけの休憩スポットなのだ。

森の中としては開けた場所だ。まるでギリシャの遺跡のような柱が数本立っているが、ほぼすべてが半ばで折れ、完全な廃墟になっている。

私は森の入り口側から見て左奥、雑草に浸食されつつも、かろうじて敷石らしきものが数枚見えるあたりへ移動した。

大きさは敷石の一辺が1mほどになるだろうか。これもゲーム通りだ。


そこまでを確認し、私はシャベルを叩きつけた。

狙うのは敷石同士の隙間だ。そこへシャベルの尖っている部分を執拗に叩きつける。

勿論めちゃくちゃに固いが、しばらくそうしているうちに、徐々に石が割れ、石同士のあいだに隙間ができてくる。

ここへねじ込むようにシャベルの先端を刺しこみ、テコの原理で敷石を少し持ち上げた。


そして出来た隙間に、武器屋で買ってきた爆弾をねじこむ。

点火。退避。爆発。

見事な爆発音と炎を上げて敷石が砕け散り、土の地面が露出する。

煤けた匂いのする土を一部掘り、爆弾を仕込み、再度点火。

順調な環境破壊によって現れたのは、地面の下に隠されていた、古びた木製の扉だ。

爆発によって半ば壊れかけている扉を持ち上げ、中を見れば、そこには地下へと続く階段があった。

薄ぼんやりとオレンジの光に照らされているが、光源は見当たらない。


私が神秘的な古代遺跡じみた場所を破壊した目的は、この地下ダンジョンにある。

この場所、クリア後の2周目で来れる隠しダンジョンなのだ。

本来であれば、ゲーム内世界で満月の日にこの森へ来ると、偶然敷石が壊されるイベントが発生し、このダンジョンへ行く道が開ける。

つまりこの環境破壊は、いつの日か起こったかもしれない出来事の前倒しとも言えるだろう。なのでセーフだ。きっとそうだ。


私は、このダンジョンの奥にある隠しアイテムをどうしても手に入れる必要がある。

そのために家財道具を売り払って高い爆弾を買い込み、満月である今日中に探索を終えられるよう大急ぎで支度をし、こんな真似をしたのだ。

もしアイテムがゲームと同じ仕様であり、かつ私が予想している通りに運用ができたならば、私はいわゆるチートを手に入れることができるだろう。

できなければここに住所不定無職ほぼ無一文の18歳が爆誕するだけだ。

それでは地下へ出発しよう。

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