渡る世間に般若はあり

 そろそろ、書類も届き般若実家、般若本家とやらは目が血走っている頃でしょうか。


 この日私は店に行きます。ジュリーに今後はほぼ経営を任せ賃料と少しの歩合だけの支払いで、やってはどうかと話をしました。

その方がジュリーにもいいはず。


兄から、離婚成立後は七条家の会社へ入るよう言われたのです。うちには孫はカイしかいない。

幸い、般若兄には娘1人息子1人。


「えー綾さん店に来なくなるってことですか?」

「いや全くじゃないよ。月1は来る」

「俺発注とか、売上管理とか、出来るかな......」

「出来る出来る、あ バイト探さないと?」

「あぁそうっすね。たっくん、あいつやりやがったからね。綾さん、しばらくは来てくださいよ。忙しいとは思いますけど。」

「うん。ありがとう」


 カイを迎えに実家へ向かう私に近寄ってきた一台の車。

般若の車だった。


窓から覗くその顔に私は見てはいけないものを見たくらいの、違和感と恐怖を感じます。

「乗って、話がある」

「乗らない。書類届いたでしょ?」


般若は車から出てきて、私の前に立つ。

「俺さ、別れないからな。おまえが何しようが。」

「じゃ、話し合いでは無理ってこと?」

「俺はそんな話は最初からしてない。別れるとか別れないとか。」

いつもと違い静かな口調が不気味です。


「俺はお前と別れないって言ってるんだ.....もうやめてくれよ。」


 もうやめてほしいのはこちらです......話にならないのです。私は今すぐ離婚とはいかずとも、またシェアホームに戻って来られても困ります.....。

般若の顔を見なくとも、そこに居るというだけで今ですらため息のような深い呼吸を繰り返す私です。


「今実家に居るんでしょ?」

「今日戻ってきた」

「え?」

「あそこは俺の家だ、お前との」

「じゃ、私が出る」

「ふっ そう言うんだと思ったわ。俺はどうせあそこの住人達にキチガイだと思われてんだろ。そんなとこに住めるか。」


「俺さ、夫婦カウンセリング受けようと思って」

「は?なにそれ」

「夫婦で受けるカウンセリングだよ。お前は俺が嫌いなわけじゃない。愛情表現のタイミングを失っただけだ。今からでも俺たちは」

「私は受けない。もうそんな段階じゃない。」


「.......悟か?」

「悟さんは関係ない」

「あいつと居たいからか?」

「悟さんがいるからあなたと別れたいんじゃない。この世にあなたしかいないって言われても、私は別れる」


急に笑い出す般若。

私はなんだか怖くなり、急いでその場を離れ実家へ向かいました。




実家では母と兄が話し込んでいました。

帰ろうとしていた兄が私に問います。

「綾、それでアイツから連絡は?」

「あぁ さっき会った」

「おい 一人で会うのは駄目だろ」

「店の近くにいた」

「わあ 怖いな.....やっぱりこっちに住むか?」

「うぅぅん」

「で、なんて?」

「別れないと、そもそもそんな気はないと。」

「こりゃ、弁護士 代理人で行くしかないか」


「送るよ」


カイを連れシェアホームへ戻ると、悟さんがいました。アトリエに居たようです。


「カイは?」「寝てるよ。部屋で」

寝室に入りカイを見つめる悟さん。

「はあ、大人のごたごたに子供は巻沿いたくないな。綾は?大丈夫?疲れたんじゃない?」

「今動かなきゃね。今しかない気がするから」

「そうだね。でもさ、頑張りすぎないで。」

「悟さんも忙しいでしょ?」

「あぁ、綾のおかげでオファーが増えたからね。」


 悟さんに、般若が来たとかそんな報告は出来なかったのです。私はカイも、悟さんも巻き込みたくはないのです。

この、気が遠くなるような一方通行の離婚騒動に。




+++


 そんな矢先に、般若からまた連絡かと思ったら、まさかの般若兄からでした。

般若兄の妻、私からすれば義理姉が倒れたと。


 私は唯一同じ立場のお姉さん、いよりさんに、昔はよく助けられました.....。

何が何だか分からないまま、胸が締め付けられる思いに突き動かされ私は病院へいきました。


「あら 綾ちゃん。わざわざ」

「大丈夫ですか?いよりさん」

「うん....ちょっと疲れが溜まったのか。急に倒れたみたいでね。」

意識不明で救急車で運ばれ、意識は戻ったものの精密検査中だとか。


 私が、般若一家の会社を辞めたあと、いよりさんはずっとあの一家と共に働いている。

私は、彼女にすべて押し付けたような気がして後ろめたさを感じていました。


 病院のロビーで、私めがけて早足でやって来たのは般若姉です。

「あんた、何よ。いきなり書類送りつけて一方的に離婚?で、嫁同士は仲良く労り合うふり?見舞いにのこのこ来て気持ち悪い。

 そんな別れたいならとっとと、去りなさいよ。うちのお金で家立てて、今までも生かしてもらってきたくせに。」


「今まで、私は自力でやってきました」


「あっそ、どうせ親の金でしょ?あんたに出来るのは男に愛想振りまいて取巻き増やすくらいでしょ」


あぁ、もうどうとでもおっしゃって下さい。

私は本当に親にも一文も貰わずに来ました。意地でしたから、般若にみせつけようと。


「どうせあのバーだか、ネットショップがどうとか、吹けば飛ぶような会社でしょ」


「そうですよ。その吹けば飛ぶようなもので、あなたの弟さんも養いましたわ。私は」


「ふん、もう高野家から去るなら、見舞いも来ないでちょうだい。」


 きっと、この調子でいよりさんは毎日言われてるのでしょう......。

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