病は弱気から....狂気から?

 弁護士の小坂こさかさんからは、良い話が来ません。これまでの経緯を話そうが、そんな事実はないの一点張りだそう......。

そうなのです。あの般若が自分の非をあっさりと認めるはずがないわね。いえそもそも自分に非があるだなんて、天と地がひっくり返っても思わないでしょう。


 証拠があれば早いと言われましたが、我ながら情けない。何も証拠が無いのです。

罵声を浴びせた音声なんて無い、一度平手打ちされたからといって病院なんて行っていないですし、般若に貸したお金、費やした生活費をせいぜいはじき出す程度しかできないのでした。


 随分と自分が疲れているのも分かっているわ。

いっそ赤ん坊のように、泣き喚けば聞いてくれるのでしょうか。分かってくれるのでしょうか。

だとしたら、喚き散らしたい.......。周りの人があたふたして宥めてくれるぐらいに。



夕方ジュリーが呼ぶので店に出向きました。


「綾さん 元気ですか?なんかかなり大変ですね。」

「うん。なんだかね。なかなかトントン拍子にはいかないものね。人生って」

「人生!?綾さん、しっかりしてくださいよ。別れれば綺麗スッキリさっぱり!いけるんですから。」

「そうだね。ジュリーが店で人気出るの分かるわ。」

「褒めていただき光栄です!」



一杯だけ、ジュリーが綾スペシャルと呼ぶ謎の紫のカクテルをいただき、実家へカイを迎えに歩いていると.......。


前から誰かが歩いてきます。

悟さん?いえ悟さんはアトリエにいるよと言っていました。


「綾.....綾、全部やり直そう。全部最初から」


般若です。

般若を、みただけで涙が流れ、動悸がします。お酒のせいでしょうか。

虚ろ気に私を見る般若。

昔なら何度もこの眼差しに騙されました。昔の喧嘩ではたいてい、こんな目とこんな猫なで声で私を宥めようとしました。


「もうね、疲れた。直接話すのはやめましょ。あなたも代理人をよこして」


「なんでだよ、俺もおまえも、この程度か。こんなんでいいのか」


「いいの、もういいの」


「うちの親も姉もうるさいから黙らす。もう外野は関係ないから」


 なんだか、言い返したり諭す気にももうなりません。

外野は最初から関係ないのです。あなた、般若なのですよ。一番の怒りの根源は。


「なあ、綾」


般若が私の腕を掴みます。

力の強さは容赦ありません。


とクラクションが鳴りました。

車?

助手席から兄が叫びます

「綾!乗れ」


悟さんが運転して、兄が乗って迎えに来たのでした。

般若は何も言わず立ち尽くしていました。


「綾、もう店に行くときはお兄ちゃんか悟といけ。ジュリーが今出たって俺に連絡来たから良かったけど。

なんで連絡しない?アイツなんかしたのか?」


「何も、ただまたいつもみたいに。やり直そうって」


そう、こんなことは何回かあったのです。


「はあ、だめだな。調停早いとこ始めるようにしよう」


悟さんは何も言いません。何も言わず車を走らせました。



兄を先に送ります。

実家の近くで車を止めた悟さんがやっと口を開きます。


「なんで......頼ってよ。一人で抱えないで。綾。綾がつぶたらって思うと怖い」


 悟さんが哀しい顔をしていました。いつもと同じゆっくりとした口調に、寂しさと怒りを押し殺したような静けさを感じました。

私は悟さんをこんな話に巻きぞわないようにしていたつもりが、自分はそんなに強くなかったということの証ね。

それに、こうなっても悟さんにとって、般若は友なのです。かつての友だとしても、二人には二人の時代があったのです。もうそんなことも言ってられないのですね。

壊れるものは壊れる......。


「ごめんなさい......心配するよね」



+++


 それから弁護士の小坂さんが、調停離婚の申し立てをしました。私は、兄の代理人申請をし、調停に同行できるようにしました。


 しかし、離婚調停は延期となったのです。

般若サイドが診断書を提出し、正当な理由として延期が認められました。


 私はこれによりきっと相当なダメージを受けたのね。もうすぐ別れられるとどこかで信じていたから.....期待していたから。七条しちじょう あやをまた名乗れる。それだけでも大きな励みになったのに。



+++



 それから数日後、シェアホーム3階で久々にあこ、かずぴ、ゆり、みのりが食事会的なものをしようと、集まりました。


「そっかぁ、やっぱりしぶといな般若は」と、あこが険しい顔をします。


「もう、いきなり訴えるとかは?そっちも裁判延期にされちゃうのかな」

「なかなか進まないとまいっちゃうね」


「みんなありがとう。ここまでとはね。まあ想定内か。今日は忘れて違う話して」


そうは言ったものの頭から離れないのは私でした。


さらに、チャイムがなります。


「え?何宅配便?」


かずぴがモニターをみて

「え!なんか、もしかしてこの人......」と、凄い顔を。


私はこの日般若父母の奇襲を受けるのでした。

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