逃げるは負け

 離婚は結婚より労力を使うとよく聞きます。ましてやうちのような、お家騒動まで絡むであろう場合はより深刻かもしれません。

早々に眉を顰める知らせがやって来ました。


「お兄ちゃん 朝からどうしたの?」


「悟の受けてた案件、卸問屋系企業のオフィス改築と倉庫兼アンテナショップの設計、契約済がキャンセルだと。」

「え それって....」

「そうだ。アイツだ。アイツの会社が手回した」


 私は一気に自分がより冷静になったのを感じました、いえ間違いです。冷酷の。


「本当に動いたのね。しかも悟さんに。今どこまで進んでたかな。手付金だけじゃ賄えないくらい資材、人件費、下請けあったら.....」

「うちに手を回すのは大変だろからな。」

「弱いものいじめね......。」


 私は悟さんの事務所へ向かいました。

悟さんは、パソコンとにらめっこしています。あぁ......。


「綾!」

「悟さん....とんでもないことに」

「陽介かな。もともと陽介の会社の顧客だから。まぁ一旦はクライアントにもう一度打診してみるよ。ごたごた違約金だの言いたくないから」

この人はこんな時まで穏やかに見えます。黒縁眼鏡と繊細でしなやかな話し方のせいでしょうか。


「私も、その時同行していい?」

「え?綾が?」


 兄はきっと、般若の会社を潰しにかかるかもしれない、でも私は悟さんをみて決めました。

一度、悟さんらしく問題解決出来るなら、何か出来ることをやってみようと。


 店のお客さんや知人の中から、広告系、インフルエンサーマーケティング、SNS系の方に聞いてみたの。

もちろん兄に言えば話は早いんだろうけど。

結果、私の声かけに数社がいい返事をくれたのです。


 私はシェアホームを取材して頂くことにしました。そしてその建築家も。さらに、すっとぼけて今後着工予定だという会社の取材依頼として、キャンセルした企業に出向きます。


「綾さん、ご自宅取材もその建築家もうちとしては欲しいくらいの内容ですので宣伝費は頂きません。ただ、着工予定の企業様の記事は綾さんが書いていただけるなら」

「私が?はい。それで掲載して頂けるのでしょうか」

「はい。当社が契約済みのインフルエンサーを使ってのSNS、ウェブ上でなら。綾さんのお力になれるなら是非とも遠慮なくお使いくださいよ~。」

と、わざとらしく丁寧に話すのは、店の常連さん。


「てなわけで、文字と写真さえ用意してくれたら、だすよ。うちけっこう集客力、拡散力あるから」


「ありがとうございます。あ、建築専門雑誌に出たことあってもオッケーですか?」


「ウェブだから大丈夫だよ。あくまで建築サイドじゃなくクライアントの口コミがいいんでしよ?」

こんなやり取りを終え、私は悟さんの事務所へ再び出向いたの。


全てを理解した悟さん。

「ありがとう綾。上手く行くかは分からないけど誰かを傷つける訳じゃないから気が重くないよ」


「悟さんが築き上げてきたものに邪魔が入るのは許せない。でもね、悟さんみてたら汚い手は使いたくなかったの」


「綾 汚い手なんて知ってるの?」

 悟さんはそんな事いって笑う。あなたの中の私はそんなにピュアなのかしら。

私は、やる前からなんとなく般若はその顧客の弱みでも握ってるんじゃないかって思うの。

まぁ開いてみなきゃわからない。

やらないよりは何かしら見返りはあるはずよ。



 こんな時に......悟さんに久しぶりに抱きしめられた気がした。

「はあ 今すぐ綾を抱きたい 綾の中に入りたい」

もうちょっと待ってね。まだ戦が始まったばかりよ......。

いざ私が別れます宣言したからか、悟さんの言葉も絡み方も......積極的。

お尻を鷲掴みにされ.....ぐっと強く抱きしめられた私の唇が悟さんの耳に当たりました。


 私は葛藤します。今この耳を噛むか咥えるかしたい....でもここは事務所よ。マイさんだって向こうにいる。

仕方なく微かに触れる唇をそっと離しました。

男性なのに、しなやかな体、程よくついた筋肉、抱きしめられると吸い付くような感覚がとても好き。



+++



 先にシェアホームと建築家 安藤 悟の記事が掲載された。その手のサイトやSNSでは反響があり、悟さんに問い合わせも増えた。


頃合いをみて、私は悟さんとキャンセルのクライアントを訪ねました。


「ああ あなたがシェアホームの?」

「ええ。ご覧いただけましたか。」

「はい。あれだけ反響があったならうちだって、取材受けたいですよ」

「でも、理由がおありで?」

「ははは うちには非はないんですが、ある会社に安藤さんへの依頼辞めなければ、今の作業単価上げると言われまして。脅しですよ。結局上からは、面倒ごとはやめろと......すいませんね。安藤さんこんな方なのに、何かもめごとですか?」


「ああ、少し私的な内容で揉めたというか、恨みを買ったと言いますか、お恥ずかしい限りです。ですが、僕としてはぜひお受けしたい。」

 悟さん......まさか私と般若が夫婦で悟さんが浮気相手のようだとこの担当者知ったらびっくりしそうですが......そこはさすがに伏せます。


「うちの物流面を8割近くあずけてるんで、人質とられたようなもんです。うちが人手不足で回りきらないのを知ってて強気に」

般若 脅しまで.....。


「そうでしたか。安藤さんのデザインですって大々的に出せばなかなかの、宣伝になると思いますが。それでも不安ですよね。

もし、仮に仕入れをひとまず安く入れて、浮いたコストでその間に倉庫業等を他社に乗換えるのはいかがです?」

「そりゃ、そんな夢みたいな話あればいいですけど」

「2日時間をください。」

「はい?」

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