兄妹は両手の如し

 久々の家族が揃った。七条家だけど。

母が料理に気合を入れ、母が好きなアンティーク家具に囲まれたリビングに父は静かに座る。

丸い茶色いダイニングテーブルは使い勝手は狭くて悪いが母のお気に入り。


ガラス戸に曲がった脚が付いた、イギリス製で彫刻が施されたアンティーク食器棚から、これまた使いづらい装飾に凝った重い皿を取り出す母。


母は幸せ者。父は母の誕生日には花束を買ってきて、食事に出かける。毎年二人っきりで。

こんな歳でも、父によく連絡をよこす母のひとまわり下の仕事関係の女性に妬いているそう。


「どうだ?久々の日本は」

「やっぱりホッとするね。母国は。空気がきれいだし」

ふぅーと深呼吸する兄。東南アジアをまわる日々は砂埃に排気ガスが酷いらしい。


「ただ気になるのがひとつ」

「なんだ、会社か?」

「綾だよ」

「え?私」

「綾は、結婚相手を間違えた。いや俺にはわからないけどさ。間違えたと綾が思ってるんじゃない?

兄ちゃんは心配だよ。夫婦には見えないあの接し方。暴力はないか?」

お兄ちゃん.....なんでいきなり爆弾投下ですか。暴力はないです。あれば話は早いのにね。


「おい どういう事だ」

父の厳しくなる声に、母はこっちを見て首を横に振る。


「暴力はない 言葉や態度だけ.....大丈夫よ。自分が選んだんだしね」

そう。大丈夫。

私が選んだんだから、選んでしまったんだから。

私が処理するから

自分で自分のケツは ね。


「いつでも戻ってきなさい」

穏やかな顔で父が言った。

眠ってしまったカイを抱っこして兄とシェアホームへ。


「悪いな〜綾。気になったからオヤジの耳に入れたよ。ほんとに無理ならいつでも帰れ。実家に。」

「心配かけるね お兄ちゃん」

「大丈夫か?なんなら兄ちゃんが、あいつの根性叩き直すぞ!」

「いくらお兄ちゃんでもね。きっと持って生まれた性分。私が気づかないでこうなったから仕方ない。」

「仕方ないか。綾、あの家わざとだな?シェアにしたの。」

あぁ 兄にはすべてお見通し。血は争えないのでした。


「それから、悟の件っ」

え?!まさかそれまで?まさかこないだの見た?!


「俺は陽介くんより悟をよく知ってる、仲もいいと思ってる。悟さ、綾のことはずーっと好きなはずだぞ?綾だってわかってるだろ?

女が幸せなうちは邪魔しないのが男だ。だけど、もし幸せじゃなかったら?男ってさ、そういうもんよっ。

まぁ兄ちゃんも、可愛い妹が幸せでいるためなら何だってするよ。」


「ありがとう....お兄ちゃん」


「お兄ちゃんさ、離婚の原因て結局なんだったの?」


「わかりませんっ。分かるなら離婚にはならなかった.....」


はぁ聞いた私が悪うございました。兄もまた兄で色々ありましたようで。そう、わかり合えないから別れたのでしょうから。


「じゃ兄ちゃんは帰るよ。またここ来るから!しょっちゅうな」

またしょっちゅう来ますって言う人はなかなか居ない.....。兄の参戦に心強いような、心休まらぬような。


明日は般若が戻ります。たいていそんな前夜は胃痛がし、私は胃薬を飲むのでした。

カイは夢の中。ふと誰か居るかなと3階へ。


「そんな、まさか相手がね。」

ん?

かずぴが泣いてる?その隣にはみのり。

その前には悟さん。

一体何があったのでしょう。悟さんが隣に座れとベンチシートを叩きます。


「かずぴ......」

私は呼ぶことしかできません。

かずぴは年下旦那 ともゆきさんの浮気は容認していた。そんな彼女が泣く理由とは。

みのりが代弁してくれました。


「ともゆきさんね、浮気相手に子供が.....出来た。で、別れてあっちと家庭持ちたいって。」


 あぁ.....それはもう浮気では無かったという....女は浮気を許せても家庭ごと捨てようとされれば、それはそれは堪ったものではないでしょう。

自分はともかく、自分達の子まで、捨てられるようで。


「向こうを認知して離婚はしないって選択肢は?」

悟さんが聞くも、かずぴはただ泣いています。


「もう、向こうへ行くの一点張りなんだね.....かずぴ。いつかこんな日が来るって思ったことある?」

私は不思議とこんな状態のかずぴに語りかけてしまいました。


「あるよ.....だから本当は仕方ないんだ。綾、私シェアホームに残りたい。いいかな?」


「もちろん。ひとりで耐えようとしないで.....。一緒に過ごそう。かずぴ」

立ち上がりかずぴの肩に触れた私のお腹にしがみつき、かずぴは泣いた。


「ありがとう。泣くのは今日だけにする.....」

こんな私でも胸がじんじん傷んだ。たらしなだけで、私は愛情がない人間ではない....はず。

かずぴには、去りゆくものは例え夫でも子の父でも追わず、いつか誰かに愛されてほしい。


 気を取り直しみんな眠ることにした。

「悟さんまでありがとう」


「綾のシェアホームだもん。俺だって一応部屋あるし。」


「仕事は?もしかしてアトリエ行こうとしてここに?」

悟さんは、目を細めて少し笑う。そうだ。ということ。


「じゃ今から仕事.....大変だね」


「だからさ、ちょっとだけ栄養剤ちょうだい」

栄養剤?

悟さんは、いつだれが上がってくるか分からないのに3階のリビングで私を抱きしめます。

私の肩を持って穏やかで優しいキスをしました。

「よしっ。頑張れそう。おやすみ 綾」


兄は悟さんが私を昔から好きだったといった。

たしかに、そんな素振りは何度かあったものの今みたいな関係にはならなかった。

そう、私が般若を選んだから.....いえ私は悟さんに出会った時既に般若の彼女。

私には悟さんを選ぶ選ばないといった対象じゃ無かったということ.....。

たらしなのに。

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