第11話 KISS


 あとになって思えば、デビュー作が売れなかったも当然であろう。


 ラノベなのに文学的だと褒められたが、読者層を考えれば受けるわけがない。


 おまけにタイトルは、ストーリーの内容がわからない小難しいもの。


 『ペトリコールはあなたの匂い』


 ここでいうペトリコールとは『雨が降った時に地面から上がってくる匂い』を意味する英語圏の言葉だ。


「亮さ、高一にもなって中二病のままなんじゃないの? わざわざカタカナ語を使わなくてもいいじゃん」


 月音にそんなことを言われたこともある。


 ああいう意味深なタイトルは、大御所の作家が付けるから意味がある。


 新人作家であれば、膨大な宣伝か、よほどの口コミがなければ読者はスルーしてしまうのだ。


 タイトルでなく、大御所であれば作家の名前で買ってくれる。そこからタイトルを見て期待してくれるのだ。


「あ、○○の新作だ。今度はこんなタイトルなのか」


 ファンはそう思って買うのである。


 ぽっと出の新人に、作家買いなんかしてくれる読者はいない。さらに、内容のわからないタイトルだけに惹かれて買う人間なんて、売上げ集計のさいの誤差の範囲でしかないだろう。


 そんな反省をしたのち、俺は研究に研究を重ね、売れてるラノベだけではなく、web小説の人気作品も読み込んでいく。


 そしてわかったのが、売れてる作品には共通する構造が使われていること。どんな個性的な作品も、構造を分解していくと、よくある王道的な展開が組み込まれている。


 例えばカタルシスの解放。


 悪人を出して、ヘイトを溜め込んだその悪者をやっつける。


 はたまた、問題を提示して、それを主人公が解決していく。


 それから、主人公の圧倒的な存在感。


 見せ方はいろいろだが、基本的にはこれらが組み込まれている。あとは自分の作品でどう書き上げるかだ。


 さらに舞台の選定も慎重に行った。


 編集部からのオーダーはファンタジーもの。


 現在、webで流行しているのは異世界に転生する作品だった。書くなら今しかない。もしかしたら、数年後には廃れているジャンルかもしれない。


 全力でそれに取りこんだ。もちろん、そこに自分が書きたいテーマをうまく紛れ込ませる。だからといって、テーマを前面に出さない。エンタメに徹し、自然と気付く形にする。


 読者層も考え、中学生でもわかるような文章を心がける。


 文学的で小難しい文章を書くより、かなり大変だ。


 そして悪人へのヘイト管理。


 程度によっては読者は離れてしまう。やりすぎてもだめ、ぬるすぎてもダメ。そのラインを見極める。それは、想定すべき読者層によっても変わってくるのだ。


 文章は簡潔に、無駄のない描写を。でも、説明しなさすぎもいけない。


 一字一句、無駄な文章を書いてはいけない。いや、書いてもいいいが、今の自分にそれは許されない。


 自分が天才でないことを理解する。ハンデのある凡人ならば、天才に追いつくためにはなりふりかまっていられない。


 学べる物は全て学べ、利用できるものは全て利用しろ。読者が何を楽しむか理解しろ。


 楽しませるための無駄(だと思わせる)文章しか書かない。だから、楽しませるためのありとあらゆる要素をぶち込め。


 それでいて物語を複雑にしてはいけない。


『Keep it simple, stupid』


 通称はKISS。


 サイトデザインやSEOで用いられる言葉であるが、ようは「シンプルにしておけ!この間抜け!」という意味だ。


 どんなものにも通用する言葉でもあった。



**



 半年かけて書き上げた小説は、担当の人と一緒に悩んだ結果『最強の賭博師が人生ゲームをしていたら異世界転生しちゃいました~確率論さえいじれる禁断のスキル』という長ったらしいタイトルとなる。


 この頃は長タイトル自体も珍しかったので、他の作品より目立つことができた。


 さすがに新人なのでイラストレーターの指定まではできなかったが「こんな感じの絵柄で」というのを伝えて、手の空いている人を探してもらう。


 そこのレーベルは、わりと明るめの色合いで主人公の周りを女の子が囲うようなタイプの表紙が多い。


 平積みで他の作品が並んでいるのを見たが、どれも似たような表紙で『これはマズいな』と思った。これでは俺の作品が埋もれてしまう。


 本を買う人は、ここから作者を見つけて表紙を取るのだろう。それ以外の人に手に取らせるにはどうすればいいのか?


 構図は、レーベルの読者層を考えるとしょうがないらしい。主人公とヒロインたちのイラストを見て表紙買いする層もそれなりにいるということだ。


 もちろん、発売日から数日すぎれば平積みにはされずに本棚へと移動されてしまう。過剰な在庫は返本されてしまう。そのときに勝負になるのは、タイトルだった。


 背表紙の段階で内容がわかるのであれば、そのジャンルが好きな読者は手に取るだろう。だからこその長文タイトルでもあったのだ。


 とはいえ、平積みの状態での勝負は諦めていなかった。


 デザイナーとイラストレーターの人との打ち合わせで、色合いを少し暗めにしてもらった。といっても、レーベルの方針もあるらしく黒とかそういう極端なものできなかった。


 なので、背景が夕景ということでパステル調の明るい色ではなく、黄昏の茜色をメインの配色してもらう。


 そして、主人公とヒロインふたりという構図は守るが、せめてもの目立つ要素を入れるべく、ヒロインの一人に背を向けてもらう。


 もちろん、後ろ姿でも美少女だと認識できるようにと、無理なお願いをイラストレーターにした。


 とはいえ俺の案にイラストレーターの人も好感触だった。


「それは面白い試みだね」


 もちろん、編集の人が渋い顔をしたが、埋もれないで売れるためだと、なんとか説得する。


 けど、これだけではまだ足りない。


 そこまで力の強い出版社でもないので宣伝が弱い。予算をとれないのはわかっている。だから自前でなんとかしなければならない。


 個人で宣伝なんて限界がある。せいぜい、SNSで情報を発信するくらいだろう。


 それくらいしか方法がないのなら、そこに全力を投入しよう。


 初動の売上げが大切だというのなら、発売日とその数日にできる限りのことをする。いや、その前から準備は必要か。


 まずはTwitterでフォロワーを増やす。Twitterだけではなく、Facebook、Instagram、TiktokとあらゆるSNSにアカウントを作り、宣伝したときに目に付くための導線を用意した。


 フォロワーも数だけ揃えても意味はない。自分が書いた小説を好んでくれそうな趣味の合う人たちを探す。そしてフォロー。ここまでは誰でもできることだ。


 そこから地道な交流。


 挨拶はかかさない。おはようからおやすみまできっちりと反応する。


 疑問を投げかけられれば、調べて答えられる範囲で反応する。


 ネガティブなことは書かない。有益な情報を発信する。それでいて、ちょっと笑えるエピソードや、面白おかしい写真を投稿。


 プロであることは明かしておく。前作が売れなかったことも、同情を買うためにわりと大げさに話を盛ったりもした。



 発売日までは、いかに有益なフォロワーを増やすかだ。


 フォロワーと仲良くなれば、「知り合いの本が発売した」と買ってくれる人も何割かいるだろう。いや、もしかしたら数パーセントしかいないかもしれないが。


 それでも、その人が読んで面白いと思って、他の誰かに勧めてくれれば万々歳だ。


 なにしろ面白さには自信がある。研究に研究を重ねたんだ。


 そして発売日。


 満を持して新作の宣伝。


 基本的にTwitterでの宣伝はあまり効果がないと言われる。でもそれは不特定多数の人間の場合だ。


 俺はフォロワーを厳選している。新作のジャンルに興味のあるような人たちを集めていた。


 当日は、フォロワーの中でも絡みの多い人から「買ったよ」との報告があった。それに対して丁寧にお礼を言う。


 読んだ人からは面白いと反応があった。


 そして数日後。


 担当の方から電話があった。


「行けそうです。発売日当日は、それほど売上げはありませんでしたが、三日目あたりからぐんと伸びてますね」


 それは予想がついた。というのも、Twitterで口コミが広がるのをリアルタイムで見てきたのだ。


 発売日以降は、バズッったツイートには、必ず宣伝をするようにしてきた。これが、不特定多数のフォロワーだったら効果はあまり出なかったかもしれない。


 だが、好きな物語の傾向が同じフォロワーに向けたのだから、それは抜群の効果を生み出す。


 喩えるなら、焼きそば好きが集まる場所で、焼きそばを売っていることを宣伝したのだ。皆、興味を持つに決まっている。


 それからトントン拍子に巧く運ぶ。


 新作の『最強の賭博師が人生ゲームをしていたら異世界転生しちゃいました~確率論さえいじれる禁断のスキル』は、3巻まで出る事になる。もちろん、4巻のプロットにもOKが出ており、今度は無駄になることもなかった。


 それどころか、アニメ化の話まで来た。


 といっても、この段階では出版社への打診程度のものだ。この手の話はよくあるらしい。他の作品にも同様の話はあったという。



◇次回「そんな先輩にご褒美です」にご期待ください!

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