第12話「そんな先輩にご褒美です」
「雪姉! 俺の小説、アニメになるかも!」
まだ10代だったから嬉しさを隠しきれなかったのだろう。身内にはがんがん情報漏洩をしていた。担当編集が聞いたら頭を抱えていたかもしれない。
「そう、よかったわね。けど、私はデビュー作のような作品が好きだったんだけどね」
「あれはダメだよ。売れないんだから」
「そんなこと言うもんじゃないわよ。あの作品だって、亮ちゃん自身なのよ。書いた時の気持ちをもっと大事にしなさい」
「そう言われても……」
この時、雪姉のことをきちんと聞いて反省していれば、あんなことにはならなかっただろう。
それは、俺が宣伝のためにと始めたSNSがすべて裏目に出る事件だった。
『もう少ししたら、みんなが驚くようなことを発表できると思います。期待しててください』
そんな世間知らずな書き込みを俺はしてしまった。
本来なら制作者サイドの情報は漏らしてはいけない。それがヒントとなるような書き込みであっても。
そのことで担当の人からお叱りを受けることはなかったが、一部の界隈では俺の発言が物議を醸し出した。
単純に『新刊の話』だと思った読者や『引退じゃねえか』と揶揄するアンチ、そして誰かが『アニメ化』じゃないかと言い当ててしまったのだ。もちろん、肯定はしない。
そして読者だと思われるフォロワーから質問が来た。
俺が宣伝で固定ツイートとして出していた1巻の表紙の宣伝に、リプライするかたちでだ。
『はじめまして。この作品の表紙は同じレーベルの作品と比べて明らかに違うデザインのような気がします。これは絵師さんからの提案なんでしょうか?』
それまでの俺のスタンスから、すぐに返答をする。
『いいえ。自分が考えて指示を出しました』
実際は相談の上なのだが、イラストレーターの功績と勘違いされるのが嫌だったのだろう。強い言葉で否定してしまったのだ。
『カシマ先生はすごいですね。売れるためならなんでも利用するんですか? まるで主人公のミサキみたいで格好いいですね』
一瞬、「ん?」と言葉の意味を計りかねたが、当時10代でイキっていた俺は『そうですよ』と答えてしまう
落ち着いて考えてみれば引っかけだ。
その後についた返信がこうだ。
『先生は絵師さんを利用したということですね』
その話題はTwitterばかりか、大型掲示板まで波及し、『カシマリョウは絵師を利用してのし上がった』とのスレッドまで立ってしまう。
『デビュー作が売れなくて この作品が売れたのは絵師のおかげだろうに』
『ラノベなんて 絵がメインでしょ? なんか勘違いしてないかこの作者』
『イキってるガキはおもしれーな はやく潰れないかな』
『ストーリーがいちいち「計算して書いてるんだ」ってのが鼻につくんだよ』
『なんで大賞獲れたんだ? コネでもあるんじゃね?』
ネットでは散々に叩かれた。でも、致命的だったのは、担当からの電話である。
「アニメ化の話は完全にぽしゃりましたね。制作側も炎上商法は望んでいないようです」
「……」
「カシマ先生。ネットをやられるのは構いませんが、もう少しご自分の発言に気をつけるようにしてください。これが制作スタートしていたのであれば、今以上に大事になっていましたよ」
「すみません……」
デビュー作の失敗から立ち直り、研究に研究を重ね、プライベートな時間さえ宣伝目的でネットに注ぎこみ、そこから成功を掴んだと思ったら、たった一つのミスで全てが崩れ去ってしまう。
いや、この時点ではまだ、続刊までが中止になったわけじゃない。イラストレーターの方にも謝罪して、許してもらっていた。
けど、俺はもう頑張れなかった。
心がぽっきりと折れてしまったのだ。10代の俺にはそんな鋼鉄のようなメンタルは持っていなかった。
それからは小説を書いていない。書けなくなってしまったのだ。
叩かれることの恐怖と、失言への後悔。頭の中はそれでいっぱいになり、書きたいものがまったく思い浮かばない日々が続く。
言うなれば空っぽな状態になってしまう。
「亮ちゃん。しばらく筆を置いてみるのもいいのよ」
雪姉だけは優しく慰めてくれた。そして、卒業間際になってようやく大学進学を考え、予備校に行き、1浪してから大学へと進んだ。
空っぽな俺は怠惰な毎日を送っていた。
そのうち適当な会社に入社して、適当に選んだものだからブラック企業であることに働き始めてから気付くという有様。
残業、そして泊まり込みと、ブラックさはレベルアップしていき、俺は廃人寸前まで追い込まれる。
そんなときに再び現れた天使。
「亮ちゃん。もう仕事はいかなくていいわ」
「でも、俺、家賃を払わないと……あと、車のローンも残ってるし」
その当時の俺は判断力を失っていた。『なんの為に稼ぐか?』という目的すら失っていた。
「亮ちゃんはもう休んでいいの。そうね、どうしても働きたいならうちに来なさい。住む場所も提供できるわよ。この部屋も無駄に家賃が高いでしょ?」
「……」
駅前の一等地にある賃貸マンションということで、それなりの金額だった。俺としては、通勤の手間を少しでも省きたかったのもあって、こんな場所を選んだのだ。
「亮ちゃん。ゆっくり休んでいいのよ。わたしがそれを許すわ」
雪姉が俺を抱き締めてくれる
小説を書くことを失ってから、俺はずっと目的もなく生きてきた。その結果がこれだ。あの頃、俺を叩いていた人間は、この姿を見たらこう思うだろう。
『ざまあみろ』と。
**
「先輩つらかったんですね」
「自業自得だよ」
「そんな先輩にご褒美です。わたしに甘えることを許してあげましょう」
両手を広げて俺を抱き締めようと待ち構えている。そんな罠に俺が引っかかると思うか?
「拒否する」
「なんでですか? せっかく、先輩のママになろうと」
「後輩のくせに矛盾したこと言ってるんじゃねえよ」
後輩でママなんて、どんな属性だよ?
「なんでですか? 今は『バブみ』の時代じゃないんですか? 母性こそ正義ですよ」
『バブみ』は定着しているものの。流行からは外れてきていると思うけど。
「おまえ、どうみても小悪魔キャラだから。天使な母性とは正反対だ」
「……強がらなくてもいいのよ。亮ちゃん」
優しい笑みで俺を見つめる
「雪姉のマネじゃねえかよ!」
「あはは、せめて雪姉さまの代わりができればと」
似ても似つかない小悪魔め。
「あの人は、おまえみたいに本性丸出しじゃねえよ」
「あはは、そうですね。うまいですもんね」
「は?」
「いえいえ、なんでもありません」
話が噛み合わなくなってくる。少し修正するか。
「なんで、そんなに俺に優しくしようとするんだよ。何が目的だ?」
「そりゃ、わたしの野望のためですよ」
「……」
「先輩には新作を書いてもらって、わたしはその表紙と挿絵を描くんです」
俺がカシマリョウだとわかった途端、俺を利用しようというわけか。
「なるほど。だがな、仮に書けるようになったとして、俺はおまえと組む気は無い」
「……」
利用されてたまるかっての。
まあ、そもそもその新作が出版される可能性は低すぎる。10年近く編集者の人とは連絡とってないし、仮に出版できたとしても、プロでもない
社会はそんなに甘くないのだ。
「そもそも俺はおまえを信用してないからな。まあ、赤の他人だし」
「うーん……少しは先輩と仲良くなったと思ったんですけどね」
「どこが?」
「さあ? わたしの勘違いでしたよ」
「そもそもおまえの好感度はどこまで信用ができるんだよ?」
こいつ最初っから俺に馴れ馴れしかったもんな。
「あはは、それは企業秘密でーす……あ、それから先輩。また、『おまえ』呼びになってます。
いつもの距離感に戻る。
そんな関係を楽しんでいる俺自身もいた。
悪くはないと考えるのは、小悪魔の策略に嵌まっているのだろうか?
◇次回「先輩、どエスですね」にご期待下さい!
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