第7話「JKですよ。10代ですよ。美少女ですよ!」


 深夜2時。


 寝付けなかったので外でも散歩しようと部屋を出ると、ちょうど3つ隣の部屋も扉を開けようとしていた。


「まだ起きてたのか?」


 それは一叶いちかだった。彼女がここに泊まるのは今日で3日目である。


「ちょっと気分転換です」


 彼女は外に出ると扉を閉めて、そこに寄りかかる。


「こんな遅くまで勉強か? 寝不足は却って効率悪いぞ」


 今日は他に宿泊者はいない。建物内の通路で喋っていても問題はないだろう。


「勉強ではありませんよ。絵を描いてたんです」


 ああ、なるほど。こいつは趣味でデジタル画を描いていたんだっけな。


「だとしても、睡眠不足はよくないぞ。きちんと寝ないと絵も上達しにくい。これは科学的にもいえることだぞ。寝ている間に記憶が定着しやすいって論文もあるくらいだ。やみくもに練習しても、その努力は身につきにくいからな」

「でもわたし、練習っていうより好きで描いてるんですけど……それよりも先輩だって、こんな夜中に何してるんですか?」

「俺は寝付けなかっただけだ」

「は! まさか、わたしに夜這いを?!」

「バカ。客に手を出すか!」

「お客さんじゃなかったら手を出すんですか?」

「はいはい」


 こいつの言葉をまともに受け取る必要はない。適当にあしらってればいいのだ。どうせ本来なら接点のない赤の他人なのだから。


「先輩ってわたしに興味ないですよねぇ」

「あー、まあ、普通だろ」


 友人ですらないんだからな。


「JKですよ。10代ですよ。美少女ですよ!」


 めんどくせーな。こいつ。


「自分で美少女とか言うなよ。何が美しいかは他人の感覚の問題だ」

「学校じゃモテモテなんですよ」

「サークル内の男子にだけ人気なんだろ」


 だからこそ自惚れる。こいつは。


「まあ、先輩の興味は雪音さん一択なんでしょうけどね」

「……」


 思わず言葉に詰まってしまった。が、それが顔に出ないように平静を装う。


「なんで知っているのか? って思いました?」

「……」

「店での先輩の姿を観察してれば一目瞭然ですよ」

「なぜ観察する?」

「いや、なんか面白かったので」

「……」


 やべえな。痛いところをつかれると思考が鈍ってくる。


「雪音さんって既婚者ですよね。諦めた方がいいのでは?」

「うるせーな」

「夫のいる女性を好きになるのは健全じゃないですよ。せめてわたしにしませんか?」


 とニヤニヤと一叶いちかは笑う。完全にからかわれているな。


「女子高生を好きになるのも健全じゃねーよ」

「不倫よりはいいと思いますけどねぇ」

「不倫にもならねえよ。雪姉にとって俺は、ただの身内で弟みたいなもんなんだからな」

「先輩かわいそうですね。恋愛対象に見られていないなんて」


 ただの後輩に哀れまれるなんて……屈辱である。しかも考えたくなかった真理を突いてきやがる。


「ぐぬぬ」


 悔し紛れに「絶対に言葉にしない台詞」を声に出してしまう。ここまでくるとヤケクソであった。


「あはは、リアルでその言葉を聞いたの初めてですよ」

「放っておいてくれ」

「わたしなら恋愛対象になるかもしれませんよ」


 そう言ってニコリと笑う。いや、ニヤリと笑うか。


 またそうやって俺をからかう……いや、こいつの場合は悪質だ。


 絶対に相手が手を出してこないとわかっているのだ。だからこそ、相手の懐に入って好き放題挑発する。


一叶いちかはそうやって、安全な奴を見極めてから相手をもてあそぶんだよな」


 下心があって近づいてくる奴の方がまだマシだ。


「人を見る目はありますからね。先輩は安心です」


 しかもこいつはそれを堂々と言葉に出す。


「でもさ、そうやって気を惹いておいて、いざその気になられると、頑なに殻に閉じこもるタイプだろ?」

「それは過去の話です。今はきちんと相手を選んでいますよ」

「どうだかな」


 実際に痛い目を見るのは彼女なのだから、俺が気にする必要もない。


「わたしはわたしの邪魔をされるのがイヤなんですよ。過剰な干渉を嫌うだけです。わたしには野望があるんですから」

「……」


 前にもちらっと言ってたな。『野望』のこと。


「聞かないんですか? 野望のこと」

「俺には話したくないんだろ? いいよ、別に聞かないから」

「……」


 一叶いちかが微妙な顔をする。それは「聞いて欲しいのに聞いてくれないの?」というような、ワガママな思考が表れたもの。


「話したいなら話せばいい。でも、自分から『先輩には話すほどのことでもないんですぅ』って言っちゃったもんだから、話すのをためらってるんだろ?」

「先輩はいじわるです」


 一叶いちかが頬をふくらます。


「俺は気にしないよ。一叶いちかのちっぽけなプライドなんか」

「もう! そういうところは減点対象ですよ」

「赤の他人の評価なんて、どうでもいいけどな」

「わかりました。話します。話させてください。このままだとモヤモヤしたまま、寝られなくなります」

「……」


 まあ、俺もヒマだし聞いてやるくらいはするか。


「わたし、小学校の頃に漫画を描いていたんです」

「まあ、クラスに一人ぐらいはいたよな、そういう奴」

「でも、お話を作るのが苦手で、クラスで仲の良かった子と組んで、一緒に漫画を作りました」

「……」


 俺も小学校くらいから物語を作るのは好きだったな。


「その頃は、考えてくれたお話を絵で表現すること自体を新鮮に感じてましたし、めちゃくちゃ楽しかったんですよ」

「まあ、そうだろうな」


 子供の頃って無心で創作するから、常識とかに囚われることもない。


「けど、相手の子の作る物語にだんだん満足できなくなってきたんです。わたし昔っから漫画とかたくさん読んでたんで、素人が作る物語の粗とかツッコミ所とか気になってしまうようになったんです」

「小学生が考えるお話だろ? 仕方ないんじゃないか?」

「でも、幼いからこそ、わたしは相手に我慢できなかったんです。で、物語の矛盾点とか指摘してったら、大げんかですよ。その子とはそれきり話すこともなくなりました」

「……」


 一叶いちかの方がより多くの物語に触れて、そして良質な作品を知っていたがゆえの感覚か。美味しい料理を食べて舌が肥えてしまうと、雑に作られた料理には満足できなくなる。


 ただ、人間関係にそれを持ち出すのは危険だ。


「それからは自分で考えるようになったんですけど、やっぱりお話を作るのは苦手で、中学に入るまでは、まったく描けなくなりました」

「まだプロじゃないんだから、趣味の範囲でゆるーくやってれば良かったのに」

「わたしは妥協するのがイヤなんですよ」

「それで、中学に入ってサークル作ったんだっけ?」

「いえ、その前に漫研に入ってお話を考えられる人と同人誌を作りました。コピー本ですけどね」

「……」


 そういえば、そこで虐められたとか言ってたな。あまりツッコんだ話はしない方がいいか。


「漫研の中では、わりとまともに物語を書ける男の子がいて、まあ、その人も漫画とか小説とかいっぱい読んでるみたいだったんで、小学校の時に比べればマシなほうだったんです」

「マシとか言ってる時点で、不幸な未来しか見えないんだが」

「ええ、ツッコミ所は多かったですよ。だから徹底的に指摘しました。ここのシーンは矛盾している。主人公は思考がブレすぎだ。設定が甘い、中二病過ぎる……あげればキリがないです」

「中学生なんだから中二病は勘弁してやれよ。そういうの、考えたい年頃なんだよ」


 かくゆう自分も通った道である。まあ、この年頃の場合は、女子の方が精神的に成熟しているからな。


「別に中二病でもいいですよ。一本芯が通ってれば。でも、その人の考えるものは格好いいと思えるものをコテコテと飾り付けただけのハリボテなんです」

「で? また喧嘩か?」

「いえ、喧嘩にもなりませんでした。ひたすら指摘してやったら、部活にこなくなりましたよ」

「おまえ、プライドクラッシャーでもあるんだな」


 その男の子には同情する。


「後日談としては、その男の子のことを好きだった女子がいたグループにいじめられて、漫研を追い出されました」

「自業自得じゃねえか」


 手加減してやれば男の子の方も潰れることはなかっただろう。けど、いじめは一叶いちかのせいでもないか。


「それからですよ。自分でサークルを作ったのは」

「それで? 一叶いちかの御眼鏡に適うストーリーメーカーは確保できたのか?」

「できるわけないじゃないですか、所詮、中学生ですよ」

「ネットとかで探せば良かったんじゃないか?」

「もちろんイラスト投稿サイトとかも登録してましたよ。けど、ネットはウザいだけですよ。女ってバレた途端、メッセージが出会い系で埋め尽くされますし、ちょっと仲良くなっただけで膨大な量のイラストを依頼されるますし、ランキングが上位に入っただけで嫉妬の嵐ですよ」

「まあ、そんなもんだろ」


 けど、中学生にはそれらをスルーするのもつらいか。


「だから、わたしの野望は、いつか私の認めた人の物語にイラストを描くことなんです」

「二次創作とかファンアートでいいじゃん」


 実際に描いているみたいだし、プロの物語なら一叶いちかも認められるだろうに。


「その人と組んで物語の世界観を共有したいんです」

「自分で漫画描いた方が世界を自分だけのものにできるぞ。一叶いちかって、独占欲が強いタイプじゃないのか?」

「わたしは、自分で理解しています。物語を作る才能がないことに」

「まだ10代なんだから可能性を否定するのもよくないぞ」

「わたしは時間を無駄にしたくないんです。あるかもわからない才能を探すくらいなら、今ある才能を伸ばします」


 その言葉はかつて、俺が考えていたこととまったく同じものだった。それが正しかったかは別として。



◇次回「評価は☆5限定でお願いします」にご期待下さい!


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