第6話「もっと褒めてください」


 あれから賄いオムライスを作って、その間に雪姉は作業を終えて帰宅する。


 残された俺は、なんの因果か小悪魔と夕食をとることになった。


「あはは、おいしー。たまごふわっふわで、しかもケチャップライスってこんなに優しい味になるんですね。家で作ってもケチャップの自己主張が強くって、うまくいかないんですよ」

「コンソメとか使ってるか? 洋食屋風を目指すなら欠かせない調味料だぞ」

「ほうほう、コンソメですか。今度試して見ます」


 そうやって、くだらない話をしながらオムライスを食べ終わると、カウンターで洗い物をしながら一叶いちかと再び話を始める。


「そういや一叶いちかのオタク趣味はいつからなんだ」

「オタク趣味言わないでください。わたしは全てのアニメと漫画が好きなわけではないです。好き嫌いは多いんですから。それに、比重的には見るよりもかくほうが多いです」

「書く方? 小説とか書くのか?」


 たぶん、自分がそうだからと、安易に思ってしまったのかもしれない。


「いえ、わたしはイラストとかを描く方です。好きな作品の二次創作も良いですけど、オリジナルの方がテンションが上がりますね」

「絵が描けるなら、美術部とか漫研とか行かなかったのか?」

「あははは……馴染めなかったんですよ。人間関係とか……まあぶっちゃけいじめられたのもあるんですけどね」


 話が暗くなりそうだったので、無理矢理修正する。


「それで自分でサークル作ったのか。どんな絵を描くんだ?」


 まあ「高校生くらいの画力ならこんなもんだよね」的な偏見を持っていたのだが、彼女が鞄から出したタブレットPCの画面を見て驚愕する。


 画面に表示されたのはファンタジー風の世界観を持った美少女の絵。たしか、コミックで人気が出てアニメ化までした作品だ。このキャラはわりといたずら好きな小悪魔的性格だったような気がする。


 細かい部分での描き込みがすごくて、思わず呻ってしまうほどの腕であった。商用のイラストとしても十分通用するもの。


 俺が「本当に自分で描いたのか?」と疑念を持っているのが表情でバレたのか、お絵かきアプリを立ち上げて、一叶いちかはペンタブを使って一から描き始める。


 ささっと彼女は描き上げると、ラフ画っぽいイラストが出来上がった。それは、とあるテーマパークのネズミキャラをイケメンにした感じだった。


「おま、それ訴えられ」

「さすがにネットにアップしませんよ。でも、信じてくれました?」

「ああ、めっちゃうまいな」


 手慣れた感じの描き方は、筋金入りの絵描きであった。それは、素人目でもわかるような上手さだ。


「はい、ありがとうございます」

「そのまま描き続ければプロデビューできるんじゃね?」

「そうですかねぇ?」

「細かい部分は、もしかしたら技量が足りないのかもしれないが、素人目にはプロの絵と比べても遜色はないように思える」

「うれしいです」

一叶いちかの才能なら……」


 彼女のドヤ顔に近い笑顔を見て、俺は冷静さを取り戻す。


「……」

「……」


 お互いに牽制し合うように視線を合わせた。


「もっと褒めてください」

「少しは謙虚になれよ!」


 調子に乗りすぎだっつうの!


「わたしには大きなあめ玉が必要なんですよ」

「おまえ、女王様だろ? 鞭を振って、あめ玉を搾取するタイプか?」

「まあまあ、冗談はさておき」

「どこまでが冗談なんだよ!」


 もう完全に一叶いちかはボケ役だ。漫才でも一緒にやるか?


「わたしには野望があるんです」

「野望?」

「まあ、先輩に話すほどでもありませんが」

「話さないんかい?!!!」

「先輩はわたしのプライベートは知りたくないんですよね?」


 思わずぐぬぬと言ってしまいそうになる。


「そうだな」

「じゃあ、この話はお終いです」

「じゃあ、差し障りのない話でもするか。好きなアニメとかあるのか? いちおうオタク系のサークルなんだろ?」

「そうですね。アニメっていうより小説ですね。いわゆるラノベってやつなんですが」


 なんとか方向の修正に成功。


「ほうほう、今どきの若者は何を読んでいるのかな?」

「いきなりおっさんにならないでくださいよぉ」

「20代後半でアラサーだから、いちおうおっさんだぞ、俺」


 30を前にして、ようやく自分が若くないということを実感するようになった。


「まあ、いいです。質問の答えですが、カシマリョウの『ペトリコールはあなたの匂い』です。あれはわたしのバイブルにもなりえる作品ですね」


 予想外の答えに俺の古傷がズキリと痛む。いや、痛んだどころじゃないな、傷口が開いてしまったと言っても過言ではないくらいの衝撃だった。理由は後述する。


「それ10年前の作品じゃねえか。しかもまったく売れなかったらしいぞ」

「先輩詳しいですね。売れなかったのに、なんで知ってるんですか?」

「俺が高校時代の話で、現役でラノベ読んでたから新刊は結構チェックしてたほうなんだよ。カシマリョウなら、二作目以降の方が有名じゃないか? アニメ化の話もあったとか」


 嘘を吐くのはあまり得意ではない。


「そうですか? 私はデビュー作の方が好きですけどね」


 彼女は本気でそう思ってくれているようだ。


「まあ、人それぞれだからな。駄作をありがたがる奴もいるだろう」

「先輩は、あの作品知ってるんですよね? お嫌いなんですか?」

「ああ、大嫌いだ」


 売れなかった理由もわかっている。


 なにしろ俺がカシマリョウなんだからな。


 高校時代にデビューして天才作家と持て囃されるも全く売れず、ヒットした2作目の続刊は10年以上まったく出ていない。


 世間からは忘れ去られた存在だ。


 すでに俺は作家ではない。ただの飲食店の従業員でしかない。


 続刊が出なかったのは、書けなくなってしまったから。


 デビュー作が売れなかったのが原因じゃない。2作目はそこそこ売れてアニメ化の話まであったくらいだ。


 では、なぜ書けなくなったのか。


 一番の理由は2作目の大成功の最中、炎上事件を起こした事だろう。アニメ化の話は白紙になり、俺はこれで作家生命を絶たれたのだから。



**



「数字はあまりよくありませんね。こちらとしても宣伝等の手は尽くしたんですが残念です。先生には続刊ではなく新作の方に力をいれていただきたいですね」


 まだ叔父が店長だった頃のカフェ『アイシス』で、編集者の人と打ち合わせのようなことをしていた。10年も前の話だ。


「この前、プロットにOKの出た『デビュー作の続刊』の話はナシということですか?」

「ええ、2巻を出すのは難しいですね。

「でも、まだ発売して1週間ですよね?」


 担当者の指示で、綺麗に終わっていたデビュー作を『続編を匂わすよう』に改稿した。もちろん、その方が売れるだろうとの方針だった。


 だが、それは簡単に覆された。


「ええ、最近は初動で、その後の売上げが決まってしまうんですよ」


 そういう噂は聞いたことがあるが、まさかそれが自分の本に適用されるとは思いもしなかった。絶望感だけが、僕自身を襲う。


「もうボクはお払い箱でしょうか?」


 ついつい気弱な発言をしてしまう。


「いえ、だからこそカシマ先生には新作を書いていただきたいですね。大賞受賞者のネームバリューは今年中であれば通用しますから」


 それは逆をいえば、来年になってしまえば価値は下がると言うことか。


「本を出していただけるのはありがたいですが、ボクは何を書けばいいのでしょう?」


 大賞をとった作品だというのに、予想外の売上げ不振にボクは自信を喪失していた。


「そうですね、いま流行りなのはファンタジーものですね。こちらを舞台として、先生の真価を発揮していただければと思います。良いお話が思いついて企画書を出していただければ、会議で検討させていただきますので」


 青春文芸ものとしてデビューしたカシマリョウにとって、門外漢のファンタジーを書くのは一筋縄ではいかなかった。


 それでもまだ次があるのならと、この頃は必死になってプロの道にしがみつこうとしていた。


 実際の執筆作業も、打ち合わせにも使ったカフェ『アイシス』で行う。家は弟がうるさいので集中できないというのもあった。


 デビュー前から、叔父の厚意でこの場所を提供してもらっている。


「最近の亮ってあんまり小説を書いてないよね。本を読んでばかりじゃない?」


 向かいの席に座った従姉妹の月音がそう問いかけてくる。


 テーブルの上にあるのは執筆用のノートPCではなく、最新のライトノベルレーベルの単行本の山である。合計20冊以上はあるだろう。


「次回作に向けて研究中だ。これも仕事のうちなんだよ」

「ラノベ読むのが仕事なの?」

「最近の流行りとかそういうのを研究して新作に生かすんだよ」


 他人から見れば遊んでいるようなものだよな。


「あれ? あの本って続きがあるんじゃないの?」

「続き? なんのことだ?」

「えー、ひどいなぁ。亮のデビュー作だから一生懸命読んだんだよ。すっごい続きが気になる終わり方だったじゃない」


 ちょっと気になる言い方だな。


「ちょ、おまえ酷いな。俺の渾身の作品を『一生懸命読む』だなんて」

「だって、亮の文体って小難しい表現が多いし」

「おまえ、教師志望じゃなかったっけ? 国語教師とか、絶対になるなよ!」


 そんな彼女も5年後には国語の教師となっているのだから驚きである。


「亮ちゃんも勉強熱心ね。はい、これはお姉ちゃんからの差し入れよ」


 制服姿の雪姉が俺の席のテーブルへとカフェオレを置く。


「あ、ありがとう雪姉」

「がんばってね」


 雪姉の笑顔が心に染み入る。


 そんな呆けた顔を月音にツッコまれた。


「あんたって雪姉好きだよね」

「あたりまえだろ。あんな理想の女性、他にいないんだから」

「ま、どうでもいいけどね。あんたが誰を好きになろうと」


 急に興味をなくしたように月音が小さく伸びをする。と、ふいに視線を感じた。


 気配の方向へと目を向けると、そこには幼い少女が。まあ、見知った顔の幼女だな。


「なんか花音が凄い目で俺のこと睨んでるんだけど」


 月音に助けを求めるように呟く。


「あー、花音はお姉ちゃん子だからね。雪姉大好きだから、亮にとられるかもしれないって警戒しているのよ」


 なんだそれ?


「別にとらねーよ!」

「そんなの、あの子に通用しないんじゃない? あたしでさえ、雪姉と仲良くしていると嫉妬してくるみたいだし」


 理不尽すぎるぞ。


「おまえもいちおう花音の姉だよな? 同じ姉でも扱いがずいぶん違うんだな」

「あー、そうよ。あたしはガサツで雪姉みたいに美人じゃないから、妹の花音どころか、あんたにさえ雑に扱われてるんだから」

「なに、一人でキレてるんだよ」

「いや、ちょっと世間の理不尽さに憤りを感じて」

「俺と花音だけの世間ってどんだけ狭いんだ」

「まあ、どうでもいいか」


 彼女は舌を出して笑う。まあ、俺と月音はクソ真面目に話をしようという気がないから、いつもこんな感じになる。


 俺としてもふざけてないで仕事に戻ろう。何しろ、自分の将来がかかっているんだから。


 その後、市場を研究し尽くした努力もあって次作は大成功を収めるも、それは破滅へのカウントダウンの始まりだった。


 その話はまた後述することにしよう。



◇次回「JKですよ。10代ですよ。美少女ですよ!」にご期待ください!


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