第6話
「おーい。陽菜?何考えてるの?」
「いや、なんでもないよ。」
苦い思い出を再生していると、琉羽が目の前で手をヒラヒラさせていて、意識をこちらの世界へと戻す。
「具合い悪いなら部屋まで連れてくぞ?」
「大丈夫。」
ぽんと置かれた彼の手を払いのけ、無理やり笑顔を作る。
「笑ってない。」
そう言って顔を近づけてくる琉羽。
「近い!」
「なんで嘘つくの?」
「嘘はついてないよ。」
「作り笑いも嘘でしょ。部屋行くぞ。」
「急に乱暴な言い方しないでよ。大丈夫だってば。」
抱えられそうになり、暴れる。
「別に何もしないよ。」
「そんなの分かってるけど、言葉に信憑性が無くなるくらい近いんですよ琉羽さん。」
私が肩をおしのけてもビクともしない。
彼は、そのままちゅっと音を立てて私の鼻の頭にキスを落とした。
「!?」
「昔はよくやってたでしょ?それとも口がよかった?」
「貞操観念って知ってる?」
「知ってるよもちろん。」
本当にスキンシップが多すぎる。
幼い頃のキスと今の私たちのキスでは受け取る重さが違う。
口にされる一般的なキスは、あの日琉羽とお母さんがしていたものだから、母の代わりにされているようになって嫌だった。
「ただいまー。ひなー、今日、パパ外で食べてくるみたいだから私たちも外で食べよっか。…あら、琉羽くん来てたのね。おかえり。」
「ただいまー!おばさん今日はどこに食べに行くの?」
ガチャっとリビングの扉が開き、お母さんが帰ってくる。
と、同時に琉羽の体はあっけなく離れた。
「それより今日はどうだったのよ。ちゃんとできた?」
「ダメでした…。おれ嫌われてるのかもしれない。あれは失敗だったんだよやっぱり。」
母様と琉羽は時折よくわからない会話をする。それも私の心を暗くすることの一つだった。
「そんなことないわ。ね、陽菜。」
お母さんが笑顔で私を見ている。その顔はあの日琉羽を見ていた顔とは別の母の顔。
あの時の光景が何度も頭をよぎる。
あの微笑み合う顔がフィルム映画のように流れていく。
「陽菜?」
いつの間にか私の顔を覗き込んでいた琉羽の瞳に苦い顔をした私が映り込んでいた。
「近い。」
「このくらい普通だよ。ね、おばさん。」
そう微笑む。
「ふん!」
どんどん近づいてくる綺麗な顔に頭突きをして座っていたソファから勢いよく立ち上がる。
「いっ…!??」
なぜ頭突きをされたのかという顔をして痛がっている琉羽を睨みつけて私は逃げた。
あの空間にずっと居たら私は確実に昔の記憶に捕われてきっと泣いてしまう。
それに。
私と琉羽の2人の空気を、時間を、母になんて知られたくなかった。たとえ琉羽にそんな気持ちがなくても、母に勝ることがなくても、その時間と記憶だけは私と琉羽だけのものにしたかった。
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