第26話 シオンの思いの話

戦況はまた一変、さっきまで当たらなかったイルの攻撃が今度はシオンの所まで辿り着くようになったのだ。


「何これ!?どいうこと!?」


シオンは切れた唇から滴る血を左手の親指で拭いながらそう漏らす。


今右手に握られているこの魔剣〝不可説不可説転〟で身体強化魔法を斬ることができたはず。


不発に終わってしまっているのだろうか?


だけどシオンは今まで感覚を掴んだものを忘れることは無かった。


そんなことを考えている間にイル追撃が開始される。


「もういっちょ!」


シオンはもう一度〝不可説不可説転〟イルの攻撃に対抗する。


しかし虚しくもまたその魔剣の効力は発揮されることはなく、勢いそのままにイルの拳はシオンの体にめり込む。


「おっかしいなぁ魔法使ってるからあんなに速く動けるハズなんだけど、斬ってみたら魔法使ってない判定になってるし…………??」


シオンは考えをめぐらせながらイルの方を一瞥する。


その時イルはシオンの想像以上に消耗しているようだった。


それはシオンが与えたダメージによる体力の消耗と言うよりかは、何か別のもののによる体力の消耗をしているようだった。


シオンは魔力が無いため魔力を感じることも出来ないのだが、どうやら互いの体力はイコールに近い値のようだ。


この戦いは終盤を向かえているのだと互いに感じ取っていた。








「今度はイルの攻撃がシオンに当たり始めましたけど

イルは何をしたんですか?」


ビエーブは観客席の肘掛を強く握りながらこっちに一瞥もくれずといかける。


その横顔には嬉しいような悔しいような感情が絡みついた表情を浮かべていた。


多分ビエーブはもうイルには打つ手がないと思っていたが、自分より早く打開策を思いついたイルに嫉妬と尊敬を向けているのだろう。


リップはそんなビエーブを見てニマニマしていた。


互いを尊敬してはいるが負けたくはない。


そんなこのパーティーの向上心に触れ俺はまた好意の階段を1つ上がる。


「あれは凄くシンプルな解決策だと思うぞ。」


その刹那俺は言葉を間違えたと悟る。


案の定ビエーブは不機嫌そうに目を細める。


「私は見つけれませんでした…」


俺は謝るのも良くないように感じ、少し声をうわずらせながら説明に入る。


「単純に攻撃がシオンの魔剣が自分に当たる前に魔法を解除しているんだよ。」


だがビエーブはあまりピンと来ていないようだった。


「でもそれって斬られることと何が違うんですか?斬られても魔法は解除されるんですよね?」


「人から強制的に解除させられるのと自分で解除するのは全く違うんだ。前も言ったけどその人にあった魔法解除の仕方ってのがあるから、自分で解除する分には体内で魔力バランスが崩れることは無い。」


俺の答えに少し納得しているようではあったがまだ疑問は残っているようだ。


「私もその策は思いつきましたけどそう何度も魔法を発動、解除を頻繁に繰り返すなんて体力と魔力の消耗が激しくなってかなり不効率ですよね?」


いかにも先のことを考えるビエーブらしい疑問だった。


「その通りでも自分がイルだったらってことを考えてないな」


ビエーブはハッとして苦笑いを浮かべる。


「確かにあの子ならやりますね………」


「それにシオン相手ならあながち悪い作戦でもない」


「え?」


「シオンは魔力を持たない、そしてイルは脚部の筋力増強をしたにも関わらずシオンを攻撃する時はパンチしている。」


俺はビエーブを導くようにヒントを出す。


「なるほど!」


ビエーブはしばらく思考を巡らせたあとパンと手を叩く。


「まずシオンは魔力を持っていないからイルが魔法を解除していることに感覚的に気づきにくい。そして攻撃手段に強化された足ではなく、強化を緩めた腕を使う事で〝強化されているはずなのに攻撃力が低い〟という違和感を感じさせないということですね。」


「そうそう」


イルがそこまで考えているかは不明だがこの作戦はシオンに対してはかなりの有効打であることは確かであった。







アレン達がそんな会話をしてる間にも戦いの決着は近づいていた。


「わかった!魔法つかってないっしょ!?」


シオンは勘でイルの作戦を見破っていた。


「あんたって奴は…」


イルは呆れたようにそう零した。


これでイルが確実にシオンに攻撃を当てる手段が無くなってしまった。


次からはイルが魔法を解除しているのかしていないのかをシオンが勘で当てるという展開が繰り広げられるだろう。


つまり攻撃を当てることが出来る確率は50%ということだ。


しかしイルは50%よりも低く確率を見積もっていた。


何故なら今までもそうだったように勘勝負においてシオンの右に出るものは居ないのだ。


しかもさっきまでの魔法発動と解除の繰り返しで集中力も体力もかなりすり減っていた。


恐らく次で決まるだろう。


イルは両手でパチンと頬を打つと口を固く結び覚悟を決める。


「泣いても笑ってもこれでこの戦いは終わり。なら今できること全力でやるだけ!」


結局いつもみたいに気合いで何とかするという結論に至り少し面白かった。


「バカシオンこれで最後よ!」


イルは元気よく駆け出した。


シオンは向かってくるイルに対して迎え撃つ準備をする。


右手には魔剣を握ってはいるがイルが魔法解除している場合はもう1つの剣で対応出来るように左手は背中の剣の柄を軽く握っていた。










イルは私にとって何でもない存在だった。


イルは貴族でありながら偉ぶらず孤児院の子供達にも好かれていた。


そんなイルに私は自分とは住む世界が違うように感じていた。


そんなある日私は好奇心で勝手に街を出て危険な森に入ったことがあった。


案の定そこで迷ってしまい抜け出せずたまたまそこに冒険者が通りかからなかったら恐らくそこで死んでいた。


ビエーブもリップも私が無事に帰ってきたことに安心し抱きしめてくれたが、イルだけは違った。


私の方にズカズカと近づき頬を思いっきりビンタされた。


私は何が起こったかわからずイルのほうに目を向けると、その目には涙がうかんでいた。


「アンタ何してんの!?おばあちゃんもみんなも心配させて………もしもなんかあったら………その時はもう遅いの………」


イルはその場に泣き崩れてしまった。


私は全く想像していなかったそこ光景に驚きその場に立ち尽くしてしまった。


それはイルが泣いてしまった理由が分からなかったからでは無い。


他人の為に本気で怒れる人を初めて見たからだ。


「ご、ごめんなさい」


私は叩かれた頬より心が痛い感じがした。


幼い頃に家族を無くした私は自分を家族と思ってくれている人の存在に気付くことが出来なかった。


そしてそれと同時に家族という形のないものを感じることが出来て嬉しくもあった。


イルは私に家族を教えてくれた初めての人だった。


誰よりも人を愛し私に家族を教えてくれた人。


だから私はイルを尊敬している。


でもだからこそ負けたくない。


イルは優しいからきっと自分がロゼッタのリーダーでいいのかと悩んでいるだろう。


だからここで私が勝ってイルを支える私はすっごく強いって示したい!






イルとシオンの渾身の一撃がぶつかり決着に至る。



{あとがき}

次回は明後日9月9日木曜日に投稿予定です。


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次回第1章最終回です。

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