第21話 ビエーブの戦いの話
ビエーブは額から流れる血を拭う。
イェンを倒す準備はもうほぼ整っている。
しかし予測を超えてしまっていることが1つあった。
それはイェンのスピードだ。
あのスピードをどうにかして落とさないと、失敗は確実だ。
でももう悠長に考える時間はなかった。
これ以上攻撃はビエーブの体が持たない。
そんな折にイェンはビエーブを煽る。
「ここまでが、エセ魔術師。本物の強者を前にすると手も足も出ないようだな。」
イェンは剣をリングに突き刺す。
「私はお前とは違って本物の強者だからな、ロゼッタの情報はかなり収集させてもらった。その凄まじい成長速度のなにか裏があるとしか思えないかった。だからお前と戦えて良かった。お前達は何かしらのスキルのおかげで技を強化している。だがそのスキルも魔眼で打ち消せる程度のもの。優勝宣言何てものをしたらしいが、思い上がりも甚だしい。弱者に生まれたものは弱者に終わる。Fランク程度の存在がAに勝つことは許されない。」
イェンはハッキリとそう言いきった。
まるで過去になにかあったかのような喋り方だ。
「私の兄はお前達と同じ様に、魔法の才能の無いエルフだった。当然誰からも認められることはなく、姉は村を出ていってしまった。そして数年後私が駆け出しの冒険者だったころ、スラムを訪れた時に姉らしき面影のみすぼらしい女が道で座っていた。姉は私のことなど覚えておらず、金をせびってきたよ。」
イェンは下を眺め何かを諦めたような口ぶりだった。
「結局力のないものはどこで生きようが、堕ちていくだけだ。私はそれを知っている。だからお前たちはどう足掻こうが上に上がることなどないのだ。」
それはまるでそう願っているかのようだった。
自分の考えを否定されたくない。
だってもし否定されてしまったら、それは………
「あなたはお姉さんを救う余地があったという事を認めなければいけないからですね…」
ビエーブはイェンには聞こえないくらいの小さな声でそう呟いた。
「そうか、あなた達にも信念や守りたいものがあるのですよね。私はそれを見落としていたのかもしれません。」
ビエーブは軋む体をゆっくりと起こし立ち上がり、イェンに向かってそう言った。
「何を上から偉そうに、わかったような口を聞くな!」
イェンはビエーブの発言に腹を立てる。
自分の本心を気付かれてしまっていることに焦りを覚えたのだろう。
「弱いものは弱いまま淘汰される。確かにそれはこの世界の事実かもしれません。ただ真実ではありません。」
ビエーブの声には今までと違い力強さがあった。
「私の仲間は皆何かが足りません。普通の人とはいつも何処かが劣っています。でもそれを否定せず、切磋琢磨して私達は強くなることが出来た。」
イェンは歯を食いしばり眉間に皺を寄せる。
「何が言いたい。」
「あなたお姉さんがそうなってしまったのは〝弱いから〟で済ませてしまっていいのですか?」
その瞬間イェンは目を見開き、頭に血管が浮き出るほど血を昇らせ怒る。
そして物凄いスピードでビエーブに詰め寄ると剣を振り下ろす。
しかし、ビエーブは今までとは違い魔力障壁を張らず、その刃を受け入れる。
ビエーブは刃を素手で掴んでいた。
「な、何をしているんだお前!?」
イェンはその意外な行動に動揺し、隙が生まれる。
「あなたに今ここで弱者が強くなれることを証明します。」
ビエーブは剣を片手で掴み杖を取り出す。
もちろんその手は刃で切れ真っ赤に染まっている。
そして
「風系Sランク
と唱えると、たちまちイェンとビエーブとの間に魔法陣が発生する。
「バカが、それはもう無駄だ!」
イェンは魔眼をを解放する。
しかし
「消えない!?」
イェンの魔眼でその魔法は打ち消すことが出来なかった。
それはつまり
「この魔法にスキルは使っていません。」
ビエーブがそう言うと同時に魔法陣から竜巻が発生し、イェンは回転しながらとてつもないスピードで飛ばされる。
ドンッと壁に打ち付けられると、力なくその場に崩れ落ちイェンは地面を眺めていた。
「クソっ立て……ない。」
イェンは魔法の効力でバランス感覚を失い立ち上がることが出来なくなってしまった。
「魔眼で消せないあの魔法は純粋なあいつ自身のもの……つまり、アイツは自分の力でSランクの魔法を…………」
イェンは過去の記憶を呼び起こした。
本当は分かっていた。
兄が村を出ていってしまったのは私のためなんだと。
家族からも周りの人からも差別を受けていた兄だが、とても優しい人だった。
そんなある日私が冒険者になるために密かに森で魔物を討伐していると、一際巨大な魔物に出会った。
力のある私はそれを倒すことができたのだが、その魔物はその土地の悪趣味な領主のペットだったらしい。
直ぐに我が家に責任を追求されたが、両親は私ではなく全て兄のせいにした。
そして兄もそれを否定することなく受け入れ、杖をおられ何も持たされずに村を追放されることになった。
その罪悪感から逃れるために私は思ってしまったのだ。
〝姉は強くなれないから不当な扱いを受けるのだ〟と。
だからスラムで見つけた時も助けなかった。
助けたって弱者は弱者のままだから。
だけど今目の前で戦っている相手は、Fランクにも関わらずSランクの魔法を使い私を吹き飛ばした。
それはつまり…………
イェンがハッと顔を上げるとビエーブが目の前まで歩いてきていた。
そしてイェンに手をさし伸ばす。
「立てますか?」
イェンは一瞬その顔が幼い頃自分の手を引っぱってくれた姉に見えた。
そしてビエーブに肩を借り、リングの方へと歩いて行く。
「どうして、最初からあのSランク魔法を使わなかったんだ?」
イェンはポツンとそう呟いた。
「私実はあなたの魔眼のことも、魔剣のことも得意な魔法も全部知っていたんです。」
イェンは驚いた顔をしてビエーブを見る。
「そして私のSランク魔法はまだ距離のある敵には当てられない。だからあなたの情報を元に、至近距離で当てられる作戦を考えたんです。だから私はあなたの事を知らないフリをして、最初はスキルで魔法を使い、魔眼を発動させる。そうすればあなたはきっと得意な近距離戦闘をメインに戦いを仕掛ける。そこであなたが奢る瞬間にSランク魔法を放つ………」
「プッ」
ビエーブが話しているとイェンは思わず吹き出してしまった。
ビエーブは話しを不思議そうにイェンの顔を見る。
「私は、〝油断しなければ勝てる〟と思っていたがそれが大きな油断だったのだな。私は一瞬でもお前を侮った瞬間からお前に負けていた訳だ。」
イェンは自分の敗北を認めるようなことを言うが、その顔は何処か嬉しいような顔をしていた。
そしてリング中央付近まで来るとビエーブの肩から離れ1人で中央まで歩いて行く。
そして手を挙げ、審判に向かって
「棄権する」
と言った。
そして一瞬だけビエーブに向けたその目は〝ありがとう〟と言っているような気がした。
{あとがき}
次回は明後日の20時投稿予定です。
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