第13話 ファンレターの話
土煙が立ちこめる中ヴァイゼルグは東口ゲートの天井を見上げ呆然としていた。
「何があった。」
ヴァイゼルグは自分の身に起きたことを落ち着いて整理する。
「そうだあのガキに俺はここまで吹っ飛ばされたのか」
ヴァイゼルグは顔面を自分よりも何個もランクが下のやつに殴られたことに腹を立てる。
「くそ!だが、こんなもんじゃ俺はやられねぇ、魔法障壁もはってあったしな………!?」
ヴァイゼルグは自分の顔に手をやると生暖かい感触が手に伝わる。
「血だ、誰の?アイツの?それとも」
ヴァイゼルグは自分にとって最悪の事態が起きていることにようやく気がついた。
「俺の血……………俺が負けた…………のか?」
ヴァイゼルグの手に触れたのは紛れもなくイルの一撃によって出血したヴァイゼルグの鼻血であった。
「ありえねぇ、ありえねぇ!!!!」
イルはヴァイゼルグを宣言通り東口ゲートに吹っ飛ばした。
そしてその場に立ち尽くしていた。
体中が痛い。
観客達はどんな反応をしているのだろう。
だがもう体が動かず周りを見渡すことも出来ない。
早くみんなに会いたい。
イルは薄れゆく意識の中ロゼッタのみんなの顔を思い浮かべていた。
その時、爆発音のような音を出してヴァイゼルグが東口ゲートから飛びた出てきた。
「ルール上俺はまだ負けてはいないぞぉぉ!!!」
リングに帰ってきたヴァイゼルグは顔を真っ赤にして怒り狂っている。
その時、イルは限界を迎えその場でバタッと倒れて空を見上げた。
大会公式ルールは相手が戦闘不能になるか棄権をしたら勝ちといものなので、ルール上まだヴァイゼルグは負けてはいない。
イルはヴァイゼルグが自分の負けを認めないと予想していたが、今の自分にはもうどうしようも無い。
ヴァイゼルグの出した条件では勝ったが大会のルールではまだ勝ちではない。
こうなったら負けは濃厚だ。
イルは力を振り絞り立ち上がろうとするが、まるで自分のとは思えないほど体が言うことを聞かなかった。
「審判!こいつはもう動けねぇ!!ルール上これは俺の勝ちでいいはずだよな?」
ヴァイゼルグは審判に凄む。
審判はヒィと声を上げながら急いでイルの元へ訪れ意識の有無を確かめる。
「ずるいよ!出血したら負けでいいって自分で言ってたじゃん!!」
「あまりにも情けないです。」
イルもビエーブもこれにはかなり腹を立てているようだった。
リップもふたりと同じようにフンフンっと息を荒らげながら怒りをあらわにしていた。
「これがこの大会のあり方か………」
俺は思わずそんな言葉を口にする。
あんな高らかと宣言しといてこんな勝ち方して嬉しいのか?
あんなやつに勇者の資格はないな。
審判がイルの戦闘可能がどうか確認し、ヴァイゼルグの腕を掴み腕をあげようとしたその時。
ピカッという光が一瞬会場を包んだかと思うと、ヴァイゼルグの頭の上に誰かが座っていた。
ヴァイゼルグは顔面を地面に叩きつけられ、その男はヴァイゼルグの頭の上であぐらをかいていた。
その男は真っ黒な服に身を包みスラッとした体型でヴァイゼルグと同じように髪のひと房を真っ赤に染めていた。
そしてかなりのイケメンだった。(またかよ)
観客席からは黄色い歓声が割れんばかりに起こる。
「あれ誰だ?」
俺はビエーブに尋ねる。
ビエーブはこの登場にかなり驚いていた様だった。
「彼は………ヴァイゼルグが所属するダンフェルの団長(リーダー)ハイセン・マッハ。今最もSランクに近いと言われている冒険者です。あまり人前にでず、謎多き人物として言われているのですが、こんな大衆の面前に顔を出すとは。」
ハイセン・マッハはヴァイゼルグの頭の上でタバコを吸い始めた。
そしてイルの方を向いて頭を下げた。
「すまない。コイツは今かなり失礼なことを君にしてしまったようだ。どうか許して欲しい。そしてこの勝負はどう見ても君の勝ちだ。コイツのみっともなさは俺の責任でもある、次はこういうことのないようにしっかり教育しておくよ。」
その声はとても中性的な声だった。
そしてハイセンは
そして気絶した自分より何倍も大きいヴァイゼルグを軽々と持ち上げると
「最後に名前を聞いてもいいかい?」
とイルに言った。
「イルよ」
とだけ答えた。
「イルか」
そう言うとハイセンは今度観客席に向かって大きな声で話し出した。
「ヴァイゼルグは自分の出した条件で負けた。この勝負、完全にイルの勝ちだ!」
そういうとまたピカッという眩い光と共にハイセンとヴァイゼルグは消えてしまった。
観客席は静まり返っていた。
誰もがするヴァイゼルグの勝利を疑わず、イルの敗北を確信していた。
しかし結果はヴァイゼルグの敗北、しかも団長のお墨付きだ。
FランクがAランクに勝った。
この事実は紛れもない真実なのだ。
その時パチパチパチと拍手し始めた人物がいた。
俺達も含めみんなその方向に目を向けるとそこには何とレックスが座っていた。
観客が騒然とする。
「レックス様だ」
「レックス様どうしてこんな田舎に、横にユリカ様もいらっしゃるぞ!」
俺は思わず顔を背ける。
何故、ここに来ている?
本戦の観戦しかしないつもりだと思っていたが。
まさか俺の存在を感じ取ったのか?
だとすると不味いな。
近くに居るだけでアウトな状態になっているということだ。
俺がそんなことを考えていると、レックスは観客に向かって話し始めた。
「素晴らしい、今のは誰がどう見ても彼女の勝利です。これは皆で称えるべき偉業ですよ?」
その言葉を聞いて観客達も1人また1人またと拍手し始めた。
そしてそれはイルにとって初めてみんなに認められた瞬間だった。
イルは倒れたまま顔だけを俺たちの方向に向けて拳を突き出し
「どんなもんよ」
と言った。
声は聞こえなかったけど、俺達はみんなイルの言っていることが分かった。
「やった!やっぱりイルの勝ちだ!!!」
俺達は自分達のリーダーにめいいっぱいの賛辞を送った。
ただ俺はレックスが何故ここにいるのかという疑問が頭から離れない。
そしてイルを褒め称えている時のあの目はきっと何か別のことを考えている目だ。
ともかく俺はここに居たら不味いと思い、一足先に宿に帰ることにした。
その事をみんなに伝えようとすると、みんなも何となく分かっていたみたいで俺の方を見て軽く頷いてくれた。
イルの戦いが終わったあとビエーブもシオンも苦戦することなく勝ち進んだ。
そしてそんなある日、俺とイルが予選が開催されている田舎街の市場へ買い出しに行った帰りに、6歳くらいの少年が話しかけてきた。
「あ、あの!イルさんですよね?」
少年はかなり緊張した様子だった。
イルはしゃがんで少年と目線の高さを合わせた。
その顔はとても優しい顔をしていた。
「どうしたの?迷子?」
すると少年は手に握り締めていた手紙をイルに渡してきた。
「あ、あの僕、ロゼッタの皆さんの戦いを見て僕みたいな弱いやつでも、強いやつに怯える必要ないんだって、勇気貰って…………」
イルは驚きのあまり手紙を持っていない方の手で口を抑えていた。
「うそ、これもしかしてファンレター?」
少年は顔を真っ赤にして小さく頷いた。
イルは喜びのあまり少年を抱きしめる。
「ありがとう!!私これ大切にするね!」
少年が窒息&圧迫死してしまいそうだったので、俺はイルを少年から引き離し少年と別れた。
家に帰るなりイルは緊急会議といってみんなを集めた。
「なになに?どうしたの?」
「また、シオンがなにかしたのですか?」
そんなことをいいながらみんなが集まってくる。
今日のリップの席はビエーブの膝の上だ。
イルはみんなが集まったのをさっきの手紙を自慢げに掲げる。
「なにそれ?」
「まさか請求書ですか?」
リップとビエーブの疑いの目がシオンに向く。
「違う違う、私なんも買ってないよ!!今度こそ!」
そんな会話にイルは割って入る。
「聞いて驚きなさい、これはなんと私達へのファンレターよ!」
「うっそ!!!ほんとに!!!?」
「それは凄くうれしいですね!!」
みんなは椅子から飛び上がるほど喜んだ。
「今から手紙を読むから心して聞くように!」
全員が席について黙って清聴する。
【初めまして。僕の名前はザイルっていいます。僕のお父さんはとっても頭の良い学者で世界中を旅して回っています。でもそんなお父さんと比べ僕は全然勉強が出来なくて、魔法の成績も悪いです。だからクラスメイトにイジメられています。でもお母さんに連れられて見に行った武闘会でロゼッタさんの活躍を見て勇気をもらいました。最弱とお客さんからバカにされてもと堂々としていて、自分より強い人達を倒しちゃう姿がとってもカッコよかったです!だから僕も成績が悪いってみんなにバカにされても、僕の夢であるお父さんみたいな学者になることを諦めず勉強がんばります!大好きです!応援してます!】
手紙を読み終えた後、俺達は感動のあまり無言で余韻に浸っていた。
するとその余韻を引き裂くようにシオンが泣き出した。
「うわぁぁぁぁん!めっちゃ嬉しいよぉぉぉ!」
「ちょっともうちょっと余韻に浸らせてくださいよ!」
リップもスキルを使って聞いていたようでニッコニコだった。
そしてイルが立ち上がり
「私達があの最弱って言われてた私達が人に勇気を与えられる存在になったんだ!」
と言った、そして急に俺の方を見ると
「ありがとうアレン!」
「ありがとうございますアレン」
「ここまで来れたのはアンタのおかげよ、ありがとう!」
と口々に俺にお礼を言ってくれた。
「いやいや、ここまで来れたのはお前達の努……」
「額縁!額縁に飾ろう!」
「そうですね!そうしましょう!」
俺の謙遜には誰も耳を傾けてはくれず、みんなはもう額縁を用意するフェーズに移行していた……
リップだけは聞いててくれたみたいだけど。
〝人に勇気を与えられる者〟これもまた勇者の形なのかもしれない。
俺は最強の勇者になる事はできたが、最弱と言われたこのパーティーに入ってから学ぶことばかりだ。
数日後俺達はザイル君の気持ちに答えるように勝ち進み、リップ、イル、ビエーブは見事にトーナメントを優勝した。
そしてシオンの予選決勝が始まった。
「後はこの戦いに勝つだけですね!」
ビエーブが言った。
「相手はBランク、油断しなければ余裕よ!」
イルは自信満々だった。
俺もそう思っていた。
だが事態は急変する。
シオンは紹介が終わりリングに入っていた。
しかし、しばらくしても相手選手が現れない。
観客もザワザワしだした頃、アナウンスが入る。
「ええ、Bランク冒険者のパヤル選手の棄権が認められました。」
観客からのザワつきより一層激しくなる。
ということはシオンの不戦勝かと思っていたその時異様なことが起きた。
「そこで特別に代打で別の選手が出場することが決定しました。」
代打出場!?
大会のルールでそんなの認められていないはずだ。
「出場致しますのはAランク冒険者パーティーエリュシオンより魔術師シャロル・シャーリー」
予選最後の難関が始まる。
{あとがき}
次回は明後日(日曜日)の12時投稿です。
※1日空きます、すいません!
小説のフォロー、評価して頂けるとすっごくうれしいです!
今回は全体的に緩めのストーリーです。
ただ重要人物祭りでもあります。
いつも小説を読んでくださる方本当にありがとうございます!
皆様のおかげでめんどくさがり屋な自分でも続けられております!
まだまだ拙い文章ばかりですが、頑張っていきます!
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